第3話 狩人の娘 その二
「『アカリ』と呼んでくれていいわ」
かわいらしい名前だ。アラメ村というのは、さっき単眼鏡で捉えたあの農村のことだな。
さっそく名前を呼んでみようか、と考えていたら、大事なことを思い出した。アカリと名乗ったその娘に、聞きたいことはいろいろある。でも、まずは安全を確保するため、相棒のところに戻りたかった。
「……あ、あのさ、アカリが黒い妖といったもの、クルマっていう人や荷物を運ぶ乗り物なんだけど、それのあるところまで戻りたい。仕事の道具がいろいろ載せてあるんだ。その壊れた矢も何本かは直せると思うよ」
「あなたも狩人なの? それらしくないけど――。それに、クルマって何?」
「ええと……、何から話したらいいかな――」
「まあ、いいわ。あなたについていくことにするわ。矢を直してくれるんでしょ? ありがとう、シ、シノ」
アカリはちょっと照れながら、おれの名前を呼んでくれた。
「思ったより素直なんだな」
「べつに、あなたのこと信用したわけじゃないわ。あなたが何か悪さをしないか、見張ってないといけないし、クルマというのも確かめないといけないわ。森に異変がないか見守るのも狩人の役割なのよ」
そっけない振る舞いだけど、なぜか嫌な感じはせず、むしろ、微笑ましく感じた。
「じゃあ、歩きながらお互いのこと話そうか。実はほとんど手ぶらでここまで来てしまったんで、早くクルマのところまで戻りたいんだ」
「そうね、さっきそう遠くないところから唸り声が聞こえたわ。鬼猿かもしれない。早くここを離れた方がいいかもね。」
「鬼猿?」
「そう、凶暴な獣よ。それより、早く行きましょ」
おれたちはもと来た山道を戻る。並んで歩き始めたものの、会話の糸口をつかもうとあれこれ考えていたら、つい、一人でスタスタと進んでしまった。
「ちょっと! あなた、歩くの早すぎよ!」
気づくとアカリがだいぶ遅れていた。
「少しは気をつかいなさいよ!」
「ご、ごめん……」
よく言われるので素直にあやまった。
「それで、いろいろ疑問はあるけど、先に一つ聞いていい?」
「どうぞ」
「さっき、きょろきょろしながら、キラキラ光る板のようなもの空に掲げていたけど――一体何をしていたの?」
「……ああ、そういわれれば、たしかに不審な行動に見えるね」
「そう、とても怪しかったので、あなたが何かよからぬことを企んでいる妖術使いかも?と思ったのよ」
電子機器のない時代の人からみれば、危ない人にみえるよな。誤解を解くため、ポケットからスマホを取り出した。
「キラキラ光る板というのは、このスマホのこと? こうやって辺りの風景を撮影していたんだよ」
仕事柄、木材に興味があるので、どんな種類の樹木が生えているのか観察していたことも伝えた。ついでに、スマホで適当に写真を撮って画面を見せてあげた。
「綺麗……これ絵、なの?」
アカリの表情が驚きの混じったなんともいえないものになった。この時代の人間には理解が及ばないところだろう。
「ねぇ、この道具は人の姿も描けるの?」
「ん? もちろん、描けるよ」
そう答えると、おれのことなど眼中になくなったようで、アカリの興味は不思議な道具に移った。
「わたしの家には大きな鏡がないの。わたしの絵を描くこともできる!? 描いてみて!」
アカリはそういうと、頭巾を外してこちらを向いた。ずいぶんあっさりと頭巾を外したけど、少しは信用してくれているのかな。ちょっぴり嬉しくなった。
髪は淡い茶色で短め、若干目が釣りあがっている。ちょっとキツイ印象を受けるけど、優し気な口元がキツさをほどよく和らげている。東欧風の顔立ちといったらいいのだろうか? どことなく東洋の雰囲気も感じられる。かなりの美人だ。胸は控えめだけど……。
――でも……あれ? なにかへんだ。
違和感の原因を探そうと、アカリの顔を正面から凝視してしまった。
「はっ? えっ?」
その顔立ちは、普通の人――日本人も含んだ地球に暮らす人――とは異なる特徴が見られた。その相違点は、単なる人種間の違いとすますことができないほど、はっきりとしたものだった。長いのだ、明らかに長いのだ、風にサラサラとなびく髪から覗くその耳が。
「ア、アカリの耳、そ、その、普通より少し長いよね?」
「あなた、さっきからちょいちょい変なこと言うわね。わたしは長耳族。村人のなかではいたって普通よ」
「…………?」
「あなたは、たぶん都に住む短耳族なんでしょう? いままで一度もわたしたちのような長耳族に会ったことないの?」
「…………?」
「そんなに驚くようなこと?」
目の前のちょっと耳の長い娘が首をかしげる仕草がなんだか妙に可愛らしかった。
「何よ? 急に黙り込んで!」
「…………」
「そういえば、あなた頭を打ったそうね? 本当に大丈夫なの?」
「……ああ、大丈夫。少し混乱しているけど……」