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長耳娘と相棒と~現場監督の異世界害獣討伐記~  作者: スギタジュン
第一章 出会い

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第11話 黒髪の青年

アクセスいただきありがとうございます。本話は、ヒロインの視点となります。

 鬼猿おにざると遭遇し、死にそうな目にあった日の翌朝のこと、わたしはいつもより早く目が覚めてしまった。


 わたしはアカリ、村娘の中でも、とびっきりのいい女。

 まあ、村に年頃の娘は二十人もいないけれど。


 この春、二十歳を迎えたばかり。

 村の娘たちは十六歳も過ぎれば、お嫁にいく。

 この村の中で夫婦となることもあれば、よその村に嫁ぐこともある。


 歳の近い娘たちはほとんど伴侶を得て夫婦となっている。

 わたしと同い年の幼馴染のサギリだけは、まだ夫婦となっていない。だけど、許婚いいなずけが決まっていて、この秋、祝言を挙げる予定だ。

 だから、まだ伴侶を得ていない年頃の娘は、実のところ、わたしだけになってしまった。


 別にあせってなどいないわ。

 本当にあせっていない。あせっていないといったら、あせっていないのよ!

 ……ちょっと、熱くなりすぎてしまった。冷静になりましょう。

 こんなに心が波立ってしまったのは、きっとこの黒髪の青年のせい。

 シノと名乗った黒髪の青年が昨日とても失礼なことをいったから。

 そうよ、そうに違いない。


 まだ薄暗い中、シノは、そばで暢気に寝息を立てている。

 しばらくそっとしておくわね。

 昨日、あれだけの活躍をしたんだもの。無理もないわ。


 わたしは、彼の寝顔を眺めつつ、昨日の出来事を思い返す。



 はじめ、彼のことを妖術使いだと思った。

 北の岳のこの森に突然現れた黒い妖から出てきたから。でも、彼は、珍妙な恰好を除けば、なんてことないごく普通の男。

 まあ、黒髪の男は珍しいから目を引いたし、黒い目も神秘的。それなりに親しみを感じたのは確かね。

 それに、優しげな目元と柔らかい雰囲気の口元は、まあまあ、いいかも、とは思った。

 だけど、本当に少しよ。ほんの少しだけよ。


 道すがら、彼からはいろいろな話を聞いた。

 でも、何を言っているのか半分も分からない。

 彼の服装も持ち物も普通じゃなかった。

 言い伝えにあった守人さまなのだろうか?

 分からないことは考えてもしかたがない。あとで村長むらおさに相談することにした。


 彼のことは一応信用できると思った。とても害をなすような人には見えない。

 こう言っては悪いけど、どちらかといえば、どこか抜けていてお人よしに見えるから。

 それにこの人は森に敬意を払える人だと直感的に思った。

 だけど、この人……歩くの早すぎる。


 鬼猿と対峙することになった。

 彼は、意外にも、おとなしそうな外見に反した勇敢さを見せた。

 ただの石ころで鬼猿をあっさりと倒してしまった。

 見たこともないすごい投げ方。

 彼のこと、少しだけ格好いいと思った。少しだけよ!


 続いて恐れていたことが起こってしまった。

 鬼猿の大群に囲まれ始めてしまった。

 彼だけでも逃がしたいと考えたけれど、残りわずかとなった矢だけでは無理だ。大した足止めにならないことは分かり切っていた。

 もうどうにもならない。わたしはあきらめてしまった。

 でも、彼は違った。ここでも意志の強さを見せた。

 クルマのところまで逃げようと提案をしてきたの。

 たとえ、そこまで逃げても、どうにかなるわけでもないと思った。

 だけど、彼の顔をみれば、生き延びることをあきらめていなかった。

 むしろ、打ち勝つことができると信じているようだった。

 わたしも少し勇気が湧き、彼を信じてみようと思った。


 彼は、山道を一気に駆け出した。走るというよりは跳ねているみたいだった。

 速い! 普通じゃない!

 足の速さなら村の狩人の中でも一、二番を争うわたしが全くついていけない。なんだか悔しい。

 懸命に走っても差は広がるばかり。わたしは遅れ始める。


 が、彼はわたしを見捨てなかった。わたしに走りを合わせ、わたしを脇に抱えるようにした。

 恥ずかしい。

 意味もなくぴったりくっつかれたら、普段なら張り倒しているところよ。

 でも、不思議と不愉快な感じはしなかった。抱えられていると不安な気持ちが小さくなった。

 ただ、彼に自分の鼓動が伝わってしまわないかしら、汗臭くないかしら、とドギマギしてしまったのは内緒のこと。


 彼の補助のおかげで一時、鬼猿との距離が開いた。

 だけど、やっぱり追いつかれそうになった。

 そこで、彼は、わたしに先に行けと命じた。

 あのときの、父さんの言葉が重なる。絶対に嫌、自分だけ先に行きたくない。

 あんな思いをするくらいなら、ここにとどまったほうがましだわ。


 わたしの悲壮な思いとは別に、彼は落ち着いていて、拍子抜けするほど軽い調子で、たいして心配していないようだった。「だいじょうぶ!」と力強く断言してくれた。

 わたしはこれ以上迷惑にならないようにと、先に行く決意をする。


 わたしは、止まりそうな足を気力だけで前に進めた。

 クルマにたどり着くまでのことは無我夢中ではっきりとは思い出せない。

 ただ、後ろで、鬼猿の絶命する叫びがいくつか響いたのを覚えている。


 クルマとは、近くで見れば、奇妙なものだった。

 小屋のようなものに荷台らしきものがくっついていて、四つの輪がそれらを支えている。

 乗り物だといわれても、いまいちよく分からなかった。

 とにかく、わたしは、彼に言われたとおり、一番高い屋根のところによじ登った。

 呼吸が激しく乱れている。このままでは正確な射撃ができない

 わたしは、深く息を吸って、気を落ち着かせようと努力した。

 ようやく肩の上下する動きが小さくなってきたころ、彼の姿が見えた。

 わたしは声の限りを尽くして彼の名前を呼ぶ。

 彼は約束どおり、ちゃんと戻ってきてくれた。

 こんなに嬉しいことはない。涙が零れそう。


 でも、喜ぶのはまだ早かった。

 みたところ、乱戦になっている。彼が援護を求めた。

 そう今度はわたしの番よ!!


 わたしは夢中で矢を放った。

 なんとか鬼猿をこちらに寄せ付けないようにすることができた。

 でも矢が尽きたので、彼の合図でクルマに乗り込む。

 それから、丸い輪の真ん中を押せと言われたので、押してみた。

 甲高い耳をつんざく大きな音が鳴り響く。

 心臓が止まりそうだった。

 何かを破裂させた、失敗した、と思った。

 が、彼は何も気にすることなく、クルマに乗り込んできた。あとで聞いたら、大きな音を発するただの仕掛けだということだった。


 鬼猿たちが一斉に襲い掛かってくる。

 けれど、わたしたちが乗っているこの箱はずいぶん丈夫にできているらしい。

 簡単には壊れそうもなかった。


 それから、彼は奇術めいた手段で次々と鬼猿たちを屠った。

 わたしは頭がクラクラし始めて、周りのことをよく見れなくなった。

 気づけば、クルマを降りた彼が最後の一頭を薙ぎ払っていた。


 彼から安全だと言われたので、クルマを降りた。

 けど、どうもおかしい。

 フラフラするし、吐き気がする。

 そして……彼に迷惑をかけてしまった。

 思い出すのも恥ずかしい。はやく忘れたい……。


 それに、ああ……どうしよう。

 わたしも彼から渡された道具で鬼猿たちを退治した。

 だけど、途中から気持ちが高ぶりすぎて変なことになっていた気がする。

 鬼猿が苦痛の呻き声を漏らしながら次々と崩れ落ちていくのを見て、わたしの中で何か良くないものが目覚めた。

 生き物に苦痛を与えて喜ぶ趣味などないはずだけど、鬼猿が苦悶の表情を浮かべるのは見ていて楽しかった。

 そんな高ぶった気持ちは、いまはもう消えたけど、わたしはどうかしちゃったのかな?

 そういえば、となりにいた彼の横顔が引きつっていた。

 本当にどうしよう。幼馴染のサギリが相談にのってくれるといいけど……。


 鬼猿との戦いが終わったあと、彼はその鬼猿の遺骸を弔っていた。

 クルマ酔いというものから復活したわたしも少し手伝うことができた。

 彼は、墓標らしきものを築いて手を合わせていた。

 不思議なことに、わたしの村にも昔そのように手を合わせる風習があったように思う。生き物の命を貴いとする彼の故郷の考え方も彼の気持ちも理解できた。

 すごく遠くから来た人らしいけど、考え方が似ているのかしら? だったらうれしいわね。

 鬼猿はわたしにとって憎い存在だけど、その御霊を鎮めるため、彼と同じようにわたしも手を合わせた。


 そうして、一区切りついた、と感じた。

 心にのしかかっていた重石がとれた気がした。「仇はとったよ」と心の中で呟いた。


 父さんは褒めてくれるかな?



 午後は慌ただしく過ぎた。

 昼食に珍しいものを御馳走してもらったり、見たこともない透明な入れ物に入った飲み物を飲んでみたり、矢を修理してもらったり、といろいろね。

 彼は不思議なものをたくさん持っていたけれど、もうたいして驚かなくなった。


 そうそう、クルマの運転も練習したの。

 もっと速く走ることができるみたいなので、もっと広いところに行きたいわね。


 それから……彼の傷の手当もした。

 ちょっとした行き違いがあって、今朝、彼は腕に怪我をしてしまった。

 でも仕方ないわね。不幸な事故よ。わたしはちゃんと外したわ。

 彼が無理に避けようとしなければ当たることはなかったのに……。

 あんなに速く動けるなんて予想できるわけないじゃない。

 そうだ、もう、鬼猿と戦った名誉の負傷ということにしましょう。

 その方が村の人たちの受けもいいわ。うん、そうしましょう。それがいい。



 シノが野営の準備を手際よく進めていたころ、わたしは、夕食を作っていた。

 捕まえたウサギをごちそうしようとはりきった。

 彼はウサギの丸焼きを美味しいといってくれた。頑張ったかいがあった。

 本当はカキイロドリを一緒に食べることができたらよかったのにな。


 それから、おまけだけど、彼はわたしのこと、綺麗だといってくれた。

 綺麗だと褒められたことよりも、遠い地方の出身の彼がわたしのことを綺麗だと感じてくれたことがうれしい。

 あなたも結構格好いいのよ。言葉にできないけど、心の中でそう思った。


 甘い、甘い飲み物も飲ませてもらった。昼間の不思議な飲み物も悪くはなかったけど、こちらの方が断然美味しい。あたたかくてほっとする。


 焚火の明りに照らされた彼の横顔をみれば、鬼猿と対峙していたときの勇敢さは隠れてしまっていた。どこか冴えない表情に戻っている。

 あなたはそっちのほうがいいわね。頼りない顔の方がいいなんて、とわたしは可笑しくてクスリとした。


 わたしはシノに惹かれているのかな? 自分で自分の気持ちが分からなくなった。

 彼は命の恩人。返しきれないほどの恩がある。だから、それを口実に、わたしはわたしらしくない大胆な行動をとった。思い出すと恥ずかしい。


 だけど、そんな精一杯の誘惑も彼はすました顔で受け流すだけだった。

 ああ、ばかみたい。わたしばかり心を乱してほんとうにばかみたい!


 そのあと、彼の持つ不思議な道具で動画というものを見せてもらった。本当に面白かった。あんなことができるなんて信じられないと思った。彼の生活が落ち着いてきたら、あの仕掛をつくってと頼んでみよう。


 楽しい時間はあっという間に過ぎた。わたしはまだ眠れそうにないけど、彼はもう休みたそうだった。焚火を挟んで二人とも横になると、彼からおやすみの声が聞こえた。


 両手を広げた分しか離れていないのに、急にシノが遠く感じられた。

 言い伝えでは、守人さまはある日突然姿を消したとあった。

 このまま彼が遠くにいってしまうかもしれない、と不安になった。

 朝、目が覚めたとき、彼が消えてしまっていたらどうしよう、と思った。

 だけど、「遠くに行かないで」と言葉にすることはできなかった。

 くだらない想像のせいで悲しくなってしまったけれど、わたしも疲れていたせいか、すぐに眠ってしまった。



 そうして、今朝、目が覚めたとき、シノはわたしのとなりにいた。それも暢気に寝息を立てている。

 こんなにいい女がすぐそばにいるのに、たいして気にならないみたい。

 なんだか癪ね。

 昨日、悩んだわたしがばかみたいだ。それにひどいことを言われたのも思い出した。


 だから、ちょっと、いたずらしてみたくなった。

 彼の頬には、どこでつけたのか、傷がある。

 血が固まって、うっすらとかさぶたになっている。


「英雄さん、痛そうね。癒してあげる」


 わたしは唇を彼の頬に触れるほど近づけると、その傷をそっとなめた。


 彼は、少し動いただけで、まだまどろみの中にいる。

 シノの寝顔はなんだかかわいい。


 仕方ない、もう降参ね。わたしはあなたにかれている。

 彼に聞こえないくらい小さな声でそっとつぶやく。


「ねえ、シノ、あなたのこと、好きかも――」


 彼のまぶたが少しだけ動いた。


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