第27話 首飾り
村に来てから十二日目の朝。
失敗した。
これまでの人生で一番の大失敗かもしれない。発注ミスで建材が大量に届いたあのときよりも状況が悪かった。
アカリが大激怒している。作業場でサギリと喧嘩を始めてしまった。
おれがちょっとしたものをサギリに贈ったのが原因だ。特に深い考えはなかった。
ことの起こりは昨日に遡る。
鍛冶屋の親父さんから、一抱えほどある白っぽい天然石を譲ってもらった。親父さんがたまたま川の上流で見つけたものらしかった。おれにはよく分からなったけど、砂岩らしいその石は、親父さんによれば、荒砥石にすることができるほど上質のものだそうだ。
せっかくなので、おれはこれを蹴ろくろの回転盤に固定し、回転式の研磨機を作ろうと思った。
はじめにやったことは、この天然石の整形だ。石の表面を少しずつ割り取り、なるべく円筒形に近づけた。そのままでは、平面が出ていないので、刃物を研ぐのには使えない。固めの石を当ててひたすら凸凹を均していった。けれど、遅々として進まず、終わりの見えない作業に心が折れそうになる。
それで、どうせなら、意味のある作業にしようと思った。
たしか先週あたりのことだと記憶しているけど、探索も兼ねて、村の湖に注いでいる川の上流まで行ったことがある。そのとき、砂金でもないかなと思って川底を浚ったのだけど……そんなものは出てこなかった。代わりといってはなんだけど、色とりどりの綺麗な石がちらほらと見つかった。
おそらく瑪瑙(アゲート)の類だと思う。石英族の一種で、微細な結晶の粒が集合してできたものだと聞いたことがある。縞模様がないのものもあるから、そちらは玉髄(カルセドニー)といった方が正しいのかもしれない。まあ、いずれにしても、それほど価値のあるものではない。でも、磨けばそれなりに綺麗になりそうだったので、けっこうな数の石を拾って持ち帰っていたのだ。
それで、ものになりそうな石を一つ選んで砥石で磨いた。砥石の表面も徐々に整えられるはずだから、一石二鳥だった。この作業が思ったより楽しくて、昨日は瑪瑙磨きに熱中してしまった。日が暮れてからも無心に磨き続けた。
それで、できたのが、いまサギリが手にしているペンダントだ。
もともとの石の形を生かして半月っぽくしてある。工具箱にあったミニルータで孔をあけた。安物だったけど、先端のダイヤモンドビットの切削は強力だった。それほど苦も無く貫通した。その孔に皮ひもを通してある。これで古代風の首飾りになった。自分でもなかなかの出来栄えだと思っている。
ちょうど、今朝、サギリが作業小屋に顔を出した。軽い気持ちで、そのペンダントをプレゼントしたのだった。お昼ご飯を運んでもらったり、掃除を手伝ってくれたりと、サギリには日ごろからお世話になっている。だから、お礼のつもりだった。そんなに深い意味はなかったのだ。
けれど、このとおり、目の前で喧嘩が始まってしまった。アカリが激しく詰め寄る。
「なんで、サギリがそんなもの身に着けているのよ!」
「べつにいいじゃない。シノ君があたしにくれたんだから」
サギリの言葉がアカリの怒りに火を注ぐ。
「あなたね、秋に祝言が控えているんでしょう!? 少しは自重しなさいよ」
「うーん、そうなんだけど、どうしよっかなー。最近、シノ君のほうがいいかなって、思うのよね、あたし」
アカリの情緒が目に見えて不安定になるのが分かった。
「サギリ、なにバカなこと言ってるのよ! 許婚に悪いでしょ!」
「だって、シノ君のほうが優しいし、いろいろ作ってくれるから楽しいわ。乗り換えよっかなぁ? みて! この首飾り、綺麗でしょ!」
「ぐぐぐ……」
サギリが冗談を言っているのは明らかなのに、アカリはそうとは受け取っていないようだ。もともときつめの顔立ちなのだけど、怒りのせいで目が吊り上がり、ちょっと怖い。いや、すごく怖い。
――どうしよう……
なんだか、危険な雰囲気だ。矛先がこちらに向かってきそうだ。
「シノ、どういうつもりでサギリにそんなもの贈ったの!?」
たしかに軽率だった。婚約者のいる女性にアクセサリーを贈るべきではなかった。おれの身元を保証してくれていたのはアカリなのだから、不公平に感じるのも無理はなかった。
「あら、アカリ。シノ君はね。昨日夜遅くまで一生懸命これを作っていたのよ。明りがずっと灯っていたわ。それだけ、あたしのこと大切に思ってくれているのよ」
作業に熱中して時間が経つのを忘れていただけで、そんなことはない。だけど、いまさら誤解だとは言いにくい。弁明したところで、今度はサギリの不興を買う。もうこの状況を納めるには、おれが制裁を受けるしかないと思った。いつもなら、この辺りでアカリの蹴りが飛んでくるはずだ。おれはダメージを少しでも抑えようと身構えた。
が、衝撃はいつまでも来なかった。アカリの方を見ると、うつ向いて、体をかすかに震わせている――
「「えっ」」
おれとサギリの驚きの声が重なった。
「ヒッ、ヒック」
アカリはけんめいに嗚咽をこらえていた。そして、うつむいたまま、涙をぬぐうと、「ばか!」と叫んで、どこかへ走り去っていしまった。
残されたおれとサギリはしばらく呆然として動けなかった。先に口を開いたのはサギリだった。
「シノ君、ごめんね。あたし、ちょっと調子に乗っちゃったみたい。アカリにも悪いことしちゃったかな。これ返すね。アカリに渡してあげて」
「いちどあげたものを返してもらうなんてことできないよ。きっとアカリも受け取らない」
「で、でも……」
「日頃の感謝のしるしだと思って受け取ってほしい。アカリの方はおれがなんとかするから……。それにその紅い玉、サギリにとっても似合ってると思うよ」
「えっ」
サギリは少し迷うそぶりをみせたけど、ペンダントを返すのはあきらめたようだ。
「じゃ、じゃあ、大切にするわね。ありがとう」
サギリはそういうと少し嬉しそうにしていた。
「ところでさ、アカリの行先に心当たりはない?」
「そうね、たぶん、あそこかな。あの子、落ち込んだりしたとき、いつもあそこに行くから」
おれは奥の棚にしまってあったものをポケットに突っ込み、サギリに教えてもらった場所を目指した。
――あっ、いた!
アカリは、北の湖の向こう岸にいた。膝を抱えて湖面を見つめている。シュールだ。おれが関わっていないことなら、しばらく観察を続けてみたいような光景だった。普段の元気な姿からは想像もつかないくらいの切なさが漂っている。
「おーい、アカリー!」
おれは大きな声でアカリを呼んだけど、アカリはこちらを向かなかった。でも、確かに聞こえたばずだ。耳が少しだけ動いたのが見えた。
おれはアカリのとなりに座った。
「アカリ、その……ごめん」
「べつにいいわよ」
拒絶され、口も聞いてもらえないことを覚悟していた。けれど、意外にも返事があった。もしかしたら、おれが追ってくるのを待っていたのかもしれなかった。これなら関係修復の余地もありそうだ。
アカリが心のうちを露わにする
「いつもわたしのお願いは後回し……」
そんなふうに考えているなんて思ってもみなかった。
「ご、ごめん。後回しにしているつもりは……」
ない、とはいえなかった。サギリの武器を先に作ったし、投石機の作製にもまだ取り掛かかれていない。ペンダントのこともそうだ。
アカリが一生懸命おれを支えてくれているのに、その献身に報いていないことに気づいた。
「ごめん。反省している」
おれはポケットにしまったものを取り出した。
「あの、アカリ、これみて」
それをアカリに手渡した。瑪瑙の原石だ。褐色の表皮から濃緑色の結晶質が覗いている。
「これは?」
「このまえ、川の上流で見つけたもの。この石で首飾りを作ろうとしていたんだ。アカリにつけてもらうための」
「ほんとう?」
「ほんとうだよ。この深い緑色がアカリには似合うと思って……。けど、これ、硬そうだったから、いまの道具ではちょっと削るのがむずかしくて……。後回しみたいになってしまってごめん。できあがるまで、もう少し待っててくれる?」
うそはついていない。鉱物の硬度を厳密に測ることなんて今のおれにはできないから、おれが硬そうだと感じたら、それは硬いのだ。砥石の状態が完全じゃないのも事実だ。
「そういうことだったの。わたしこそ、とりみだしたりしてごめんなさい」
アカリの素直な反応を受けて、都合のいい弁解をしたことに後ろめたさを感じた。ちょっと自己嫌悪になった。それで、罪滅ぼしというわけではないけど、ちょっとした提案をしてみた。
「あ、あのさ、アカリ。ここのところ、ずっと働きっぱなしだったから、ちょっと疲れたかな。最初に出会った森のところへ散策にでも行こうか。狩りも教えてもらいたいし……。午後から一緒に出掛け――」
「うん、いいわ。行きましょう。いますぐ行きましょう! わたしの狩りの腕前をみせてあげるわ!」
全部言い終わらないうちに、アカリが立ちあがり、肯定の言葉を返した。今すぐ出発しなければならないほど急な案件ではないのだけれど……
「えっ、お昼がまだだし……」
「わたしがお弁当をつくるわ。いますぐ家に戻りましょう! さあ、はやく。さっさと立ちあがって!」
「は、はい」
せっかちなのは相変わらずだけど、元気になったようで良かった。
作業場のところに戻るとサギリが心配そうに待っていた。おれは少し離れていたけど、アカリとサギリは少し言葉を交わすとお互いに笑顔になった。
どうやら、うまく仲直りできたようでなにより。




