第29話 アカリの新しい弓
村に来てから十五日目の午前。
「おかしらー!」
最近、おれは青年団の一部から「おかしら」と呼ばれるようになった。大工寮の頭領ということで、そういう呼び方になったらしい。まだ二十代の半ばなのに一気に歳をとってしまった気がする。大工寮に加わった若い衆もなぜかごついのばかりなので、山賊の頭領にでもなった気分だ。
それで、いまおれは、カピバラさんの住まいの近くに柵をつくっている。彼らは思ったよりずっと賢かった。見境なく穴ぼこをあけるようなことはなく、人間を困らせるようなことはほとんどなかった。でも、万一、麦畑を荒らされるとまずいということで、麦畑に進入できる経路に柵を巡らそうということになったのだ。
「おかしら、どんなふうにしやす?」
「ああ、まず、二本の丸太を交叉させた鋏組の支柱を十歩くらいの間隔で打ち込むことにしよう」
「へい」
「それから、その上に一段目の横桁を渡す。そうしたら、その横桁の上にさらに鋏組を架けて、今度は二段目の横桁を渡す。三段くらい架けたら十分な高さになると思うから、そうしよう」
一般的な柵の作り方とは少し違う。けど、柵の展張方向に対して直交する支柱が斜めに地面に打たれているので、突進に対して強いつくりとなる。まあ、それがどうしたといわれればそうなのだけれど――。柵のバリエーションの紹介というくらいの意味はあると思った。
お昼になった頃、長さ二十メートルほどの柵が無事に完成した。
カピバラさんたちが湖で獲ってきた魚をくわえてもってきてくれた。マスのような魚だ。賢すぎる。お礼に飴玉を分けてあげると嬉しそうにしていた。ただ、魚の数がいまここにいる人数には足りない。
おれは手製の銛を用意して、水辺にいるマスみたいのを突いた。なかなかの大物が獲れた。この村の人たちはそう頻繁には魚を食べないらしかった。美味しそうなのにもったいない。
竹串に刺した魚に岩塩を振り、炭火を起こして塩焼きにした。作業を手伝ってくれた労いも兼ねてみんなにふるまう。
「おかしら、魚なんてたまにしか食べないけど、なかなかいけますね」
「こうして食べるとうまいもんですな」
好評のようだった。たまには外で食べるこんな食事もいいものだと思った。
おれが作業場に戻ると、アカリが「おかえり」と迎えてくれた。午後からは、アカリの新しい弓を作製することを約束していた。
「アカリ、どんなのがいいんだ?」
「いまの弓、父さんが使ってたものだから、わたしには少し強すぎるのよ。引けないほどじゃないけど……」
引きしろが短いというのも合わないらしい。
アカリの弓は断面が半円に近い。古くからあるとてもシンプルで直線的な丸木弓だ。一つの材料から作られているから単弓(セルフボウ)であり、長さでいえば一メートルほどなのでいわゆる短弓に属するものだと思う。
おそらく樫などの堅い木で作られている。反発力は強いけどあまりしならない。これでは、アカリにとっては少し引くのが難しいはずだ。同じ材料を使って、もう少し薄い弓を作れば、多少はしなるようになるかとも思った。けれど、これ以上薄くすれば、深い曲げに耐えらずに破損する恐れがあるのでやめた。
「少し柔らかい材料を使ってみる? 威力は落ちるけど、軽く引けるようになると思う」
「だめ、威力が落ちるのは困るわ。いまの弓でも鬼猿には十分でなかったのよ。威力は少なくとも今のまま以上、それに早く引けるようにして!」
――また、無茶なことをいう……。
アカリの狩りは、矢を何本も連続で射るようなスタイルじゃない。けれど、今は速射性にこだわっていた。なんでも、数週間前に鬼猿に襲われたとき、十分な反撃ができなかったのを苦々しく思っているそうだ。
「じゃあ、取り回しは多少不自由になるけど、弓を長くしてもいい?」
「んー、どのくらい?」
「いまの五割は長くなる」
「まあ、しかたないわね」
おれは少し柔らかめの材料で長弓を作ることにした。いまのものより、反発力は多少落ちるけど、しなりは若干大きくなるはずだ。弓を長めにして引きしろを稼ぎ、矢が加速する時間を長くとる。これで、威力を落とさずにそこそこの力で引ける弓をつくれそうだ。
弓が長くなる分、取り回しは不便になる。でも、軽く引けて疲れにくい弓を実現できるのでアカリには好ましいだろうと思った。
弓づくりの大まかな方針が決まると、アカリは「お願いね!」といって、さっさと出て行ってしまった。どうもアカリは物が作られる過程には全然興味がないようだ。
それはそうと、単一の材料からなる単弓に対して、複数の材料を用い、強い反発力としなりを実現した複合弓というのもある。和弓は、長弓に分類され、竹と櫨の層を重ねて構成されているので複合弓の一種とも言える。
この地にも黒竹があったので、和弓が作製できないかとも考えた。ずいぶん前に和弓の作製に挑戦してみようと思って書き留めたメモがあった。ノートにはイラスト付きで手順が記されていた。
まず、弓芯を作る。弓芯は、櫨を用いた側木の間に、薄くした何枚かの竹ひごの層を挟んだものからなる。断面からみれば、ちょうど薄切りにしたミルフィ―ユのような感じだ。弓芯ができたら、それに外竹と内竹の部材を合わせて接着する。弦輪をかける関板なども取り付ける。そうして、麻紐をグルグル巻き、楔を打ち込んで所望の曲線形状に整える。麻紐を解いて弓成りの強弱を調整するなどすれば、和弓ができあがる。
つまり、和弓は、基本的に外竹、弓芯、内竹の三層の積層構造をしていて、弓芯自体の積層方向は弓自体の三層が積み重なる方向とは直交している。この構造が強い反発力としなりを生みだしているらしかった。
――うーん、だめだ。
あたまが痛くなってきた。工程が複雑すぎて、パッと作れそうにもない。なにより、曲線形状に整える弓打ちの作業には熟練の技が必要だ。それに、そもそも乾燥した黒竹がまだ手に入らない。和弓の作製は断念せざるを得なかった。じゃあ――
――せっかくだからあれにしようか!
まえから作ってみたいと考えていたヨーロッパの古代弓がある。関連する動画をスマホに保存してあったので参考にした。
目標はホルムガード型の古代弓だ。デンマークのホルムガード地区で最初に発見されたことにちなんでそうと呼ばれている。類似の弓が北ヨーロッパの沼地などでも発見されている。
ホルムガードボウは、一つの材料からなる単弓で、長さからいえば、長弓の部類に属する。張力をかけていないときは、湾曲せず、平らな形状となるので、フラットボウにも分類される。
ただ、グリップ部の形状が独特で面白い。グリップ部は、幅広で薄い上下のリム部の中央に設けられ、前方から見れば左右両側から凹んだ形状をしている。奥行き方向にボリュームがあり、リム部の厚みに比べてずっと厚い。幅広で薄いリム部を奥行きのあるグリップ部でつないでいるので、反発力としなやかさを両立していて、メープルやオークなどの低密度の材料を採用することもできる。
近くに手ごろな乾燥木があったのでこれを使うことにした。胴回りくらいの太めの欅の丸太だ。まず、丸太に楔を入れた。年輪の真ん中あたりを中心にし、放射状に割く。弓の表皮側に近い部分だけを使うので、年輪の中心付近は除く。断面でみれば、ホールケーキの一片からバームクーヘンの一片のようになった。
それから、材料に下絵を書き込む。リム部は幅広で薄めに、グリップ部は狭くかつ奥行きを厚めにとった。探さは百六十センチくらいにした。下絵のとおりに糸鋸盤でおおまかに切断する。あとは、両手鉈や反鉋などを使い、ただひたすら削りまくり、形を整えていく。
上下端の弭の部分に弦を掛ける切れ込みを入れる。
弓を天秤のようして支柱に掛けたら、仮の弦を張って、錘を吊るした。こうすることで、各部のしなり具合を確かめることができる。しなりが足りないところは鉋をかけて少しずつ削る。アカリにも声をかけて、ちょうどいい弓力と引きしろになるよう細部を調整した。
ついに出来上がった。慣れない作業で握力がなくなってしまった。
「どう、アカリ。新しい弓ができたよ」
「変わった形ね」
「今のと比べたらそうかもね」
グリップ部のところには小さな切れ込みを設けてある。これは矢を載せて案内するものだ。矢を指で支える必要がないので、照準はいくらか容易になるはずだ。
「へえー。悪くないわね。ありがとう」
「ところで、名前はどうする?」
「えっ、この弓の名前? 全然考えてなかったわ」
アカリが考え込んでしまった。
「大月像というのはどうかな?」
「あ、うん。いいんじゃない……」
今使っている弓が小月像だから、こちらは大月像としたのか。安直だなと思ったけど、口には出さなかった。名付けのセンスがどうのこうのとはおれが言えたものじゃない。
「あっ、そうだ。シノ! これだけ長ければ、槍になるわね。弓の先に槍の刀身をくっつけてよ!」
「あ、あの……」
またバカなことを言い始めた。いつだったか、思いつきで言ったことをまだ忘れていなかったらしい。
「鬼猿に接近されてもこれなら阻止できるわ」
「あの、アカリ? 弓はそういうふうに使う物じゃないと思うけど……」
「槍がついていてもおかしくないでしょ? サギリもいいもの作って貰ったんだから、私もほしいわ。お願いね!」
そういってアカリは去って行ってしまった。付けろと言われてもどうしたらいいか分からない。なにかヒントはないだろうかと、スマホの百科事典アプリを起動した。
――えっ、うそだろ!?
信じられない。あった。槍をつけた弓があった。
弓の歴史を紹介した頁に「弭槍」という記載があった。その記載によると「弓の上端の末弭に袋穂式の槍穂を付け、弦を掛けて固定したもの。簡易の槍として使われた。」とある。主に歩卒であった足軽達が携行したらしく、やむなく近接戦になったときなどに非常用の武器として使われたらしい。
こんなものを支給された昔の足軽を気の毒に思った。しなるのが弓の特徴なのだから、十分な刺突ができたか疑問だ。でも、まあ、アカリのいうとおり、敵に接近されたときの非常の対抗手段としてはありかなとも思った。弓の弭に合わせて、槍穂の元をソケット状にしなければならないので、おれの手に余る。鍛冶屋の親父さんに相談してみようと思った。
「シノー! できた?」
――できるわけないだろ!
この娘には、物づくりのなんたるかを説教しなければならないと思った。聞く耳もたないだろうけど……。
※大月像は、南総里見八犬伝に登場する里見家の太刀です。




