第25話 歯車と手回しドリル
同日の午後のこと。
いま、作業場だ。ここには、現代日本のいろいろな電動工具がある。けれど、これらは近いうちに使えなくなる。燃料が尽きれば、発電機が回せなくなり、電気を生み出すことができなくなるからだ。
おれは、そうなる前に、電動工具の代わりとなるものをできるだけ用意しておこうと考えた。昔ながらの手動の工具だ。まず、手始めに、ハンドドリルを作ろうと思った。手回し式のハンドドリルは、電動ドリルドライバが普及する前はよく使われていた。工具箱にも予備のハンドドリルが一つある。構造も比較的簡単だ。大小の二つの傘歯車を利用して、速い回転を得ることができる。
さすがに金属製の歯車を再現するのは難易度が高すぎる。そこで、木製歯車を作製してみようと考えた。作業環境が向上したので、多少は精密な加工もできるようになっているのだ。
おれはポケットからフィールドノートを取り出す。このノートには、仕事や趣味で調べたことなどがまとまりもなく何でも書き込んである。以前、歯車について調べたこともメモしてあった。それをみて歯車づくりの段取りを考える。
カグヤちゃんに応援に来てもらった。カグヤちゃんは、最近は助手として立派な戦力になっている。ずいぶんと技量があがった。もともと数学的なセンスも優れているので、一つ教えれば、それ以上のことを自分で学ぶのだ。吸収力が抜群だ。自分よりずっと年下だけど、見習いたい。
「カグヤちゃん、まず一番簡単な平歯車というのをつくってみようと思う」
「あの、歯車ってなんですか?」
「円盤の周りに歯をつけた機械要素だよ。二つ以上の歯車を組みにして回転させると、歯が次々にかみ合って動力を伝えることができるんだ」
「おもしろそうですね」
おれはノートに、一つの基準円を描き、基準円に対して山と谷を書き込んでいった。
「ちょっと雑だけど、これが歯車の絵だよ。この凸凹が歯車の歯」
それから、その基準円に接するようにもう一つ基準円を描いた。この基準円に対しても凸凹をつけると一組の歯車になる。
「カグヤちゃん、二つの歯車をしっかりとかみ合わせるには何が大事だと思う?」
「えーと、歯の大きさ? 歯と歯の間隔かな? お互いに間隔が違うようだとかみ合わないと思うんです」
「そうだね。当たり!」
隣り合う歯同士の間隔を専門的には円ピッチというらしい。基準円の円周の長さを歯の数で割った値になる。だから、大小二つの歯車を組み合わせようとする場合、歯車大と歯車小のそれぞれの円ピッチは一致してないといけない。
ただ、円ピッチはどうしても細かい値となるので、歯車の理論では、モジュールという概念を使うのだそうだ。ノートに算出式がメモしてあった。モジュールは、基準円の直径を歯数で割った値で、扱いやすいように整数値としている。同一のモジュールの値をもっている歯車でないと、組みで使うことができない。
例えば、モジュールが5の場合を考える。基準円の直径が100ミリだとすると、歯数はその5分の1の20個になる。基準円の直径が300ミリだとすると、歯数は60個だ。
モジュールの値を小さくしていくと、歯と歯の間隔、円ピッチは狭くなる。歯が小さければ欠けやすくなるので、木製の歯車ならモジュールは5より小さくしないほうがいいかなと思った。
さっそく、大小二つの平歯車を試作してみることにする。歯車比は、欲張らず三程度でいいだろう。ただ、歯車比を割り切れる整数にするのは好ましくない。特定の歯同士でかみ合う回数が多くなってしまうため、摩耗の程度が歯車全体で均一とならないからだ。
とりあえず、加工のことも考えて、歯車大と歯車小の歯数をそれぞれ、60個、18個にした。モジュールはあかじめ5に決めてあるので、歯車大と歯車小の基準円の直径は、それぞれ、300ミリ、90ミリになる。
カグヤちゃんが器用にコンパスを使いながら、用意してあった平板に、大小二つの歯車の下絵を描き込んでくれた。糸のこ盤で平板を下絵に沿って円盤状に切る。そのあとは、ボール盤のドリルで凹部分を削り抜くようにすればよい。最後にヤスリで細かい部分を整えれば木製歯車のできあがりだ。
大小の歯車に軸を差し込み、急ごしらえの枠に固定してみた。かみ合わせはまずまずだ。
本来、歯の形状は、用途に応じて、インボリュート歯形とかサイクロイド歯形とかにするのが好ましいらしい。だけど、手動の道具に使う分には、それほど精密さは必要ない。問題なく回ればまあいいだろうと思った。
簡単な取っ手をつけて回してみると、なかなか上手く回った。
「あっ、まわった! お兄ちゃん、わたしも回してみたいです」
「はい、どうぞ」
カグヤちゃんが一心不乱に回し続ける。楽しそうだ。
試しにスマホで時間を測りながら、何回、回せているか数えると、十秒当たり40回転だった。さすがにこのペースで回し続けることはできないだろう。十秒当たり20回転とすれば、一分間で120回転。歯車比が三より少し大きいくらいだから、出力先の回転軸ではざっと400rpm(回転/分)が得られる。手頃な価格帯の電動ドリルドライバの回転数はだいたい500から1000rpmくらいだから、悪くない数字だろう。
カグヤちゃんがようやく満足したようで、回すのを止めた。単に疲れたのかもしれない。
「おにいちゃん、さっきこれを平歯車といっていたけど、別の形もあるんですか?」
「そうだね、いろいろあるよ。これから傘歯車というのを作ろうとしているんだ。円錐台の側面に歯が付けられたものだよ」
平歯車は動力の入力軸と出力軸が平行になるのに対して、傘歯車は互いに直交してかみ合い、二軸が直交する。これを作るのは平歯車より難易度が高い。
まず、基準円に対応した円錐台を作る。まあ、これはどんなふうに作ってもよい。斜め45度に円盤を保持することできる傾斜治具を作り、円盤を回しながら糸鋸で端部を斜めに切り落とした。出来上がった円錐台をひっくり返して底面を上向きに置く。そして、先ほどと同じように円錐台に下絵を書き込み、傾斜治具に乗せる。円錐台は水平面に対して斜め45度に傾いている状態だ。このままテーブルソーで下絵に沿って一定の深さを削り取る。そうすると、円錐台の側面に傾斜をもった歯が刻まれる。細かいところはやすりで整えればいい。
こうして、大小二つの傘歯車ができあった。
「お兄ちゃん、できたんですか?」
「うん、できた。なかなかいいでしょ」
手回しドリルの現物を参考にして、二つの傘歯車がぴったり組み込めるような長細い枠を作った。枠には入力軸と出力軸を差し込む穴をあける。傘歯車が直交しながらかみ合うように枠の内側で二つの傘歯車を保持し、入力軸側には手回しハンドルを取り付ける。出力軸側の先端にはドリルビットなどの先端工具を取り付けてもいいし、加工物を把持してもいい。手で回して把握径を変えることができるキーレスドリルチャックの機構というのもあるけど、これはちょっと難しい。当面はソケットアダプタで十分だろう。工具箱から適当なソケットを見繕って主軸の先端に取り付けた。
「ああ、やっとできた。手回しドリルの完成だ。こんなに苦労するとは思わなかったよ」
「よかったですね、お兄ちゃん! でも、これ何に使うんですか?」
「まあ、みててよ」




