第20話 鍛冶屋の親父とちょろいやつ
村に来てから二日目の朝。
村の朝は早かった。家の周りにはもういくつかの人の気配があった。つられて、おれも朝早く目覚めた。
今、おれは軽トラの荷台や道具箱をガサゴソとあさり、鉄の端材、錆びた鉄釘などをかき集めている。いつか何かに使えるかもと、とっておいたものものだ。忙しくて捨てる間がなかったのでそのまま放っておいたものもある。重さにして四、五キログラムくらいになった。貧乏性が幸いした。
――これならいい手土産になりそうだ。
この村に鍛冶職人が一人いるらしいことは聞いていた。おれのモノづくりを成功させるためには鍛冶屋との協力が不可欠だ。だから、早めに挨拶をしておこうと思ったのだ。
――ああ、そうだ。ついでに、アイツにも昨日の礼を言っておかないとな。
何かアイツが喜びそうなものはないかなと道具箱をあさっていると、ちょっとしたものを見つけた。おれはそれをポケットにしまう。
この家の人たちが起きてきた。アカリのお母さんさんが声を掛けてくる。
「おはよう、シノくん。早いわね」
「おはようございます。ああ、ごめんなさい。うるさかったですか?」
「別に大丈夫よ。何してたの?」
「ええ、ちょっと片づけを……。あのイズノさん、村の鍛冶屋さんはどこにありますか? それからタダの家も」
鍛冶屋は、この水路を下った先にあるそうだ。一軒だけポツンと少し離れているからすぐわかるらしかった。
それと、昨日、獣肉を差し入れしてくれたタダの家は少しの先にあるそうだ。タダもご近所さんだったか。
アカリはまだ起きてこない。昨日の白麦酒はたいして強いものじゃなかったけど、アカリにとってはそうでもなかったらしい。
「一人で行くつもり? アカリも連れて行った方がいいんじゃないかしら」
イズノさんに心配されてしまった。鍛冶職人の親父さんはカグツチといい、かなりの頑固者らしい。
「だいじょうぶです。いつも頑固な職人を相手にしてますから」
それに、いつまでもアカリの後に隠れているわけにはいかない。アカリの従兄のシナツさんがだいぶ骨を折ってくれたみたいだし、昨日の村のみんなの様子ならそんなに悪いことも起こらないはずだ。
村の鍛冶屋に向かって、水路の脇を進んでいると、時々、少なくない村人から「おはよう」と挨拶された。シナツさんのおかげだろう。ありがたいことだ。あとで顔を出しておこうか。偶然、タダを見かけたので、近づいて挨拶してみた。
「おはよう」
「なんだ、おまえか」
「昨日は差し入れありがとう。イズノさんに料理してもらったけど、美味しかったよ。これは昨日の礼代わりだ。受け取ってくれ」
「……なんだ、これ?」
おれは、明治時代からある有名な折り畳み式ナイフをタダに手渡した。手入れをすれば切れ味はとてもいいのだけれど、正直なところ使いづらい。刃がはね返りそうで怖い。個人的には、折りたたみナイフなら、ハンドルの背の部分にロック機構が備わったロックバック式のシンプルなものが一番いい。
「おい、これ高そうだぞ! 大事なものじゃねえのか?」
「父親からもらったものなのでよくは知らない。まあ、ほかにもたくさん持ってるから、使ってくれ。見たところ、この村は刃物が足りていない」
このナイフ、それなりに高いとは聞いている。うそかほんとか知らないけれど、日本刀と同じような作り方で作られているらしい。玉鋼の青紙なんとかが割り込まれているとか、なんとか……。
「ほんとうにいいのか?」
「遠慮なくどうぞ」
「ああ、すまん……」
なんだかタダがおとなしくなってしまった。
「おまえ、何か困ったことないか?」
「ああ、これから色々作ろうと思っているんだけど、材料が足りない。木材があるところに心当たりはないか? シナツさんのところへ頼みに行こうとしてたところなんだ」
「古材でもいいのか?」
「ああ、乾燥しているほうがありがたい」
「分かった。探しといてやる」
タダは、それだけ言うと去っていった。
――なんだよ、アイツ。
協力してくれるらしい。初対面のときの荒ぶった態度からは信じられないくらいイイやつだった。信じられないくらいちょろいやつとも言えた。
水路の先を進んでいくと、ポツンと孤立した一軒家が見えた。たぶん、あれが鍛冶屋だ。戸は開いていて中から物音が聞こえる。
「ごめんください! おはようございます!」
おれが大きな声であいさつすると、中から、いかにも頑固そうな職人がでてきた。
「なんじゃ、若造」
「あ、あの、朝早くからすみません」
「別に早くはない。ワシはもうとっくに動き始めておる。それで、なんじゃ」
おお、さすがは頑固おやじ、怖い。
「あ、あの、おれはシノといいます。昨日からこの村でお世話になることになった者です。親父さんがこの村で一番の職人と聞いたものですから、ご挨拶に参りました!」
おれが来訪の理由を告げると、鍛冶屋の親父は、「ほう」と目を細めた。威圧感バリバリの眼光が怖い。怖すぎる。
「昨日来た珍妙な男というのは、おまえのことだな。まあいい、とりあえず中へ入れ」
土間には、火床を真ん中にして、金床、吹子、槌、挟みなどの鍛冶道具が並んでいた。狭いながらも、整然としている。
「いい鍛冶場ですね」
「そうか、分かるか」
――いえ、わかりませんけど……。
とりあえず、褒めておいた。修理中の農具などもあったので、いろいろ質問してみた。鍛冶屋の親父は見た目怖いけど、寡黙というわけではなさそうだ。わりと熱心に教えてくれる。ある程度会話が進んだところで、おれは手土産を渡した。
「親父さん、これ、よかったら使ってください」
「ほう、なかなかいいものだな。おまえの故郷で作られたものか」
「はい、たしか鉄鉱石を高炉で溶かしてつくった鋼だと思います」
「ほう、石を溶かすほどの炉があるのか? すごいもんじゃのう」
親父さんは、素で驚いているようだ。純鉄の溶ける温度はおよそ1500度。この世界のこの時代ではとてもそこまでの温度は生み出せない。少なくともこの村で実現できることではない。
おそらく、この世界の製鉄は、ある程度の温度まで加熱できる炉で、原料鉱石を炭と一緒に熱しているのだと思う。還元反応により鉄と結合している酸素が奪い取られると、刃物にできるほどではないにしろ、そこそこの金属鉄ができるのだ。その後、金属鉄を加熱しながら不純物を叩き出しているのかもしれない。あるいは、砂鉄などの脱炭材を少量加えて、炭素成分を下げ、鍛造に適した鋼を作っているのだと想像した。気の遠くなるような作業だ。
おれの知識ではすぐにはどうにもならない。とりあえず、いまある鉄を利用することを考えてみることにした。
「鋼はまだ手元にありますので、作りたいものが決まったら、また相談に来ます。いま渡した分はどうぞ好きに使ってください」
「そうか、じゃあ、遠慮なく使わせてもらおう」
親父さんはそう言うと、おれに目配せして、あごで戸の方を指した。
――ん? なんだろう?
「はやく行ってやれ。お嬢さんが心配してるぞ」
「えっ?」
アカリが戸のそばに隠れるよう立っていた。おれは深々とお辞儀して鍛冶屋をあとにした。
「アカリ、どうしてここに?」
「『どうして』じゃないわよ! どうして勝手に行っちゃうのよ!」
「いや、昨日、具合悪そうだったから……」
「おいてけぼりにすることないでしょう?」
「ごめん、悪かった」
「それにしても、鍛冶屋のカグツチさんにずいぶんペコペコしてたわね。あなたそんなに卑屈だった?」
「そういうなよ。処世術だよ。アカリだって、シナツさんには随分従順じゃないか」
「ま、まあ、たしかにだれにも苦手な人はいるわね」
職人にへそを曲げられたら堪らない。おれは自分の知識や技能が未熟なことを自覚している。だから、熟練者には頭を下げて教えを乞う。地位や金に興味のない職人でも、自分の技量を認めてもらいたいと思う気持ちは持っているはずだ。だがら、謙虚に教えてくださいと頼めば、そんなに邪険に扱われることもない。おれがいくつもの失敗から学んだことだ。
アカリの家に着いた。アカリはさっき、おれを追いかけるために、けっこう走ったらしい。随分苦しそうだ。
「バカだな。調子悪いのに走るなんて」
「シノがあの頑固親父のところに行ったって聞いたから……心配したのよ。人の厚意を無下にして最低ね」
「わ、悪かった。ありがとう。でも大丈夫か?」
「んーん。あたまが……痛くなってきた……」
大丈夫じゃなさそうだ。おれは持参した最後のペットボトル入り飲料、あるスポーツドリングを手渡した。
「これ、なにか変な味がするわ。飲みこんでも大丈夫なの?」
「故郷で有名な飲み物だよ。二日酔いのときに飲むといいらしい」
「ふーん」
カグヤちゃんも一口貰っていたけど、微妙な表情を浮かべていた。この世界では受けなかったらしい。
「なんだよ。最後の貴重な一本だぞ。いらないなら、おれが飲む。返して!」
おれがアカリからボトルを奪い取ろうとすると、アカリが抵抗した。
「やめてよ。そんなにまずくわないわ。私が飲む。一度口をつけたものだし……」
おれは好きなんだけどな。美味しさが伝わらないらしい。残念だ。




