第23話 荷車一号車
みんなの協力を得て、荷台部分を作り始めた。乾燥済みの板材を使うのはもったいないので、急遽、乾燥途中の木材を分けてもらって、それで板を作った。まあ、極端に大きな力がかかるわけでも、精密さが要求される可動部でもない。乾燥が進むにつれて、割れたり捩じれたりするかもしれないけど、多少のことは許容の範囲だと言い訳した。
荷台の構造はごく単純なので、作製は順調に進んだ。タダが想像以上に器用で、大活躍した。ちなみ、アカリは作業がつまらないのか、狩りに出かけてしまった。どうもこういう細かい作業は性に合わないらしい。
出来上がった荷台の下側に、車軸を回転可能に保持する軸受けを取り付ける。車軸は車輪の轂(ハブ)に直接差し込んで固定するので、車軸周りに車輪は回転しない。荷台の下側の滑り軸受が車軸を回転可能に受ける構造となる。軸受けの材料は、車軸に使うものよりも柔らかい木材を選んだ。軽い木材といいかえもいい。車軸の回転方向に木目の走る方向を揃えることが大事だ。軸受けはどんどん摩耗することになるけど、消耗品と割り切ることにした。
理想的には、自転車のハブのように車軸を回転可能に保持する転がり軸受けを作ることができれば好ましい。けれど、木製のベアリングを作るなんてそんな高度なことはできそうもない。将来の課題だ。
不満なところは多々あるけど、とにかく荷車の第一号は完成した。試しにカグヤちゃんを乗せて曳いてみた。特に不具合はなく、車輪は転がった。
「シノ殿、できましたな」
「お兄ちゃん、これすごいですね」
「半日ちょっとでできるとはな。おまえの持ってる道具は大したもんだな」
みんなそれぞれ、苦労したかいがあってか、感慨深げな様子だ
「シノ殿、完成したこの荷車、少し借りてもいいですかな?」
「ええ、どうぞ。さっそく使うのですか?」
「これだけのものができたのです。村長にお披露目して参ります」
シナツさんは、完成した荷車を曳いて村長のところへ行ってしまった。おれとタダとカグヤちゃんがここに残った。
「おい、シノ。まだ、日暮れまで時間がある。荷車をもう一台作ってもいいか? 青年団のところでも使いたい」
「わ、わたしも手伝います!」
ここまでの様子を見た限り、タダは意外にも慎重で注意深い性格をしていた。電動工具の取扱いにも慣れたことだし、作製を任せてもいいと思った。
「ああ、十分注意しくれよ。カグヤちゃんはけがきの作業を手伝ってあげてね。まだ工具を使ってはだめだよ」
「ああ、わかった。気を付ける」「はい!」
おれは、中実構造の円盤を作ることにした。できるだけ大きなものを作りたい。別に荷車を大きくしたいわけではない。
さっき完成した荷車一号車は、あまりにカクカクしていて不格好だった。カクカクしたところをできるだけ円筒形に近づけたかった。丸棒や円筒形の形状を得るためには旋盤が必要だ。旋盤とは、回転する軸に取り付けた加工物を旋削加工する装置のことだ。
中実構造の円盤は、この装置の弾み車(フライホイール)に使える。弾み車は重くて大きい方が慣性モーメントが大きい。慣性モーメントが大きいということは、要するに、回転しにくいけど、一度勢いがついたら止まりにくいということだ。これを利用して回転速度を平均化することができる。
タダは、カグヤちゃんと仲良く協力しながら作業を進めている。とても息が合っている。これが姉の方とはまったくうまくいかないのだから不思議だ。
カグヤちゃんがたまたまその場を離れたので、気になっていたことを聞いてみた。
「なあ、タダ、アカリと幼馴染らしいけど、どうしていつも喧嘩ばかりしているんだ?」
「はあ? いきなりなんだ?」
――タダはもしかしてアカリのことを……
「もしかしてアカリに気があるのか? それで意地悪するとか?」
「はあ? おまえな、いくらなんでも俺はそんなに子供じゃないぞ! たしかに一時期アカリが気になったことはあったけどな、もう大昔のことだ!」
タダは否定しているけどほんとうだろうか?
「そうなのか? 一昨日、おれが村の前に現れたとき、アカリをおれから引き離そうと必死だったじゃないか?」
「おまえ、自分で自覚がないのかもしれねえがな。すげえ、怪しいぞ。怪しさ満載だ。おまえのそばにいたらアカリに危害があるかもしれない。そう思ったから、引き離そうとしただけだ!」
――失礼だな……人のこと不審者扱いにして……。まあ、あの状況では怪しまれるもの無理ないけど。
タダは、アカリとよく衝突するけど、不審者から遠ざけようとするくらいには気にかけているらしい。
「あいつな、俺以上に口が悪いだろ? 周りと衝突ばかりしていては気の毒だからな。俺が喧嘩の相手になってやってるんだ。だからおまえも変な勘違いするなよ」
「別に勘違いなんてないけど……」
「あいつはな、おまえに惚れているぞ。小さいころからよく見てきたから分かる」
「はは、タダもおもしろい冗談いうんだな」
「なあ、おまえ、よくばかって言われるだろ」
「…………」
アカリにバカといわれるのはもう慣れた。けど、タダに言われると腹が立つ。ちょっと、タダのことをからかってみたくなった。
「なあ、タダ、おれのことも気にかけてくれるようだけど、いまはおれのこと危険とは思ってないってことか?」
「ちっ、いちいちめんどくせーヤツだな」
めんどくさいのはお前の方だ、と思った。この男、かなりひねくれているけど、態度とは裏腹にずいぶんと気のいいやつだ。おれはなんだかタダのことが気に入ってしまった。
夕暮れ近くなって、荷車の二号車がおおむね出来てきた。タダもカグヤちゃんも初めてにしてはよく頑張った。少し修正すれば、実用に足りるものになりそうだ。一息ついていると、アカリが狩りから戻ってきた。
「ただいま! 戻ったわよ」
残念ながら獲物はなにもないようだ。タダがさっそく茶々を入れる。
「なんだ、アカリ、今日も手ぶらか?」
「うるさいわね! 今日はたまたま調子が悪かったのよ!」
――ああ、また始まった……
「シノ、そういえば、北の岳の川沿いで爪モグラを見かけたのよ。相変わらずボーッとした感じね。なんとなくあなたを探しているようにも見えたわね」
「はは、そんなわけないと思うけど、元気そうでなりより。そうだ、アイツ甘い物が好きらしいから、今度見かけたらこれあげて!」
おれは座席の後にしまってあったキャラメルの箱を取り出し、アカリに渡した。
「なにこれ? 一つもらうわね」
アカリは包みを開けてキャラメルをひと粒、口に放り込んでしまった。口をもぐもぐさせながら目を丸くする。
「シノ、これ甘くて美味しいわね。なんだか元気が出てくる感じがするわ」
「お姉ちゃん、ずるい。わたしも」
カグヤちゃんも放り込む。タダも欲しそうにしていたので、アカリがひと粒、渡した。
「おいしいでしょ!?」
「甘いね、おねえちゃん」
「ああ、うまいな」
タダもめずらしく意見があったようだ。
「シノ、こんないいもの、モグラにあげるのやめなさいよ」
「ええー」
アカリに取り上げられてしまった。
「これはわたしが預かるわ。近所の子たちに分けてあげるの。もうないの?」
「な、ないよ……」
「ふーん、まあ、いいわ」
ほんとはまだ飴玉の袋とか、いくつかあるけど、見せるのはやめておいた。独り占めしたかったわけじゃない。あの可愛らしい生き物にどうしても分けてあげたいのだ。
「わたしはお母さんの手伝いをするわね。もうすぐ日が暮れるから早めに終わるのよ。いい、カグヤ」
「う、うん」
カグヤちゃんは最後の仕上げの作業に没頭してしまったのか、気のない返事だ。
このあと、アカリの母イズノさんが何度か「ご飯ができたわよ」と呼びに来た。でも、おれたちがなかなか作業を切り上げないので、最後には「はやく来なさい!」と怒られてしまった。
イズノさん、こわい。もう怒らせないようにしようと思った。




