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長耳娘と相棒と~現場監督の異世界害獣討伐記~  作者: スギタジュン
第二章 守人

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第18話 アカリの一家


 湖畔にたたずむアラメ村は美しかった。湖はSの字を縦に引っ張ったような形、あるいは二枚羽のプロペラのような形で南北に拡がっている。


 あとで聞いたところによると、岸部の深さは膝のあたりまでしかなく、深いところでも足がつくとのことだった。おれが湖だと思っていた陸水は、どちらかというと沼といったほうが正しい。でも水は澄んでいてきれいだし、水中植物が繁茂しているわけでもない。別に湖と呼んでも構わないだろう。周りには麦の畑が広がっていた。


 ちょうどS字の中央あたりに、二十メートルほどの間隔をおいてほとんどの家が集まっている。全部で五、六十戸くらいだ。


 多くの家が樹皮を剥いだだけの自然の丸太を組んで壁を構成する工法で作られている。山小屋のような雰囲気が漂い、なかなかいいものだ。草葺くさぶきの屋根が多い。芝生屋根の家もけっこうある。おそらく、細い丸太を並べた骨組みに、油分の多い樹皮を敷いて芝土を乗せたのだと思う。少数だけど、平石の瓦で葺いた屋根もあり、鱗のような模様が面白かった。


 アカリに連れられて歩いていると、多くの視線を感じた。さきほどまでは隠れていた村の女たちもぞろぞろと家から出てきている。遠巻きに見る者、にこやかな笑顔を向ける者、露骨に顔をしかめる者、ヒソヒソとささやきを交す者たち、おれに対する反応はさまざまだった。


 なかには気さくに声をかけてくる者もいた。シナツさんもその一人だ


「シノ殿、村長むらおさとの話合いはどうでしたか?」

「当面のあいだ、ここに滞在することが許されました」

「それはよかったですね。何か困ったことがあれば遠慮なくいって下さい」

「あ、ありがとうございます」

「アカリ、足りない物があれば用意しますよ」

「そうね……」


 アカリとシナツが相談を始めたので、おれはちょっと外れることにした。


「アカリ、ちょっと水路を見てきてもいいか?」

「ええ、でもすぐ終わるから遠くまで行かないでね」


 南北の湖を繋ぐ水路は、幅が二、三メートルくらいで、簡素な橋がいくつか架かっている。ゆっくりとした流れだった。昨日から動きっぱなしだった。一応、ポリタンクの水で顔は軽く拭いてはいたのだけれど、あちこち汗やら埃やらでとても汚い。アカリの家にいく前に、少しでも身ぎれいにしておきたかった。


 水際に近づこうとすると、さっき門前でおれを罵倒していたタダがおれの姿を認めて近づいて来た。


「おい、おまえ」

「な、なにか?」

「そこは使うな」

「はい?」

「流れの上手うわての方を見ろよ」。


 タダが指さす方には、こぢんまりとした建屋が水路にまたがっていて、人が出入りしている。


「あれな、かわやなんだよ」


 はじめ、何を言われているのか分からなかったけど、すぐに意味するところを理解した。あとで聞いたのだけど、この村では上手側の北の湖を生活用水に使用し、下手側の南の湖を農業用水に利用しているそうだ。合理的といえば合理的だ。


 タダは、わざわざそれをおれに教えるために足を運んでくれたらしかった。


「ありがとうな」

「はっ!? 何がだ?」

「親切に教えてくれたんだろう?」

「よそ者に勝手なことされたくないだけだ!」

「それでもありがとう」

「ちっ!いまいましい! それからな、厠の少し上手が洗い場、その先が取水場だ。飲み水に使うから上手の方は絶対に汚すなよ! よく覚えておけ!」


 そういってタダは去っていった。


 ――なんだよ、アイツ?


 案外といいヤツだな。口と態度が悪いけど……。おれは教えられた水場の方へ行って、ひざをつくと、顔をばしゃばしゃと洗った。ああ、冷たくて気持ちいい。


 そうこうしているうちにアカリが来たので、また並んで歩き始める。


「もうすぐ。あっ、あそこよ!」


 アカリの家は、水路の取水場のそばにあった。アカリの母、イズノがわざわざ出迎えてくれた。


「あらあ、お帰りなさい。いまお茶を入れるから。さあ、あがって」

「ただいま」「先ほどはどうも。お邪魔します」


 外から見ても小さい家だと思ったけど、中も狭かった。こう言っては悪いけど……。丸太を組んで作られているので、おのずと大きさに限界があるのだろう。


 土間を上がると八畳ほどの居間になっていた。明り取りの小さな窓から少しばかりの光が差し込んでいる。当然ガラスなんてものはない。中は薄暗い。居間には低い座卓が置かれていた。座って生活する文化みたいだ。奥は居間よりも少し小さい六畳ほどの寝室になっているようだった。


 それにしても、アカリのお母さん、あらためて見ると随分若いな。三十代の前半、二十代といってもいいくらいに見える。それになんだか、色っぽい。


「おねえちゃん、おかえり!」

「カグヤ、心配かけてごめんね」


 家の中に入ると可愛らしい女の子がアカリに飛びついた。


「シノ、この子は妹のカグヤよ。わたしとは少し歳が離れていて、十三歳よ」

「はっ……あわわ……も、守人さま!」


 アカリの妹、カグヤは、あわて者なのか、最初はおれの存在が見えていなかったらしい。アカリよりも濃い茶色の髪を肩まで伸ばしている。垂れ目ぎみで人懐っこい印象だ。そして……胸にあるものはアカリのものよりもずっと立派に見えた。


 突然、おれの脇腹に「バシッ」と肘打ちが入った。肋骨のないところにきれいに入った。無防備だったのでとても効いた。


「な、なんだよ、何か失礼なことでも言ったか?」

「何か失礼なことを考えていたからよ!」


 いいわけしても逆効果となりそうなので、とりあえず謝っておいた。アカリの妹、カグヤが心配そうに見つめている。


「も、守人さま、大丈夫ですか?」

「平気だよ、カグヤちゃん、でいいかな?」

「は、はい!」

「当然お邪魔してごめんね。心配してくれてありがとう。でもおれは守人さまじゃないよ」

「守人さまは守人さまなのでは?」


 カグヤちゃんとのやり取りにアカリが割りんだ。


「シノ、守人さまと同郷なのだから、もう守人さまでいいじゃない」

「アカリ、適当なこといわないでくれよ……」

「はぁぁぁ、すごいです。やっぱり守人さまです」


 アカリの妹、カグヤが尊敬の眼差しで見つめてくる。こんなふうに接してこられるのは生まれて初めてだ。正直どうしていいか分からない。


「カグヤはね、守人さまのことが大好きなちょっと変わり者なのよ」

「遠い昔の人なのになんでそんなに熱心なんだ?」

「守人さまはね、逸話の中でとってもかっこよく描かれているのよ」


 沖田総司や土方歳三に憧れる女子みたいなものか。お嬢さんのキラキラとした視線が痛い。


「残念ね、カグヤ。この守人さまはあんまりパッとしないものね」

「そんなことないです! 守人さまは素敵です」

「カグヤ()変わっているわね」


 どうやら、カグヤちゃんの方は、守人さまのことが好きすぎて、目が曇っているみたいだ。おれは素敵といわれるほどの際立った特徴はない。うぬぼれはよくないから、自分のことは客観視した方がよいのだ。この場合、アカリの方が正しかった。認めるのは腹立つけど……。


「あ、あの、カグヤちゃん。守人さまと呼ばれるのは……、ちょ、ちょっと困るかな。ハハハ……」

「はっ!? なにか事情があるのですね、守人さま。わ、わかりました。じゃあ、お兄ちゃんと呼ばせていただきます!」

「ええっ!?」

「まあ、シノもおじさんとか呼ばれるよりはいいでしょ」

「は、はぁ……」


 それにしても、カグヤちゃん、先走りすぎる。外見はアカリとはだいぶ雰囲気が異なるけど、何かの拍子にあらぬ方へ突っ走る傾向はアカリとそっくりだ。似た者同士の姉妹だと思った。


「あらあら、カグヤちゃん、もうシノくんと仲良くなったの? でも、順番としてはアカリお姉ちゃんが先だから、一人占めしたらだめよ、ふふ」

「お母さん! 何言ってるの!」


 アカリの母、イズノさんがお茶を並べてくれた。緑茶とか紅茶とかではなく、何かの野草を蒸らしたものだ。聞いてみると、ヨモギのような草らしかった。料理にも使えるとのことだった。


 ――へえ、いい香りだな、ほっとする。


 アカリの母、アカリ、アカリの妹が並んでいるのをみて気になることがあった。


「あ、あの、失礼かもしれませんが、イズノさんと妹さんは、アカリほど耳が長くないですよね」


 二人の耳は、こう言ってはなんだけど、人間の標準的な耳の長さに収まる範囲だった。長耳族とか聞いていたけど、個人差があるのかな……


「聞いていると思うけど、私たちの家系は守人さまの子孫に連なるの。私とカグヤちゃんは、たまたま、守人さまの血が濃く出たみたいなのよ。この村ではアカリの方が普通よ」

「耳の長さなんて、あなたに言われるまで気にしたことなかったけど、この村全体をみれば、耳が短めの人もそれなりにいるわね」

「そういえば、カグヤと同じ年のあの娘とあの娘も耳がシノくんのように短いわね。どうしてかしら、耳の短い娘たちに守人さまの信奉者が多い気がするのよね。不思議ね」


 なぜかアカリがため息をつく。


「アカリも大変ね。頑張らないと」


 耳の話がなぜか妙な方向へと進みかけたけど、扉の向こうから大きな声が響いた。


 「アカリー! いるー?!」


 扉が開くと、そこにはアカリと同年代の娘がいた。


「おじゃましまーす! アカリ、大丈夫? 怪我とかなかった? 昨日から心配してたんだから」

「サギリ、大きな声ださないでよ。わたしは大丈夫よ」

「こんにちは。サギリお姉ちゃん」

「あら、いらっしゃいサギリちゃん」


 ご近所さんらしかった。


「シノ、紹介するわね。サギリはわたしの幼馴染で、すぐ隣の家に住んでるのよ」

「こんにちは。サギリさん。おれはシノといいます」

「『サギリ』でいいって。シノ君。きみ、なんだか可愛いね」

「は、はぁ……」


 サギリというはアカリと似たような背格好だった。一点を除いて……だけど。これでもかとその存在を主張している。アカリとはまったく勝負にならない。少し青みがかった金灰色の長い髪が頂にかかっていた。


 左隣から凍てつく視線を感じたので、すばやく腕を下し、脇腹を守った。おれは何度も同じところをやられるほど、とろくはないのだ。


 が、脇腹をかばった左腕そのものにアカリの肘が撃ち込まれた。ちょうど塞ぎかかった傷の上だ。これはさすがに痛い。傷口が開いた。半分涙目になりながら、苦痛にもだえる。


「あっ、ご、ごめんなさい、シノ。わざとじゃないのよ。すっかり忘れてたわ」

「わざとじゃなければ、何をしてもいいというわけでは……」

「ほ、ほんとうに、ごめんなさい」


 アカリが腕の包帯をきつく巻き直してくれた。


「きゃーっ、アカリ、ずいぶんと献身的なのね。あたしは帰ったほうがいいかな?」

「サギリ、なにバカなこと言ってるのよ」


 にぎやかなサギリの登場で、もともと高かったこの空間の女子率がさらに高くなった。ふだんは厳つい職人さんたちと働いていたので、どうも居心地が悪い。


「ところで、ね、アカリ? ちゃんと聞いてみた?」

「なにをよ?」


 サギリが何か耳打ちすると、アカリの顔が赤くなった。


「何でわたしがそんなこと聞かなくちゃいけないのよ!」

「わかった。じゃあ、あたしが聞いてあげる」


 サギリがおれの方を向き、予想外の質問をこちらにぶつけてきた。


「ねえ、シノ君。きみ、故郷にお嫁さんはいるの? 許婚いいなずけとかは?」

「ちょっと、サギリ。止めなさいよ。いきなり失礼でしょ?」


 キラキラの好奇心が止まらない。このやりとりに既視感を覚えた。そういえば、おれの近所にもこういう世話焼きのおばさんがいた。


「えぇと、まだ独り。決まった人もいないかな。はは……」

「きゃーっ!」「わー!」


 アカリの幼馴染サギリとアカリの妹カグヤから同時に歓声があがった。


「アカリ、もうさっさとくっついちゃいなさいよ」

「よかったわね、アカリ。でも、もしかしたら私でもいいのかしら? がんばってみようかな。ふふ」

「お母さん、ほんとにやめて。冗談に聞こえないわ」


 カグヤちゃんの方も「年下はどうですか?」とからかってきた。圧倒的な女子の空間のなか、乾いた笑いしかでなかった。


 アカリは横目でおれを見たが、目が合うと俯いてモジモジしてしまった。それをみてサギリがはやし立てる。サギリの悪ふざけに巻き込まれたアカリが少し気の毒だった。


「ねえ、みんな、もうそのくらいにして。アカリが溶けちゃいそうよ」


 イズノさんのとりなしで、サギリの悪ふざけから始まった騒ぎは一応収まった。サギリはアカリが無事なことを確かめたのですぐに帰るそうだ。まだ仕事が残っているらしかった。


「もう日の入りが近いわね。サギリちゃん、夕方からシノくんを歓迎する宴を開くから、あとで来てね。腕によりをかけて料理をつくるわよ」

「わーい、おばさん、ありがとう。アカリ、あとでもっと話を聞かせてね。じゃあね!」


 にぎやかな宴になりそうだ。


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