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最後の女神  作者: 永井有実
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 ソファーに腰を据えてなお、彩水の視線は部屋の様子を以前と見比べる。そんな所へ末稀は紅茶を運んだ。テーブルの上にティカップが並べられる。カップは結婚祝いに兄たちがくれたもので、彩水はまた何か言いたげな口元をした。

「彩水」

 譲の呼びかけに顔をあげ、笑う。譲に対してはひどく愛想がよい。

「今日の彩水はお行儀がよくないね」

 続いた譲の言葉に、唇が尖った。

 末稀は自分がいったい何処にいればよいかが分からず、お盆を抱えて佇む。譲は彩水の前に座り、その隣へと末稀を手招いた。

 末稀は彩水の視線を首筋に、イヤというほど感じる。――その時、

「あなた、誰?」

 彩水が小さく、叫んだ。

 末稀が彩水を見下ろすと、少女は小刻みに震えていた。

「あなた、何?」

「彩水?」

「何? 何、その能力ちから

 尋常ではない彩水の様子に、譲は末稀の横を素通りして、少女に近づく。傍らに座り込み、両腕で抱える。少女は震えながらも、末稀を睨んでいる。その視線、怯えを含んだ驚愕の瞳。愛らしい唇から出る言葉が、末稀を非難する。

「あなたが何故、能力を持っているの? 嘘だわ。この前は感じられなかったのに。兄さま、感じないの? こんなに大きな能力」

 彩水の言葉が、末稀を能力保持者だと告げる。

 そんな筈がないことを譲は承知していた。能力保持者ではないから、末稀は東条の家を出られたのだ。能力保持者ではないから、譲は末稀と結婚をした。――だから、結婚をしてもここで暮らしている。寒崎の本宅に招かれることもなく、はじめも末稀を寒崎の者とは認めずにいる。

 けれど、譲はまた、彩水の能力を知っていた。彩水は能力保持者を的確に判断できる能力を保持している。たとえ、能力を隠そうとも、その能力保持を暴くことができる。

 譲が末稀へ、不審の目を向けた。能力保持を彼女は、隠していたのだろうか? そして、隠せるほどの強大な能力を保持……、

「末稀?」

 譲は視線の先の彼女を呼んだ。信じられないと、彼の瞳が語っている。末稀はただ立ち尽くす。自分の中に湧き上がる能力を持て余して――。

「兄さま、この人、危険。なぜ? あたしを捨てて、こんな人と結婚するなんて。ひどい。ひどい、能力、兄さま、負けてしまう」

 彩水は末稀をまた責め立てて、そして逃避するかのように、譲の腕の中で意識を綴じる。

 譲、末稀、ふたりとも彩水を見下ろす。――彩水のためなのに。この結婚は、譲にとって彩水のためだけになされたもの。きっと、彼女には知らされることのない、でもそれは真実。


 彩水を寝室のベッドへと運んだ譲がリビングへと戻る。そこには、末稀。今ではもう譲にさえ感じられる強い能力が彼女を取り巻いていた。

「どういうことなんだい? キミのその能力ちから

 歩みよる譲から、末稀は無意識のうちに後退さる。

「末稀」

 短く名前を呼ばれて、ようやく観念したようにソファーに腰を据え、知っていることを話し始めようとした。けれど、ソファーの背もたれに背中をぎゅっと押し付けた彼女は、口を閉ざして考えを巡らせる。――結婚の理由。彼女が得るものは、東条への援助。そして、譲が得るものは、彩水。彩水への想いの安息所。譲は彩水を想っていた。幼い妹を愛していたから、だから結婚はできなかった。妹への想いが、譲が末稀と結婚をした理由。

 末稀の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちていく。

「本宅へいこう」

 冷静な譲の声が聞こえた。

「キミが能力を保持しているのならば、寒崎に報告をしなければならない。しかし、何故?」

 末稀は大きく頭を振る。能力が消えてなくなればいいと思うだけ強く振った頭の奥、ずっと何かが響いている。東条への援助……、東条。東条は末端の能力者家系。能力者。ようやく末稀は、話し始める。

「ごめんなさい、黙っていて。でも、話すようなことは何も……。私は幼いころ、能力者だった。能力ちからを保持して生まれてきて、でも、消えた。先刻さっきまでは消えていたのよ」

「――」

「私、覚えていないの。いつ、能力を失ったのか。何故、消えてしまったのか」

「本宅へいこう」

「イヤ」

 今度は末稀、きっぱりと声に出して拒否をする。

 末稀は気づいた。末稀が譲を愛しはじめているのだということ。ふたりの領域を出たくなかった。彩水が末稀にたいしてそうするのと同じように、彩水を憎んでいること。優しかった私に触れた指。でも私は、彼が彩水へ向ける視線ひとつにすら負けている。

「幼いころ、兄は言った」

 末稀の瞳からは涙の雫が絶え間ない。

「末稀という名の音は、末姫――末の姫君からきていると、最後の姫、希望。能力者家系の末端である東条に生まれた能力者。私はたいそう大きな能力をもっていたと聞きました」

「あぁ。感じる。キミの能力の大きさ」

「希望の能力者。なのに、私の能力は消え、でも正史まさふみ兄さんは、それでも私に希望を託しました。私をあなたに引き合わせ、あなたの望みどおりの娘をあなたに引き合わせ――、私を売った。そのことに、不満はないのに。私は東条の希望としてあなたのもとに来れたこと、よかったと思って、思い始めて……、なのに、こんな時に能力が戻るなんて! 覚えてない。能力の使い方も、制御の仕方も。――何もかも、わからないのに!」

 叫びとともに、大気が揺れる。

 譲は末稀のもとへと走り寄り、腕の中へと抱える。能力の暴走がとまらない。光が溢れる。大きな光。両腕の中で起こる奇跡を譲は、見て、守る。――自身の能力で。

 末稀は薄れゆく意識の中で思う。譲が守るのは、末稀? それとも、奥で眠る彩水なのだろうかと。

 ――爆発。



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