第43話 最後の五リットル
敵の群が草原に広がり始めた。
さっきの救出行動で、数百頭の鬼猿がクルマによる阻止線を抜けて村の本陣の方へと向かってしまった。しかたない。これは本陣に対処してもらう。
おれは一旦、敵軍の最前列からクルマを少し離した。態勢を立て直すのだ。改めて、第二段階の作戦を開始する。もう一度、敵に近づき、だいたい時速三十キロで前面を横切るようにクルマを運動させた。タダが射撃を命じる。
「最前列の敵を集中して狙え! 転ばせて、敵の勢いを削げ!」
特別班の射手が各個に射撃を始めた。射手から放たれた矢が正確に敵を射抜いていく。標的となった鬼猿が次々にもんどりうって転がる。順調に敵を削れているようだ。
が、草原の横幅はそんなに大きくないのですぐに端に近づいてしまう。おれは荷台に向かって注意を飛ばす。
「もうすぐ旋回するぞ! 動揺に注意!」
サギリが時機を図ってくれた。
「まもなく右へ旋回、三、二、一、今!」
軽くブレーキを踏み、右に舵を切る。クルマは草の上を滑り、頭を振り終えた。また敵を抑えつけるように前面を横切り始める。草原の横断には、一航過あたり、二分ほどかかり、その間に十二名の射手から二百五十射あまりの矢が放たれた。近距離でおおむね敵に命中しているので、敵を漸減していくのに成功している。横たわる敵が増えるにつれ、敵の進軍速度が滞り、その結果、命中率が上がった。
――いい感じだ。この調子で……
しかし、おれは草原に群がる害獣の波を目にして、背筋が凍りついた。
敵の最後尾が草原に到達したとき、草原は奴らで埋め尽くされたのだ。分かってはいたけれど、やはり驚異的な数だ。二万頭に近い。もうかれこれ、二千頭くらいは倒しているので、当初の群は二万頭を超えていたのかもしれなかった。
――こんなのどうすればいいんだよ……
後方のアカリから声がかかる。
「シノ、矢の残りはあと二千本くらい、一人当たり二百本はないわよ!」
「わかった! よし、もうあと十回、敵の前面を航過する」
射手は懸命に射ち続けた。倒しても倒しても波は止まらない。とうとう矢を全部打ち尽くした。さらに二千近くの敵を屠ったはずだけど、侵攻の勢いは全く弱まらなかった。
燃料計は零に近い。そして、とうとう燃料残量警告灯が点灯した。もう残りのガソリンは数リットル、多くても五リットルはないだろう。
――どうする……戻るか……
しかし、この大群を本陣で迎え撃つのは厳しいかもしれない。
矢を射ち尽くし、最初の仕事をなし終えた射手がおれに注目しているような気がした。
まだ、序盤だ。ここで押し負けてはいけない。
「シノ君、どうするの? もう矢は射ちつくしたよ」
「まだ、このクルマは走れる。体当たりで敵を削る! サギリは後ろにそう伝えて」
できるだけこの手は使いたくなかったけれど、やむを得ない。おれは車体で敵を直接葬り去る手段を取った。すべての射手は荷台の防護壁に身を隠してもらうことにした。
群れの前線を突破し、懐に飛び込むと、おれは、緩やかな傾斜を利用してクルマを一杯まで加速させた。時速百キロに近い重量物が草の上を疾走する。
針路上に運悪く位置した敵は斜め後方から近づくこちらに気づくことなく、衝角の餌食となり、絶命する。車体に鬼猿がぶち当たる衝撃音が連続して鳴り響く。そのたびに車体の一部が変形していく。偶然高く跳ね上げてしまった鬼猿がフロントガラスに衝突した。鈍い音が響き、ガラスにひびが入る。
――すまない、相棒……もう少し耐えてくれ……
「シノ君、大丈夫、辛そうだけど……」
「問題ない、あと少し、もう少し……」
おれにとっては長い時間が経ったような気がしていたけど、時計を見れば、実際は十分くらいの出来事だった。草原には行動不能に陥った鬼猿があふれ、無残な姿をさらしていた。
依然として勢いの衰えない敵の大群は本陣に迫っていく。
――そろそろ限界か……戻ろう。
「サギリ、後退しよう! 次は本陣で応戦する」
「わかった。後ろに伝えとくね」
おれは第二段階の作戦終了を宣言し、針路を本陣に向けた。敵の前線をみるみる引き離し、クルマは安全帯を真直ぐ進む。さきほど、クルマによる阻止線を突破した鬼猿も大部分が罠の餌食になっていて、残りも射手の残留組が仕留めたようだ。
本陣側がこちらを認めると、門が開かれ、浅い堀に橋が架けられた。おれたちの帰還は一部からは歓声で迎えられた。鬼猿を射抜いた本陣の射手は、訓練の成果を確かめることができたようで、肩の力がよい具合に抜けていた。
でも、防衛部隊の大半は表情が固い。迫りくる敵の大群を見て、委縮し、心が挫けかかっているように見えた。
そんななか、タダの大声が鳴り響く。
「特別班解散、すぐに配置につけ! 弓射小隊! ここが踏ん張りどころだぞ! 絶対に押し負けるな!!」
タダが射手を再配置し、檄を飛ばす。あちこちで意気軒昂な叫びがあがった。少しは士気が持ち直したようでほっとした。
カグヤちゃんがおれに近づく。
「おにい、じゃなかった……小隊長! 平衡錘投石機、準備よし! いつでも撃てます!」
「ご苦労さん、そのまま待機して。こちらから合図を送るから」
「はい! 了解です!」
投石機の錘は最高位まで吊り上げられ、スリング袋には石弾がいっぱいに詰められていた。作製した当初は無用の長物に思えたけれど、こうしてみれば、この村の最大射程を誇る投擲手段として威容を誇っていた。
「シノ小隊長、御苦労さまでした。もう少しで敵主力の前線が中域に差し掛かります。最初の攻撃命令を」
「了解です。シナツ部隊長」
おれは単眼鏡で敵を注視し、草原に立てた旗の目印を基準にして、敵の前面が投石機の最大射程に収まる機会を計った。何度か試した。必ずあそこまで届くはずだ。
「投石機運用分隊、まもなく……よーい……放て!」
おれの合図で投射腕を係止していた索が解かれた。巨大な錘が落下を始める。スリング袋は、投射腕の動きに遅れて、最初はゆっくりと引きずられた。そして、あっというまに高く持ち上げられると、解放された。
「「飛んでけー!!」」
アカリ、カグヤの姉妹の声が響いた。
千個以上の拳大の石弾が空高くバラまかれる。
それを見たみんなから、嵐のような歓声が上がった。




