第21話 おれにできること
クルマの荷台の整理をしていると、タダが大きな古材を抱えてやってきた。家を補修するために保管してあったものだそうだ。
「いいのか? 大事にとっておいたものだろう? ほんとうに使っていいのか」
「ああ、特別に分けてやる。うちの親父もいいと言っていた」
「ほんとうに? 切ってしまってもいいのか?」
「ちっ、めんどくせー野郎だな。いいから、好きに使え! まだあるから、ちょっと俺んちの小屋までついてこい」
タダの家の小屋の脇には、太い丸太が数本積まれていた。家づくりにも使える乾燥した材は貴重だ。
「全部運ぶぞ」
「いいのか?」
「ああ、そう言ってるだろ」
近くにいた男数人が運ぶのを手伝ってくれたのだけど、太めの丸太が二本残った。梁に使えるほど立派なものだ。
「タダ、おれたち二人でもっていこう」
「よせ。人が戻ってくるのを待て。そんなひょろい体して、お前じゃ無理だ」
一本で大人一人分くらいの重さだろう。二人で前後を持てば運べるはずだと思った。
「いいからやってみよう」
「ちっ、知らねえぞ」
結果的には、その重い丸太二本をアカリの家までなんとか運べた。タダは随分と憔悴した様子だ。
「おまえ、シノといったか? 見かけによらず随分と力があるんだな」
「まあ、力仕事をこなすこともあるからな。それより、タダ、古材を提供してくれてありがとう。これでおれの仕事が捗る」
「ちっ、勘違いするな! 村の役に立つ道具なら、みんなほしがる。おれたちの得になるから手伝っただけだ」
「それでも、ありがとう」
「けっ、むかつく野郎だ」
口が悪いのは相変わらずだけど、おれに対する態度は初対面のときに比べて随分柔らかくなった気がする。
「ああ、タダ、それから――道具がいろいろあるんだ。村のみんなで使ってくれ。用意するからちょっと待ってろ」
おれは荷台を片付けながら、鉈、鎌、鍬、鶴嘴、スコップ、バールなどを取り出し、運びやすいように索で結わえた。
「変わった道具があるんだな。いいのか? お前は使わないのか?」
「当面は使わないから構わない。必要があるときに貸してもらえればそれですむ。」
工作にはあまり必要ない物なので、手元になくても別にいい。みんなに使ってもらった方がいいだろう。
「そうか、ありがたく使わせてもらう。これは青年団で管理するから、使うときには言ってくれ」
「わかった」
「じゃあな、シ、シノ」
そういうとタダは自分の仕事があるのかそそくさと戻っていった。
「なあ、アカリ。アイツもしかして、周りにすごく気を遣うやつなのか?」
「まあ、わたしとは反りが合わないだけで、面倒見はいいかもね。青年団の後輩たちからは慕われているようよ」
「アイツ、いくつなんだ?」
「わたしと同い年。一応は幼馴染かな――腐れ縁ね」
二十歳か。おれよりずっと年下じゃないか。もっと年上かと思ってた。顔が怖いからな。それにしてもアカリはよくタダに突っかかる。
「なんでそんなにお互いけんか腰なんだ?」
「知らないわ。子供のころからこんな感じよ」
「そ、そう……」
子供の頃、タダとよく喧嘩してたそうだ。言い争いがエスカレートしてタダに怪我を負わせたこともあるらしい。そのときは、シナツさんからこっぴどく怒られたそうだ。なにか思い出したのか、アカリが酷く怯えたように見えた。
「ところで、シノ。こんな古い材木どうするの?」
「使うんだよ」
「だから、何に?」
「ああ、まだ何に使うか決めてない。取り敢えず、板とか角材を作ろう思う。それを使って、村の生活に役立つものを作りたい」
村長からは、できることをしてみたらいいと言われている。だけど、それは言外に、自分の価値を示せと言われているようなものだった。
――どうやって、この村に貢献しようか?
あれこれ考えを巡らせたけど、出てきた答えは、やはり、モノづくりだった。おれは仕事でも趣味でもモノづくりが好きだ。自分が作った物が誰かの役に立ち、誰かに喜んでもらえるならうれしい。
昨日と今日で村の様子をざっとみたけど、木材加工の技術がずいぶんと拙い。丸太を手斧と槍鉋で整えた丸柱、楔で割った半割り丸太などが主に使われている。古代の打割製材から脱却できていない。
正確な直方体の平板がつくれないから、便利なモノもつくれないのだと思った。たぶん、なにもかも足りていない。正確な角柱が存在しないから、家も丸太小屋にならざるを得ないのだ。丸太小屋もいいものだけど、木材の消費が激しすぎるのが難点だ。
カギとなるのは「製板」。この技術の行き詰まり状態を打開するにはそれしかないと考えた。
丸太から板を挽く挽割製材に移行するには、大きな縦引きの鋸が必要だ。縦引きというのは、材の繊維に沿って切るように作られている鋸歯のことだ。そして、大鋸と呼ばれる縦引き鋸が普及するのは日本でいえば室町時代のことだ。
それに挽き割した板の表面を整えるためには、台鉋も必要だ。今と同じような構造の台鉋が普及するのも、同じく室町時代の頃のはず。
この村の技術水準はおそらく飛鳥、奈良時代くらい。このままでは、丸太を挽割し、板を平滑に整えることができるようになるまで、ざっと七百年以上も待たなくてはならない。
――そんな悠長なことはしてられない。
いま手元には現代日本の電動工具がある。発電機もあるし、燃料もまだ残ってる。おれはおれの武器で、時計の針を進めてしまおう。構うものか、何か文句があるなら、おれをこの地に飛ばした奴にいえばいい。
――この村の、この世界の技術水準を数世紀分押し上げてやる!
と、ひそかに恰好いい決意をしたが、すぐに困ってしまった。
――木挽きはとても難しいんだ。
現代であっても、個人が丸太から板を作るのはとても難しい。たいていは製材所の大型の帯鋸盤で製材され、プレーナーで修正済みの材料を買ってくる。家庭で扱える卓上の帯鋸盤もあるが、圧倒的に切断能力が足りない。十五センチ厚が切れれば上々だ。小径木にしか使えない。それに、残念ながら、その小型の帯鋸盤でさえ、ここにはなかった。
ほかにチェーンソーを使うという手もある。専用の治具を取り付けたチェーンソーをガイドレールに沿わせて滑らせていくと、寝かせた丸太の上側一部に平面を出すことができる。あとはこの平面をガイドとして、治具を取り付けたチェーンソーで所定の厚さに丸太をスライスしていけば、平行平板の材が採れるのだ。
――だけどな、あれ、燃料を喰うんだよな。
鋸歯に比べて歯が厚いので、切り抜けるのに時間がかかりすぎるのも問題だった。それに、引きみぞが厚い分だけ、材料が無駄になる。
おれは悩んだ末、もっともオーソドックスな方法を選んだ。電動丸ノコを三台持ってきている。そのうち一番大型のものは、チップソーの直径が約50センチ、切り込み深さが最大で20センチだ。太さ20センチまでの材なら一回で挽けるし、それ以上でも材をひっくり返して反対側から二回目の刃を入れれば、だいたい切れるはずだ。
――よし、これでいこう!
おれは、軽トラの荷台を空にし、アオリ板を開放した。二畳弱の荷台床にはコンパネが敷き詰めてある。ここを作業台にしようと思う。ほんとは、作業小屋があればいいのだけれど、ぜいたくは言えない。まだ、なんの実績もないのだ。分不相応な願いを聞き入れてもらえるほど甘くはないだろう。
荷台からコンパネを少し引き出し、適当な材料で作った脚で支える。コンパネの裏に電動丸ノコをひっくり返した状態で取り付けた。これでいわゆる丸ノコ盤、テーブルソーの出来上がりだ。曲がりのある長い材木でもノコ歯に対して真直ぐ送れるようにと、治具と案内柵を設けた。最初は精度が出なくても仕方がない。徐々に調整していこうと思う。
つづいて、発電機を用意した。コンセントプラグの差込口は三つあるので、一つは電動丸ノコに、もう一つは自動カンナ盤に、あと一つは大容量蓄電池に繋いだ。燃料を使って生み出した電気をできるだけ無駄にしたくない。
ここまでの準備をするのにお昼になってしまった。
アカリは、最初のうちは作業を見ていた。けど、飽きてしまったのか、だいぶ前に近くの森に狩りに出かけてしまった。アカリの妹のカグヤちゃんがいろいろ手伝ってくれている。
「おにいちゃん、これで準備は終わったの?」
「そうだね。発電機を回すよ。ちょっとうるさいと思うけど我慢してね」
発電機の始動紐を勢いよく引く。エンジンが回り始めると、周囲に低い唸りが響いた。電動丸ノコのノコ刃を一杯まで出し、スイッチを入れた。高い回転音も加わって大分うるさくなってしまった。
カグヤちゃんは初めて聞く騒音に固まってしまった。
「危ないから少し下がって」
「は、はい!」
一本目の丸太を案内柵に沿わせながら、ゆっくりと回転する刃に押し当てた。多少、トルクが頼りないけど、切り進めることができた。一枚挽けたら位置をずらして同じことを繰り返す。
鳴り響く騒音に驚いたのか、周囲の村人が何事かと集まってきた。しばらくはおれの作業を物珍しそうに見学していた。が、木材を繰り出しながら、ただひたすら丸ノコで切り続ける単調な作業に飽きたみたいだ。いつの間にか村人は散っていった。
――数時間後
やっと終わった。もう気力も根気も使い果たした。午後は、ずっと、木材を丸ノコで挽き続け、短冊にしたものを今度は自動鉋かんな盤で削り続けた。
サクサクと切れていく木材をみて、途中から、バターとか羊羹なんじゃないかと錯覚し始めた。回転する刃を見つめていると、吸い込まれそうな感覚におそわれた。あぶなかった。やっぱり、適度な休憩が大事だ。
村人たちは「つまんねーな」などと言いながら去っていく。木材が削れていくけど、おれの精神力も削られていく……。カグヤちゃんだけが最後までおれの作業につきあってくれた。
とにかく各面が完全に平らで、隣り合う面同士が直角となっている板材ができた。この世界で初めて生まれた、ほぼ完全な直方体だ。
これでいろいろなものを作ることができる。この感動をだれかに伝えたい。
「みて、カグヤちゃん。完全な平面が出せたよ。ほら、どの角もちゃんと直角になっているでしょ。すごいでしょ!」
おれは板材の角にスコヤを当てて、直角が出ていることを見せてあげた。
「おにいちゃん、直角って何?」
「90度のことだよ」
「90度って?」
「全円周の中心角を四等分した大きさだよ」
「…………?」
ああ、そうか、そうだな。無理もない。学校に通ったことなどあるはずもない。そもそも、この村に幾何学の知識があるか疑わしい。
中学、高校で習う程度の数学は紀元前のギリシャ時代にすでにできあがったものだと聞いたことがある。だけど、日本でさえも、数学の知識がみんなに広がるのはもっと後の時代、近代になってからの話だ。
まして、この村は都から遠く離れている。この世界がどれくらいの文明を持っているのか、よくは分からない。だけど、新しい知識や技術がここに届くにはだいぶ時間がかかるだろうと思った。
「カグヤちゃん、いい? まず、真っ平らな平面を思い浮かべてみて、湖の水面でもいいよ」
「うん」
「そうしたら、次に、錘を結んだ糸をその水面に垂らすんだ」
「うん、垂らした」
「その糸は水面に対して真直ぐに立っているよね。少しも傾いていないよね!?」
「うん。あっ、わかった。その状態が直角なんですね!」
「そうだね、正確には、そのときの糸と水面の関係を垂直といって、糸と水面のなす角が直角という感じかな。直角を数字で表すと90度ということになるね。これはただの決まり事だけど」
カグヤちゃんが少し目を伏せて考え込んでいる。なにやら、頭をぐるぐると巡らしている様子だ。
「おにいちゃん、じゃあ、いま作った板を角同士で四つ束ねると、その状態は360度ですか? 360度は直角同士がぴったりすき間なくくっつくているということですか?」
「そうだね、よく思いついたね。カグヤちゃんは賢いな」
「えへへ」
カグヤちゃんは、照れながらも褒められてうれしそうだった。
「ついでいうと、四角いものには、その四つの角を全部足し合わせると360度になるという性質があるんだよ」
「ハッ!! じゃあ、三角なら180度ですか? 四角を斜めに切ったら三角になりますよね!」
「そ、そう、よく気がついたね。とても大事なことだよ」
「でも、なんで……360なのかな? もっとぴったりした数でもよさそうなんだけど……。ハッ! もしかしたら……180、120、90、60、45、40……そうか! 割りやすいんだ! 三つに分けたものをもう一度三つに分けることもできる……すごい! そうですよね、お兄ちゃん! あっ! そうか! それなら……」
カグヤちゃんがまくしたてる。けたたましい。なんだろう? 夢中になりすぎて、ちょっと性格が豹変した感じになった。
「あ、あの、カグヤちゃん。少し落ち着こうよ」
「は、はい。ごめんなさい。わたし、考え出すといつも止まらなくなっちゃって……」
カグヤちゃんは知識に飢えているのかもしれないな。少し教えれば、おれなんかあっという間に追い越してしまいそうだ。
「カグヤちゃん。これからおれの手伝いをしてくれないかな? おれが知ってることならいろいろ教えてあげられると思うよ」
「は、はい。お願いします!」
そんなやりとりをしていたら、遠くからアカリの声がした。
「シノー! カグヤー!」
アカリの隣りにシナツさんが並んでいるのが見えた。
「ただいま。どう、みて、これ捕まえたのよ!」
「お姉ちゃん、大きいわね」
雉っぽい大きな鳥だった。アカリは妹に一生懸命じまんしている。微笑ましい。
「お疲れ様です、シノ殿」
「こんにちは。シナツさん。村の門の方から来たように見えたんですが、何かしていたんですか?」
シナツさんは、村の北側の柵を見回っていたらしい。獣の侵入を防ぐためのものだ。だいぶ傷んできたので、青年団の方で補修することを検討しているらしかった。
「ほう、それにしても……これは……ずいぶんと精巧な板材ができましたね」
「わかりますか?」
「ええ、なんとなく。平滑な面があれば、色々なものがもっと精密にできるでしょう」
「そうなの? ただの板切れにしかみえないけど……」
アカリの感想は、作業中まわりで言いたい放題言っていた村人と同じようだった。作業途中、村人の率直すぎる発言とあまりの作業の単調さで心が挫けそうになったのを思い出した。
「そんなことないよ、お姉ちゃん! この板はすごいのよ! 角っこが90度なんだから! ほら、みて!」
カグヤちゃんだけはおれの苦労を分かってくれるみたいだ。なんていい子だ。
「カグヤ、90度というのは何のことですか?」
シナツさんが妙なところに食いついてきた。そして、二人の間で幾何学の談議らしきものが始まってしまった。
「ねえ、シノ。これで材料がそろったんでしょ? 前に頼んだアレはいつ作り始めるの?」
「えっ? 何のこと?」
「ぎゅんと跳ね上がって、どかーんと飛んでいく仕掛のことよ!」
平衡錘投石機のことをいっているのか。野営のときに見せた娯楽動画が印象に残っているらしい。妙なことを覚えているものだなと思った。
「なんで、そんなもの作る必要があるんだ? いまは、ほかに優先することがあるよ」
「だってすごいじゃない! きっと秋祭りでも使えるわ! みんなで集まってドーンって飛ばすのよ!」
「それ、楽しいか?」
「きっと楽しいわよ。サギリの祝言もあるから、派手に飛ばしてそれでお祝いしましょうよ」
「…………」
――お祝いになるか? アカリの感性が分からない。
「シノ殿、アカリが話しているのはなんのことでしょうか?」
「ええと、石を飛ばす仕掛けのことです」
おれはシナツさんに投石機のことを話した。腕の長さの違う天秤のような形をしていること。短い腕の先の方に錘を取り付け、長い腕の方には投射物を繋げること。錘で天秤を跳ね上げると、石が飛んでいくこと。これらを簡単に説明すると、シナツさんはあっさりと理解した。
「ああ、いくさの道具ということですね」
アカリにとってはそんな大層なものでなくてただの娯楽なんだと思うけど……。案の定、アカリがたたみかけてくる。
「なんの道具でもいいわ。絶対に楽しいから早く作りましょうよ!」
「あのね、狂いのない乾燥の進んだ古材は貴重なものなんだ。遊び道具を作るために使うわけにはいかないよ。ほかに作りたいものがいろいろあるしね」
おれが断ろうとすると、シナツさんから思わぬ横やりが入った。
「シノ殿、材料が足りなければ森で調達しましょう。何人か青年団の男衆をつけるので、その投石機とやらの製作を指導していただけませんか?」
「えっ?」
シナツさんが何を言い始めたのか、分からなくて、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「投石機なんて普段の生活に何の役にも立ちませんよ。戦でも起こるのですか?」
「いえ、守人さまの技術をみんなに伝えたいと思いまして。それなりに大きなもののようなので、みんなで協力して作れば、いい練習台になると思うのですよ」
「ほらね、シナツ兄さんもこう言っているんだから、作りなさいよ!」
「お兄ちゃん、わたしも手伝います。楽しみですね」
カグヤちゃんまで賛成に回ってしまった。
「ああ、うん。手が空いたら、そのうちにね……」
「シノ、約束ね!」
「シノ殿、近いうちに木材を調達に森に行きましょう。私も同行しますので」
「わたしもついて行きたいです!」
「…………」
うやむやにしたかったけど、断れなくなってしまった。
「分かった。手が空いたら設計図を書いてみるよ」
「わーい、お兄ちゃん、わたしも手伝います!」
なんでこの姉妹がこんなに盛り上がっているのか分からないけれど、楽しそうにしているからまあいいか、と思うことにした。




