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愚神礼賛-2

 軽く、しかし大きく響く。

 センキチが銃撃音と判断し、乱射事件と結びつけるのに時間はいらなかった。


「……方角的に考えてA棟。それも、多分一階の職員室」


 公立虹ヶ丘高校は図書館や視聴覚室などがあるA棟。一、二年生の教室と文化部の部室などがあるB棟。三年生の教室や職員室などがあるC棟。そして体育館や道場、運動部の部室のある体育館棟の四つに大別される。

 B棟を中心として、北方面にC棟、さらに北側には渡り廊下で繋げられた体育館棟が建てられており、逆に南方向にA号棟と東側にグラウンドがある配置となっている。

 センキチが今いるのはB棟の三階。廊下にある窓から見えるA棟の一階にある職員室の方へ意識を向けると、なるほど確かに、何か叫び声のようなものとそれと同じくらいに主張する銃声が今もなお続いていた。

 噂の乱射魔が学校に侵入し、職員室で暴れている光景もその惨憺たる状況も容易に想像できる。珍しい銃火器を見せびらかすように使っているということは世間に対して何かメッセージを訴えたいのかと思ったが、それならば未成年の学生が少ない下校時間にやるのは効果が薄い。何より高校でやるよりも小学校や幼稚園などでやった方がショッキングな印象を与えられるだろう。それよりも怨恨絡みの事件だと考えれば余計なアクシデントを減らすためにわざと時間を遅らせたと理屈も通る。

 つまり今なら敵は視野が狭まっている状態だ。武器を持っていることから生じる慢心と隙をつくにはもう一工夫欲しいところ。


「いや。待て。落ち着け。ダメだ。ムダだ。俺にはできないことじゃない。だが俺がやる必要もない。勇気とは戦うべき場所と機会を見極めることであり、それを間違えれば名誉ある怪我人か無謀なだけの馬鹿に落ちる。スーパーヒーローでもない無知で無力で無能な人間が関係ない事件現場に首を突っ込んではいけないんだ。だから素人は手も口も出しちゃいけない。それが正しい。絶対的真理」


 自分に言い聞かせている。何度も。まるで幼子に言い聞かせるように。しかしその意志とは裏腹に悔しそうに唇を強く噛む。痛々しいほどに。

 それでも何かあるんじゃないかと思考は巡る。

 彼がなんども祖父から言い聞かされたことだ。

 善とは可能な範囲で最善を尽くすことだと。凶悪犯の逮捕も火の用心のパトロールも、家族を守るための犯罪すらも等しく善であると。今この場での最善は公的機関に助けを求め解決から後処理まで全て丸投げしてしまうことだ。

 しかし本当にそれでいいのか。この魚の小骨が喉につっかえたような不快感はなんだ。守りたい人はここにはいないというのに。

 そんな思考を遮るように悲鳴が響く。

 親しい関係の教師などは特にいないが、それでも学校のどこかで聞いた覚えのある声を聞いて焦る気持ちが強くなる。


「やあ。なにか願い事はあるかな」


 脈絡なく。人間らしさの欠片なく。

 それはあった。

 白い靄のようなものが人の形で、人の言葉で、それも他ならぬ自分自身の声で話しかけてきた。

 所詮一般人であるセンキチが動揺を隠せるはずもなく、口から問いが漏れる。


「えっ、な、何、誰だお前!」

「んー。自称悪魔ってとこだな。そら。願いを叶えるのは神様より悪魔様のお仕事だろ?」

「いや、待て、待て。違う。お前の正体なんかどうでもいい。神だの悪魔だの知らないが、藁よりマシだ。願いを叶えると言ったな。それなら、それなら」


 口まで出かかった言葉を飲み込んだ。こんなのに頼っていいのか迷っている。

 悩む。悩む。しかし、それでも本当にこの事態を解決できるのなら。

 悩む間もなく最善を。


「力を。これを解決するだけの」

「君がそれを望むなら」


 次の瞬間にはすでにセンキチの手に拳銃が一丁握られていた。

 装弾数は五発の全身が黒いリボルバー。青春が色濃く香る学校も、遠いどこかの銃声と悲鳴も別世界に感じるほどに、何にも迎合されず歓迎されずそれでもなお存在するようにただに黒かった。刻印など装飾は一切ないシンプルな作りは、装飾美より機能美を追求する作成者の影が見える。

 手の中にあるコレは寒気がするほど小さく軽い。頭、心臓、大動脈、中枢神経を傷つければ人は簡単に死ぬ。殺したくなくても死んでしまう。こんな無責任に願ってしまった自分が人を殺せる道具を持っていいのかと逡巡する、なんてことはない。ただ成し遂げたい夢のために障害を打ち払うだけだ。

 この重みは人を殺せるという重圧だが、同時に人を守れるという希望でもある。

 自称悪魔は続ける。


「それは君の想い。君の願い。君の思い描く夢そのもの」

「夢、か。よくわからんが銃は銃だろ。無力化は無理でも誘導くらいはできるかな……」


 さて、どうしたものか。と自分の世界に入り込み思案顔になるセンキチ。無視される自称悪魔。

 窓枠に足を乗せおもむろに職員室の窓に向けて構え、職員室の机や機械の配置を思い浮かべながら躊躇なく発砲。さらに撃鉄を起こしてもう一発。シングルアクション、ダブルアクションともに良好。意外とトリガーは軽かったし精度も悪くない。

 職員室のガラスが真っ白にひび割れたのを最後にずっと鳴り響いていた銃声がパタリとやむ。


「職員室で待たれても扉の小さい覗き窓と、姿を晒す必要がある中庭側の窓しかない以上、威力に乏しいこちらの拳銃じゃ大きく不利。奇襲を捨ててでも揺さぶりをかければ退くなり押し通すなり、どちらにしろ小回りの効くこちらに有利なステージへ動くことを強制できる。狙われてると知ったら立ち止まれないのが人だよなあ」

「あ、あの。なんかすごい大きな音が聞こえたんですけど、何かあったんですか。向こうでも変な音鳴ってますし」


 と杖をついた女子生徒がやってきた。メガネをかけた、ストレートヘア。

 彼女は神輿みこし栞優しゆ。勉強は人並みよりも少し優れている程度で運動は苦手としている彼女だが、優しく柔らかい雰囲気を持ち聞き上手なのでいつも周りは人気ひとけは多く、人気にんきも高い。

 恋焦がれる人も同様、センキチもひそかに思うところがある一人であった。

 センキチは彼女は確か手芸部であったと記憶しており、一つ上の階にある文化部の部室から出てきたのだろうか、と考えた。

 人がまだいるとは思っていなかったので、ずっと窓枠に足をかけたままだったが流石にバツが悪いので足を下ろす。拳銃には気付いてないようなので体で隠しながら廊下から教室に入る。


「ああいや、忘れ物をね。俺も音が気になったんだけどよくわかんないや」

「忘れ物と仰いますと?」

「小説。面白そうなタイトルなんだよ」


 彼女から目を逸らさずに言うと、興味がそそられたようで自分の後を追って教室に入ってくる。

 そんな彼女に銃口を向けた。


「動くな」

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