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長耳娘と相棒と~現場監督の異世界害獣討伐記~  作者: スギタジュン
終章 シノの奮戦

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第47話 決戦 その三


 こちらの陣地は敵に対して逆ハの字型に広げている。左右の翼から矢を射かけて敵を潰すためにそうした。当然、先端部には敵の圧力が集中してしまう。


 でも、逆を言えば、いまはその先端部を敵がびっしりと埋めているのだ。適当な攻撃手段されあれば、こちらにとって都合のよい場所に集中しているとも言えた。


 巨大な投石機が目に映る。そばでカグヤちゃんが心配そうに見ていた。


「カグヤちゃん、いま撃つことはできる?」

「は、はい。石弾は詰め終わっています」


 おれは賭けにでることに決めた。


「いま、使おう」

「で、でも、敵が近すぎます。飛び越えてしまいます」

「スリング索をギリギリまで詰めて、真上近くに打ち上げよう」

「む、無理です。試したことがありません」

「時間がないんだ。このままじゃ防衛線が崩壊する」


 カグヤちゃんは、スリング袋の解放に失敗して、石弾があらぬ方へ降り注ぐ事態を心配しているようだ。


「多少は降ってきても大丈夫。盾で密集隊形をとるから」


 おれがそう説得すると、カグヤちゃんも覚悟を決めた。「はい、わかりました」と元気よく答え、投射の準備に取りかかる。


 それから、おれは、すぐに火矢を準備するように後方部隊へ伝達した。


「おい、シノ、何する気だ!?」

「投石機で目の前のヤツらに一撃を加える。タダの弓射小隊は、火矢を射かけて、火炎の壁を作ってくれ」


 いまこちらは風上だ。煙で視界が塞がれる影響は少ないだろう。タダはあまりにも冒険的な作戦に難色を示している。


「だいじょうぶか? この柵も燃やすのか?」

「ああそうだ。ここはもう限界。放棄する。全員、時機を合わせて最終防衛線まで下がろう。いったん距離を開けることができれば、まだ勝機はある!」

「あ、ああ、わかったぜ」


 後方部隊が急ピッチで後退の準備を進める。藁束が防御柵のまわりに積まれた。各部から用意よしの合図があがる。


「タダ、頼む。やってくれ」

「おうよ。いくぞ、火矢隊! 弓構え! 目標、鬼猿後方の拒馬きょば、よーい……放て!」


 火矢が一斉に放たれ、障害物として置かれた拒馬きょばに向かう。数十の火の線が拒馬きょばに括りつけられた可燃物に落下し、引火した。


 鬼猿の背後に、見る見るうちに火炎の壁が立ち上がる。少し遅れて目前の防御柵にも火がかけられ、乾燥した麦藁が勢いよく燃え始める。


 前後の火炎に阻まれた鬼猿が驚いて動きを止めた。群れのあちこちから恐怖に怯えた悲鳴があがる。


「いまだ! 後退、後退だ! 遅れるなよ」


 タダが後退を命じる。一部を残して、部隊が最終の抵抗線まで走った。火炎を逃れた鬼猿が必死に食いついてくるけど、槍手が落ち着いて排除した。


 おれはすぐさま投石機運用分隊に投射を命じる。


「投石機、打ち上げ。よーい……放て!」


 投射腕が跳ねがると、スリング袋もすぐに起き上がり引っ張られた。通常よりもずっと早いタイミングでスリング袋が解放され、一千の石弾が真上近くに放たれた。


「まもなく着弾。頭上注意、盾構え!」


 投石機の周りに残った運用小隊の一部とおれは、密になって盾を掲げる。盾の上に石弾がいくつか降り注いだ。バラバラと派手な命中音が続く。


「わっ、わっ!」


 この場に残ったアカリとカグヤちゃんがかわいいい悲鳴をあげる。すべて跳ね返したので大丈夫だ。ただ、遅れて降ってきた一発がクルマにドスンと直撃したときは泣きたくなった。


「……みんな、怪我はないか!? ここを放棄するぞ。最終防衛線まで急いで後退だ!」


 石弾が降り注いだ火炎の向こうからは、耳をつんざく悲鳴がいくつもあがった。


 だれも取り残されることなく、後退に成功した。



 火炎の勢いが衰え、白い煙が風で流れる。新しい防衛線からは敵の全容が見渡せた。火炎に巻かれて息絶えた敵はそんなに多くはないようだ。


 健在の敵はおよそ一千五百。ついにここまで減らすことができた。用意した石弾はすべて使い切った。残りの矢と投槍は敵の数とほぼ同数。


 こちらは五十人が怪我で離脱し、弓射小隊と投擲小隊を合わせて百五十人だ。彼我ひがの戦力差が十倍にまで縮まった。どちらが生き残るにせよ、あともう少しで決着がつくだろう。


 鬼猿どもはその目に憎悪の炎を揺らしてながらゆっくりと近づいてくる。前方には半壊した防御柵が横たわっていた。


 おれはシナツ部隊長に代って、あらんかぎりの声で最後の総攻撃を命じる。


「目標、前面の敵、総員、射ち尽くせー!」


 その声に反応したのか、鬼猿が駆け出した。弓射小隊の一斉射が敵を穿つ。矢が連続してうなりを立てて飛んでいく。こちらの防衛線まで半分も進まないうちに三百の敵が倒れた。敵の前陣がこちらに到達したときは、さらに三百が崩れ落ちた。


 鬼猿が気焔をあげて飛び込んでくる。が、最終防衛線の前の堀は深い。もともとあった浅い堀をカピバラ一家が掘り下げてくれたのだ。


 奴らが掘りに落ちる。長槍分隊が穂先を突き下ろした。あちこちで掘りに落ちた鬼猿が絶命する。弓からは矢が連続で打ち出され、槍が飛んだ。


 確実に敵を削っているが……


 ――矢玉が尽きる、槍も残り少ない……敵は残りあと少しなのに……


 ついに、ギリギリのところで、彼我の戦力比が逆転した。相手は百も残っていない。完全に形勢が逆転し、鬼猿が立ちすくんだ。怯えているようにも見える。


 ――今だ、今しかない。


 おれは、この戦いで初めてとなる「前進」の号令をかけた。


「小隊全員まえへ! 突撃、突撃だ!」


 堀の前に橋が渡され、みんなは思い思いに前に出た。喊声かんせいが大きなうねりとなって草原をめぐる。


 複数の槍手に囲まれた鬼猿は何本もの刃を受けた。最後の力を振り絞った抵抗をみせた鬼猿は無残にも袈裟に斬られた。あっという間に数十頭までに減り、戦意を完全に喪失した。


 そして、残りわずかとなった最後の集団は退却を始めた。戦場には行動不能となった呻き声をあげる鬼猿だけが取り残された。


 ――やつらが退却していく……


「どうなった?」

「お、終わった……のか?」

「か、勝ったのか?」

「おい、勝った、勝ったぞ!」


 遠くに逃げ去っていく鬼猿の残党をみて、みんなも勝利したことを理解する。あちらこちらから万雷のような勝鬨かちどきがあがった。


 おれも叫びたかったけど、もうそんな力も残っていなかった。このまま地面に寝転がってしまいたい。


「シノー!」

「シノ君!」


 アカリとサギリが駆け寄ってきた。


 そして……抱きつかれた。


「あ、あの……」


 ――当たっているんですけど……


「なによ、シノ、ぼうっとして。勝ったのよ。笑いなさいよ!」

「シノ君、やったね!」

「あはは……」


 二人とも元気なようだ。うらやましい。


 興奮が冷めると、疲労が重くのしかかってきた。体が鉛のように重い。体じゅうに傷を受けていることも分かった。


 近くでスンスンと鼻を鳴らす音が聞こえる。


「おー、おまえさんたち、どこに隠れていたんだ?」


 カピバラ一家が門前に姿を現した。勝因の一つは、カピバラ一家が掘り下げた穴のおかげだ。


「おまえさんたち、助かったよ。はい、これご褒美!」


 ポケットからキャラメル箱を取り出し、ひと粒ずつカピバラ一家にわけてあげた。


「あー、シノ! あなた、まだそれもっていたの?」

「シノ君、あたしたちも頑張ったんだから、それちょうだい!」

「は、はい、これが本当に最後。ひと粒ずつどうぞ」


 カピバラさんがまだほしそうにしているのだけど、本当にもうない。


「ごめんよ、カピバラさん」


 これで持参した甘いものはすべてなくなってしまった。まあいいか、彼女たちがこんなに楽しそうにしている。


 怪我人の手当が続いているけど、いまのところ、戦死者が出たという報告はあがってきていない。シナツ団長も命に別条はないようだ。


 ――ほんとうに、よかった……


 おれは傍ら小さいカピバラさんを撫でた。愛らしい姿に心が癒される。


 が、突然、カピバラ一家が立ち上がった。


「ん、どうした? カピバラさん」


 鼻をひくひくさせて、北の森の方を見つめ始めた。気のせいだろうか、つぶらな瞳に怯えの色が浮かんでいるように見えた。


 勘のいいサギリも何か感じとったらしい。


「ね、ねえ、アカリ、森の方か何かざわざわしていない?」

「そうね、なにか嫌な感じがする……」


 災厄の不気味な影が近づていることにおれたちはまだ気が付かなかった。


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