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長耳娘と相棒と~現場監督の異世界害獣討伐記~  作者: スギタジュン
第三章 異変

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第40話 手紙


 避難民の保護から五日目。会敵予想は明日。


 おれは作業場で一人、つめの作業をしている。


 昨日と今日とで戦闘準備は大幅に進んだ。陣地はほぼ予定どおり築けたし、武器もなんとか揃った。ただ、矢玉は目標にしていた六万本には届かず、そのうち、鏃と矢羽のある完全な矢は一万本程度にとどまった。


 でも、投石・投槍で矢玉の不足を十分に補えると期待している。


 投石・投槍の部隊には、村の壮年たちが主に割り当てられていた。石や槍を投げる動作がくわを振る動きに似ているのか、普段から農作業に従事しているこの人たちの上達が早かったのだ。弓射の部隊との連携も初めのころに比べて随分とよくなった。


 ――よし、できた。ここまででいいだろう。


 トラックの改造がやっと完了した。見た目はかなりカッコ悪くなったけど、仕方がない。


 全周を厚い板で覆い、前面には衝角ラムっぽいものを取り付けた。 衝角ラムというのは、まだ砲の性能も射撃の管制も十分でなかった近代の水上艦の艦首に設けられた装甲で、敵艦に体当たりして相手の航行能力を奪うことを目的にした武器だ。おれはこれを車両に応用した。万が一、群れに囲まれたとしても体当たりで進路を確保できるようにと考えたものだ。荷台にはやぐらを組んで射手いてを配置できるようにしてある。


 あと、座席の後ろ側のリアガラスは取っ払った。荷台の射手とやりとりするためだ。


 一息ついていると、それまで軽快に回っていた発電機の音がおかしくなった。


「バルバルバル…ドッドッドッ…ドド…ド……」


 とうとう止まってしまった。


 燃料槽を見ればからになっている。燃料が尽きのだ。これでもう、再び動くことはない。


 おれは世話になった発電機をポンポンと軽く叩く。


 ――いままでよく頑張った。お疲れさん!


 エンジンの回転音が消えたので辺りは急に静かになった。


 村のみんなはだいぶ前に作業を切り上げている。ここ数日休む間もなく作業に当たっていたので、だれもかれも疲労が溜まっていた。青年団の指示で今夜は早めに休むことになってる。


 が、突然、静寂が破られた。外の方からおれを呼ぶ大きな声がする。


「シノくん、シノくーん!」


 アカリのお母さんだった。アカリも一緒だ。


「シノくん。ごめんなさい。さっき思い出したの。ほんとうに遅くなってごめんなさい」

「慌ててどうしたんですか?」

「シノくん、これを」


 そういって、イズノさんは辞書くらいの大きさの包みをおれに渡した。


「これは?」

「忘れていたの、ごめんなさい。ジン、私の亡くなった夫が大切に保管していた物なの」

「シノ、それはね、父さんの家系に代々伝わってきたものらしいの。わたしもこんな物があるなんて知らなかったわ」

「そんな大事なものをどうしておれに?」


 イズノさんが言うには、守人さまの形見らしい。この村が再び危機に陥ったときに、この村にきた迷い人に渡すべきものだと旦那さんが生前に言っていたそうだ。


 イズノさんがしきりに謝る。記憶から抜け落ちていたらしい。ずっと昔のことなので無理もない。


 ――守人さま、リュウジさんが遺したもの……


「事情は分かりました。何が入っているのですか?」

「私も聞いていないの。大事な物だから人目に触れないところに保管しておくようにとしか……」

「そうですか、中身を確かめてもいいですか?」

「はい、どうぞ、開けてみて」


 包みを広げると、ずいぶんと古ぼけた木箱が出てきた。木釘で蓋がしてあって、ちょっとやそっとじゃ開きそうもない。


 おれはアサリのないのこぎりで慎重に木釘を切り、蓋をそっと外した。中には木屑がびっしりと詰められていた。おれは、その木屑をそっと取り払う。


 ――あれ、また、木箱が出てきた。それに……


 封書が三通入っていた。一、二、三と番号が振ってある。これはおそらく守人さまが書いたものに違いない。


 一通目を手に取り、ゆっくりと開いてみた。


「ねえ、シノ、何が書いてあるの?」

「ちょ、ちょっと待って」


 アカリが急かす。手紙には几帳面な日本語でこう書かれてあった。


==============================

 いつか現れるかもしれない日本人へ


 私は昭和63年にこの地に落ちてきた者です。

 きっとあなたも苦労していることでしょう。

 心中お察しします。


 鬼猿と戦闘することがあれば、役に立ててください。

 予備弾倉に弾薬18発分を残しておきます。


 御武運をお祈りします


 日本国陸上自衛隊 陸曹長 里見さとみ 隆二りゅうじ

 昭和38年鹿児島生まれ



 追伸

 二通目の封書には小銃の整備方法を簡単に記しておきました。

 三通目の封書も用意してありますが、もしあなたがこの村を気に入ってくれたなら、読んでください。そうでなければ読まずに破り捨てて結構です。

==============================


 ――こ、これは……


 おれは少しの間固まってしまった。


 一度読んだだけでは内容がすっと理解できなかった。もう一度読み返してみる。二百年も前から届いた手紙には驚くべきことが書かれていた。信じられない思いがした。


 ――里見さんというのか……


 この村の人が守人さまと敬愛する人物は、やはり、過去にこの世界に飛ばされてきた日本人、陸自の隊員さんだ。


「ねえ、シノ、どんなことが書いてあるの?」

「これは守人さまから迷い人に宛てて書かれた手紙。この小箱に大事なものが入っているって」


 おれは小箱を開けてみた。中は油紙で覆われていた。それを丁寧に広げると、石灰の粉が詰まっていた。それをかき分けると、別の油紙で厳重に包まれた固いものが現れた。


 粉を振り払いながら慎重に包みを解く。手紙に書かれたとおりのものが出てきた。黒光りする手の平くらいの大きさの弾倉だ。弾も装填してあった。見たところ錆も浮いていない。保存状態はいいようだ。


「シノ、それ何?」

「雷の杖に込める弾だよ」

「弾?」

「そうだよ、これが雷のもと」


 ――でもな……二百年も前のものが……


 おれは、二通目の封書を開く。便箋のようなものが数枚入っていた。

 一番表の書面は「64式7.62mm小銃整備実施要領」と題されていた。手書きのイラストで小銃の分解図が示されていた。それに細かい字でびっしりと清掃手入れの方法が書き込まれている。


 ――えぇ、こんなところまで分解するのか……それにしても部品が多い……


「シノ、細かい絵ね。なんだかわたし頭がクラクラするわ……」

「雑なアカリにはこの作業は無理かもね、はは」

「う、うるさいわね」


 だけど、おれの手にも余る。物づくりは好きだけど、こういう細かいものはあんまり得意じゃなかった。


 ――それに……


 分解して整備したところでどうなる? 仮に小銃の方が完全に動くようになったとしても、この弾薬は二百年も前のものだ。火薬について詳しくはないけど、化学的な性質が経年で変化することは確かだ。不発ならまだしも、暴発とかしたら……


 アカリとイズノさんがおれの方を心配そうに見ている。思えば、この人たちは素性も知れないおれにずっと親切にしてくれた。カグヤちゃんやサギリ、大工寮の仲間たちの顔も浮かんだ。


 ――よし、決めた!


 おれはいまからこの小銃を整備することにする。使えるか、使えないかは分からない。でも、この村のみんなを守りたい。後悔がないように、できることはすべてやっておこうと思ったのだ。


「イズノさん、すみません。雷の杖をおれに預けてくれませんか。いまから鍛冶屋さんのところへ行って清掃手入れをします!」

「わ、わかったわ。お母さんに掛け合ってみる。取ってくるから待っていてくれるかしら」

「はい、お願いします」

「シノ、わたしも手伝うわ!」

「ああ、ありがとう」



 そして、手元には三通目の封書が残った。


 ――どうしようか?


 読むのが躊躇ためらわれた。悲しいことが書いてあったらイヤだなと思った。でも、里見隆二さんは、アラメ村を気に入ってくれたなら、これを読んでくれとを書き残した。おれは、ここの自然が好きだし、この村も気に入っている。だから、里見さんが示したとおりにすることに決めた。


 封を切って、手紙を取り出す。一通目とは違い、パッと見て少し乱雑な印象を受けた。

 覚悟を決めて、三通目にゆっくりと目を通す。



==============================

 名も知らぬ迷い人へ


 一枚目の手紙を読めているのだからお前は日本人だな。

 そしてこの手紙を読み始めたということは、お前はわりと気楽な性質の持ち主なのかもしれない。


 おれの子孫からイサラゴ村の事件の顛末は聞いているだろう。

 お前はおれのことを哀れで不幸だと思っているかもしれない。


 だけどな、ちがうぞ。

 おれはこの村でけっこう幸せだった。


 ここはいいところだ。

 綺麗な嫁さんを三人ももらったよ。

 うらやましいか?


 この村の娘はみんな綺麗だ。おまえもがんばれ。

 おまえがおれの子孫と結婚するなら、おれに感謝することだ。

 おれの墓に酒を供えるんだ。いいか忘れるなよ。

 

 やつらに負けるな。

 じゃあな、健闘を祈る。


          隆二

==============================


 文面からすると、隆二さんは意外にも幸せな人生を送ったみたいだ。

 でもなんだろう……隆二さん……


 ――いろいろと台無しだよ。


「シノ、変な顔してどうしたの? 何かおかしなこと書いてあったの?」

「い、いや、とくには……鬼猿に負けないように頑張れと……」

「ん? なにか怪しいわね」

「そんなことはないよ……あはは……」


 なんとなく分かった。隆二さんは、きっと、小銃本体と弾薬をそれぞれ別のお嫁さんに託したのだと思う。村長、イズノさんのご先祖が小銃を受け継ぎ、ジンさん、ダイカクさんのご先祖が弾薬を受け継いだ。そう考えると、村長が弾薬の存在を知らなかったのも頷ける。


 不審な目を向けてくるアカリの追及をかわしていると、イズノさんが小銃を抱えて戻ってきた。


「シノくん、おまたせ、これを……」

「はい、ありがとうございます。アカリ、すぐに行こう!」

「アカリ、シノくんの邪魔したら駄目よ」

「だ、だいじょうぶよ!」


 おれたちは村はずれの鍛冶屋へと急いで向かった。


「親父さん、こんばんは」「こんばんは」

「おう、若造、どうした? こんな時間に」

「まだ作業を続けているんですか?」

「まあな。この槍が仕上がったら終わるつもりじゃ。それより、なんじゃ、急ぎの要件があるんじゃろう?」

「は、はい、実はこれを……」


 それから、おれと鍛冶屋の親父さんは、図面とにらめっこをしながら小銃をばらしていった。二人とも慣れない作業に四苦八苦だ。


「ちょ、ちょっとアカリ、触らないで、一つでもなくなったら大変だぞ」

「わ、わるかったわね。それにしてもよくこんな細かい部品作れるわね」

「そうじゃな、ワシも驚いた」


 小さな部品を一つずつ磨き、汚れをふき取る。必要なところには油をさした。清掃手入れが終わったら、また元のとおりに組み上げた。ざっと二時間くらい経っただろうか。


 できることはやった。可動部を動かしてみたけど、大丈夫なようだ。


 問題は弾薬の方だ。


 いまから試射してみることにする。おれは弾倉から十七発の弾を抜いた。一発だけ残した弾倉をカチリと小銃にはめ込む。アカリと親父さんとで鍛冶場から少し離れたところに向かった。


 ――この辺でいいかな。


 おれは小銃の二脚を開いて地面に置き、銃口はだれもいない南の湖の方へ向けた。反動がどれくらいあるか分からないので、適当な重石で銃床を固定した。切替え金を引っ張りながら、安全の「ア」の位置から単射の「タ」の位置に回す。


 少し離れた位置から鉤のついた棒で引金を引くことにした。


「アカリ、大きな音がするかもしれないから、耳を塞いでいて」

「う、うん」

「じゃあ、やってみるよ」


 おれは引き金をゆっくり引いた。刹那……「ダン!」という短く大きな音が鳴り、銃口が火を噴いた。発砲音が暗闇の湖の上を響き渡る。


 ――ふう……


 信じられないけど、火薬は生きていた。


「シ、シノ、だいじょうぶなの?」

「ああ、成功だ。弾は打ち出せた」


 が、その後、村が大騒ぎになってしまった。大きな音を聞いた村人が松明をもって何ごとかと鍛冶屋の周りに押し寄せた。カピバラさんたちも出てきてしまった。ごめんよ……。


「シノ殿、これはいったい?」

「そ、その、シナツさん、すみません」


 アカリのお父さんが保管していた弾薬が見つかり、小銃の発砲ができるか試していたことを説明した。


「やっぱり、守人さまは形見を遺していたのですね。私も子供のころ、ジン伯父さんからそのようなことを聞いた記憶があるのです。行方が分からなくなっていたのですが、アカリの家にあったのですね……」


 村人たちは、さっきの発砲音が雷の杖から出たものだと知ると、歓声をあげた。


「雷の杖の復活だ!」

「これが伝説の雷鳴か……」

「これで奴らに……」


 村人みんなの顔には喜びの色が浮かんでいた。


「あ、あの、シナツさん、みんなに期待させて申し訳ないのですけど、弾薬はごくわずかです」


 たぶん数秒で打ち尽くすだろう。鬼猿の群れを前にしてはたいした意味はないと思った。が、シナツさんはおれとは違った考えをもっていた。


「シノ殿、それでもいいじゃありませんか。伝説の雷の杖です。皆の前に掲げるだけで士気も上がるでしょう。いいお守りです。守人さまもきっと力を貸してくれます」

「は、はあ……」


 ――あと、十七発しかないんだけど……



 まあ、でもいいか。これでみんなの気持ちが前向きになった。士気があがったのはいいことだ。


 けど、いつまでも騒いでいられない。明日は会敵かもしれない。シナツさんがみんなを解散させた。あたりがまた静かになった。親父さんに礼をいい、鍛冶屋をあとにする。


 静かな湖畔をアカリと歩く。そういえば、こうしてアカリと歩くのも久しぶりだ。おれは歩く速さをゆるめた。


「ねえ、シノ、あした来るのかな?」

「さあ、どうだろうね」

「だいじょうぶかな?」

「だいじょうぶ、アカリはおれが守るよ」

「バ、バカね。この村は大丈夫か聞いたのよ!」

「はは、同じことだよ」


 今夜の月は欠けることなく円い。

 この世界で見る二度目の満月は、少し赤みを帯びていた。


 なんとなく不気味な感じがした。


 ~三章 おわり~


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