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末稀は眠りの中、暖かな兄の腕を思い出していた。
長兄、夏樹。いちばん、末稀を愛してくれた兄。末稀を末姫と言ったのも――。
先ほどの能力の爆発は、末稀に記憶を呼び起こした。失っていた遠い記憶。兄を――、兄という能力者を愛していた記憶。正史は『犯された』と言ったが、それは違う。末稀は優しい長兄のことを愛していた。
『まつき』――夏樹の呼ぶ声。
末稀はほんとうに、夏樹のことが大好きだった。
彼女を抱くことを必死で避けようとしていた夏樹、誘ったのは末稀だった。
『愛してる』――末稀は告げた。
能力が能力を求めるなんて、そんなこと、末稀にはわかりすぎるほどわかっていた。でも、構わないと思っていた。夏樹を好きでいても構わないと思っていた。夏樹はどうにかして、末稀の想いと自分の想いを回避しようとしていたけれど、末稀は自分の想いだけを信じた。
――だから、誘った。
おそらく、拒否をしたのは、血。だから、能力が爆発した。近親への拒否が血にあったのだとしか思えなかった。末稀はうれしくて愛しくて、兄の名を呼んだのに、呼んだのに――、兄は消えてしまった。能力を浴びて、兄は消滅した。末稀の記憶と能力と一緒に。
能力が呼び合うという危機と、それを拒否する近親の血があることを末稀は思い出した。兄を亡くして知った事実、末稀は今まで忘れていた。でも、無意識のうちに能力が呼び合う危機を感じていて、だから、能力を持てば譲に愛されるかもしれないと思ったのだろう。そして、彩水の来訪が重なって、能力が復活をした。
――けれど。
譲は能力が呼び合う危機を拒否する。惹かれあう能力を彼はいつまでも拒否し続けるだろう。
兄さま、どうすればいいの?
末稀は夢の中、夏樹の腕に抱かれて問いかける。夏樹はそして、困ったように笑った。
『キミはいつも自分の想いばかり。末娘はすっかり我が儘に育ってしまったようだ。――相手の想いを感じてごらんよ。キミが譲さんの気持ちをもっと感じ取れたら、こんなことにはならなかったと思うよ』
夏樹の腕の中は心地よい。でも、譲の腕を求めていることが感じられた。
『キミの想いは真っ直ぐで、魅力的だ。でも、それは時々、ボクをひどく苦しめる』
よく、夏樹はこう言っていた。その苦しみをようやく末稀は理解できる気がした。
兄・夏樹の末稀を傷つけたくないという想いを感じられずにいたから、自分の想いばかりを優先して――、誘って抱かれて、兄を消してしまった。
ごめんなさい。
夏樹はそれでも笑って、末稀を包んでくれる。――穏やかな、眠りの中で。
目覚めた末稀は掌にぬくもりを感じる。
夏樹と同じ――もしかしたらそれ以上の、暖かさ。譲。
能力のない末稀がいいと思い始めていた譲をわかっていたならば、きっと能力は復活はしなかった。末稀は望んで、無意識のうちに望んで能力を復活させてしまったのだ。
「――消せる?」
末姫と呼ばれたかつての能力があれば、消すことは可能だろうか? そんな風に考えた末稀は、違和感をおぼえる。自分の躰、そして能力に。
「譲さん、起きて」
末稀の手を握ったままで眠る譲を揺り起こす。――おかしい、能力。変だ。感じられない。
「消えてしまった」
「え――?」
目を覚ました譲、末稀の言葉をとらえて驚く。
「末稀。キミは……」
――絶句。そうして、末稀は強く譲に抱きしめられた。