白雪姫-13
「合流できたのはいいんじゃが」
「何話してるのか全然わかりませんね」
公園の芝生に並んで談笑するセンキチと西夕をはるか後方から観察する南部と神輿。障害物が全くないため易々と近づけないのだ。
南部たちは鉢合わせを防ぐために、途中まで同じ道を通る別の便に乗り、途中から神輿が先導して徒歩で数十分かけて接近した。女の勘と言われて振り回された南部も最初は半信半疑だったが、実際に見つけてしまっては手のひらを返して感心していた。
実際には魔弾による危機感でセンキチを探知しただけだが。
「あの西夕というやつじゃが、同学年の一年生に聞く限りじゃと付き合いが悪いやつらしいんじゃ。接点もないはずのセンキチとどこで知り合ったのやら」
「不思議でいえば、センキチさんがデートなんて失礼ですけど意外です。同じ学年ですし何度か見かけることもありましたが、いつも南部さんといるか、一人ぼっちだった気がしますけど」
「む?あれは逢引ではないぞ。もっと淡白なものじゃ」
「淡白とは」
「例えるなら、行きたくもない職業体験で子どもの面倒を押し付けられて、一緒に遊んでやっとるようなもんじゃ。愛も情もなく、そもそも他の選択肢もないんじゃよ」
「ああ、なんだか少しわかる気がします」
「否。断じて否。お主とあやつは本質がまるで逆じゃあ」
「……どういう意味ですか」
「はて。そこそこ自信はあったんじゃが、わしの勘違いだったかの。それとも、あちらを気にした方がよいかな?」
南部が顎でセンキチたちの方を指し示す。センキチたちは立ち上がって公園を出ていくようだ。
すでに夕暮れ。センキチのことだから家までは送らず、適当な駅かどこかの安全な場所まで送って解散するだろう、と南部は予測する。
一度心を許した相手にはとにかく甘い。その一方でその他の相手には見えない一線を引く。それがセンキチの根底にあることを理解しているが故に。
確認を取るように視線を向けてくる神輿に南部は軽く手を振って答える。もういいと。
見送ったあと、さっきまでセンキチが談笑していた近くに座り、神輿もそれを追うように腰を落ち着ける。
なるほど。二人ばかり見ていてあまり意識してなかったが小さな子供たちが笑いながら球を追いかけている。実に牧歌的というか、平和な光景だ。
がさっさっとボールが芝生を踏みしめて転がってきた。南部が先に立ち上がりそれを拾えば、無造作にそこらへんに投げて神輿にお願いをする。
「お主。その球を拾ってくれぬか?」
「分かりました」
そのまま子供に返すべきで、どう見ても無意味な行動だ。それでもすぐに神輿も立ち上がり追いかけて拾い、南部に手渡す。球遊びをしていた子供たちは何事かとじっと見つめていた。
「そういうところなんじゃよなあ」
「へ?」
「否、良い」
南部は笑いながら子供たちに謝罪し投げて渡す。
ありがとうございます、と控えめに言う子供たちに手を振って答える。すうっと遠くの虚空を見て語り出す。
「あやつはな、無力なんじゃ」
「センキチさんのことですよね?」
「うむ。じゃが、あやつ自身はそれを受け入れておる。それでも次は失敗しないと決意し、何かできることはないかと模索しておる。だからこそ興味がないものには流されるままじゃ。本来の宿命のために力を温存しておくという意味じゃが」
「なるほど、それが今回のデートに乗った理由ですか」
「おそらくな。心中など測れんから推測どまりじゃが。じゃから、まあ、何が言いたいかと言うとじゃな」
相対して、頭を下げて依頼する。いや、懇願する。
「あやつを頼む。儂では無理なのじゃ」
「頼むって……何をどう頼まれればいいんですか」
「あやつは自身の無力を受け入れておる。故に絶対失敗することには決して手を出さん。じゃが、もしも、少しでも可能性があるのなら何の躊躇もなく命を賭けるであろう」
「自分の命の価値が少ないと思ってる感じですか」
「むしろもっと悪質じゃ。自分の命の価値というか、影響を意図的に減らしておる」
「意図的に、とは」
「端的に言うと、人間関係を作らんようにしておる。自分が死んでも悲しむ人が少なくなるように、自分が死んでも問題が起きないように、な」
「で、でも私が話かけたときも答えてくれましたし、現に今日みたいにデートだなんてしてるじゃないですか」
「それも含めてじゃ。例えば、話しかけたのに無視されては不満に思って記憶に残るじゃろ?誘いを断られても同様じゃ。影響を減らすというのは、時間ともに疎遠になって、記憶に残りにくくするということなのじゃ」
神輿は絶句した。しかし、その考えが理解できなかったわけではない。
自分が死んだら悲しむという考えは理解できる。人に悲しんで欲しくないというのも理解できる。
ただ断っては記憶に残る。だから時間経過で忘れさせる。そのために一度は相手の誘いに乗る。
すべて理解できる。
だがそれは一瞬の思いつきや行動ではなく、年単位で自分という存在の抹消に勤しむということだ。自分がいたという痕跡を本気で忘却させようとしているのだ。それに恐怖した。
「じゃから楔になってくれ。あやつがまだ死なんのは死に時がないからだけでない。死ぬことに対して足かせになる存在がいないことも問題なのじゃ。現世に縛り付ける楔が必要なのじゃ」
「でも南部さんがいるじゃないですか。あなたじゃ足りないんですか」
「儂は無理じゃ。そも、あやつの死生観に共感したから友になったからの。背を押すことはあっても、袖を掴むことはできん。あやつの死を否定できる、普通の人間にしかできんのじゃ」
南部は笑いながら言い、神輿は言葉を飲み込んだ。
多分これを伝えるために私を引っ張ってきたんだなとすら思った。誰にも聞かれない場所で、南部本人にしか理解されないような独特な死生観を伝え、否定させるために。
重苦しい空気を吹き飛ばすような破格の笑顔を投げかけられても、きちんと笑い返せたかわからなかった。
「帰ろうぞ。少し長話しすぎたようじゃからな。すっかり日も落ちそうじゃし家まで送るぞ」
「そう、ですね。そうですね。はい、ありがとうございます」
「何、そんな気負う必要はない。定期的に話すくらいで十分じゃ」
「でしたら、お任せください。友達からは聞き上手とよく言われますから」
「おお、それはいいのう!」
騎兵が現れた。