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最後の女神  作者: 永井有実
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 バーのカウンターで、譲は正史を待っている。東条正史とうじょうまさふみ、譲と末稀を引き合わせた張本人。東条の次男坊。

 グラスの中の氷が音を発てた。殆ど口をつけず、氷が溶けるまま。家に残してきた末稀が、ひどく気にかかっている。彼女と出逢ったのは、ほんの半年ほど前のこと。彩水との結婚を厭っていることをぽろりと漏らした譲に、正史はじゃあ別のと結婚してしまえばいいと言い、末稀を紹介した。

 店のドアが音を発てた。正史が入ってくる。とてもよく似た兄妹だと思う、譲のところとは違う。

「ギムレット」

 正史は告げて、譲の隣へと腰を掛ける。

「能力が復活した」

「――え?」

 不意をうつように告げ、譲は続けた。

「末稀の能力が復活した。何故、初めから教えてくれなかったんだ? そうすれば、打つ手はあった」

「まさか」

「すごい能力だ」

 譲はグラスに口をつけ、冷たさに少し驚く。ひどく、冷たい。

 正史が慌てているのがわかる。末稀の能力保持を当然知っていたはずだが、復活することなどまるで考えていなかったらしい。正史なら、知っているのかもしれない。末稀の能力が消えた理由を。

「何故、彼女の能力は消えたんだい?」

「能力保持をしていたことは、知っているのか? ……あぁ、だから復活と言ったんだ」

「末稀に聞いた。でも、彼女は自分の能力が消えた理由を知らない……、いや、わからないと言った。先ほど彼女は、能力を爆発させた。信じられないくらいの大きな能力、キセキのような、魅惑的な……」

 グラスを揺らして、譲は後悔をおぼえた。自分のもらした言葉に――、そう、末稀の大きな能力の魅力を感じたということ。ひどい結末を譲は感じていた。

「末稀は、覚えていないんだ。能力を失った原因は、末稀にひどいショックを与えた。だから、覚えていない。ボクが東条の次男坊だというのは周知の事実だが、キミでさえ東条の長男のことを知らないと思う。……、ああ、その前に。キミは末稀を抱いたの?」

 ギムレットを一気にあおり、淡々と語り始めていた正史の問いかけに、譲は眉をひそめる。何故?と問いかける表情をむけた。

「教えてほしい」

 真剣な正史の眼差しがあった。だから、譲はうなずいた。末稀を抱いたという肯定の肯き。

「そぅ……」

 正史はゆっくりと譲から視線を外したが、それでも語ることはやめようとしなかった。

「ほかにも要因はあるだろうが、それが末稀の能力を目覚めさせた一番の理由だと思う。もう十年、たつかな。末稀は夏樹なつきに犯されたんだ。東条の長男、後継ぎだった夏樹は、妹に恋をして、破滅した。能力を浴びた夏樹は、消滅した。そして末稀は能力を失った」

「――、兄が、妹を?」

「事実だ。……、ボクは少しだけ、キミは末稀を抱かないんじゃないかなと思ったりもしたんだ。でも、ダメだったみたいだね。末稀の今後は、キミに決めてほしい。手元に置いておくのでも、東条に返すでもいい。ただ……」

「わかっている。東条への援助は続ける」

「――ありがとう」

 正史の言葉に、譲は首を振った。正史はあくまでも、東条の次期当主であろうとしただけ。夏樹が亡くなった後、夏樹を失った東条と能力を失った末稀を守ってきたのだろう。たとえ、東条の為に末稀を手放したとしても。譲は正史に感謝すらしていた。末稀と出逢えたこと。そして、正直に語ってくれたこと。


 部屋に明かりが灯っていない。このひと月の間で、有り得ないこと。――これからまた、暗い部屋に帰ることになる。譲は末稀を東条へ返そうと決めていた。能力を持った末稀が、寒崎でどのように扱われるかが目に見えていて、譲にはどうやら耐えられそうになかった。

 末稀の姿をさがす。

 明かりのない寝室のベッドの上、彼女はいた。

 明かりをつけ、小さな背中に声をかける。

「キミを東条に返すよ」

「――」

 振り返る瞳が、無言で心外だと訴えた。

「帰ったほうがいい」

「イヤ。ここに居させて」

「キミが能力を保持しているのならば、今までのようにここに居ることが出来ないんだ」

「何故?」

「何故って、わからないの?」

「でも、イヤ」

 譲は座ったままの末稀を包むように、腕に抱いた。

「私は、ここに居たい。あなたの傍にいたい。それは、いけないコトなの?」

 しがみつく末稀、細くてきゃしゃな体からは、譲にでも感じられるほどの強い能力が溢れる。

 末稀を想う気持ちがあることに、譲は気づきはじめている。

「能力が能力を呼ぶことを知っている?」

「――?」

「能力をもつ者は、能力をもつ者に惹かれるんだ。能力者家系に産まれて、近親に惹かれない者はいない。血が、すでに狂っているんだと思う。より大きな能力を得ようとして、能力者は能力者どうしで結びつき……、そして近親にしか存在しなくなっていく。そして、近親に無意識に惹かれるようになって……、これじゃあいけないんだ」

「何が、イケナイ?」

 笑いが含まれた声。

 抱えたままの末稀を見下ろした譲。その腕を末稀が解く。

「あなたが、彩水さんを……、そんな理由だったの?」

「――え?」

「そんなことが、彩水さんと結婚出来なかった理由? 彩水さんに惹かれたことを血と能力のせいにしているの?」

 末稀の問いかける眼差しに怖さを感じた譲は、視線を逸らそうとする。

「そらさないで!」

 それを咎める末稀の言葉。この娘は、こんなに激しい? ――嘘だ。

 末稀は東条の援助と引き換えにここに来て、想いの半分も言えないで、でも、譲を想ってくれていたことは知っている。毎日、ここで、一緒に暮らして、末稀は譲の帰りに笑顔を返してくれた。

 こんな表情かお、知らない。腕に抱いた末稀とは違う。

「キミは、誰なんだい?」

 泣きそうに――末稀の表情が歪んだ。

 譲の言葉は、ひどく彼女を傷つけたことを知る。

 でも――。

 譲が愛しはじめていた末稀は消えてしまった。能力者は能力者に惹かれるという血の呪縛から解き放してくれそうだった彼女。譲は、能力をもたない末稀を愛しはじめていたのに!

 末稀の瞳が泣き、苦しそうに語り始める。

「能力があれば、あなたに愛されると思ったの。彩水さんみたいに、能力、……、そうすれば、あなたがもっと私を見ていてくれると」

「――末稀」

「その、呼び方、好きだった。でも……」

 考えるような表情。

「あなた、能力のない私がよかった?」

 末稀の問いかける瞳が、あまりにも哀しくみえて、譲は首を振った。嘘をつく。

「キミでかまわない。いや、キミが、いい」

 両腕がのばされた。

「しばらく、おやすみ」

「ここに居てくれる? ここに、居てもいい?」

「あぁ」

「よかった」

 末稀の瞳がそっと綴じられた。譲はその躰を横たえると、そっと、手を握った。掌で感じる能力の波が、末稀の眠りとともに、ひいた。



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