第15話 母娘三代
アカリとタダはまた言い合いを始めた。両者、引かず、なかなか収まらない。仲のよろしいことで……。できる男、シナツはもうこの二人に対しては不干渉を決めたようだ。
「守人さま……」と、おれのほうにいろいろ話しかけてくる。
「シナツさん、おれは守人さまではありません。そう呼ばれても困惑しかありませんので、どうか控えて下さい」
「『シナツ』で結構です。そうですか、守人さまが嫌がるのでしたら致し方ありません。では、シノ殿とお呼びさせていただきます」
「こちらも『シノ』で結構です」
「はい、分かりました。シノ殿」
「…………」
まあ、守人さまよりはその方がましだろう。そうしているうちに、村人のなかから、第三の人物――三十代の女性が進み出てきた。穏やかでおっとりしていそうな雰囲気だ。
「アカリ、無事で良かった。森の方に焚火の煙が上がっていたから大丈夫だとは思ったけど、昨日戻らないから、少し心配してたのよ」
「母さん、心配かけてごめんね。」
「あなたがシノくんね。アカリの母、イズノです」
その女性は、アカリの母親だった。勝気なアカリとは随分印象が違って見えるけど、そういえば、顔の輪郭など似通ったところも多い。
おれはあわてて頭を下げた。非常事態だったとはいえ、おれの都合で大事な娘さんを森に留めてしまったのはまずかった。
「森を抜けるためにアカリさんに協力いただきました。ご心配をかけてすみません」
「事情はだいたい聞いています。娘を助けていただいたそうでありがとうございます。アカリもだいぶ懐いているようですし、よろしくお願いしますね、ふふ」
「は、はい……」
「そう、これで安心ね」
「ちょっと、お母さん! なに言ってるの!」
何をお願いされているのかよく分からなかったけれど、反射的に頷いてしまった。アカリの耳が少し赤くなっている。なにか恥ずかしがるようなことでもあったか?
「それで、アカリ。村長――お婆様がお呼びよ。シノくんを連れて祭殿に行って」
「お婆様が? 祭殿に? あそこは長老衆しか入れないんじゃなかった?」
「いいのよ。そこでお婆様が大事な話があるそうよ」
「う、うん。わかった。行ってみる」
それから、アカリの母親は、シナツに視線を送った。シナツは、たったそれだけで何やら察したようだ。
「では、シナツくん。そういうわけだから、青年団を解散させて」
「はい、分かりました。伯母様」
シナツはアカリの母からみて甥に当たるらしい。そうすると、シナツはアカリのいとこになるのか。そのシナツが門前に群がる村の若い衆に向かって、声を張り上げる。
「みなさん聞いて下さい。ここにいるシノ殿は、たった今から村長の預かりとなりました。村長の沙汰があるまで、シノ殿は村長のお客人ということです。軽率な振舞いは厳に慎むように! 不平を口にするのも禁じます。解散して各自の務めに戻るようお願いします。では『別れ!』」
村の若い衆が整然と散っていく。シナツは傍らのタダにも声をかける。
「タダも納得しましたか? いいですね?」
「あぁ、分かったよ。しょうがねえな! だけど、俺はコイツのこと信用したわけじゃねえからな!」
荒ぶる男、タダもシナツにはしぶしぶ従うようだ。さすが、できる男。ひとまず、おれの身は排斥派の餌食にはならずに済んだようだ。シナツに礼を言って、おれとアカリはその場を後にした。
「なあ、アカリ。みんなシナツさんのいうことはよく聞くんだな」
「シナツ兄さんはね、わたしより四つ年上の従兄なの。村の青年団の団長よ。幼いころからとても賢くて、アラメ村の将来の指導者としてとても期待されているの」
落ち着いた雰囲気から年上かと思ったけど、シナツさんはおれと同い年だった。
「アカリはシナツさんに対してはずいぶん聞き分けがよいようにみえたけど……」
「父さんが亡くなってから、わたしの家族はシナツ兄さんにずいぶんと助けてもらったから、頭が上がらないの……。それに……ちょっと苦手かも、あはは」
アカリがいうには、シナツさんは基本的に温厚だけど、身勝手な振舞いが嫌いで、怒らすととても怖いそうだ。アカリの表情に若干の怯えの色が混じる。このきかん気の娘のことだから、昔なにかやらかしたのかもしれない。
アカリに連れてこられた先には、高床式の建物があった。途中見かけた村人の家屋が丸太を組んで作られているのに対し、祭殿として位置づけられているその建物は、表面をきれいに整えた材から構成されていた。おそらくは丸太を打ち割りして表面を手斧や槍鉋か何かで丁寧に削ってあるのだ。
この時代の技術水準からしたら、すいぶんと手間をかけたものであることが分かる。村にとって大事な施設であることが窺えた。
「村長様、お客人をお連れしました」
「うむ、よく来なすった。そこに座るがよい」
「お招きありがとうございます。イヌヅカシノと申します」
祭殿は簡素な作りだけど、なかは割と広く、二十畳くらいはありそうだ。祭具のようなものも大切そうに置かれている。明採りの窓枠はあるけど、そんなに大きなものでもないので薄暗い。
「わしがこの村を預かる長じゃ。聞いておると思うが、アカリの祖母に当たる。いまは長老衆もいないのでな、そう気を張らんでも、普通にしてくれたらそれでええ。アカリもな」
「は、はい、村長さ…お婆様。わたし、はじめてこの祭殿に入りました。大事なお話があるって聞いたけど……」
「そうじゃの。どこから話したらええかの……」
しばらく間があったあと、村長が妙なことを尋ねた。
「シノとやら、おぬし『ソウチョウ』という言葉に聞き覚えはあるかの?」
――ソウチョウ? うーん、早い朝のこと?
なんのひねりもない、普通だ。質問の意図が分からない。困惑しているおれを見て、村長は手掛かりを与えてくれた。
「守人さまが自身のことをそう言ったと伝えられているのじゃ」
総長? どこかの代表だった人物なのかな? ただ、それだけでは何とも言えない。余計な推測は交えない方がいいだろう。思ったことをそのまま答えた。
「おれの理解では、大きな組織の偉い人を指す言葉だと思いますが、この言葉だけではなんのことかはっきりと分かりません。すみません」
「そうか、では少し待っておれ」
そういうと、村長は奥の小部屋に行ってしまった。
「なあ、アカリ、村長は何を聞きたいんだ? あの奥の部屋には何があるんだ?」
「わ、わたしが知るわけないでしょ! 初めて入ったんだから。ここは普段立ち入りが禁じられている場所といったでしょう!?」
そうりゃそうだ。聞いたおれが悪かった。しばらくして、村長が何か重そうなものを大事そうに抱えてもってきた。
「これを開けてみるがよい。守人さまが残したものだといわれておる。おぬしにはこれが何か分わかるかの?」
厚手の生成りの布に包まれた長細いものが渡された。中身はずっしりと重い。おれはそれをそっと床に置いて、包みを広げた。ところどころ錆び付いているけれど、鈍く光る黒鉄が現れた。
「これは……」
この世界のこの時代にあるはずのないものが、そこにあった。




