第19話 歓迎の宴
「アカリ、さっきはなんだかごめん」
「いったい何を謝っているのよ?」
「おれのお守りを任されているせいで、変な悪ふざけに巻き込まれてしまっただろ」
お相手が決まっていないことを気にしていたとはいえ、悪乗りでおれとくっつけられるのはさすがに気分が悪いだろう。おれはそんなふうに思ったので、アカリに気を使ったのだが……
「バカね。あなたはそんなこと気にしなくていいのよ」
さんざん揶揄われたアカリだったが、もう立ち直っているようだった。というより、なんだか普段より機嫌がいい。
「そうか、ならいい。ちょっとアカリに頼みたいんだけど」
「なに?」
日が落ちるまでに、村の外れに止めてあるクルマをここまで移動させたかった。おれが運転してもいいのだが、妖術使いと騒がれるのは面倒なので、アカリに運転を頼むことにした。
アカリが操るのを間近でみれば、村のみんなも、これが乗り物だということを理解してくれるかも? そんな淡い期待を抱いたからだ。一応、シナツさんにも話を通しておく。
クルマは、村の簡素な門から少し離れたところに、来たときのままの位置にあった。傾き始めた日の光を受けている。奇妙だと思われるかもしれないけれど、なんとなくむくれているように感じた。
――何時間もほうっておいて悪かったな、相棒!
アカリが運転者席に乗り込む。アカリの妹、カグヤもなぜかついてきてしまった。どうしても乗りたいのだという。助手席に座ってもらう。
「はぁあああ! すごいです。ほんとに動くの? お姉ちゃん?」
「ええ、出発よ」
おれはクルマから少し離れた位置から誘導する。村人たちが道の傍らにわらわらと集まってきた。が、そんなに大きな騒ぎにはならなかった。シナツさんがうまいこと根回ししてくれたのだろう。アカリはみんなに注目されてご機嫌、カグヤちゃんは何だかよく分からないような興奮の仕方をしている。
突然「ガガッー」という嫌な音が聞こえた。
「あっ! おねえちゃん、どこかに当たったよ」
道の脇の石垣にクルマの側面をぶつけたようだ。おれの悲鳴があがる。
「アカリ! ちゃんと横の方も見ろよ!!」
「なによ、大げさね。大したことないじゃない。鬼猿もぶつかってたでしょ」
「お姉ちゃん、ちゃんと謝ろうよ。お兄ちゃん、泣いてるよ」
「わ、悪かったわよ。あとで直すの手伝うから……」
昨日は非常時だったからやむを得なかったのだ。しかも、グリルガードに当てるように意識していた。不注意で傷つけるのとはわけが違う。おれは相棒に詫びた。
――相棒、すまなかったな。あとで何とかするから……
村の入り口からアカリの家までそんなに離れているわけではない。すぐに着いた。
「シノ、このあたりに停めればいい?」
「ああ、ありがとう」
「じゃあ、わたしたちはお母さんの手伝いをするわね。カグヤ、いつまでもはしゃいでないで、さっさと降りて!」
「ええー」
カグヤちゃんは、しぶしぶ家のなかへ入っていった。おれは必要な荷物、寝袋や懐中電灯、身の回りの物などをクルマから降ろすことにした。背後から、野太い声がかかる。
「おい、おまえ!」
沈み始めた夕日を背に、タダが何やら携えて立っていた。
「これもってけ! 今朝仕留めた獲物だ」
タダは有蹄の獣、おそらくはシカの後足をおれに押し付けた。
「これは?」
「アカリは手ぶらで戻ってきたみたいだったからな。それを使え」
どこからか、歓迎の宴があること聞きつけたらしい。ずいぶんと言葉が足りてないけど、要するに、差し入れをしてくれるのだと分かった。
「あ、ありがとう」
「ちっ! よそ者が! 調子に乗るなよ! 一応村長の客人ってことになってるからな。もてなしが足りないと思われたら村の恥だ! さっさと持ってけ!」
タダは乱暴にそうまくしたてると、悪態をつきながら去っていった。受け取った獣肉は、丁寧に処理されていて瑞々しく、上質なものだと分かった。
――なんだよ、アイツ……。
いいヤツだな。わざわざ用意してくれたのか。男のツンデレはまったく需要がないけどな。
日も沈みかけたころ、ささやかな宴が始まった。もちろん近所のサギリも参加している。簡素だけど心づくしの料理が並んだ。瓶に入った酒も特別に振る舞われた。村長の計らいらしい。それはこの地方の白麦酒だった。現代日本の醸造技術を駆使したビールとは比ぶべくもないけれど、悪くはなかった。
「クルマってすごいのね。あたし、アカリが乗ってたからびっくりしちゃった」
「お兄ちゃんのいたところではあんなクルマがたくさん走っているんですか?」
「ああ、そうだね。形も用途もいろいろなクルマが道を走ってるよ。おれのクルマは小さい方だね」
「はぁあああ、すごいです! 守人さまの故郷」
カグヤは好奇心がとても旺盛な女の子らしい。乗り物の話に興味津々だ。
「カグヤちゃん、それにね、海の上を進む大きな船もいっぱいあるんだ」
「シノ、海って何?」
「陸の向こうに広がる大きな、大きな塩水の塊りだよ。どこまでも続いていて、どこまでも深い」
「すごいです、お兄ちゃん!」
カグヤちゃんは素直にはしゃいでいるけど、アカリはどうも懐疑的なようだ。
「ばかね。そんなの聞いたこともないわ」
「いや、川があるんだから、この先をずっと下っていけば、いつかは絶対海に出られると思うよ」
「ばかね。そんな深い水たまりがあったとして、この草原はどうやって浮いているのよ」
「いや、だから、ここはたぶん、海の底からそびえ立っている大きな山なんだよ」
「ほんとばかね! ここは平らな草原よ!」
「いや、だから、山の上の部分が削れたか、山と山の間に土がたまって平らになったんだよ」
妙なところで頭がよく回るのか、アカリを納得させるのは難しかった。
「ふーん、あいかわらず、夢見がちなのね。海とやらを見つけたら教えてね」
「信じてないな!」
「もしあなたが海を見つけたなら、なんでも言うことを聞いてあげるわ。せいぜいがんばってね!」
「よし、言ったな! ちゃんと覚えてろよ」
「アカリもひねくれてるわね。お母さん、少し心配よ。そんな賭け事しなくても、シノくんはちゃんともらってくれるわよ」
「な、なに言ってるのよ、お母さん!」
「お姉ちゃん、一緒に探しに行けば? わたしも海がどんなか知りたい」
この大陸の周りには必ず海があると思ったのだけど、ばかばかと言われて、だんだんと自信がなくなってきた。話題を変えて、別の乗り物のことも話してみた。
「カグヤちゃん、あとね、空を飛ぶ乗り物もたくさんあるんだ。人を乗せて遠くまで短い時間で移動できるんだよ」
「あはは、シノ、よしなさいよ。子供が相手だかって、からかったらだめよ」
「いやほんとだって」
「人が空を飛べるわけないでしょ」
「そんなことない! 月まで行った人だっているんだ!」
カグヤちゃんはさっきにも増して瞳を輝かせている。もう、アカリは酒の席の法螺話としか思っていないようだ。ますますバカにされた。だけど、どうやったら飛べるだろう? やっぱり、難しいかな? 酒精の回り始めた頭で考え込んでしまった。
乗り物の話には興味を示さず、マイペースで陶器の杯を空けていたサギリが口を開いた。
「ねえ、アカリ。そんなことより、昨日はどうだったのよ」
「どうって? なんのこと?」
続いて、サギリの口から場を凍り付かせる言葉が飛び出した。
「森の中で一晩過ごしたんでしょ? 一緒に寝たの?」
飲み物を吹き出しそうになった。
「ち、ちょっと! 誤解されそうな言い方しないでよ!!」
「とぼけないでホントのこといっちゃいなさいよ」
「なにもないわよ!」
アカリが簡単には口を割らないと考えたサギリは、追及の矛先をおれの方へ向けた。
「シノ君、どうよ? 白状しちゃいなさい。アカリがこんなに懐いているのはとっても変だと思うのよ、あたしは」
やめてほしい。当事者の母親の前でこんな話題は拷問に等しい。
「シノくん、私もちょっと不思議に思っていたわ。そういうことなら、ちゃんと責任とってね。あーカグヤちゃんにはちょっと早いかな。耳をふさいでいてね」
アカリの母イズノさんは、サギリの話を冗談だとは思っていないようだ。ちょっと目が怖い。
「あ、あのですね。たしかにお互い近くで休みましたが、焚火を囲んでいますし、何もありません」
「ふーん、なんか、あやしいな。アカリがこんなに男と仲良くするのはこれまでなかったんだけど……」
「えっ? 仲いい……かな?」
周りからそんな風に見られているとは思わなかった。アカリとは気軽に話すことができてると思うけど……。
アカリは、からかわれて黙ってしまった。酔いも合わさったのか真っ赤になってうつ向いている。気の毒に……。アカリからの反駁が期待できなかったので、おれの方で弁明させてもらった。
アカリは困っている人を放っておけない、だから、この地に迷い込んだおれを気の毒に思い親切にしてくれているのではないか、という趣旨のことを言ってみた。いっしょに鬼猿を退けた仲だから、戦友のような気持ちがあることも伝えた。そうしたら、疑惑の目を向けてきていた二人から盛大なため息がもれた。二人の口から同じ言葉がでる。
「「アカリもたいへんね」」
そして、アカリからもため息がでた。アカリの杯を空けるペースが速くなる。
まだ夜は始まったばかりだけど、カグヤちゃんが眠そうだったので賑やかな宴はお開きとなった。おれが後片付けを任せてほしいと申し出ると、イズノさんは、最初断った。が、アカリも手伝うというと、カグヤちゃんを連れて奥の寝室で先に休むことになった。
この家の人たちは、いつも奥の小さい部屋で、みんなでかたまって寝ているそうだ。寝具の性能がまだ十分でないのかもしれなかった。片付けが終わったら、おれは居間の隅で休ませてもらうことにした。
夜風が冷たい。春とはいえ、日が落ちれば肌寒い。水路のせせらぎに月明かりが差す。洗い場に並んでアカリと協力して洗い物を終えた。アカリの口数がいつもより少ない。おれは、酔い覚ましに顔をバシャバシャと洗い、冷たい水をがぶがぶと飲みこんだ。
――ああ、うまい! いい水だ。
昨日は森の中だったから気が付かなかった。見上げれば、満天の星だ。遮る物がないここから見た夜の空は、星がこれでもかというほどひしめいていた。
こんなに沢山の星を見たのは久しぶりかもしれない。満月じゃなかったら、もっとよく見えていたかもしれない。そして、なんだか、見覚えのあるような星座があるようにも思えた。
「綺麗だな」
「そうね、この空の先のどこかは、あなたの故郷と繋がっているのかしら?」
「そうだといいな」
もしかしたら地球がどこかにあるのかもしれない。
「帰りたい?」
帰れたりするのだろうか、と一瞬思った。守人さま、リュウジさんは帰れなかった。が、感傷に浸る趣味はない。いまは目の前のことで手一杯だ。だから、余計な迷いはすぐに捨てた。
アカリは、さきほどの宴で、ずいぶんといいペースで杯を空けていた。だいぶ酔いが回っているように見える。
なにか恥ずかしそうに、ためらいがちに尋ねてきた。
「シノ……わたしじゃだめ?」
「えっ? なにが?」
「だから……」
アカリは先の言葉を続けずに、体を半分捩って顔を背けてしまった。
意味がよく分からなかったけど、聞き返すのも野暮だ。たぶん、わたしが力になるから心配しないでほしい、そんな感じのことをいっているのだろうと思った。その気遣いが嬉しかった。
「アカリは頼りになるな。ここの生活のこと、いろいろ教えてもらえたら助かるよ。ありがとう」
「はっ!」
「アカリ? だいじょうぶか? だいぶ赤いけど……酔ってるなら早めに休んだ方が――」
「もういいわよ!!」
夜の鳥の鳴き声があたりに響いた。ふたたび静けさが辺りを支配する。背を向けたアカリが小さくつぶやいた。
「シノのばか……」
この地に飛ばされて二日目の夜は静かに更けた。




