第42話 急行
助手席にサギリ、床を延長した荷台に十二名を乗せている。
圧倒的な積載オーバーだ。
エンジンが喘ぐように回転数を上げていく。陣地の中央から遠域へ、罠を設けていない安全帯を設けてある。クルマはここを真直ぐ進んだ。
アカリは荷台に設けた櫓の一番前、つまり、客室の座席のすぐ後ろに陣取った。
リアガラスは外してしまったので、それがあったところはぽっかりと開いている。
後方を振り向くとアカリがいた。
それで、なんというか、こちらの座席の方がだいぶ低い位置にあるので、角度的にその……アカリの太ももがチラチラ見えてしまった。
だが、今は作戦中だ。余計なことは言わない方がいいだろう。決して役得だなんて考えたわけではない。やましくない……
「あの、シノ君」
「はっ、えっ、な、なに?」
助手席に座るサギリに急に声をかけられ、挙動不審になってしまった。
「えへへ、あたしたち、大事なときはいつも一緒ね! この前の出陣のときもそうだった」
「そ、そうだね……」
「偶然かな? 運命かもね! シノ君、そう思わない? あたしはうれしいわ!」
「あはは……」
天井がドンと叩かれた。後ろをちらっと見ると、アカリが屈みこんで、こちらを睨んでいた。
「ちょっと、二人して何ペチャクチャおしゃべりしているの? もっと真剣になりなさいよ!」
「は、はい」
――おれはさっきから真剣なんだけど……
北の岳の南端まで、あと半分だ。谷あいがよく見えるようになってきた。敵が進軍中だ。
――やっぱり多い……最後尾が分からない。
「ねえ、何頭いるのかな?」
能天気なサギリもこの数を目の前にしてさすがに不安になったのか、心配そうに尋ねてきた。
「二万は超えるかもしれないな……」
「シノ君、ずいぶんと落ち着いているんだね」
野鳥の会の人が持っているあのカウンタがあれば勘定できるかな?などと少し馬鹿なことを思いついたけど、そんなくだらない考えはすぐに消した。
「サギリ、しょせんは獣だよ。数は多くても知性はない。人間を相手にするよりもずっとましだ」
「へぇー、守人さまからみるとそんなもんなんだ」
少し強がって見せただけなのに変に感心されてしまった。
本音のところでは、もちろん、あんな醜い生き物に近づきたくない。囲まれたらと思うとぞっとする。
「あ、あれ?」
「どうかした?」
サギリが何か異変を感じ取った。
「先頭のあたり……何か変ね……」
サギリがおれの胸ポケットから単眼鏡を取った。
「シノ君! たいへん! 人が追われてる」
「サギリ、貸して」
おれはハンドルを握りつつ、単眼鏡をすばやく目に当てた。
――あれは斥候役の人だ。
二人が鬼猿の群に追われていて、あと少しで追いつかれそうになっている。
「タダ! タダー! 先頭を見ろ、斥候役が追われている」
「なんだと!」
荷台の乗っている射手たちも異変に気が付いた。
群れの先頭はまもなく草原に到達しようとしていた。
斥候役は、離脱に失敗したのかもしれない。まずいことにこのままでは囲まれてしまう。
「タダー! 助けに行くぞ!」
おれはタダたちにそう告げた。
――間に合うか? 間に合ってくれ……
――いや、間に合わせるんだ!!
おれは安定して走行できるギリギリまで速度を上げた。
第二段階の当初の作戦は、群れの前面をクルマで抑えながら、離隔して射撃を加えるというものだった。
だが、このまま行けば、群れの中に突っ込んでしまう。いきなり、想定外だ。
全力で逃走中の斥候役が草原に到達した。が、うち一人がとうとう力尽きて倒れてしまう。もう一人が必死に庇っている。男だと思っていたけど、二人組は両方とも女だった。
たしか、あの人たちは東方面に放った一組のはずだ。逃げ遅れて群れの進軍に巻き込まれたか……
数百の敵が二人を包囲しつつあった。
鬼猿は、獲物を手中に収めたことを確信したのか、それともじっくりなぶり殺しにするつもりなのか、一気に襲い掛かるつもりはないようだ。徐々に取り囲む輪を狭めている。余裕ぶったその態度がこちらにとっては有難い猶予となった。
二人はもう目と鼻の先だ。
大事な射手を近接戦闘に晒すわけにはいかない。
「サギリ、運転代わって! さっき指示したとおりに動いて!」
「うん!」
おれはサギリにハンドルを預けると、窓を全開にして身を半分乗り出した。
「シノ! これを!」
「ああ、借りとく。矢も何本かほしい」
アカリが村雨丸と矢をおれに手渡した。それらを腰帯に差し、それから、クルマの脇に括りつけていた刺股も手に取った。まあ、刺股といっても、だいぶ改良を重ねた結果、いまは両鎌槍に近い形になっている。
「みんなしっかり掴まれ! サギリ、いま!」
サギリは包囲網の中心に突っ込むと、ブレーキをかけながらハンドルを一杯まで切り、最小半径で旋回して二人を取り囲む鬼猿を豪快に蹴散らした。
射手の援護射撃が始まった。
おれは草地に飛び降りる。勢いが止まらず、ごろごろと転がってしまった。すぐさま立ち上がると、二人のもとへ急いで駆け寄った。
一人はなんとか無事のようだけど、もう一人は疲労困憊で怪我もしている。
「シノさん、ごめんなさい。逃げ遅れてしまったの」
「気にしなくていい。奴らを引き付けることができて好都合だ。そんなことより、いまは退路の確保!」
変則的な機動でクルマを操っていたサギリがおれたちの手前ギリギリのところにクルマを横付けした。タダがまず怪我人を強引に引き上げる。必中距離での射撃が続き、敵を削っていく。
けれど、鬼猿は多くの仲間を殺されたことに逆上したのか、それまでの舐めた態度を翻して、標的をおれに替えて急に襲い掛かってきた。
おれは刺股を振るい、一頭をなぎ倒し、刺突を繰り出して一頭を血祭りにあげた。低い位置から飛びかかってきた一頭を刺股で押し返し、地面に縫い付けて、安全靴でその喉元を踏み抜く。首の骨が折れる感触が伝わり、それは絶命した。
それでも、やつらは次から次へと飛びかかってきては、おれに張り付こうとした。間合いに入ってきてしまった鬼猿には、手突矢で対処する。腰から抜いた矢を直接ぶっさした。
「シノー! 後ろ!」
背後から迫った一頭に喰らいつかれた。肩口に牙が突き立てられた。
――痛ッ! このやろう!
おれはそいつの首根っこを掴むと、強引に引っぺがした。
「シノ君、みぎー!」
横から飛びかかってきた一頭に間合いに入られてしまった。刺股を手放し、村雨丸を抜いた。脇の柔らかそうな部分に鋭い剣突を入れ、そのまま引き裂く。
「シノ、二人とも回収した。おまえも早く乗り込め!」
射手は懸命に矢を放っているけど、数が多すぎてきりがない。おれは助手席側の窓からクルマの中に飛び込んだ。
「サギリ、早く敵から離隔して! 衝角で跳ね上げて構わない!」
クルマは急発進。前方に立ちふさがる奴らを跳ね飛ばしながら、鬼猿の密集帯から抜け出た。保護した二人は、ぐったりと荷台にうずくまっている。でも、命に別条はないようだ。
「シノ君、肩、血が……」
「ああ、たいしたことない。それより運転すごいじゃないか、助かったよ、ありがとう」
「えへへ。シノ君もね!」
さっきの戦い方をみれば、華麗さの欠片もない、ただの力押し。でも、まあ、それでよかった。斥候役はどうにか保護できたのだから。
おれは息を整え終わると、サギリに運転の交代を申し出る。サギリの横にぴったりとつき、ハンドル操作を受け取ろうとした。
「あっ、シノ君どこ触ってるの?」
「ご、ごめん……」
意図せず柔らかいところに当たってしまった。
サギリがからかうように耳打ちする。
「そういうのは、みんなのいないところでね」
「あ、あの……」
サギリの悪ふざけに翻弄されていると、屋根がドンドンと叩かれた。
――あーあ、きっとアカリだ。無駄に耳がいいんだ……。
「ちょっと! そこ! 何いちゃいちゃしてるのよ!!」
「別にそんなつもりは……」
「シノ! あなたさっき死にそうな目に合ったのに随分と余裕ね! 後でお説教! 覚悟しなさい!!」
――ええー……がんばりが認められないって悲しい……




