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長耳娘と相棒と~現場監督の異世界害獣討伐記~  作者: スギタジュン
第二章 守人

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第17話 守人の伝承 その二


 今から、ざっと二百年ほど前のある春の日のこと。


 この村のずっと西にあった、いまはもうないイサラゴという村の近くの森に、突然、男が現れたそうだ。


 といっても、そのときの男は奇怪な姿、形をしていたので、初めは人間と思われず、化け物の類だと思われた。なんでも、草木を生やした異形の頭部と、斑模様まだらもようの顔をもち、深い緑色の装束をまとったその化け物は、背中に大きな荷物を背負ったまま、黒光りする杖を抱えていたらしい。


 その化け物は、当初、村人と接触せず、森の中でおとなしくしていたのだが、数日の後、イサラゴ村を訪れたのだという。イサラゴ村は大騒ぎになった。


 だが、その化け物が兜を脱ぎ、井戸の水で顔を洗うと、涼しげな容貌の若い男の姿が現れた。


 その男は「リュウジ」と名乗った。たいへん気の利く親切な男で、村人の手伝いを進んで行い、徐々に村人の信頼を勝ちとったという。特に村の若い娘には人気があったらしい。


 ところが、男が村に現れてからしばらくした後、その村始まって以来の災厄が訪れた。何の前触れもなく、鬼猿の群れ、千頭以上がイサラゴ村を襲ったのだ。


 男は、再び緑の装束を身にまとい、雷の杖を振るって鬼神のごとく戦った。雷が尽きると今度は雷の杖を突き刺して鬼猿ども屠ったという。男は、村の若い衆を励ましながら、若い衆とともに鬼猿を次々と討ち、ついには鬼猿どもを退けたのだそうだ。


 だが、イサラゴ村の犠牲は大きかった。三百人近くいた村人も三分の一以下になってしまった。戦いの中心にいたその男も大きな怪我を負ったらしい。


 男の不運はこれで終わらない。生き残った村人のうちの一部が、鬼猿の災厄に見舞われたのは、よそ者の男がこの地に来たせいだと主張し始めたのだ。そうすると、村人の半数以上がつられて、家族や友人を失った怒りと悲しみ、家や畑を破壊された恨みを男にぶつけ始めた。


 失意に沈んだ男はイサラゴ村を去ることとなる。だが、男を気の毒に思い、男に味方する者もいた。その多くが女たちだったらしい。


 男は五十人ほどの村人ととともに、この地に移り住み、新たに村を開いたという。これがアラメ村の始まりとなる。


 その後、男は、男を慕う村娘と夫婦となり、幾人か子をなした。


 が、男の幸せは長くは続かない。


 村の開拓のため無理がたたったのだろうか、この地に移ってから十年も経たないうちに亡くなったそうだ。鬼猿との戦いで負った怪我が原因ともいわれている。


 ここまでが昔々この地に現れた一人の日本人の生涯だ。


 残されたアラメ村の最初の村人たちは大変悲しんだ。


 そうして、男を守人さまとして祀り、男の勇敢さ、栄誉と功績を後世まで語り継ごうと、守人の伝承が形作られた。守人の伝承は、守人が設けた子の子孫たちが中心になって、受け継がれることなったという。


 アカリの祖母である村長、アカリの母親イズノ、アカリはまちがいなく守人の子孫に連なるそうだ。


 余談だが、守人を追い出し、多くの村娘たちに去られたイサラゴ村は徐々に衰退していき、だいぶ昔に廃されたそうだ。


 以上の話を聞いて、おれは複雑な気持ちになった。


 守人さま――おそらく昭和の時代の日本人であるリュウジさんは、この地で最期を迎えたとき、何を思ったのだろうか。リュウジさんが少しでも温かな気持ちでいてくれていたらと願うばかりだ。


 隣に座るアカリにとっても、初めて聞く話だったようだ。表向きの伝承とは異なる部分も多く、動揺を隠せないでいる。


「お婆様、なにその話! ずいぶん酷くない? 守人さまが現れたから鬼猿に襲われただなんて、言いがかりにもほどがある。恩知らずの恥ずかしい人たちだわ。きっと、鬼猿に襲われそうな村を救うために守人さまが特別に遣わされたのよ! ねえ、シノもそう思うでしょう?」

「あ、うん」

「なによ! はっきりしなさいよ!」


 アカリは鬼猿のことが絡んでいるためか、鬼猿に立ち向かってくれた守人さまに同情的だ。反対に、守人さまを裏切った先人たちに対してはえらくご立腹だ。


 異世界人が鬼猿を呼び寄せたのか、鬼猿に対抗するため異世界人がだれかに呼びつけられたのか、まあ、率直なところ、どっちでもないと思う。


 転移者の出現と鬼猿の襲撃とは何の因果関係もない。単なる偶然の積み重ねにすぎないと思う。もし神様みたいのがいたとして、転移させる人物と場所は適当に選んでいるに決まっている。何の武力も持たないおれが飛ばされてきたのがいい例だ。


「アカリや、少し落ち着きなさい」

「は、はい、ごめんなさい」

「もう大昔の出来事じゃ。守人さまに不義理を働いた者たちはすでに滅んでおる。わしも、おまえも、おまえの母も、みな守人さまの子孫じゃ。守人さまの名誉と誇りを守るのが役割ぞ」

「う、うん。」

「それからな、シノ、おぬしにも関係する話じゃ……」


 それから、村長は、守人さまが最期に残した言葉について話してくれた。守人――リュウジさんは、いつの日かこの地に自分と同郷の者が迷い込んできたら、どうかその人を助けてほしい、と遺言に残したそうだ。同郷の者の多くは心根が正しい、必ず恩義に報いてくれるはずだと信じていたそうだ。


 守人――リュウジさんが遺した血族は、どうしたらいいか相談した。そして、リュウジさんの遺志が後世まで伝わるように、迷い人がこの地に現れたときに困らないようにと、いつの日か守人がこの地に舞い戻るという内容を伝承の最後に付け加えたのだそうだ。


「お祖母ちゃん、じゃあ、シノはこの地に現れた第二の守人さまということでいいのね?」

「ワシはそう考えていいと思っとる。守人さまと同郷人なのははっきりしたからの。その者の心根も正しかろう。命がけでアカリを救ったことも聞いておるしな。シノをこの村の一員として受け入れようぞ」

「よかったわね、シノ」


 ――えっ、ちょっと、待ってほしい。おれが守人?


 この村に受け入れてもらえることは嬉しい。だけど、伝承の守人さまと同一視されるのは困る。大変、困る。聞いた限りでは、守人さま――日本人のリュウジさんは、勇敢で、統率力もある人格者っぽい。


 それに、曹長はたしか下士官の最上位。若くしてその立場にあるということは相当優秀な方だ。士官候補だったのかもしれない。そんな人と比べられたら立つ瀬がない。


 ――リュウジさん、日本人への期待が重すぎるよ……


「あ、あの、おれは確かに守人さまと同郷人だとは思いますが、それだけです。たまたまこの地に飛ばされてきた一般人です。守人さまとは無関係です。守人さまのような武力はありませんし、立派でも勇敢でもありません。守人さまとして扱われるのは……その、困ります」


 おれはしどろもどろになりながら、そう伝えた。


「シノ、何を言ってるの? あなたは勇敢よ。立派に戦って鬼猿を討ち取ったじゃない」

「いや、あの、それは数が少なかったし、クルマがあったからで、おれ自身の力というわけでは……」

「情けないわね! もっと自信を持ちなさいよ!」


 情けないのは分かってる。大きすぎる期待が重圧なのだ。


「シノや。まあ、おぬしの懸念ももっともじゃ。突然、守人さまとして振る舞えと言われても困るじゃろ。だから、どうじゃ、まずは、初代の守人さまがしたように自分のできることをして村人の信頼を勝ち得るようにしたらいかがかの?」

「はあ、それなら……」

「アカリはシノを支えるがよい。守人さまの旧恩に報いるのはいまぞ」

「はい、お婆様!」


 アカリが元気よく応える。一方のおれは不安しかない……。


 こうして、おれはアラメ村に滞在することを一応許された。おれの取扱いについて、詳しいことは、長老衆を集めた合議により決し、近日中に村長からみんなに周知されるという。それまでは、アカリのところでお世話になることになった。


 いまはアカリの家に向っている途中。


 守人さまの慰霊碑が近くにあるというので、その場所に立ち寄らせてもらった。それは、高く盛られた土の上に一抱えほどの黒い石が鎮座するだけの簡素なものだった。気にしていなければ、気付かずに通り過ぎてしまうかもしれない。


 おれは何の文も刻まれていないその簡素な碑の前にしゃがみ、手を合わせて、守人さま――リュウジさんのご冥福を祈った。ついで、あなたの子孫が元気すぎるほど元気に暮らしていることもご報告した。この世界では二百年前に亡くなった人だけど、もし元の世界にいたなら、縁の交わる可能性もあった人だ。おれの世代とそんなに離れていないはずだから。


 アカリがつぶやく。


「わたし、恥ずかしいわ。お婆様の話を聞くまで、守人さまについてほとんど興味がなかったの。義理を欠かしたあの村の人たちと似たようなものね」

「詳しいことは知らされていなかったのだから仕方ないと思うぞ。気にすることない」

「いいえ、そもそも守人さまが実在するとは信じていなかったのよ」

「えっ、どういうこと?」


 アカリがきょとんとしている。おれの疑問が分からないみたいだ。アカリははじめこそ、おれのことを妖術使いと疑っていた。だけど、少し言葉を交わした後は、おれのこと割とあっさり信じてくれた。


「森に来た経緯を打ち明けたとき、守人さまの出現と信じたから、いっしょに行動してくれたんじゃないのか?」

「べ、べつにちがうわよ。わたしは……」

「なに?」

「う、うるさいわね。忘れたわよ。そんな小さいことどうでもいいでしょ!」


 どうやら、アカリは、守人さまを無条件に崇める擁護派でも、怪しいよそ者を排除しようとする排斥派でもなかったらしい。たぶんだけど、おれ個人の人柄を見ていてくれたのだ。そうと思うと心が弾んだ。


「さっさと家に戻るわよ」と言い残して、アカリはスタスタと先に行ってしまった。おれはあわてて追いかけた。


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