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長耳娘と相棒と~現場監督の異世界害獣討伐記~  作者: スギタジュン
第三章 異変

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第33話 長老会の紛糾 その一


 トミサン村から避難してきた人たちは合わせて百五十人ほどだった。複数の荷車を投入しながら、北の岳の山麓と村の間をクルマで何度か往復した。すべての避難民を移送し終わった頃には、日は南西の位置を過ぎていた。


「あ、あの、シナツさん。おれが口を挟むことではないのかもしれませんが、トミサン村に向かわなくていいのですか? クルマで行けば日が落ちきる前にたどり着けるかもしれませんよ」


 シナツさんは、苦渋の面持ちで首を横に振った。


「複数の者から状況を聞き取りました。残念ながら……いまから向かっても手遅れです」


 そもそも、トミサン村までの経路には途中に難所があり、クルマでは通れないそうだ。おれたちはこれ以上の救援を断念せざるを得なかった。


「それに…………」


 シナツさんが珍しく、言い淀む。表情が強張っている。なにか不穏な情報がもたらされたのかもしれなかった。周りを見渡し、一呼吸おいたあと、少し声を抑えて、先の言葉を続けた。


「深刻な事態となりそうです」


 これから、村長むらおさに掛け合って、緊急の長老会を招集してもらうそうだ。おれも大工寮こだくみのつかさの頭領としてその会合に参加することを求められた。


 おれの大切な助手であるカグヤちゃんと大工寮こだくみのつかさからも何人か参加することになった。シナツさんはおれたちに期待するところがあるらしい。



 夕刻近くになって、村の主だった者たちが集会場に集まる。村長むらおさが長老会の開催を宣言した。


「みなのものよく集まってくれた。シナツから大事な話があるそうじゃ」


 村長の声は落ち着いた調子であったけれど、その表情は重たく沈んでいる。異様な雰囲気を感じ取ったのか、集まったみんなにも不安が伝わってしまった。


 集会場は十六畳程度の広さがあった。が、合わせて二十人と少しが集まっているので少し窮屈な印象だ。村長むらおさを含む長老衆が上座に座り、村の有力者、青年団の幹部などが壁沿いに並んだ。見知ったところでは、シナツさんのほか、アカリとタダ、カグヤちゃんと大工こだくみの仲間たち、鍛冶屋の親父さんが含まれていた。


「まずは、シナツ。トミサン村の避難民の件、御苦労であった。みなの様子はどうじゃ?」

「ひどく疲れているようですが、いまはだいぶ落ち着いています。怪我をしている人たちが数人いますので安静が必要です。伯父のダイカクも横になっています」


 撤退戦を指揮したダイカクさんや殿しんがりを務めた青年らの怪我が思ったよりもひどかった。何人かは熱が出始めていて苦しそうにしている。感染症を引き起こしたのかもしれない。救急箱に薬があったので、おれは、怪我をした人たちに抗生物質を飲んでもらった。十分な数もなく、効果があるか分からない。けど、何もしないよりはましだろう。


「あの、ダイカクがか……心配じゃの。避難民の世話は青年団のみなでよろしく頼む」

「承知しました。」


 村長の言葉が終わると、長老衆の一人がシナツさんに問いかけた。


「それで、シナツ。みなを集めた理由はなんだ? トミサン村の者たちの取扱いについて話し合うためか?」

「いいえ。もっと喫緊きっきんの課題が生じました」


 シナツさんが避難民から聞き取った襲撃時の状況を説明する。聞くに堪えない惨い話であった。そして、シナツさんは、深く息を吸ったあと、鬼猿の群れがどこに向かったのかを告げた。


「村を襲った鬼猿の大集団は、どんどん数を増やしながら、街道沿いを東に進んでいる模様です。避難民から複数の証言が得られました」

「それがどうかしたか? 群れが膨らんでいるのは気になるが、我が村から遠ざかっているのであれば、よいことではないか」


 長老衆の一人が疑問を投げかけた。反応はおおむね淡白だった。シナツさんが先を続ける。


「鬼猿は『旧イサラゴ村』の方面に向かっているのです」


 イサラゴ村の名を聞いて、長老衆の一部とこちら側にいる者の何人かの表情が一変した。タダも事態が深刻なことを悟ったようだった。アカリは事態が呑み込めてない。おれもそうだけど……。シナツさんの説明を聞いたほうがいいと思った。


「旧イサラゴ村をさらに東に進むと深い渓谷につきあたります。そこから北上すれば問題ありません。鬼猿の大群は森の奥深くをさまようことになり、暴走はいずれ終息するでしょう。しかし、もし南下すれば……近いうちにこの村に到達します」


 シナツさんが結論を述べると、場が騒然となった。長老衆までもが動揺している。この場にいる人たちで冷静さを保っているのは少なかった


「鬼猿の大群がくるだと……」

「ほんとうか? 間違いないのか?」

「北上する可能性の方が高いのでは?」

「いや甘い考えは禁物じゃ……」

「どうしてこの村がこんな目に……」

「いったい、どこに逃げれば……」


 みんな口々に騒ぎ始め、しばらくは収まりそうもない。この世界の人たちにとって、それだけ、鬼猿の大群というのは脅威なのだ。シナツさんがこのことを今この時まで口外しなかった理由も分かった。何の対抗策も見い出せないまま、村人に知られたら収拾がつかなくなるだろう。


 おれは、騒ぎをよそに、ノートを取り出し、見開きの二面に周辺の簡単な地図を描いた。それから、隣に座るカグヤちゃんに小声で話しかけた。


「カグヤちゃん、ちょっと教えて」


 カグヤちゃんから聞いた情報を地図に加え、整理していく。トミサン村は北の岳の西側の谷沿いを徒歩で三日ほど北上したところに位置する。旧イサラゴ村はそこから東に徒歩で七日くらいの位置にあり、旧イサラゴ村からこのアラメ村までは渓谷沿いを同じく徒歩で七日くらい。一日あたり三十キロ進めるとすると、総行程はおよそ四百二十キロといったところか……。


 鬼猿の行軍の速度が最大で人間の二倍だとすると、トミサン村からイサラゴ村を経由してこの村に到達するまでは七日間だ。トミサン村の襲撃からすでに一日半が経過しているから……鬼猿の襲来は早くて六日後か……。


「アカリ。鬼猿は普段は単独でいるって前に言ってたよな?」

「ええ、そうよ。普通なら自分の縄張りから出ないわ。人前にも姿を現さない」

「なわばりというのはどのくらいの大きさか分かるか?」

「んー、はっきりとは分からないけど、半刻歩いてぐるっと一周した範囲に一頭か二頭いるくらいの感じかな」

「そう、教えてくれてありがとう」


 生息密度は、とりあえず、一平方キロに一頭としよう。


 ――しかし、まずいな……


 そんなにうじゃうじゃいるとは思わなかった。総行程四百二十キロの道のりを進む間に、左右十キロの幅に存在する鬼猿が集まるとすると……八千四百頭になる。トミサン村の襲撃時にすでに一千頭以上いたというから、この村に到達するときは――


 ――最終的には一万頭か。


 でも、これは最小の見積もりだ。実際はもっと増える可能性もある。ただの勘だけど、二、三万頭近くまで達するのではないかと思った。


 場が騒然としたまま、いつまでも収まらない。村長がみんなを落ち着かせた。そして村長はシナツさんに今後の見通しを求める。


「して、シナツ、鬼猿の群れはいつごろこの村に到達するのじゃ? その数は?」

「早ければ、六日後、遅くても十日後には現れるでしょう――少なくとも一万頭と見積もります」


 シナツさんの予測はおれとだいたい同じだった。


「一万の大群……」

「そんなにたくさん……」

「六日後に一万頭……」


 さっきまで騒々しかった面々は、一転して今度は黙り込んでしまった。長老衆は感情の抜け落ちたような顔をしている。驚愕の数字を聞いて、抵抗する気力を失い、早々にあきらめてしまったらしい。


 長老衆のこうした態度が、みんなの不安に拍車をかけた。


「ね、ねぇ、シノ……」


 アカリがおれの袖をつまみ、不安げな顔でこちらを見上げた。こんなときに不謹慎だけど、アカリが臆病になっている様子は小動物みたいで可愛かった。


「だいじょうぶ」


 おれが笑ってはっきりと応えると、アカリは安心したのか、明るい顔に戻った。


 とは……いったものの、この村で戦えそうな男はせいぜい百人……。


 ――彼我ひがの戦力差は百倍以上……、準備期間はたったの五日……か


 想像以上に厳しい数字に直面して、おれは目の前がクラクラした。


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