第44話 雨あられ
敵の前陣まで距離二百五十を切ったところで、この村の最大投射力を鬼猿の群に叩き込む。巨大な投石機から放たれ、空高く舞い上がった一千の石弾が弓なりの飛跡を描いた。
最高点を過ぎたところで、敵は、何かが自分たちの方へ近づいてくるのを認めたようだ。一瞬立ち止まり、飛翔物を注視した。
が、飛んでくるのが小さな石ころだと気づくと観察を止めた。おそらくその脅威を実感できていない。
単眼鏡の視野に映った鬼猿は不敵な嘲りを浮かべているように見えた。小石などどうでもいいと侮ったか、自分たちのところまで届くとは考えなかったのだろう。自然界にはありえない現象だから何が起こっているのか理解できないのかもしれなかった。
――やつらが低能で助かった……
長大な距離を飛んだ一千の石弾がほぼ同時に着弾する。敵の前陣を張っていた一角が大きく崩れた。
頭部への直撃を食らった鬼猿はあっけなく仰向けに倒れ、胸部へ固い一撃が加えられた鬼猿はフラフラとよろめき、膝から崩れ落ちた。
高速で落下してきた石弾に腕や脚を強かに打たれたものは、骨を砕かれた。即死を免れたのは運がいいのかもしれないが、絶叫をあげながら、のた打ち回る姿は哀れだとも言えた。
実のところ、命中弾になったのは三分の一もない。けれど、敵の一角が崩れ落ちるのを見て、自陣は歓喜の叫びで沸き返る。まあ、士気が上がったのはいいことだ。
特に投石機運用分隊は初撃の成功で喝采だった。この気運のまま次の攻撃に移りたい。
おれは、投石機の周りにいる運用分隊のみんなに手を振り、成功を一緒に喜んだ。ただ、いつまでも浮かれてはいられない。まだ、戦闘は始まったばかりだ。次の指示を大声で伝える。
「運用分隊、次弾投射用意! スリング索詰めろ。飛距離百五十に設定。十分以内だ、急げ!」
「はい、小隊長!」
運用分隊の責任者であるカグヤちゃんが元気よく応えた。まったくひるんでいないところを見ると、アカリよりも度胸があるように思えた。
一方、敵陣からは、腹の底からわきあがるような憤怒の雄たけびがあがった。仲間を減らされ、一丁前に怒ったらしい。だけど、それはお互い様だ。トミサン村で犠牲になった人たちの仇はここでとると決めたのだ。
敵は本陣中央に設置した投石機に憎悪の感情を向け、これを目指して突っ込んできた。腕を振りまわし、怒気を発する。牙がむき出しになり、醜い顔が一層醜くなるのが遠目にも分かった。
第三段階の作戦――本陣前、中域での掃討――がまもなく開始だ。この段階の成功の可否は、左右の斜面に挟まれた狭隘部に敵を誘い込めるかどうかというところにあった。万が一にも側面や背後に回り込まれたら危険だったのだ。
この点、いまのところは成功だ。鬼猿は我を忘れ、なりふり構わずにこちらを目掛けてやってくる。どんどん中央付近集まってきていた。こちらにとっては好都合だ。
敵の前衛は、もう少しで距離二百を切り、長弓の射程に入る。シナツ部隊長が右手を空へ高く掲げると、敵に向けてサッと振り下した。
「弓射小隊、投擲小隊、攻撃はじめ! 各小隊長は時機を計れ!」
「「了解」」
タダとおれは短く答えた。弓射小隊の方が射程が長いので、先に射ち始めることになっている。敵の圧力が最もかかる陣地中央付近には最精鋭の射手が配置されている。アカリもそこにいた。おれと目が合うとニィッと笑った。
弓射小隊長――タダ――があらん限りの声で叫ぶ。
「弓射小隊、総員、弓構え!」
射手五十人がすばやく矢を番え、弦を耳元まで引き絞った。次いで、弓をやや高めに持ち上げる。湾曲した軌道で最大射程を得られるように最適の仰角で打ち出すのだ。
「一斉射、よーい…………射て!」
まだ作り立ての新しい弓の弦がブゥンと唸った。最初の五十本の斉射がよく晴れた空を切り裂いて高く上がる。漆黒の矢がヒュルヒュルと飛んでいった。
初速は二百キロ近く出ているはずだけど、おれにはとてもゆっくり飛んでいるように見えた。
矢玉が標的に到達する前に、タダが次の斉射を命じる。
「二射目、射て! ……三射目も射て!」
連続三回の一斉射だ。敵がかたまる中央付近に百五十の矢が降り注いだ。
高角度で到来する矢を受けた鬼猿が何頭もひっくり返り、地面に縫い付けられた。手足を射抜かれた鬼猿は行動の自由を奪われた。首筋に矢を受けたヤツは悲鳴を上げることもできず、前のめりに崩れ落ちた。
敵の前陣が少し詰まり、鬼猿が密になる。
「崩れたぞ! 各個に射て! 射ちまくれ! ちょい低めだ」
射手から放たれた矢が乱れ飛ぶ。最前列を走る鬼猿がそれを引き受けることになり、少し太めに作られた矢が体の奥深くまで突き刺さる。耳をつんざくような悲鳴があがる。
被矢を免れた鬼猿も倒れ込んだ鬼猿に躓き、引っかかり、転げまくる。勢い余って前に飛んでいったヤツが今度は草むらに隠されていた罠の餌食となった。鋭く削った小枝に自ら突っ込み、動かなくなった。剣山を踏み抜いた奴は、悲鳴を上げ、行動不能に陥る。
敵の集団が恐慌状態に至った。もともと理性などないのだろうけれど、狂乱、騒乱の様相を呈している。
倒れた仲間をうまく避けた鬼猿も本格的に罠が仕掛けられている区域に入ると、それらから逃れられなかった。
低く張った索に引っかかり、転んでは刺突を受ける。落し穴に足を取られた鬼猿は勢いよく前に倒れる。穴に嵌ったまま後続の連中に押されたヤツの足は、あらぬ方向に曲がった。運悪くシーソートラップを踏み抜いたヤツはそのまま絶命した。
おれが生み出した光景なのだけど地獄絵図だ。心の呵責を覚えたけれど、いまは戦闘継続中なので飲み込んだ。
「あはははは! みて、アイツらバカね。シノの罠に引っかかってるわ」
「……あ、あのアカリ、少し、落ち着こう……」
次々と罠に喰われる鬼猿を目の当たりにしてアカリが妙な状態になっている。でも、もう慣れた。見ないふりをする。罠を仕掛けたとき、おれのことを「ひとでなし」のように言ったことはすっかり忘れているようだった。
相変わらず、敵は、なぎ倒されるのも構わずに突っ込んでくる。けれど、こちらの弓射小隊も懸命に応射した。戦局は拮抗していると言えた。
――悪くない……このまま削れれば……
戦闘の経過を見守っていると、カグヤちゃんから大声で呼ばれた。
「シノ小隊長! 投石機だいじょうぶです!」
「わかった。すぐに発射しよう……」
カグヤちゃんが運用分隊に手を振り、合図が返ってきた。
「用意よし、です!」
「投石機、第二次投射、よーい……放て!」
巨大な梁の腕が跳ねあがる。第一次の投射のときに比べてスリング袋は低い位置で解放され、それに一杯に詰められた石弾が高く上がった。敵から見れば、頭上から降り注いでいるように見えたかもしれない。密集していた分だけ、第一次の投射よりも命中率が高くなった。鬼猿集団の混乱にさらに拍車がかかる。
中域での戦闘が開始されてからどのくらい経ったのだろうか。時間を計り忘れてしまったので正確には分からない。もう、三千近くの敵を葬ったはずだ。おれは、このまま拮抗状態が続き、敵の前線を抑え続けることができるかと思った。
でも、それは希望的観測にすぎないということがすぐに明らかになった。倒れる敵が増えるにつれ、地面が敵の遺骸で塞がった。罠が効果を奏さなくなってきたのだ。罠自体もだんだんと壊れていく。
草原の奥から押し寄せる鬼猿が仲間の屍を踏み越えて、目の前の作戦域にぞくぞくと到達する。敵の塊がどんどん膨れ上がった。
とうとう弓射小隊の射撃が間に合わなくなり、前線がこちら側に押され始める。特に中央の圧力が強い。敵の前陣はもうすぐ近域に差しかかろうとしている。
――第三段階の作戦はここまでか……
弓射小隊はもう曲射ではなく、直射で敵に狙いをつけている。そばにいるアカリの弓からは、弦を蹴った漆黒の矢が真一文字に飛び出す。
「シノ、これ以上はだめ。支えきれない。押されている」
アカリをはじめ、射手たちは肩で息をし、額には大粒の汗が浮かんでいた。みんなはもうかれこれ百本以上の矢を射っているはずだった。
「シノ君、あたしたち、そろそろじゃない?」
投石具を担いだサギリが落ち着いた口調で問いかけてきた。
「ああ、そうだ。投擲小隊の出番だ」
第四段階の作戦――近域、必中距離での戦闘――開始だ。
――来るなら来い。こっちへこい。おれたちが相手をしてやる。
「投擲小隊! 投具構え! 目標、前列の敵。なぎ倒せ!」
小隊百五十名からは一斉に大小いろいろな飛翔体が放られた。急ごしらえだったので、規格がバラバラになってしまったのだ。投槍具からは一ないし二メートルの槍が、投石具からは大小さまざまな石弾が勢いよく飛ばされた。
おれは一番相性のよかった槍投げを選んだ。少し細めに、よくしなるように作った槍が頭と尻をくねくねと振りながら、低めほぼ真直ぐの飛跡を作り出して敵に向かった。
残念ながら鉄の鏃は用意できなかったけれど、この投槍には、黒竹の硬い表皮の部分で作った平根形の鏃がついている。平たい三角は両側が薄い刃状になっていた。
おれの放った槍がうまいこと前列の鬼猿に命中する。矢よりもずっと太く重い槍の威力は絶大だった。硬く薄い鏃が肋骨の存在などお構いなしに深々とめり込む。
「もっと素早く投げろ! 投げまくれ! 槍も石弾も十分にある。残りなんて気にするな。射ち尽くせ!」
おれの激励に呼応するように、左右のそでにまで広がった投擲小隊から、男の低い声と女の高い声がこだました。
この小隊には男ばかりでなく、多くの女が参加している。一部の村娘たちには投石紐を配った。ぐるぐる回して解放点で一端を離す練習も繰り返した。遠心力を使うことで、筋力が十分でなくても時速百キロ以上で石弾を飛ばせた。この重たく速い塊りが鬼猿に指向され、その体を砕く。
おれたち投擲小隊の攻撃が重なったことで、部隊全体の投射能力はざっと四倍近くになった。矢玉、石弾、槍が乱れ飛び、一分間に二千個近くの飛翔物が雨あられと敵を襲う。投石と投槍は、弓ほど正確に当てられるわけではないけれど、十分な訓練を積んできた。距離感を掴むと、投擲小隊のみんなが放った飛翔物はそこそこ獲物に当たり始めた。
矢が、槍が、敵の体躯に突き刺さり、固い石弾が肢体を打つ。
――よし! 流れはこっちに傾いた。
防衛部隊が攻勢に転じ始める。タダ――弓射小隊長――も、おれ――投擲小隊長――も、自分自身を鼓舞しながら、周りを大声で激励した。
「散れ、失せろ!」
「さあ、飛んで、当たれ!」
相対する敵はさらに勢いよく猛り狂った。
――一所懸命、ここで防ぐんだ。真の正念場だ。




