第41話 接敵
鬼猿との会敵を予想していた日を迎えた。
奴らが活動を始める日の出の前から、村人全員で周囲の見張りに当たっていた。けれど、特に異常は見当たらず、敵発見の報はお昼近くになってももたらされなかった。
二日前から数組の斥候を周囲に放ち、索敵を続けている。けれど、こちらにも一向に引っかからない。
「ねえ、シノ、なかなか来ないわね」
「ああ、そうだな」
「どうせなら早く来ればいいのにね」
せっかちなアカリはもう痺れを切らしているようだ。群れの進む速さが見積もりよりも遅いのかもしれない。それか……もしかしたらもうすでに北の方へ抜けてしまったのかも……。
が、おれは都合のいい解釈をしようとしたところで、すぐにその甘さを振り払った。油断は禁物だ。これまで職場で根拠の薄い甘い見積もりをしたせいで、何度か失敗し、周りにも迷惑をかけたことがあった。いまこの場面は人の命がかかっている。慎重に物事を進めようと身を正した。
それにしても……
周りからは「もう来ないんじゃないか」とか「散り散りになったんじゃないか」とかの声があがり、楽観的予想が支配しつつあった。
緊張状態が何時間も続くのはよくない。みんなの集中力が途切れかかっていた。
「部隊長、少し早いですが一部を残してお昼にしましょう!」
おれは防衛部隊の総指揮を預かるシナツさんに進言した。シナツ部隊長はおれの提言を了承すると、警戒態勢はそのままに、交代で軽く昼食をとるよう各々に命じた。
ちなみに部隊は、弓射小隊の約五十名と投擲小隊の約百五十名から編成されている。弓射小隊の小隊長はタダ。この小隊は狩人を含む村の最精鋭で構成されている。アカリはこの小隊の所属になった。
おれはなぜか投擲小隊の小隊長に任命された。この小隊は、投槍分隊、投石分隊、投石機運用分隊からなる。投槍・投石分隊は、主に村の壮年と少年、それと体力に秀でた女達から構成された。サギリは割と腕力があったので、ここに配属された。また、この分隊は、敵との近接戦闘に移行したとき、武器を槍に持ち替えて、弓射小隊の援護にまわることにもなっていた。
カグヤちゃんは、開発当初から平衡錘投石機に携わっているので、投石機運用分隊の責任者になってもらっている。主に村の女達で運用する。
そのほかに補給衛生を担当する約五十名からなる後方部隊を置いている。主にトミサン村の人たちだ。
部隊の大部分が昼食を取り終えたころ、櫓に登っていた見張り役から大きな声が上がった。
「見えた! 狼煙が上がったぞ! 北東だ!!」
北の岳と東の岳の間の遠い谷あいの辺りから狼煙が上がっているのが見えた。
敵の進軍経路は予想のとおりだ。敵は北の岳の東寄りを南下してくる。このままいけば、目の前の草原で会敵する。
鬼猿発見を知らせる鐘の音がけたたましく鳴り響く。村は一挙に緊張に包まれた。が、おれは小躍りしたくなった。会敵が北側ならこれまでの準備が報われる。防衛部隊は、この陣地に守られながら、全能発揮が可能だ。
シナツ部隊長が大声で命令を飛ばす。
「全員配置に付け! 南側の部隊をすぐに戻すのだ!」
村の南側を警戒するために配置されていた弓射小隊の一部も鬼猿発見の報を受け取ったようだ。じきにこちらに戻るだろう。
ともあれ、敵との会敵位置と時機を特定するという第一段階の作戦は終了だ。
次の第二段階の作戦はおれと相棒の出番。「遠域」を舞台にして、機動力を使った敵の漸減作戦を行う。弓射小隊のうちの精密射撃に秀でた特別班十二名をすぐさま乗車させる。
「早く乗り込んでくれ! 急ぐんだ」
おれはエンジンをかけて暖機しながら、乗車を促した。特別班の班長はタダが兼任している。アカリは特別班には加わらず、助手席で運転の支援をしてもらうことになっていた。
「シノ、みて、谷が鬼猿で埋まっているわ! 途切れない。最後尾が見えないわ。いったい何頭いるのよ……」
「草原に吐き出されるまでははっきりしたことは分からないな」
「で、でも、一万は優に超えてるわよ!」
たしかに、みんなに伝えた予想よりも多い。
――二万に近いかも……
「アカリ、大丈夫、想定内だ! おれもシナツ団長も敵の数を多めに見積もっていた。そのつもりで準備してきたんだ!」
おれはアカリを安心させるつもりでそう答えたけれど、実際は自分自身に向けて言い聞かせた言葉だった。
ここ数日、できる限りの準備をしてきた。おれの本分に属する仕事だ。これまで小さな工務店で先輩たちに怒鳴られながら一つ一つ仕事のやり方を学んできた。失敗したことも多かったけど、それなりに経験を積んできたのだ。自分のやってきたことが正しいと信じたかった。
「う、うん。ごめんなさい、シノ。弱気になってしまって――あなたを信じるわ」
「ああ、任せてくれ。みんなは訓練のとおりにやればいい」
アカリの期待に応えたい。おれは自分自身を勇気づけた。
そのあいだ、南側から戻ってきた射手が次々とクルマに乗り込む。
が、しかし……特別班の班長タダが焦った様子でおれに告げた。
「シノ、すまん。おれの失策だ。少し離れたところに配置していた奴らがまだ戻らない。どうする? 待たずにこのまま行くか?」
「何人足りないんだ?」
「二人だ」
乗車予定の射手二人が遅れていた。射手は予定のとおり一杯まで乗せたい。この第二段階の作戦で、射手一人当たり二百以上の敵を屠る算段なのだ。二人も欠員があれば効果が落ちる。
「シノ、わたしが荷台に移るわ」
アカリが射手に加わることを申し出た。
「シノ殿、私も乗せてくれ」
「ダ、ダイカクさん……」「ダイカク叔父さん!」
アカリとダイカクさんが荷台に乗ってくれるなら射手は確保できる。けど、ダイカクさんは怪我がまだ治りきっていない……。
「シノ、迷っている暇はないぞ」
タダのいうとおりだ。しかし、運転の補佐をする者が欠けてしまった。考えたくもないけど、おれに万が一のことがあった場合に備えて、代わりに運転できる者を助手席に座らせておく必要があった。
「シノ君! あたしが乗るよ」
愛用の槍を手にしたサギリが駆けつけてくれた。
「そ、そうか! じゃあ、サギリ、頼む。早く乗り込んで」
「了解でーす!」
特別班の準備が整った。タダが運転者席に告げる。
「シノ、こちらはいいぞ」
「わかった!」
おれはアクセルを踏み込んだ。クルマが走り出す。
景気づけに警笛を鳴らしてみた。「ビィー」という長一声が鳴り響く。すでにそれぞれの持ち場についたみんながさかんに手を振っている。
――相棒、さあ行こう!




