文化祭三日目 二話
三日目の続きです。
楽しんで頂ければ幸いです。
瀬野の情報では校内に侵入した環状石崇拝教教徒の数は僅かに一名。
検問で正体が発覚した環状石崇拝教教徒が入場口を強引に突破したそうだが、周りいた仲間十四名は全て待ち構えていた防衛軍の兵士や守備隊の隊員に取り押さえられるかその場で処理されたそうだ。
この一件で学校側は防衛軍や警察からの文化祭の中止命令を頑として受け入れず、そのまま文化祭を続行した。
捕らえた環状石崇拝教教徒から残りの教徒は僅かに三名だという事が突き止められたからだが、校内に潜入した環状石崇拝教教徒の他にも二名存在する事は十分に脅威だ。
「情報だと体育館裏の焼却場の近くに追い込んだって事だが……。あそこか」
氣を全身に纏い金色に輝いている凰樹の速度は流石にマッハを超えてはいないが、それでももし仮にぶつかればタダでは済まない事を理解している為に周りにいる生徒の動きなどを完全に予測し、可能な限り高速で目標に向かって人ごみの中を駆け抜ける。
人が特に多い場所などはシールドを多用して空中に足場を作り、それを踏み台として誰もいない空間を飛び回っていた。
視界に瀬野の姿が見える。
凰樹程ではないが相変わらず人外な速度で走り、人混みの間を器用にすり抜けていた。
「同志凰樹よ。環状石崇拝教は焼却場の近くに誘い込んだ。あそこを封鎖して仕留める」
「了解、いらぬ世話だろうが周りの生徒にだけは気を付けてくれよ」
「心得た」
瀬野の実力は十分に承知しているうえにそんな事を重々承知している事は理解しているが、不測の事態というモノはいつでも起こりうる。
だいたい、前提として繰り出す技で周りを巻き込みかねないのは凰樹の方で、瀬野の場合は爆発物でも使わない限り周りへ影響が出るような攻撃は行えない。
現場周辺では受付から連絡を受けていたのか生徒会長の母智月眞穂は生徒会の役員と守備隊の兵士を使って辺りを封鎖し、一般人や生徒がこれ以上奥に入り込まないように手を打っていた。
只の高校生とは思えない程の統率力を持ち、的確な判断で必要な人員を必要な場所に向かわせる手段は見事としか言いようが無く、防衛軍の兵士ですらその指示に従っている。
流石に曲者ぞろいの永遠見台高校で、生徒会長をしている事だけはあった。
「随分手回しがいいな」
「生徒や来客に犠牲者が出るのは本意ではないのでな。数人の進入を予測し、追い込むルートと餌は用意してある」
「餌?」
「氣対応型特殊小太刀壱式【穿空天斬】と特殊バイクの保管場所だ。もっとも、現場に用意してあるのは両方それらしく作った偽物だがな」
凰樹の力の象徴のような存在であり対ヴァンデルング・トーア・ファイントの切り札でもある氣対応型特殊小太刀壱式穿空天斬。
いかなる時も肌身離さず持っている穿空天斬は、当然のように今も凰樹の腰に差されている。
いざとなればコレ一太刀でどんなGEでも討伐可能だからだが、今の凰樹であれば素手で戦ったとしても大型GE辺りではもう既に勝負にならない。
しかし、環状石崇拝教など敵対する組織に言わせれば、穿空天斬は最も忌むべき破壊の象徴だろう。
そして凰樹を環状石やW・T・Fの元へと走らせる為の特殊バイク。
この二つを同時に葬り去れるならば、多少の問題には目を瞑って齎された情報に飛びつくに違いない。
「あのバイクの情報か……」
「予備も含めて現在は三台あるそうだな。今回はそのうちの一台を少し借りて似た外装の物を用意した」
「……後で自動車部に謝っておけよ」
自宅に保管している一台は防衛軍所属の隊員が二十四時間態勢で警備しているので問題無いが、学校に保管している二台のうち一台は部室の車庫にあり、もう一台は自動車部の車庫に保管してある。
瀬野の事だ、借りたと言っても自動車部に対して正式に申し込んだ話では無く、何処からか車庫に侵入して無断で偽物を作り上げたに違いない。
「大事の前の小事だ。後で手渡す土産は用意してある」
「……用意がいいな」
現在永遠見台高校の自動車部部員の半数以上は女生徒で男子生徒は数名いるだけに過ぎない。
瀬野の用意した土産はモザイクが必要な部分がギリギリ隠れている凰樹のスナップ写真で、女生徒にとってはかなり喜ばれるものである事は間違いなかった。
◇◇◇
焼却炉の横に用意された臨時の駐車場に停めてあったバイクが突然爆発し、真っ黒な煙をあげながら派手に燃え上がった。
近くには破壊された穿空天斬の欠片が散乱している。
その光景を見つめて勝ち誇った顔をしている男は一見普通な格好をしているが、環状石崇拝教教徒の残り少ない信者のひとりだ。
目の前で黒煙をあげるバイクが本物ではなく、そして本物のバイクが三台ある事も知らずに高笑いを辺りに響かせている。
「はぁっはっはっは!! ちょろいな、これでやつも自由に他の居住区なんぞに遠征できはしないだろう。自慢の武器もこの有様だ」
「良い作戦だがあのバイクは一台じゃない。そして貴様は此処で処理させて貰う」
「お……凰樹!! それに貴様は……。くそっ!!」
割と裏の仕事も引き受けている瀬野の事を知っているのか、男は凰樹だけでなく瀬野の事も警戒し、辺りに視線を這わせてどうにかここから逃げ出せないかを画策している。
ここで取り逃がせば今後どれだけ被害が拡大するか分からない。
環状石崇拝教を壊滅させる為にもこの場でこの男を取り押さえるか、最低でも無力化させる必要がある。
「仕方ない、斬るか……」
「同志凰樹、それはやめて貰えるか。危険区域の廃墟ならいざ知らず、こんな人目につく場所で血生臭い真似は出来る限り避けたい」
「……対外的に少し問題があるか? それに上の階からこの現場を見てる奴もいるな……」
環状石崇拝教の教徒を斬り殺す事に凰樹は何のためらいも無い。
人を殺す事もこれが初めてではないし、GE共生派や環状石崇拝教に命を狙われた事も一度や二度では無いからだ。
その度に自らの手でその刺客を始末してきたのだから、今更ひとり殺した数が増えた所で何の問題も無い。
しかし、この現場を見ている生徒達はそうはいかない。
直接その手で人を殺す事もそうだが、その現場を見るだけでもその心にかかる負担は計り知れない為、一般人の生活を守る事を信条としている凰樹にとっても出来る限り他の生徒達の目の前での殺人は避けたかった。
以前帝都で久地縄が殺される時、荒城を胸に抱きしめてその光景を見せなかったのも殆ど同じ理由だ。
「そういう事だ。こいつらを殺す事には反対しないが、今はやめておいた方がいいな」
「折角学食が改善されたのに暫く肉が食えなくなるのもかわいそうだしな。今日の所は生け捕りで許してやるか。コイツがおとなしくしてればだが……」
凰樹や瀬野に殺すつもりはなくとも、この男がある程度抵抗をすれば周りに被害が及ばない様に無力化させざるを得ない。
その時は出来るだけ出血させない様に仕留めたほうがいいとは考えている。
しかし、身体検査を終えている訳ではないのでこの男が身体に爆発物を仕込んでいないとは限らない。
もし仮に爆発物を所持していた場合、最悪シールドでこの男を包み込む必要がある。
「へへっ。甘ちゃんだな、こんなチャンスを逃すなんてよ!!」
「爆発物? いや……目くらましの煙幕か!!」
「逃げられるとでも……、なにっ!」
ほんの一瞬、辺りを真っ白な煙が包み込んだ後からその煙が薄まるまでの数秒で環状石崇拝教の男は姿を消した。
今の凰樹でも捉えられない速度で逃げる事はまず不可能で、そんな速度で生身の人間が逃げれば数メートルも動かない内にその身体は粉々に砕け散る事だろう。
「気配も無しか……。それに瀬野の奴も」
瀬野が急に姿を消す事は別段珍し事でもなく、単独で環状石崇拝教の男を追いかけたのだとすれば何の問題も無い。
仮に先頭になった場合でも対人戦闘能力の高い瀬野であればあの男に後れを取る事も無いだろう。
凰樹はある事の確認の為に近くに待機していた防衛軍の兵士の元へ向かった。
「ここから誰か逃げ出したり、怪しい影のような物をみなかったか?」
「いえ。ここからは猫の子一匹逃しませんよ」
「今の男もそうですが、校内に他の環状石崇拝教が潜入している可能性があります。この学校の生徒では無いにもかかわらずここの制服を着ている者を探して貰えないですか?」
「一応各所で名簿と照らし合わせて不審者のあぶり出しは行っていますよ。残念ながらいまだに誰一人として不審者はいませんが」
不審者がいない。
もし仮に校内に潜入して工作を行うのであれば、昨夜のうちに侵入している可能性は高い。
そうすると常時校内を巡回している警備兵に校内で発見される可能性も高く、逆に見つからないように行動すればその動きがかえって不審者として侵入者を浮かび上がらせるはずだ。
「残り二人は潜入していない可能性も高いか……」
「校門で捕らえた環状石崇拝教の証言ですからね。我々を混乱させる狙いがあるのかもしれませんし」
GE共生派だけでなく環状石崇拝教もこの国ではもう活動が殆ど不可能な状況に追い込まれていた。
元々GE共生派と違って年々信者数が減少傾向にあった環状石崇拝教だが、先日瀬野が凰樹の勲章授与の際に結構な数の信者を始末した事も大きい。
防衛軍に毎年幾つもの環状石が破壊されてその地区が解放されてきた事が主な原因で、恋人や家族などの親しい人が石化から解放された信者などの脱退率はかなり高いと言われている。
「このままあたりの捜索を続けます」
「我々も校内も巡回を強化して侵入者のあぶり出しをします。何かあればまた……」
防衛軍の兵士はその場を去り、守備隊の一部と生徒会に所属する生徒数名が燃えているバイクの消火作業や周りにいたせいとの避難誘導を行っていた。
少し人が少なくなった焼却場。
そして何も無い筈の場所に見えた違和感に気が付いた。
「バイクが燃えてるからその熱での揺らぎか何かだと思ったが……。なるほど」
凰樹は周りの生徒に気付かれない様にその空間のゆらぎに飛び込んで姿を消した。
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