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第9話 森の探索

 この世界の太陽が真南に登った。


 今の季節は、元いた世界の日本と同じで春だそうだ。森の中とはいえ、大分動き回ったのでだいぶ暑い。汗ばむ。


「ねえ、シノ! この近くに小さな湧き水があるんだけど、あなたの服、貸してくれない? そこで洗ってくるから」

「そう、悪いね、お願いしようかな」

「いいえ、元はといえば、わたしのせいだし……」


 アカリは笑えない失敗をしたことを思い出したのか、また、モジモジし始めた。


「ああ、でも、その前にお昼ごはんにしようか? お腹もすいたし、のどもカラカラだ」

「わたしもいいの?」

「もちろん。簡単なものしかないけど、いっしょに食べよう。さすがに疲れたし、少し休憩もとりたい」


 鬼猿と対峙した場所は、だいぶ片付いてはいるけれど、気分的によろしくない。別の少し開けたところまで移動した。


 軽トラには、簡単な野営道具、多少の食糧と水も積んでいる。作業工程に遅れが出たときは現場で寝泊まりすることもあるからだ。


 おれは水を注いだコッヘルを焜炉の火にかけて、レトルトのカレー、牛丼、ご飯を温めた。

 アカリが不思議そうな顔で様子を見ている。


「ねえ、その鍋とか、お皿とか、鉄なの?」

「これは鉄じゃないけど、似たような金属でできている。ちなみに、あのクルマはほとんど鉄の塊だよ」

「えっ!? あ、あなた……お金もちなのね……」


 なんだか、よく分からない褒められ方をした。このあたりでは、銅、青銅、鉄の製品を利用しているとのことだけど、金属はどれも貴重だそうだ。刃物などに加工できる鋼は特に高価らしかった。アカリの村には、製鉄の技術はない。だから、北に位置するトミサン村といところを介して遠く離れた都から鋼を購入しているそうだ。


 村でただ一人の鍛冶職人が、購入した鋼を赤くなるまで熱し、鍛造の方法で様々な道具に作り変えているのだという。


 レトルトを温め終わったので食器に盛り付けた。ついでにペットボトルの飲み物も用意する。今朝保冷バックに入れておいたので、まだ、ぬるくはなっていない。


「アカリ、できたよ。二種類あるから好きな方選んで」

「そう、ありがとう。じゃあ、こっちにしようかな」


 アカリは、カレーを選んだ。レトルトカレーの中でもちょっとお高めのやつでおれのお気に入りだ。そんなに辛くもないので大丈夫だろう。


「どうかな?」

「……ん!? おいしい……のかな? たぶん、おいしいと思う……うん、いいかもね」


 一口目の反応は微妙だったけど、どうやら気に入ってくれたようだ。


「あなたのお皿にも入っているけど、この白くてモチモチしたものは何?」

「お米。このあたりにはないもの?」

「どうだろう。わたしが知らないだけかもしれないけど、見たことないわ」


 お米がないのかもと思い、すこし気落ちした。


「あと、これは飲み物。二種類あるから選んで」


 アカリが選んだのは、炭酸飲料だった。大丈夫だろうか? 蓋をあけてペットボトルを手渡す。アカリは「ありがとう」といって受け取り、それを一口含むと、『ブハッ』と盛大にふき出した。


「な、なに、これ!?」

「今日はよくふき出すね、はは!」

「もうっ!!」


 アカリは赤くなりながら、非難がましく視線の端でこちらを見すえた。ちょっと、からかいすぎたので、デザート代わりに、有名な固形型の栄養補助食品を勧めてみた。チョコレート風味を気に入ってくれたようで、耳がわずかに揺れている。本人は隠しているつもりらしいから、だまって眺めることにした。


「じろじろ見ないで! 感じわるいわね!」


 おれの視線に気づいたアカリが抗議してきたが、「いや、別に」と笑いながら答えると、何かを察したのか、顔を赤らめた。


 昼食の後、アカリは、さっさと湧き水のところに行ってしまった。早く証拠を隠滅してしまいたかったらしい。ついでに足りなくなった水も汲んできてくれるそうなので、小型のポリタンクを持たせた。


 おれの方は、気になっていたことを確かめることにした。まず、わりと太めの棒切れを拾った。ビュンビュンと軽快に振り回せる。試しに岩に打ち付けてみる。いい打撃が入った。走ってみる。やっぱり、なんとなく早いような気がする。


 ――筋力が若干上がっているようだ。

 ――いや、まてよ。


 手ごろな石ころ拾って遠投してみる。元の世界で投げたときよりも勢いがあった。想像よりも高く上がり、遠くまで届いた。次は、さっきよりも少し大きく重い石を拾った。思い切り投げてみる。負荷がかかった。見た感じでは、予想どおりの軌道を描いた。さらに、思い切きり真上に跳ねてみた。普通なら届きそうもない枝に手が届いた。


 あぁ、わかった。おれの身体能力が上がったわけじゃない。この世界が地球に比べて低重力なんだ。はっきり分かるほどじゃない、でも、気のせいとはいえないほどの重力の差異がある。たぶん、重力加速度の数値にすれば、地球上よりも一割か、もうちょっと分だけ小さいはずだ。


 あぁ、なんという微妙なチート。運動好きな一般人が、競技者のたまごくらいに格上げされたくらいか? しかも、この世界の重力に慣れていくとどうなるだろう? だんだんと、この世界に見合った筋力に落ち着いていくのではないかと予想する。


 つまり、期間限定の微チート。何もないよりましだけど、地味なおれにお似合いの特典だなと、ため息と苦笑いしかなかった。


 気を取り直して、相棒のところに戻り、工具箱を取り出した。約束していた矢の修理を始めた。


 アカリは使えそうな矢を数本持っていき、傷んだ矢を矢筒ごと置いていった。八本ほどあるが、どれも傷みが激しい。矢柄が折れていたり、割れていたりするものもあるし、矢尻を失ったものもある。


 一度、バラバラにして、使えそうな部分だけで組みなおすことにした。比較的状態のいいまっすぐな矢柄を選び、先の潰れた矢尻を研ぎなおして先端に取り付けた。一度取り外した矢羽三枚分を三分の一回転ずつ、ずらして後端側に取り付け、糸を巻いて固定した。思ったよりも大変な作業で一時間たったところで三本分しか完成しなかった。そのうち何とか工夫しようと思う。


 遠くでアカリの声がする。戻ってきたようだ。


「シノー!」


 アカリが手を振っているのが見えた。


「ずいぶん遅かったけど、何かあった? 大丈夫?」

「これみて!」


 アカリはうしろに隠していた野ウサギを持ちあげて見せた。


「狩ってきたのよ! どうよ!」


 褒めてほしいみたいだ。立派なウサギだねというと、誇らしそうに薄い胸をはった。アカリは二人分の濡れた服を枝に掛け終わると、切り株に腰かける。だいぶ歩き回ったらしい。午前にあれほど走り回ったのだから、無理しなくてもいいのに。


「三本分しかできなかったけど、これ」

「ボロボロだったけどよく直ったわね」

「応急的な修理しかできなかったけど、とりあえず、手持ちの本数が少ないと不便だろうから使って」

「あ、ありがとう」

「それから、こんなの拾ったんだけど、時間があったら、これで矢羽根をつくってみてもいいんじゃないか」


 おれは、さっき偶然拾った綺麗な羽をアカリにみせた。


「これ、カキイロドリの羽ね! 臆病な鳥でなかなか姿を現さないからとても珍しいのよ」

「そうなんだ、見てみたいな」

「それに、とても美味しいのよ! まだこの辺りにいるかも、そうだ、探してくる!」

「ちょ、ちょっと待って!」


 あわててアカリを止めた。なんだろう? 狩りのことになると熱くなるみたいだ。おれもモノづくりに熱中すると周りが見えなくなるので、人のことはどうこういえないけど……



 アカリはなにやら身に着けた袋をゴソゴソとあさっている。


「シノ、これ。さっき薬草を見つけてきたのよ。手当しましょうか?」


 おれの左腕に巻かれた布は真っ赤に染まっていた。傷が開いたようだ。ずいぶんと動き回ったしな……。座席の後から、常備してある救急箱を取り出した。アカリは、よくもんだ草を擦り付けると、包帯を巻きつけた。


「鬼猿と戦った勇気の証、名誉の負傷ね!」

「な、何いってんだ。あいつらの下手な大振りなんて当たっていないよ! これは誰かさんのせいだぞ!」

「なにそれ、ひどいことする人がいるものね」

「…………」


 今朝の出来事は完全になかったことにするつもりだ。


「それより、うふふ、ひっかかったわね。今塗り込んだのは毒草よ!」

「はっ!? まさか、うそだろ?」


 アカリはすぐさま「うそよ」といって、腕の巻かれた包帯の上をパンと軽く叩いた。


「ぐっ……」


 ちなみに、薬草というのもうそで、ただのお茶の葉だった。薬草を探していたのは本当らしいが、見つからなかったらしい。素直にそう言えばいいのに……。ただ、お茶の葉でも多少の効果はあるからそのままでいいと言っていた。


「……悪い冗談だ」

「思い出したのよ……。今朝、あなたに酷いことをいわれた! 失礼なことを言ったお返しよ」

「な、なんのことだ?」

「……わたしのこと、『行き遅れ』っていったでしょ!」


 そういえば、あの時、そうとうお冠だったけど、まだ根に持っていたようだ。めんどくさい。念のため、もう一度あやまっておくことにした。


「ごめん、ほんとうはそんなこと思ってないから……悪かった」

「そうよ、少し傷ついたのよ」


 アカリは、そういったあと、何か言いたそうにしばらく躊躇っていた。そして、意を決したように顔を真直ぐこちらに向けた。が、言いにくいことなのか、少し視線をそらせた。


「ね、ねぇ、シノはこれからどうするの? もし行くところがないなら、わたしの村、アラメ村に来ない? 一人だとたいへんでしょ?」

「……おれが行ったら、迷惑じゃないか?」

「だいじょうぶだと思う。なんとかみんなを説得するわ」

「……ありがとう、助かる」


 村で世話になれないか、こちらからお願いしようとしてたところなので、アカリの申し出はとてもありがたかった。アカリなりに気を使ってくれたのかもしれない。


「じゃあ、村に帰りましょう!」

「ちょ、ちょっと待って」


 アカリはどうもせっかちなようだ。


「相談したいことがあるんだ。アカリの協力も必要だし……」

「ええ、なに?」


 軽トラでこの森を抜けるには適当な経路選択のための下見が必要だ。この森はそれほど木々が密集していないけど、軽トラが通るには木々の間隔が狭すぎるところもある。


 だから、適当に木を伐採する必要がある。何時間かかるか分からないので、今日は準備だけにして、明日の朝出発することを提案した。


 それと、アカリに伐採を任せるわけにもいかないので、当然おれが伐採作業の担当だ。そうなると、連携して早く森を抜けるため、アカリにクルマの運転を担当してもらう必要があった。自動変速機の車両なので、少し練習すればできるはずだ。アカリにクルマの運転をお願いすると…………


「はっ!? なに? わたしがアレを動かすの? 無理、無理」

「だいじょうぶ、そんなにむずかしくないから」

「ええー」


 クルマに乗って気持ち悪くなったことを気にしているかもしれない。だから、鬼猿と対峙したときの動かし方は普通でないこと、ゆっくり動かしている限りはすぐに止まれることを説明した。


「わかったわ。じゃあ、やってみる」


 はじめは渋っていたアカリも興味がでてきたのか、運転することを了承してくれた。


「さっそく練習してみようか!」

「アカリは運転者席に座って、この安全帯を締めて」

「こうね」

「それから、この丸いのが操舵輪で、足元の右側の踏み板がアクセル、その左隣がブレーキ…………」


 おれは、運転者席まわりの主な装置を説明し終えると、アカリに機関を始動してもらった。アカリのとなりにぴったり寄り添っているのは、非常時にブレーキを踏むためで、他意はない。


「じゃあ、アクセルをゆっくり踏むんだ」

「わっわっ」

「その調子。次、止まって」

「ん」


 アカリは、始めはおっかなびっくりだったけど、三十分も練習すると、だいたいのことはできるようになった。これなら、明日任せても大丈夫だろう。運転が上手になったことをほめると、アカリはうれしそうにした。


「そう、割と簡単ね!」

「で、これから、クルマで斜面を下るための経路を下見したいんだけど、ふもとまで案内してくれる? なるべくなだらかなところを選んでほしい」

「うん、わかったわ。ついでにカキイロドリも探してみるわ! いきましょう!」


 アカリは、下り斜面を先導しながら、繁みの方もきょろきょろと見て回った。カキイロドリは、ふだんは繁みに隠れて生活しているらしい。ずいぶんその鳥にこだわっているみたいだけど、そんなに美味しいものなのかと興味がわいた。


 おれの方は、軽トラの車幅と旋回半径と地面の傾斜を考慮しながら、経路を決め、伐採する木に目印をつけた。ついでに、邪魔になりそうな枝や藪は鉈で払っておいた。


 そして割と早く、三十分程度で緩やかな谷間にでた。さっきまでいた「北の岳」と呼ばれる丘陵とその西側にある「西の岳」との間に形成されたものだ。小川も流れていて綺麗なところだ。この小川がアラメ村の湖に繋がっているらしい。


 ――うん、これなら、だいじょうぶそうだ。


 川辺はそんなに起伏があるわけではないので、相棒なら十分進めるだろう。地形を確かめ終わると、アカリに声をかけて、元来た道を戻ることにした。


 そして、軽トラのところまで無事に戻ることができたけど、アカリががっくりと肩を落としている。一生懸命探したけれど、見つからなかったのだ。


「あぁ、カキイロドリ……」


 ――そんなに美味しいのだろうか。


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