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長耳娘と相棒と~現場監督の異世界害獣討伐記~  作者: スギタジュン
第三章 異変

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第36話 シノとシナツの作戦


 作業場に移った。行燈に明りを灯すと、おれとシナツさんの姿が暗闇に浮かぶ。


 今晩のうちに二人で大まかな作戦を立てることに決めていた。


「シナツさん、もう一度、確認しましょう。目標は鬼猿の侵入を阻止してこの村の食糧供給手段の少なくとも半分以上を守ることで間違いないですね?」

「はい、そうです」


 シナツさんは強く頷いた。この目標を最後まで堅持することが大事だ。フラフラすると現場が振り回される。


「ただ、シノ殿……」

「なんでしょう?」

「さきほど、私は多少の犠牲は厭わないといいました。でも、本心ではだれ一人として失いたくないのです」

「ええ、もちろんです。これから五日間、いえ、もう正味は四日間ですが、この間の準備次第です。精一杯のことをしましょう」


 まずは、作戦区域の整理だ。大きな地図がほしい。


 ――黒板があればいいのだけど……そうだ、あれが使えるか……


 おれは、作業台に大きな紙を置いた。建築仕様書の一部だったものだ。施主様に提出予定のものだったけど、使わせてもらう。施主様、ごめんなさい。


 仕様書から折り込まれたA3用紙を四枚ほど切り取り、白紙面を並べて繋ぎ合わせた。これでA2相当の大きさになった。まあ細かく書き込めば、十分な情報をまとめられるだろう。


 紙面に周辺の地形を書き込む。北の岳、西の岳、東の岳、これらに挟まれた草原、そしてこの村の位置関係を特定した。


「シナツさん、こうしてみると、この村は湖を背後にして、前方は見通しの良い開けた草原。左右は、東西の岳の険しい斜面に面しています。防御だけを考えるなら、とてもよい地形ですね」

「二百年前にこの場所に村が開かれたのは偶然ではないのかもしれません」

「えっ、どういう意味ですか?」

「守りやすい場所を選んでくれたのではないかと……守人さまはこのような事態を予測していたのだと思います。私はそう信じます」


 問題は、敵がどの経路で侵入してくるかだ。敵は現在東へ大きく移動している。


 アラメ村に到達する場合、三つの経路が考えられた。


 北の岳と東の岳の谷沿いを南下して前方の草原に現れるか、

 東の岳の尾根を辿ったのち斜面を直接駆け下りてくるか、

 南側の大草原から北上してくるか、のいずれかだ。


「シナツさん、やはり、敵は谷沿いを南下してくる可能性が一番高いのではないでしょうか? 旧イサラゴ村の近くまで通じている古い道があるそうですね。敵にとってそこを伝ってくるのが一番無理がないかと思います」

「ええ、そうですね。東の岳の斜面から急襲したり、南側から北上したりするのは考えにくいです」


 ただ、その可能性を完全に排除するのは危険だった。作戦計画に東側斜面と南正面の警戒を組み込む。


「ところで、シノ殿、鬼猿の侵攻をどうやって阻止するつもりですか?」

「そうですね……その前に……」


 彼我ひがの強点、弱点を洗い出しておいた方がいいかと思った。


 まず、鬼猿の強点は、なんといってもその膨大な数だ。それに鋭い爪と牙。これが脅威となる。


 弱点は、個々の戦闘力がそれほど高くないということ。防御力もそんなに高くない。これまで対峙した経験からこちらの武器が通ることは分かっている。それから、知能があまり高くないので、組織的な連携は難しいといったところだろうか。長い行軍で疲れていれば、こちらにとって好ましい。


 アラメ村の防衛部隊の強点は、なんといっても武器を使用した遠距離攻撃ができることだ。敵の間合いの外から一方的に打撃を打ち込める。陣地を構築できるのも利点だ。こちらは人間だから、猿とは比べ物にならないほどの知能をもっている。組織的な連携も訓練次第で可能だ。


 弱点は……兵力が少ないこと。個々の防御力が低いこと。人の皮膚は鬼猿の爪で簡単に引き裂かれる。それと、会敵位置と時機を選べないということも不安材料だ。


「シノ殿、こうして強弱を比較してみますと、アラメ村の戦い方は限られきますな」

「ええ、ですが、ここは慌てずに、こちらが採り得る選択肢をすべて挙げてから最善の方法を選ぶことにしましょう」


 おれとシナツさんは防衛部隊の採り得る行動を思いつく限り並べた。


 第一の行動 谷沿いを深くまで進出し、敵の進路を逸らせる。

 第二の行動 谷沿いを深くまで進出し、接敵し次第、敵を撃破する。

 第三の行動 前方の草原まで進出し、敵を撃破する。

       遠距離攻撃と近距離攻撃を併用。

 第四の行動 村の北正面に陣地を構築し、草原を進む敵を撃破する。

       主に遠距離攻撃。


「シナツさん、どうでしょうか?」

「第一の行動は論外ですね。第二の行動も問題が多いです」


 こちらの兵力で敵の進路を変えることなど不可能に近かった。狭い谷で敵を迎え撃つのは理に適っているけど、身を守る術がない。押し込まれたらこちらは全滅してしまう。


 「やはり、第四の行動、陣地から迎え撃つのが最適かと思います」


 おれも同じ結論に至った。安全な陣地を構築して、遠距離から矢をありったけ打ち込むのだ。鬼猿の爪と牙はやっかいだけど、当たらなければどうというこもない。これが最も効果的で危険も少ない方法だと思った。


 第三の行動、草原での会敵はどうだろうか。


「第三の行動は、第二の行動と同じ理由で好ましくありません」


 シナツさんの見解は否定的なものだった。何の遮蔽物もなしに鬼猿に接近するのは避けるべきだという意見だ。


「ですが、シナツさん。こちらにはクルマがあります」


 これを利用すれば、鬼猿に付かず離れず一定の距離を保ちながら、攻撃を加えることができる。草原は広いので、機動力を生かしながら、敵を漸次削っていくことが可能だと考えた。


「危険ではありませんか?」

「こちらの方がはるかに優速です。仮に接近を許したとしてもクルマをぶち当てて押しつぶせばいいのです。射手の安全は必ず守ります。私に任せてもらえませんか?」

「……分かりました。ですが、無理はしないでください。作戦の主体は陣地からの遠距離攻撃です」

「了解しました」


 こうして、作戦行動の基本的な方向性が決まった。詳細は、明日、作戦区域の現場を検分しながら取りまとめることにした。シナツさんは仮の部隊編成と訓練の計画について検討を始めた。


 おれの方は後方ロジスティックの計画を取りまとめる必要があった。まずは、後方能力を正確に把握しなければならない。


 こちらの強みは、クルマによる物資の輸送、それから、現代日本の数々の電動工具を使って工事工作を進めることができるということだ。


 だから、最も重要な物資はガソリン燃料だ。クルマの燃料計は今日ちょうど半分あたりを示していた。燃料槽にあるのはざっと二十リットルといったところだ。今日の消費が激しかった。避難民の護送のために何度も山麓まで往復したためだ。やむを得ない。


 このほかにガソリン携行缶をもっている。この三週間あまりで、発電機を回すために半分近く使ってしまった。残りは発電機内のタンクにある分を合わせても十リットル程度だ。


 混合燃料はすでに使い切ってしまった。チェーンソーはもう使えない。


 鬼猿との戦闘のためにクルマの燃料は少なくとも十リットルはどうしても確保しておきたい。だから、戦闘準備のために使えるガソリン燃料は二十リットルしかない。


 明日から四日間、木材やら竹材やらを大量に調達しつつ、発電機も回さないといけない。


 燃料の消費をざっと計算してみる。クルマが走ることができるのは一日当たり四十キロ程度、発電機は稼働させることができるのは一日当たり十二時間程度ということになった。燃料が足りない。非常に厳しい綱渡りだ。


 十分な数の武器を供給できるか怪しくなった。特に、この戦いの主力武器は弓だ。どれくらいの矢が事前に準備できるかで勝敗が決まるといってもいい。


 試しに、矢の生産能力を検討してみた。電動ドリルドライバと丸棒削り器の組み合わせを用いて丸棒を作製する予定だ。この工程がボトルネックとなると思われる。


 電動ドリルドライバを三十秒回転させて一本の丸棒ができるとすると、一時間で百二十本だ。電動ドリルドライバが三台あるので、一時間当たりの供給能力は三百六十本。


 電動ドリルドライバ三台を使い、その一日当たりの稼働時間を十二時間とすると、四日間で供給できる本数は約一万七千本と見積もられた。敵が一万でも心もとない。敵が二万ならまったく足りていない。


 いきなり、難問に突き当たってしまった。「はぁ」とため息が漏れた。それがシナツさんに聞こえてしまった。


「シノ殿、どうかしましたか」

「矢の供給能力が足りません。今のままだと、二万本を用意することもできません」

「困りましたね。余裕をみて、六万本はほしいところなのですが……」


 シナツさんは敵の数を一万よりもずっと大きく見積もっているらしい。士気にかかわるので伏せているのかもしれなかった。


「シナツさん、このあたりに箭竹やだけはありませんか?」

「それはどういったものですか?」

「笹の仲間で節間が長く節は低いです。指の太さくらいなので、そのまま、矢の幹にすることができるのです」

「んー。すみませんが、そういうのは見たことありません」

「そうですか……」


 そうそうに行き詰ってしまった。悩んでいると、だれかの声が近づいて来た。


「こんばんは!」「シノ、どんな調子? 少しは休憩したら」


 アカリとカグヤちゃんが飲み物を差し入れに来てくれたようだ。


「シノ、どうしたの? 難しい顔して」

「矢が足りない」


 燃料も電動工具も足りなくて、このままでは、十分な数の矢を用意できそうにもないことを説明した。


「ん? お兄ちゃん、それは使わないの? 機械が足りないなら、手で作ったらどうですか?」


 カグヤちゃんが指さしたのは、作業場の片隅に置いてあった手回しドリルだった。


「これじゃあ時間がかかりすぎると思う……い、いや、そうでもないか……」


 手回しドリルなら、電動ドリルと違って、モータが焼き付く心配がない。連続で作業ができる。台数を増やして、夜間も人を交代させながら人海戦術で作り続ければ……いけそうだ。


「カグヤちゃん、天才だね。気が付かなったよ、ありがとう」

「えへへ」

「シノ、あなたがバカなんじゃないの? 目の前にあるし、だいいち、それ、あなたがつくったものでしょう?」

「うっ……」


 そのとおりだ。気持ちが焦っていたのかもしれない。


「それに、シノ、弓矢に拘る必要もないんじゃないの? もし矢が足りないのなら、石でも、棒でも、槍でも、何でも投げればいいじゃない」


 そういわれれば、そうだ。おれは最初そうやって鬼猿を退けたのだ。石なら湖や川のそばにたくさん転がっている。


「シノ殿、アカリの意見に賛成です。いま射手の候補を考えていたのですが、適正のある者が案外少ないです。投槍、投石の部隊も編制して射手の不足を補うことにしましょう」

「そ、そうですか。そういうことなら、槍の材料と手頃な石も集めないといけませんね」

「シノ、明日みんなで資材の調達に行くのよね? 森に適当な太さの枝が沢山あるからそれも取ってくるわ。ちょっと森を傷つけてしまうけど、あとで森の神様にあやまりましょう」




 光が少し見えてきた。


 おれは後方ロジスティックの要素を思いつくまま書き出した。


 必要な武器

 長弓   適宜

 矢玉   少なくとも六万本以上

 槍、刺股さすまた 適宜

 投槍器アトラトル  適宜

 投槍   少なくとも一万本以上

 投石器  適宜

 石玉   可能な限り多数


 必要な工事

 陣地を構築すること、具体的には、二重の馬防柵の設置、堀づくり、やぐらの仮設、各種罠の設置


 必要な資材

 材木、黒竹

 矢羽の材料 鳥の羽根、黒竹の皮など

 槍穂、鏃の材料 

 荒縄、直物の蔓

 すべて可能な限り多数


 だいぶ形になってきた。


 つまり、明日から実施しなければならないのは、攻撃手段を用意すること、陣地等を構築すること、それらのための資材を調達することだ。攻撃手段を用意でき次第、それらを扱う要員の訓練を実施することも必要だ。


 これで必要な作業を洗い出せた。各作業は並行して進める必要がある。各作業工程に所要時間を割り当て、これを実行する人数を割り振った。大雑把だけれど、工程表のできあがりだ。


 明日からは一分一秒を無駄にできない。作業を監督し、工程表に沿って作業の進捗をはかる。工程管理の話だ。これはおれの本業、おれの得意な仕事だ。


 ついにこの異世界でおれの能力スキルを発揮するときが来た。


「シノ、なんだか嬉しそうね。どうしたの?」


 ――ここが腕の見せどころ!


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