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長耳娘と相棒と~現場監督の異世界害獣討伐記~  作者: スギタジュン
第三章 異変

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第35話 長老会の紛糾 その三


 一方、話し合いは堂々巡りを続けていた。みんな、あーでもない、こーでもないと、ずれた話をするばかりで何の解決策も出てこない。きっと、基本方針とか、戦略目標だとかを設定することができないのだと思った。まるでおれがいた会社の経営会議とやらをみているようだった。


 覚悟を決めて戦うほかないと思うのだけれど、そのことは、まだだれも言い出さなかった。


 しばらくして、一通りのやりとりが済んだようだ。みんな疲れてしまったのか、場が静かになった。


 シナツさんがおれの方をみて力強く頷く。なにかいい案が浮かんだのかもしれなかった。


「みなさん、どうでしょう。ここは守人さま――シノ殿の意見を聞いてみては」


 ――おお、まじか?


 意表を突くまさかのスルーパスがきた。そして、またしても助役の爺様から横やりが入る。


「その若造に何が分かる。時間の無駄じゃ……」


 アカリが露骨に顔をしかめた。この爺様、なんでおれにいちいち突っかかってくるかな? 温厚なおれでも、いい加減、イライラしてきた。もう「好きなことを思った通り言っちゃえ」という心境に至った。


「あのう、みなさん、さきほどから結論がでませんが、一体どうしたいのですか?」

「それをいま話し合っておるのではないか。若造、なにを聞いておった? 馬鹿めが!」


 助役の爺様が侮るように答えた。


「助役殿、では、質問の内容を変えましょう。絶対に守らないといけないものは何ですか?」

「そんなもの決まっておろう。この村だ。愚かなことを聞くな」

「具体的にはこの村の『何を』守るべきと考えているのですか? 村人の身の安全ですか? 財産ですか? 家屋ですか?」


 おれは助役の爺さんに畳みかけた。


「そんなのは決まっておろう。村人の命だ」


 この爺様、そうは言っているけれど、自分の身の安全が一番なのだろう。薄っぺらい主張の底が透けて見えた。


「では、さっさとこの村を捨てて逃げるのが得策かと思いますがいかがですか?」

「どこへ逃げるのじゃ」

「どこでもいいと思いますよ。逃げるところがないのであれば、家の中に立てこもるという手もありますよ」

「家が破壊されたらどうするのじゃ?」

「頑丈に補強すればいいのでは? 我々、大工寮こだくみのつかさならそれができますよ」


 実際、家を丸太などで囲い、要塞と化すことは可能だと考えた。そうしたら、村人を一つのところに閉じ込める。鬼猿が去るまで、一月でも二月でも籠城すればいい。少なくとも村人が鬼猿に傷を負わされることはない。そのあとのことは責任持てないけど……


「ぐっ、生意気な若造だ」


 当然のことだけど、その提案にはだれも賛同しなかった。シナツさんが見解を述べる。


「シノ殿、たとえ籠城で助かったとしても、村の生活基盤が破壊されてはその後の暮らしが立ち行かなくなります」

「生活基盤とは具体的には何ですか?」

「主に小麦畑や食料貯蔵庫です。たとえ、一時的に村人の命が助かったとしても、いずれ食料がなくなれば、この村の命運は尽きるのです」


 シナツさんの説明によれば、春小麦の種まきは少し前に終わったばかりで、その収穫は秋まで待たなくてはいけないそうだ。冬小麦はあと少しで出穂の時期を迎え、初夏に収穫となるらしい。つまり、いまの時期は小麦の蓄えが十分ではないのだ。鬼猿に小麦畑を破壊されたら、今年の冬は越せなくなるとのことだった。


 加えて、本日からトミサン村の避難民を抱えることになる。はっきりとは口に出さないけど、シナツさんは食料事情が悪くなっているのを懸念している。


「では、シナツさん、この戦いの勝利条件は農地の保護ということでいいですか?」

「もう少し緩くてもいいでしょう。農地の半分、北の湖側か南の湖側、少なくともどちらか一方の農地を守れれば、とりあえず冬は越せます」


 これで戦略上の目標が、村内の農地の少なくとも半分を保護することに決まった。そのためには、当然、敵の進入を阻止しなければならない。おれはみんなに覚悟を促すことにした。


「戦いましょう」


 長老衆の一部からは、おれの提案を非難する声があがった。


「ばかな、どうやって?」

「雷の杖は使えないといったではないか?」

「無謀すぎるぞ……」


 結局、生活基盤は失いたくないけど、戦いたくもないというのがこの人たちの本音であるようだった。我慢強く説得を試みる。


「聞いてください。この雷の杖は、おれのいた世界で作られたいわゆる飛び道具です。守人さまは雷の杖を使ったのでしょうが、この杖で打ち出せる雷はせいぜい数百なのです」


 守人さま――陸自の隊員であろうリュウジさんがどのような状況でこの世界に転移してきたのかは分からない。けれど、弾薬の携行数には限りがある。せいぜい数百発分しか持っていなかったはずだ。


「伝承では、イサラゴ村を襲った鬼猿の群れは一千頭以上と言われているそうです。だから、群れの半数以上は、村人が弓や槍を使って倒したはずなのです」


 おれはみんなを見渡した。青年団は戦うことを決意したようだ。長老衆は意見が割れている感じだ。


「守人さまとイサラゴ村の村人は、果敢に戦い、鬼猿を排除しました。同じことができるはずです」


 助役の爺様が嘲笑うかのように言う。


「なんと愚かな。さっきの話ではイサラゴ村は三分の二以上の者が犠牲になったのだぞ。鬼猿一千に対してだ。今この地に向かってきているのは一万というではないか。敵うはずがない」

「では、対案を示してください」

「そんなものはお前たちで考えろ!」


 すうっと感情が冷めていく。奇妙な感覚があった。この爺様は反対するばかりで対案を出さない。長老衆のすべてがこの助役のような考えの持ち主でないことは確かなのだけど、指導力を発揮できていない点で大差ない。これ以上の話し合いは無駄だと思った。


「もう結構だ。話にならない。我々、大工寮こだくみのつかさは、これから独自に行動する」


 おれは立ち上がって、そう宣言した。そして、大工寮こだくみのつかさの面々に退出を促す。


「時間が惜しい。鬼猿との戦いに向けてただちに準備を始める。みんな、さあ、行こう!」

「はい、お兄ちゃん」「おかしら、承知です」


 カグヤちゃんと仲間たちが賛同してくれた。


「シノ殿、お待ちください! 大工寮こだくみのつかさ兵站へいたんの要。青年団が割れていてはこの難局に立ち向かえません。」


 シナツさんが大工寮こだくみのつかさの離脱を止めようとしている。


「長老方、こうしている間にも、鬼猿は近づいているかもしれないのです。たとえ半数を犠牲にしてでも戦い抜くほかありません。ご決断を……」


 シナツさんが訴えても、助役の爺様が考えを改めることはなかった。


「シナツ、村人に犠牲がでるなど許容できない」

「では、どうしろと?」

「長老衆で協議する。しばらく待て」


 長老衆にこの事態を打開するだけの力がないことはここまでのやりとりから明らかだった。長老衆から青年団の心が離れていくのがはっきりと分かった。青年団の幹部はもうシナツさんの方しか見ていない。


 団長シナツのまとう雰囲気が変化した。


「村長殿、以後、青年団は長老衆の指揮から外れます。我々、青年団が鬼猿との戦闘を取り仕切ります」

「シナツさん、いいんですか?」

「はい、シノ殿は兵站を指揮してください。シノ殿のいうとおり時間が惜しいです。準備にとりかかりましょう!」


 助役の爺様がまたしても口を挟む。この期に及んでもまだなすべきことが理解できていないらしかった。


「シナツ、勝手な行動はゆるさん」

「長老衆の方々は食料倉庫にでも退避しててもらうのがいいでしょう。シノ殿、すみませんが、倉庫の補強をお願いします」

「シナツ、村の秩序を守れないなら、団長の任を解くぞ」

「戦闘が終結したあとなら、どうぞ、ご自由に。助役殿が生き残れればの話ですが……」


 青年団の離脱に村長が慌てた。


「シナツにシノ、待つのじゃ。村長の名のもと、シナツに鬼猿討伐を命じる。青年団はシナツの指揮により鬼猿の排除に当たれ。長老衆は干渉しないことを約束する」

「では、人材と資材をこちらに回してください。行燈の油も優先的にこちらで使わせてもらいます。それから、この集会場は大工寮こだくみのつかさの作業場とします」

「いいじゃろう」


 だが、助役の爺様が食い下がる。


「村長殿、勝手に決めなさるな。長老衆の合議が整っていない」

「助役殿、もう黙りなされ」

「しかし――」

「おぬしはただいまをもって、長老衆の席から外れてもらう」

「ぐぬっ……そんなことできるはずがない。わしの家系は古くから――」

「そこの若い衆、こやつをつまみ出せ」


 最後は、村の助役が失脚し、以後の方針があっさりと決まった。


「カグヤちゃん、これから、大工寮こだくみのつかさは忙しくなるよ」

「は、はい、わたし、がんばります!」


 鬼猿の大群がこちらに向かっているというのに、カグヤちゃんはいつもと変わらず、割と平然としていた。


「カグヤちゃんは怖くないの? ずいぶん落ち着いているね」

「はい、平気です。きっとやっつけることができます! 大工寮こだくみのつかさはすごいのです。守人さまはもっとすごいのです!」

「そうね、シノはすごいのよ」

「アカリが褒めるのは珍しいな」


 ――期待に沿えるよう頑張るよ。




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