文化祭二日目 二話
前話の続きになります。
楽しんで頂ければ幸いです。
十月八日、午後二時。
この日一緒に文化祭を見て回るという約束通り、クリスティーナと凰樹は腕を組んで校内を歩いていた。
外出時と違い凰樹は一切変装せずに歩いていたが男子生徒の多くはクリスティーナと一緒に歩いているのが凰樹だとは気が付いていない。
その理由として、凰樹の顔の数十センチ下方、そこにあるたわわに実った魅惑の果実に目を奪われ隣にいる男の顔など眼中に無かったからなのだが、これは男であれば仕方がなかったかもしれない。
女生徒の多くもその大きな胸に目を奪われて嫉妬と憧憬の眼差しを向け、そして隣にいるのが凰樹だと気が付いた一部の生徒は驚きを隠せなかった。
「何処に連れて行ってくれますか?」
「そうだな、いい機会だから普段目にしない展示物を幾つか回ろうと思う。多くの生徒はアレに夢中だしな」
やはりデートのエスコートは男性という意識が強いのか、クリスティーナはこの日のデートプランを凰樹に完全に任せていた。
一件、凰樹任せに見えるこの行動の裏には自分たちの我儘で文化祭中の全ての期間を占有する為に、せめて凰樹が見たい出し物などを優先させようというクリスティーナの計らいなのだが、凰樹もそれを気づいているから逆に留学生でもあるクリスティーナに楽しんで貰える出し物などを選んでいた。
また、生徒会からの要請で最後の大型スクリーンも貸出している為に、校内三ヶ所でコンサートを楽しめるようにしているほか、昨日の電波ジャックを不問にする代償としてその設備を丸々使ってチケットを入手できなかった生徒用に校内にコンサートの映像を流したりもしていた。
おかげで二時を過ぎたあたりから出店の売り上げは激減し、昔はよく駅弁などを売っていた【停車場構内物品販売営業人従業心得】を再現した物にジュースなどの片手で食べたり飲んだりできる物を乗せて売り歩いたクラスだけが売り上げを伸ばしチケットの束を手にしている有様だ。
「おかげでこうして腕を組んで歩いても誰も気にしませ~ん♪」
「いや、割と気にしてると思うぞ」
思いっ切り引き寄せた時には凰樹の腕がめり込んで大きく形を変える大きな胸。
普通の男なら一瞬で陥落しそうな柔らかさと温かさを感じながらも凰樹は理性でそれを押さえて平穏を装っていた。
ただ、凰樹も完全な朴念仁という訳では無いので、普段の竹中のアプローチも含めて理性でそれを押さえるのは結構苦労しているのだが。
「肝心の輝が気にしてくれないと意味がありませ~ん」
「それはそれとしてだ。一年C組のミニチュアアスレチックランドでも見に行かないか?」
「OK。そういった細工物は日本人本当に好きですね」
「凝り性で手先の器用なのが多かったんだろう」
割と空いている廊下を歩き、目的地に一年C組を目指して歩いていると、教室の中から四女神の歌声が響いて来た。
教室に設置されたテレビでもコンサートの映像を観る事が出来る為に多くのクラスがコンサートの映像を教室に流しているようだった。
「どのクラスでも大人気だな」
「先週ガンナーガールズのランキングを抜いて一位になったって聞いてます。だ~れかさんの威光だとか言ってる人もいるようで~す」
「彼女達の実力の賜物さ、それにどんな世界でも上に行けば僻みや妬みがあるのは仕方がないだろう。AGEのランキングでもよくある話だ」
AGEのランキングと同じ様なランキング制度がアイドルグループにも存在する。
CDの販売枚数やデジタルミュージックのダウンロード数、コンサートのチケット販売実績、関連グッズの販売状況などで毎月ランキングが更新され、上位百グループまでが発表される仕組みになっている。
この制度の為にデジタルミュージック違法ダウンロードなどはかなり減ったといわれ、ファンの多くはCDを買った上でデジタルデータもダウンロードしていた。
上位には相応の待遇が約束され、年末に政府やマスコミ各社の協力で開催される首都東京コンサートの出場権や、TVCMの起用や映画などのオファーなどは年に何度トップテンに入ったのかであからさまにギャラなどが変わる程だ。
そんな他愛のない話をしているうちに一年C組というプレートがドアの上に掲げられている教室に到着した。
もっとも、この文化祭中だけはそれだけでは無く、いたる場所にクラス名や出し物を宣伝するポスターなどが張り出されているのだが……。
「一年C組につきました。さあ、どんな展示か楽しみです」
「確かに……、一回三百チケットか」
何も言わずに凰樹は事前に用意していたチケットの束から六百チケットを切り取り、それを受け付けの生徒に渡した。
受付の生徒は凰樹に気が付いてはいたが別に騒いだりせずにそのまま教室の中へと案内し、そして再び受付へと戻った。
この辺りは中学の頃から同級生だった者はほぼ同じ反応でどんなに凄くなっても凰樹は凰樹と割り切っており、ともだちである事に何ら変わりないからだ。
「二十分の一のミニュチュアか。よくできてるな」
「スゴイで~す。この辺りなんて小運動場のアスレチックランドそっくりです」
「なるほど、こいつらの内の何割かがあのアスレチックランド建設の主犯か……。資料などと引き換えに、アレの建設に協力したんだろうな」
一年C組に所属する石橋健一は工務店の跡取り息子で、小さい頃から家で手伝いをしているだけあって腕は確かだった。
おそらく屋上の遊園地も含めて、今回の建築物すべてに石橋が関わっているだろうという事は間違いない。
その石橋が関わっているだけあってミニュチュアの完成度は凄まじく、まるで誰かが其処で遊んでいた様な砂の後やロープなどの汚れまで再現してありクラスを訪れた多くの人を魅了している。
スマホでの撮影は許可されていた為、多くの生徒がそのミニチュアの前で記念撮影を行っていたが、SNSなどへの投稿は来客の減少などの対策の為に文化祭開催期間中に限り禁止されていた。
「小人さんがいたら、ここで遊んでそうで~す」
「小人だけでなく、平和になればまたこういった施設が復活して、実際に子供たちもアスレチックランドで遊べるようになるさ」
この広島第二居住区域であれば、そんな日が来る事もそこまで遠い話では無い気はした。
◇◇◇
1年C組を見学した後、クリスティーナと凰樹は様々なクラス出し物を見学していたがこれは別に二年と三年のクラスを避けていた訳では無く、二年と三年のクラスの実に四分の一が賭博系の出し物や過剰なサービスでの飲食店など生徒会や文化祭実行委員、そして風紀委員の判断で出店停止などの措置をとられたという事も大きかった。
過剰なサービスとは、教室の冷房を切りわざわざ教室にオイルヒーターなどを設置して常夏状態を演出して、見た目の良い男子生徒や女生徒を水着に着替えさせて接客させる水着喫茶(提出書類には南国気分を味わえる常夏カフェとして出されていた)や、ただのかき氷に見えるがわざわざ可愛い女生徒が直接手で器に盛られた氷の形を整えるサービス付き(有料)など、黒に近いグレーゾーンのクラスもまとめて取り締まられている。
なお、それだけやっても実際の売り上げは調理部の足元にも及ばない規模ではあった。
凰樹の協力で大量の在庫が確保できたことで当初の予定よりかなり増量しているにも拘らず、初日も焼きプリンなどのデザート系は三十分程ですべて完売し、弁当も売り出して一時間も経たない内にすべて売り切れている状況だ。
「どのクラスも凄い力の入れようです」
「ここは昔から凝った展示が多いって話だ。中学も凄いが、高校になると予算が増えるのも大きいし経験の差がな」
中学時代に文化祭で色々やった者は、当然高校ではその経験を活かして様々な分野で活躍する。
出店を出した場合は材料の確保の仕方や利益の出し方、そして実際に売り出した後の運営もそうだし、何に手を出すとまずいのかを学習しているのも大きい。
一度でも出店系の出し物を経験した者は、高利益で材料の仕入れが格安なフライドポテトやフランクフルト、材料費の割に売り上げ額の期待できる箸巻やお好み系の粉もの、利益率は悪いが残った場合の処理に困らない缶ジュース類の販売などを選んでギャンブル性の高い商品を扱わなくなる事も多い。
売価の高いカレーなどは当たればデカいが材料費などが意外にかかる為、売り上げに対して利益率がかなり悪くなるケースも多い。そういった物を避けられるかどうかも収支に大きく影響するが、文化祭というお祭りにみんなで作ったりすればたとえ赤字でもいい思い出にはなるので、無駄という事は無いのだが……。
「クリスは苦手な食べ物とかあるのか?」
「ん~、こういったお店で売っている物なら殆ど大丈夫。……納豆とか少し苦手な者はありますけど」
「アレは日本人でも好みが別れるからな。タコやイカとかも平気なのか?」
「イカ美味しいで~す。タコもイカもお刺身が美味しいですし、タコ焼き、焼き烏賊、するめに裂きイカでもOK」
意外な事に、クリスはタコやイカなども平気で食べ、タコ焼きなどは結構好物という事まで分かった。
近くの出店でちょうどたこ焼きを売っていたので凰樹がそれを二つ買ってひとつを差し出すと、付いていた爪楊枝をタコ焼きを突き刺し、熱々のそれを美味しそうに頬張った。
その姿を見て思わずちょっと前かがみになる男子生徒も多かったが、クラス公認で付き合い彼女連れの者などは隣にいる女生徒に思いっ切りつねられたり足を踏まれたりしていたが自業自得というモノだ。
「お、ここにも大型モニターがあったのか」
「これもGE対策部の備品じゃないですか?」
「だな。これも持ち出してたか」
大型モニターは文化祭で使っている物と予備で用意した物の他にも数台お試しで導入した物があり、それは全部倉庫の片隅に箱に入れられたまま積み重ねられていた。
神坂は大型スクリーンの他にもこういった大型モニターも持ち出しており、各地でコンサートが視聴できるように瀬野と交渉していたのだったが、それはこの時点では神坂本人だけしか知らぬことで、この事を凰樹に咎められるとは考えてもいなかったようだが。
「今回は文化祭だし大目に見るが、備品の無許可使用は懲罰対象だ」
「懲罰?」
「腕立て伏せ500回&腹筋500回コースだ。他にも楽しいランニングがあったんだが、今は警備の関係であまりできないな」
「健全な罰で~す」
つまらない事でせっかく集めた戦力を減らす真似など出来る訳も無く、しかしそのままなんの御咎めも無しという事になれば部隊の規律を守る事が出来ない為、あまりにも目に余る行動をした物には相応の罰が与えられる。
信賞必罰で、規律を犯した場合でも相応の戦果をあげれば罪に問われる事はないが、戦闘外の行動であまりにも目に余る場合は確実に懲罰が待っていた。
今回の件も神坂は懲罰覚悟の上だったが、長年のつきあいでそんな神坂の性格を熟知している凰樹だから今回の一件は大目に見たのだが、他の部隊であれば部隊資財の無断使用など最悪除隊される場合もありうる行為だ。
「四女神はちょうどあの二人のデュエットか……、ってこの歌……」
「だ~れかさんに向けたラ・ブ・ソ・ン・グ。夕菜辺りは練習しそうで~す」
「ふつうならスキャンダルだろうに。流石に俺をそんな記事のネタに使ったら方々から苦情が入るだろうが」
今この国で凰樹をそんなネタに使用しようものなら、それを流したのがTV局であれば各方面から苦情が入り下手をするとスポンサーが総撤退という最悪の事態にまで発展しかねない。
雑誌であれば間違いなくその月で廃刊が決定し、その記事を書いた者は永久に仕事の依頼が来なくなる事は請け合いだ。
凰樹が自らその力を振るう事はないが、現時点でも持っている権力は他に並ぶ者がいないレベルに達しており、校内であれば多少は許されるがランカーズのメンバー以外の者が校外でふざけて小突きでもしたら様々な組織からどんな沙汰が来るか知れたものではなかった。
「スキャンダル上等です。多分彼女達もそれを十分にわかってやってま~す」
「そうかな?」
「輝はま~だ女の事が分かってませんね。どんなに無垢な乙女でも恋をしたらその瞬間に誰も強かで狡猾な悪女に早変わり。意中の相手の心を射止める為なら何でもしま~す」
実際、首都でもし仮に荒城が部屋を訪ねた時に凰樹がその場にいれば、あのまま強引に押し倒されていても不思議ではなく、荒城は女の武器を総動員して凰樹の気を引こうとするだろうし、受け入れられなければその場で命を絶つ覚悟でその身体を求めた事は疑いようも無い。
竹中も凰樹がその気になる様に様々な誘惑を仕掛けているが、凰樹が襲い掛かって来ればそのまま身をゆだねるのは確実で、襲って来なかった場合でも条件が揃えば自分から押し倒しに行く事も計算に入れている。
この辺りの覚悟は凰樹より彼女達の方が遥かにできており、誰よりも先に凰樹の隣を勝ち取ろうと普段見せる微笑み等の裏で、その心の中は溢れださんばかりの愛とドロッドロの欲望がカオスに渦巻いていた。
数千億持つ凰樹には現時点で二人まで妻とする事が許されているが誰もが一番近い場所、一番愛される事を求めており初めから二番目を狙う様な者にはこの争奪戦に参加する資格すら与えない勢いだ。
「次は大地の女神豊穣ミノリのソロか。神坂の奴は一層応援に熱が入るだろうな」
「何故ですか?」
「あの二人、付き合ってるからな。ガンナーガールズや他のアイドルのコンサートに行く度に悪くなった機嫌を直すのに苦労してるそうだ」
二人は七月十日のコンサートの打ち上げの時にそのまま流れで付き合う事になり、今もその関係が続いている。
神坂が今回のコンサートの情報を一切持ってなかった訳は、先日この居住区域で行われたガンナーガールズのコンサートで文華=アディントンと抱き合うという神坂にとっては嬉しいハプニングがあり、その記事を見た豊穣ミノリが怒った為に今回の情報を意図的に遮断していたからだ。
その失態をなんとかしたい神坂は瀬野の口車に乗ってでもチケットを手にする必要があり、無事手に入れた最前列のチケットの席でミノリLOVEと書かれたハッピを着て両手にミノリの描かれたうちわを持って応援していた。
「それ話しても良いんですか?」
「そろそろ隠すのも限界だし、近々公式で発表するそうだから問題はないさ」
「……それで織姫ヒカリと、織姫アカリが輝狙いだった訳ですか」
織姫姉妹は神坂と豊穣ミノリの関係を歓迎してはいたが、あっさりと付き合える様になった二人に嫉妬の炎を燃やしてもいた。
織姫姉妹も他の女性陣に負けない様に水着姿のピンナップや半乳状態の写メなどギリギリを責めていたりはしたのだが、それでも陥落しない凰樹に対して戸惑っている事も確かだ。
女性としての魅力に関して言えば、他の恋人候補である荒城たちと比べても十分過ぎる程の容姿を誇っており、芸能界でアイドルとして活躍しているだけあってしたたかさも相当なレベルに達している。
今回のラブソングも多くの場所で歌う事で、そのうち自然と「ああ、織姫姉妹と凰樹が付き合ってるんだ」「もしかして付き合ってる?」という空気を作り出そうと画策しての事ではあった。
「私だって強かな女性で~す」
クリスティーナが凰樹に強く抱きつき、そのまま頬に軽くキスをした。
無自覚のシールドは発動しないが、完全に肌に触れる寸前で薄い皮膜の様なシールドに阻まれ、クリスティーナの奇襲はその僅かな光の膜に阻まれる形となった。
「急にそういう行動に出ると反射でどんな影響が出るか分からんぞ」
「それじゃあ、キス、します」
そう宣言した後、クリスティーナはゆっくりと顔を凰樹の頬に近付けてそのまま軽くキスをしたが今度は凰樹の言う通りシールドに阻まれる事無く、その柔らかい唇が頬に直接触れる形となった。
こうして文化祭二日目も様々な波乱に包まれて終了した。
読んで頂きましてありがとうございます。




