第12話 森を抜けて
アカリが「おはよう」と声をかけた。夜が明けたばかりの森はまだ薄暗い。まどろみのなか、何かいい夢を見ていたみたいだ。なんとなく、頬を触ってみると、何か温もりが残っている気がした。
……まさかね。
アカリはだいぶ前から起きていたのかもしれない。寝袋はたたまれ、焚火には追加の薪がくべられていた。
「シノ、よく眠れた?」。
「ああ、おはよう。ぐっすり眠れたよ」
「そう、よかったわ。わたしもよ。あなたが作ってくれたこの囲いのおかげね。これ、なかなかいいわ、このままにしておきましょう。また、使えるわ」
残り少なくなった携帯食と温かい飲み物で簡単な朝食をすませる。
「もの足りないかもしれないけど、我慢して。早く出発したいから」
「平気よ。準備手伝うわ」
アカリは野営の撤収、おれは出発準備にとりかかった。職場の先輩たちからの指導で、普段から軽トラの荷台は整理整頓することを心がけている。
だけど、今回は道具類を沢山積んできたので、すぐに目的のものを取り出せるわけではない。ある程度荷物の出し入れを行って、草木の伐採に必要な鎌、のこぎり、鉈、斜面の整地に必要な鍬、シャベルなどを手前に用意した。念のためチェーンソーも使えるようにしておいた。
アカリは、もう運転者席に乗り込んでいる。クルマを運転することが楽しいみたいだ。ずいぶんとはりきっている。
「シノ、こっちは出発できるわよ」
「ああ、わかった。いま乗るよ」
この辺りは木々の密度が薄いので、まだ伐採の必要はないだろう。おれも一緒にクルマに乗り込もうとしたが……
「うわっ!!」
突然足元の土が崩れて、おれは穴ぼこに落ちた。腿のあたりまで深く嵌ってしまった。
「どうしたの? 大丈夫?」
「ああ、なんとか……」
アカリが慌ててクルマから降りてきて、手を貸してくれた。おれが穴から上がろうとすると……少し離れた地面がモゴモゴと動いた。そして、大きなネズミのような生き物がはい出てきた。
「な、なんだ、この生き物!?」
「ああ、犯人は爪モグラね。あなた、このモグラが掘り進めた横穴の上に偶然乗ってしまったんだわ。」
「爪モグラ?」
「そう、特に危険のある生き物ではないわ。この子たちは蜜アリが好物なの。たぶん、この辺りの地中に蜜アリの巣があって探しているんだと思うわ」
爪モグラと呼ばれたこの生き物、よく見れば、外見は地球の南米にいるカピバラによく似ていて手足の先に鋭く長い爪をもっていた。クリクリとした目は愛嬌がある。
「シノ、あなた運が悪いのね。爪モグラの穴に落ちるなんてそうめったにないのよ」
「はあ」
言われるとおり、おれはあまり運のいい方ではない。危うく大けがするとこだった。まあ、クルマが落輪しなくてよかったけど……。それに、カピバラさん、いや、モグラが暢気そうに鼻を鳴らしている姿を見ると怒る気にもなれなかった。ほんとうにカピバラっぽい。もうカピバラでいいか……。
「おーい、カピバラさん。おまえ、甘いものが好きなのか?」
何か甘いものがないかと探してみると、ちょうどポケットに氷砂糖があった。先日、近所の神社で御神供としていただいたものだ。
「これ食べてみるか?」
氷砂糖をひとかけらあげてみると、カピバラさんはうれしそうにかじった。なんだろう、この可愛い生き物。親近感がわく。もっとほしいと頬をすり寄せてくる。
「あなたたち仲がいいのね。そういえば、ぱっとしない冴えない感じはお互い似てなくもないわね。」
「わ、悪かったな! 冴えなくて」
「あら、気に障ったなら、ごめんなさい」
「そんなに口が悪いと……」
「はっ!? 何か?」
「いえ、なんでもないです……出発しようか」
あやうく地雷を踏みそうになったけど、昨日の教訓を思い出し、慌てて回避した。おれは、クルマの進路上に陥没しそうな箇所がないか念のため調べたあと、クルマに乗り込んだ。カピバラさんに見つめられて後ろ髪引かれる思いだけど、アカリに発車を頼んだ。
「じゃあ、カピバラさん、元気でな!」
昨日、森を抜けるための経路を下見していたので、迷うことはなかった。伐採する木も目印をつけてあったので、容易に見分けがついた。斧を振るって次々と切り倒す。アカリの運転もまずまず問題ないようだ。
そうこうしているうちに西側の丘陵との谷間に出た。チェーンソーを使うまでもなかった。まだ、昼にはなっていなかったけど、木を倒し続けてさすがに疲れた。
「アカリ、このあたりで休憩しよう」
「そうね、カキイロドリいないかな? ちょっと探ってくるわ」
「あまり遠くまで行かないようにな!」
「ええ、分かってるわ」
――本当に分かってるのか?
アカリは狩りのことになると周りが見えなくなる。ちょっと心配になった。
~一章おわり~




