第22話 車輪こそ文明
村に来てから三日目の朝。
クルマの周りには関係者が集まった。アカリとカグヤちゃんのほか、シナツさんとタダがいた。タダは、シナツさんが連れてきた。おれの作業を手伝うことで、技術を学ばせたいらしい。
「お兄ちゃん、今日はなにを作るんですか?」
「昨日から考えていたんだけど、はじめに車輪をつくろうと思う」
「車輪?」
「そうだよ。このクルマにも四つの輪があるよね? これが車輪だよ。昨日切り出した材料でこれと似た働きをするものを作ろうと思う」
車輪が登場したのは地球の歴史でも大昔のことだ。丸太を切り抜いただけの中実車輪なら石器時代からあった。近代まで使われていた木製車輪に近いものも紀元前からすでに利用されていたという。轂(ハブ)と輻(スポーク)と大輪(リム)で構成された複雑なつくりのものがすでに大昔にあったのだ。日本でも飛鳥時代の遺跡からこのような木製車輪が発見されたことを新聞で見た記憶がある。
おそらくこの世界にも車輪はあるだろう。シナツさんに尋ねたところ、車輪の概念は知っているようだった。ただ、少なくとも、このアラメ村では利用されていない。
おれは、まず車輪を製作して、それを使った荷車を製作することを提案した。荷車などがあれば、農作業や重い荷の運搬もずいぶん楽になるはずだ。それに、使い方がすぐに分かるというのがいい。その方が受けがいいし、仕事の成果として見えやすいという打算もあった。
――でも、あんまり大きなものはいきなり作れないだろうな。
ジュニア自転車に使われる車輪の大きさくらいが手ごろだ。二十四インチ程度のものを作ろうと思う。たしかスマホに、木製車輪の作製の様子を撮影した動画を保存しておいてあったと思う。あまり手の込んだものは作れないので、海外の趣味人が公開していたものでちょうどいい。ざっとみて作製の手順を確認した。
輻(スポーク)は八本くらいで十分だろう。まず極厚の板――角柱といったほうがいいかもしれない――から等脚台形の角柱を十六本用意する必要がある。一本の長さは二十センチといったところだ。一組八本で八角形の環からなる大輪(リム)を構成する。
「カグヤちゃん、横から見たら台形になる角柱を八本使って正八角形の環を作りたいんだ。端っこは何度の角度にしたらいいと思う?」
「うーん。八角形ということは、四角形が三つ分入るから……内角の和は360度の三倍で1080度。だから内角は135度……その半分は67.5度! 分かった、お兄ちゃん! 底角が67.5度になる台形状のものを作れば、ぴったり八角形になりそうです!」
シナツさんが間髪入れずに別解を披露する。
「カグヤ、それでもいいですけど、正八角形を八等分してできる二等辺三角形の頂角は、360度割ることの8で、45度になります。その半分は22.5度。これが台形の底角に対する補角になります。だから22.5度の鋭角分で切り取ればいいのです」
――二人ともすごいな。昨日、図形に関する性質を少し教えただけなのにもう使いこなしてる。
「おい、シナツ。おまえたち、何を訳のわからない呪文を唱えてるんだ? 気持ち悪いからよせよ!」
タダが二人のやりとりを聞いて混乱している。アカリもなにやら難しい顔をしている。
「シノ、わたしって、もしかしたら、バカなのかしら? シナツ兄さんたちの言っていることが全然わからないわ」
「アカリ、安心して。この二人が異常なだけ……」
頭の中だけで数字をはじき出すことは簡単じゃない。おれにはこの二人のまねはできそうにない。ノートに八角形と角度を書き込みながら、二人の計算が正しいことを確かめた。あっている! 昨日の今日でここまでとは……。この二人はちょっと普通ではなかった。
「シノ殿の算術はすごいものですね。あたまの中がすっきりしたのが分かります」
「まあ、みんながそろって学ぶことですから、特別な知識というわけではないですよ」
一定水準の学力をもった人材を社会に送り出すのに成功しているという点で、日本の教育は優れているんじゃないかと思った。
「シノ殿の故郷は学問がとても発達しているのですね」
「ええ、まあ、それなりには」
「もしかしたら、これが失われた守人さまの秘術なのかもしれません」
守人さまも周りの村人に数学の知識を教えたのかもしれなかった。世代が交代するうちに知識の伝達が途絶えてしまったのだろうかと思った。
「よかったら、お手隙のときでいいので、村の子供たちに教えてもらえませんか?」
「ええ、初歩的なことしか分かりませんが、こんなことでよいならいつでも教えますよ」
なにか、シナツさんからの頼み事がどんどん増えていくような気がするけど、村の役に立つならば、望むところだと思った。
おれは、カグヤちゃんたちが計算した角度で角材を切り、十六個の等脚台形の角柱を作製した。
八角形を組んだときに相互に接続する斜面には実溝を切る。あとで、ここに雇い実という別部材を挟み込み、八角形の環の部材同士に接合することにする。接合強度が不安なら、さらに蝶々型の千切りなんかを埋め込んでもいいかもしれない。
それから、等脚台形の角柱の中央部分には、輻(スポーク)を差し込むためのほぞ穴を作る。角鑿盤を使えば、わりあい簡単だ。角鑿は、断面が正方形となる柱状の刃の内部に、回転するドリル刃が収められたものであり、この仕組みで正方形断面の穴を掘ることができる。
この工具は回転部が露出していない分、比較的安全だ。タダに扱ってもらうことにした。タダは、武骨な大きなを手をしているけど、案外器用なものだ。教えると、すぐにコツを飲み込んだ。これで大輪(リム)の部材が整った。
次は、轂(ハブ)となる部分を作る。普通なら円柱状となるが、最初の作品だから、まあ外縁部と同じで八角柱でいいだろう。車軸を通す部分になるので、大輪よりは幅の大きい部材となる。正確な八角柱を作製したら、次は、輻(スポーク)を差し込むためのほぞ穴を作る。
輻の両端は、ほぞ穴に合わせたほぞとなるようにする。このままだと、角棒が轂から放射状に伸びる見た目となってしまうのでちょっとカッコ悪い。丸棒にするのが好ましいけど、とりあえず、四隅を軽く落としただけの八角柱の輻にすることにした。長さは、現物に合わせればよい。ほぞになる部分も考慮して、大輪と轂の間隔に合わせた。
ようやく車輪を構成する部材がそろった。あとは各部材を組みあげて、外縁部を糸鋸盤で円形にすればよい。円形にするのは簡単だ。轂の中心軸周りに回転可能なように、組みあがった八角形の車輪を作業台に載置する。車輪の半径に対応する位置に糸鋸の刃が当たるように中心軸を置く位置を決めればよい。この位置で八角形の車輪を回しながら糸鋸で切り進めば、所望の円形が得られる。あとは轂に車軸を通すほぞ穴を貫通させればよい。
こうして、非中実構造の車輪、スポークホイールが完成した。おそらくはこの村で初めてのものだ。ほんとうは、鉄輪をはめて、外周部が磨り減るのを防ぎたいんだけど、現状はそこまではできない。
まあ、それと、あちこちカクカクして、ちょっと見た目もよろしくない。平安時代に使われていた牛車の木造車輪は、輻(スポーク)の数がもっと多く、多くの部品が複雑に組み合わさっていたように思う。だけど、ここでは設備が不十分だし、そこまでは望めない。改良はおいおい考えるとして、今はこれでよしとしよう。この見た目カクカクした車輪でも十分機能するはずだ。
おれが完成の喜びに浸っていると、カグヤちゃんが素朴な疑問を投げかけてきた。
「あの、お兄ちゃん。ずいぶんとたいへんな作り方だったけど、どうせ丸くするなら、大きな丸太を輪切りにした方が手っ取り早いのではないですか?」
「ああ、たしかにね。昔々の大昔は、たぶんそうしていたんだと思うよ。ただ、丸太の太さにも限度があるよね? その方法では大きな車輪は作りづらいんだよ」
それと、木材は、繊維方向に圧縮されることには強いけど、繊維方向と直交する方向から圧縮されることには弱い。丸太を切り抜いただけの一枚板で車輪を作ると、圧縮に対する強度が不足し、壊れやすいことも説明してあげた。
「シノ殿、それではさきほどの実継ぎ(さねつぎ)の方法で板を継げば、大きな円形を作ることも可能ですよね? 二、三枚の継ぎ板を作って、繊維方向が異なるように重ね合わせたらいいのではないでしょうか?」
「確かにそういう方法もあります。けど、中実の車輪は重いのが欠点なのです。重ければ回転するのに余計な力が必要ですから、疲れます。この点で輻(スポーク)を使った中身の詰まっていない軽い車輪の方が有利なのです」
ただ、重い中実車輪の構造は別の用途に使える。あとでシナツさんが言った方法で車輪を作ってみることにする。
「なるほど、奥が深いのですな」
「ええ、では、この車輪を使ってさっそく荷車を作りましょう!」




