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第8話 合戦のあと

 アカリは車酔いを起こしたらしい。生まれて初めて乗ったクルマであんなに振り回されたのだから無理もない。周囲の安全を確認したので、今は木陰で休んでもらっている。


 おれは替えのシャツをもっていたので内側のシャツだけ着替えた。上着はこれしかないので、あとで洗おうと思う。目の前に凄惨な光景が広がっているので、まずは後始末が必要だ。少し離れた場所に適当な窪地を見つけたので、ここに鬼猿の遺骸を集めることにした。遺骸に直接触れるのは嫌なので、索で括って引きずった。


 軽トラの周りと窪地とを何度も往復して遺骸を運んだ。ついでに、バラまかれた釘もできるだけ拾い集めた。タイヤがパンクしたら大変だからな。


 途中、足元に珍しい鳥の羽が落ちていたので拾っておいた。濃茶と橙色の横縞模様が綺麗だ。


 ――何の鳥だろう? 山鳥の尾羽かな?


 残りの遺骸も少なくなってきたところで、アカリが声をかけてきた。どうやら復活したようだ。アカリの上着も汚れてしまったのでいまは中着だけの状態だ。なんだか、顔を赤らめてモジモジしている。


「……シノ、あの、その、ご、ごめんなさい。服を汚してしまって」

「大したことないよ、どうせ返り血で汚れていたし。それより、もう平気? 無理をさせてしまって悪かったね」

「もう大丈夫よ」

「それから、これ、矢は回収しておいた。これで全部のはずだけど」

「ありがとう――あっ!」


 アカリは、大事なことを思い出したらしい。背伸びして軽トラの屋根を覗くと、何かを見つけて手を伸ばした。


「あった!」


 軽トラの室内に乗り込むとき、弓が邪魔だったので、ルーフキャリアに放り投げたらしい。さきほどのグルグルした運動で落ちたかもしれないと心配したそうだ。弓を取り戻してホッとしている。


「大切なもの?」

「ええ――父さんが使っていたもの。『小月像こつきがた』と呼んでいるの」

「名前があるのか?」

「ただの物なのに名前とか付けておかしいと思ってる?」

「…………」

「わたしにとっては大事なものだからいつまでもそばに置いておきたいの」

「そんなことないよ。おれもクルマに呼びかけることあるし……」

「そういってもらえてよかったわ。バカみたいと思われるかもしれないから、他の人には話したことがないの」


 日本には、付喪神の考え方があるからな。長い間使われれば、命がない器物にも魂が宿るともいわれている。大切な道具に名前を付けるのはそんなにおかしくもないよな。


「なんで、コツキガタと?」

「べつに大した意味はないわよ。弦を張ったときの反りが月みたいにきれいと思っただけ」

「そうか、いい名前だな」


 形見か、大事なものが壊れなくてよかった。大事なものといえば、アカリのナイフを借りたままだったので、汚れをふき取って返した。役に立ったことを伝えると、アカリも満足気だった。


「なあ、こっちのナイフには銘がないのか?」

「別にないわよ」

「なんで? 差別じゃないか」

「じゃあ、あなた名前つけなさいよ」


 ――余計なこと、言うんじゃなかった。


「む、村雨丸むらさめまるとかは?」

「悪くないんじゃない。意味とかは?」

「村雨は群れた雨という意味。鞘から抜くと刀身に露が浮かぶという有名な刀がある」

「なにそれ怖い。呪物じゃないの? やめてよ、そんな名前」

「呪われているのは村正むらまさの方だよ。村雨は無関係だ」

「そう、まあいいわ。さっきも叫んでたものね。その名がよっぽど気に入っているのね」


 最後の鬼猿を倒したときのこと、しっかり見ていたんだ。俯いてから、聞かれてないと思った。恥ずかしい。今度から自重しよう。


 ちなみに、村雨丸は、滝沢馬琴の南総里見八犬伝に登場する架空の刀だ。おれの名前によく似た八犬士の一人が使う宝刀なので知っていた。


「……シノ、片付け、わたしも手伝うわ」


 アカリに手伝ってもらい、すべての遺骸を窪地にまとめることができた。全部で四十三頭だった。枯れ葉や枯草をかぶせて、自然に還るようにした。最後に、大きめの石を積み、簡単な塚を築く。そして、瞼を閉じてそっと手を合わせた。


「何をしているの?」

「昔々から継がれてきた伝統、慣習。うまく言葉にできないけど、生き物の霊魂を鎮め慰める行為といえば分かるかな?」

「…………」


 鬼猿どもは人間にとって害でしかない残忍な獣だったけど、生命を有するものということでは人間と同じだし、鬼猿も生命を奪われることは嫌で、きっと怖かったはず。このようなことを説明したら、アカリは憎しみをこらえ、おれを真似て手を合わせて祈ってくれた。この世界の人たちの精神性は日本人に近いのかもしれない。そうと思うと何だか少しうれしくなった。


「これで……ひとまず、終わったな」

「そうね……」


 アカリの話では、この辺りに潜んでいた鬼猿はすべて討伐したはずなので、少なくとも二、三日のうちは、鬼猿に遭遇することはないだろうとのことだった。アカリは緊張から解けたのだろうか。表情が幾分柔らかくなった気がする。


「……シノ、わたしはね、あなたに先に行けと言われたときは、どうにかなりそうだったわ。わたしもあなたも、もうダメだと思ったのよ」

「……そう、怖い思いをさせてすまなかった」

「ううん、違うの。あなたはちゃんと戻ってきてくれた。そして鬼猿の群れを圧倒したわ。わたしもこの弓で五頭以上倒せたのよ」


 アカリの目元にうっすら涙が浮かぶ。


「わたしはね、今日父さんの仇を取ることができた気がするの。だから、今は、怖い思いをしたこともよりもうれしい気持ちの方が大きい。本当にありがとう」


 アカリが唐突に本心を打ち明けたので、なんと答えたらよいか分からず、ドギマギしてしまった。あんなに勝気で口の悪かったアカリの胸の内は、意外にも素直であたたかいものだった。


「ま、まだ、礼をいうのは早いよ。矢を直す約束が残ってるし……」

「ふふ、そうね」


 ――馬鹿だなおれ……もう少し気の利いたこと言えないのかよ……。


小月像こつきがたは、八犬士の一人、犬江親兵衛仁(いぬえ しんべえ まさし)が武勲により主君から拝領した短刀です。

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