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第6話 遭遇


 丘の頂を出発してから四十分くらい歩き続けた。黒の軽トラのところに大分近づいたところで、アカリが立ち止まり、耳をピクピクさせた。


 ――耳動くのか!?


 変なことに感心していると、アカリが小声で異変を告げた。


「何かおかしい! 鬼猿かも!」


 じきに、おれにもはっきりと聞こえるほど、得体の知れない複数の不気味な唸り声が響いた。


「油断したわ。一頭じゃない! こんな近くに来るまで気が付かないなんて」

「何頭くらいいる?」

「さぁどうかしら、気配からすると、二頭、いえ、三頭……」


 辺りを注意深く見渡すと、とうとう鬼猿の姿が視界に入った。なんてことだ。遠目にみても、最大の嫌悪感を催すような醜悪さだ。


「グゥゴ」「グルゥ」「グルル」


 三頭いる。距離にして百メートル強。鬼猿どもがこちらに向かって駆け出した。


「迎え撃つわ!」


 アカリが弓を構えて、先頭の鬼猿にねらいを定める。「ビュン」と放たれた矢は肩に命中。自慢するだけある。腕がいいというのは本当らしい。


 だが、その鬼猿は止まらない。

 二射目、今度は首に命中。先頭が崩れ落ちる。残り二頭。

 三射目、手前の一頭に命中したが致命傷には至らない。

 距離二十メールまで接近された。


 近くで見ると醜さがさらに増した。マントヒヒに深海魚とカエルを混ぜて十倍凶悪にしたような姿だ。


「!!外した!! だめ、間に合わない!」

「まかせろ!」


 おれは、手ごろな大きさの石を素早く拾った。


 ――久しぶりだな。


 腕と足を振り上げ、体重を軸足から踏み出した足に移すと、腕をしならせて一気に振り下す。放たれた石弾は、一直線の軌道を描き、手前の二頭目の胴を――わずかに外れた。


 醜悪な獣がもう間近まで迫る。でも、すかさず放った二投目が二頭目の頭蓋を直撃、陥没させた。その一頭が倒れこむと、もう一頭の方も巻き込まれて転んだ。


「「えっ!!」」


 アカリが驚いている。けど、おれの方がびっくりだ。


 実は少年野球の経験がある。投手ではなかったけれど、真直ぐ投げるだけならそこそこいけるのだ。だけど、いまの投擲は想像以上の勢いがあった。何か腑に落ちない。おれはこんなに肩が強くない。が、いまは余計なことを考えている場合ではなかった。


 三頭目が健在で、すぐに起き上がったのだ。だが、これはアカリの弓であっさりと仕留められた。


「シノ、すごいのね!」

「……あはは、たまたまかな」


 ――身体能力が上がっている!?


 思い返せば、この世界に来てから妙な感じがあった。なんでこんなことになっているのか理由を知りたかったけれども、これ以上考察する余裕はなくなった。


 アカリの耳が小刻みに動き、顔に怯えの色が浮かぶ。


「ま、まずいわ! 鬼猿の仲間がどんどん寄ってきている」

「どのくらい?」

「二、二十、いえ、たぶん三十以上よ」

「二人で戦ったら勝てそう?」


 アカリは、刹那の間、考えを巡らせていたが、すぐにあきらめの表情へと変わった。


「無理ね。残りの矢は十本ほど。あなたがすごいのはわかったけど……」


 アカリの見立てでは、たとえ半分くらい倒せても、こちらが先に出血で力尽きるだろう、とのことだ。鬼猿の爪と牙はとても鋭く、囲まれて一斉に襲われたら避けきれないし、興奮状態に陥った鬼猿どもはどんなに傷ついてもしつこく向かってくる、というのが理由だ。


 アカリはうつむいて謝罪の言葉を口にした。


「ごめんなさい。あなたに怪我させたわたしのせいね。血の匂いに寄ってきたんだわ」


 勝気すぎるほど勝気だったアカリにそんな弱々しいしい態度は似合わない、と思った。


 出会ってから一時間ほどしか経っていないけど、彼女は彼女なりに周りの人を守ろうと一生懸命なのがわかった。いつの間にかおれも守るべき対象に加わっていたらしく、それが何だか気恥ずかしい。


 ――そういうことなら、おれが頑張らないとな!


「あきらめるのはまだ早い。囲まれる前に走って逃げよう」

「どこへ?」

「クルマのところ! ここからそんなに離れていないはず」


 来るときに見た特徴的な地形があったので、現在地がどのあたりか、だいたい見当がついていた。相棒のところまで、ここからざっと一千メートルだ。この山道を全速力で五、六分といったところか。


 そこまでたどりつければ武器になりそうなものもあるし、なにより相棒の中ならここよりもずっと安全だ。なんとかなるはずだ。


「さあ、いこう!」


 アカリは何か言いたそうだったけど黙って頷いた。


 おれたちは軽トラの方へと走り出した。足を踏み出して数歩、勢いがつき、緩い下り坂を一気に駆け抜ける。鬼猿どもが騒がしくなったのも感じられた。


 なんだか体が軽い。アドレナリンが出ているのか? いつもより速く走れる気がする。百メートルくらい走ったところで、アカリを大きく引き離してしまったことに気がついた。


 なんだろう? アカリがすごく悔しそうな顔をしている。彼女は狩人だから走り慣れていると思ったけど、装備が重いのかな?


 アカリはこちらに追いつこうと一生懸命だ。おれは、一旦速度を緩めて彼女が追いつくのを待ち、並走した。何度か後方を確認しているうちに、とうとう鬼猿どもの姿が視界の隅に入った。おれはとなりを走るアカリを励ます。


「もっと急いで! 追いつかれる!」

「これ以上は無理よ! 先に行って!」


 軽トラまで五百メートルを切ったはずだ。だけど、おれたちを追撃する鬼猿の群れは数十頭にまで膨れ上がった。先頭を走る鬼猿まではもう五十メートルもない。


「がんばれ、クルマまでもう少しだ。」

「ハァハァ…………お願い、先に行って!」

「そんなことできるわけないだろ」


 アカリの走る速さは明らかに落ちてきた。鬼猿は三十メートルまで迫ってきた。やつらの荒い息づかいまでも聞こえてくる。


「アカリ、ちょっと我慢」

「えっ?」


 おれは、アカリの腰に右手をまわして矢筒を吊っている帯を掴んだ。


「いっしょに行くよ!」


 そして、アカリを脇に保持したまま、強く駆け出した。


「きゃっ!」


 下り坂を利用してさらに勢いを増す。鬼猿までの距離がわずかに開いた。


「あっ、いま見えた!」


 木々の切れ目に黒の軽トラを捉えた。その位置までざっと三百メートル。けれど、山道が上り気味になり、アカリの足が止まりそうだ。これ以上無理に押したら転んでしまう。追いかけてくる鬼猿との距離も再び縮まってしまった。このままではまずい。


「アカリ、このままでは追いつかれそうだ。さっき黒いクルマが見えただろう? あそこまで先に行って!」

「イヤ! あなたはどうするの?」

「鬼猿どもを牽制しながらアカリのあとを追いかける」

「ダメ! 危なすぎる!」

「よく聞くんだ! アカリはクルマにたどり着いたら、ルーフキャリア―一番高い屋根の架台の上るんだ。そこからおれを弓で援護してほしい」


 アカリが逡巡している。父親を失ったときのことを思い出しているのかもしれない。だが、このままでは二人とも助からず、ほかに適当な方法がないことも明らかだ。


「だいじょうぶ! アカリは必ずたどり着けるし、おれも必ず追いつくから」


 アカリは一拍おいて「うん」とうなずく。


「どうか無事で!」

「ああ、もちろん――さあ行って!」


 アカリが残りの気力を振り絞って駆け抜けていく。


 相手はざっと四十頭。

 悪いお猿さんたち、お犬様をなめるなよ!

 いざ、合戦だ!

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