文化祭前夜
文化祭前夜の話になります。
楽しんで頂ければ幸いです。
十月六日、午後七時四十五分。
普通であれば永遠見台高校の最終下校時間をとっくに過ぎているが、この日……、厳密に言えばこの週の初めから殆どの部やクラスの生徒が学校に許可を取り、泊まり込みで文化祭の出し物関係など様々な準備を進めていた。
流石にクラスや部に所属する全員が校内に宿泊する事などは出来ない為に、実際に泊まるのは寮に住んでいたりする各数名ずつではあったが、居残り宿泊組は校内に残って最後の追い込みを行っている。
準備期間中の食事は学食を利用できるが、明日からの四日間は文化祭での出店での売り上げ確保の為に学食は閉鎖され、購買も弁当やパンなど食糧品の販売を停止する。
その為調理部など弁当などの販売を行う部はかなりの売り上げを予定しており、特に最大の売り上げが予測される調理部は翌日の仕込の為に夜遅くまで部員が調理室とGE対策部の倉庫を何度も往復したりしていた。
「いそがなくて良いから。落ち着いて、自分のペースで作業を続けなさい!!」
「唐揚げを漬け込むタレはもう作ってあるから、それに明日分を投入してくれたらOKだよ~」
調理部部長の夜篠碧依は自らの作業をこなしながらてきぱきと指示を飛ばしていたが、準備をしている部員たちに決して無理はさせず、いつも余裕を持って行動する様に言い聞かせていた。
精神的に余裕が無くなり焦りが生じると能力が落ちる事を十分以上に理解しており、疲れれば休憩を入れて気力と体力を回復させたりもしていた。
調理部の駄女神、鹿波美雪は事前に必要で保管の効く物は大量に用意しており、もし仮に誰かがひっくり返したりしても十分に何とかできる量を作り置きしている。
当日販売する弁当のおかずうち、漬物やそぼろなど保存の効く料理も大量に用意してあり、それは全部タッパなどに詰めてGE対策部の冷蔵庫に保管してあった。
先日導入した業務量調理器具メーカーYOSIZAKI製の四千リットル級という業務用超大型冷蔵庫は調理部に完全に占拠されていたが、その見返りとして文化祭期間中の弁当やデザートなどの提供が約束されていた。
文化祭期間中は外部からの食料品の持ち込み禁止という決まりがあり、これは持ち込まれた食料品による食中毒を警戒しているという建前で校内で出店している各部やクラスによる売り上げ確保の目的があるとされている。
その為、確実に弁当などの昼食を入手できるルートの確保は歓迎されており、二台の大型冷蔵庫と冷凍庫までほぼ占拠されていながらも神坂達が文句を言う事は無かった。
◇◇◇
夜篠や鹿波は何人かの部員を引き連れてGE対策部の倉庫から食材などを運びだし、そのついでに凰樹達GE対策部への夜食の提供と、明日以降の弁当の注文などの確認や予定などの調整を行っていた。
「あ、お弁当いくつか種類があるんだけど、好きなのを頼んでくれていいよ」
「いくつか種類がって、この東坡肉弁当ってやけに高いけど角煮弁当とは違うのか?」
「よくぞ聞いてくれました~♪ それはね、豚の皮を処理した後で炙って一緒に煮込んである本物の東坡肉が入ったお弁当なんだよ♪ 一人前がこんな大きさの壺に入ってるの」
鹿波は目の前に両手でソフトボール大に大きな円を描きながら説明した。
用意されているのはよく梅干しなどの漬物を入れてテーブルに置いてある薬味入れの様な壺に、東坡肉がタップリ詰め込まれているらしく、壺のコストもある事で千五百ポイントほどする高級弁当だが、数量限定で各日三十個限定という事だ。
一方、角煮弁当は七百円で値段は半分以下だがこれでも絶品の角煮がタップリと入っており、BBQ大会などで鹿波が作った角煮などを食べた生徒の争奪戦が既に予想されている。
「東坡肉用の壺はね、格安で手に入れたんだよ♪ 全部ヒビとか入っていないかチェックするのが大変だったんだ~♪」
「高いけどそれだけの価値があるわよ。試作品は以前届けたと思うんだけど……」
「角煮は食べたが、東坡肉は見た事無かったぞ」
「試作品は壺に入って無かったから角煮と間違えたんじゃないの?」
文化祭で作る予定の弁当のおかずは全部GE対策部には届けられており、放課後の小腹がすく時間に重宝されていた。
「それは東坡肉の方は俺が全部食べたからっスね……。超うまかったっス」
「わてらが知らん訳やな。他のおかずも美味かったさかい仕方おまへんが」
「ほぼ取り合いだったからな。デザートは俺達の口には一口も入っちゃいないし」
最高級の移動式石釜で焼かれた焼きプリンやチーズケーキをはじめ、アイスクリームなどのデザートも大量に届けられたが、その全ては楠木や荒城たち女性陣の胃袋に収められた。
絶品と呼べるデザートは女性陣の中でも取り合いで、最終的にお互いに好きなメニューをひとつずつ選ぶという形で決着がついている。
「地鶏のからあげ弁当や、ローストチキンやローストポークも美味かったな」
「親子丼弁当とかの丼物も凄かったぞ。あの卵の半熟具合や使われている出汁は絶品だ」
「トンカツ弁当も凄かったっス。あんなの食べた事が無いっスよ」
味覚がかなり改善されている凰樹も鹿波監修の弁当に舌鼓を打っており、神坂達とメニューを見ながら試食した料理の味に言及していた。
こんな凰樹の姿は、数か月前には考えられない事だ。
トンカツは畜産科などから大量に手に入れたラードやヘットを贅沢に使ってそれで揚げており、サラダ油などであげている学食やその辺りの食堂などとは別物に仕上げてあった。
「ちゃ~んとあの出汁に気づいてくれるなんてすごいな♪ 目には見えない出汁やタレって軽視されがちだけど、そこで料理の味は大部分が変わるんだよ」
「最近のあきらは凄い!!」
「凰樹君があと半年早くこの状態になってくれていれば……」
元々味覚の改善には首都東京で高級料理漬けにあった事が要因としては大きく、数々の武功を重ねていなければあんな事態にはならなかった為にその過程が現実のものとなる事は無いだろう。
ただ、凰樹は当時から不味い物などはちゃんと不味いと理解した上で勿体無いを優先してそういった料理を口にしていただけで、別に不味い物が好きという事でも無ければ平気という事でもなかった。
「後でどの弁当を誰が頼んだかは連絡させよう。調理部も今日は泊まりなのか?」
「当然!! 夜間は警備員の数も少ないし、文化祭で残ってる人たちがこっそり部室に忍び込んでつまみ食いされても困るから」
「数年前にはいたらしいんだよね。そういった行為をする人が~。許せないよね!!」
真剣に取り組んでいるからこそ、鹿波を初めとする調理部の部員たちは必要以上の味見をしないし、つまみ食いなどもする事は無い。
仕上がりを確かめる為に試作品を食べたりもするがあくまでも完成度を高める為の行為であり、特に鹿波は故意に必要以上の試作品を作る事など一切無い。
盗み食いなどもっての外で、調理部では一度でも盗み食いをすれば強制退部という運命が待っている。
「うちの学校って、シャワーとか宿泊設備が意外に揃ってるよね」
「昔は緊急時の避難場所にも指定されていたから、シャワー設備は広いし毛布とかの保有量も多いそうだ。調理部の部室が多いのもその頃の名残らしい」
「あるモノはありがたく使わせて貰わないとね♪」
満面の笑みを浮かべながら部員に大量の食材を運び出させて、夜篠はお礼を言いながらGE対策部の部室を後にした。
◇◇◇
一年特別A組の教室はミニシアターとして仕上げられており、ホワイトボードの前に大型のスクリーンが設置され、客席側には折り畳み式の椅子が用意されていた。
窓はベニヤ板を打ちつけた上で暗幕を張られており、外部から光が一切入らないように工夫されている。
「準備万端。後は明日の開場を待つだけだな」
「なんとか伊藤の特製ドリンクの販売も許可させたし、問題は無いぞ」
伊藤の特製ドリンク販売については生徒会や文化祭実行委員と大モメに揉めた。
特に以前伊藤の特製ドリンクを飲んでいたAGEが所属している文化祭実行委員会の拒絶反応は病的であり、最終的に全員に一杯ずつ新生特製ドリンクを試飲させる事で販売を許可させることに成功した。
「なにこれ? 超美味い!!」
「嘘だ……、こんな特製ドリンクはあり得ない」
「なんだか体に力が湧いてくる気がする」
特製ドリンクを試飲した生徒の評価は凄まじく高く、二杯目を求めて断られる生徒まで存在した程だった。
◇◇◇
「部室の映像機器はどうするつもりだ?」
「アレは予備だな。まあ使わずに済めばいいが」
凰樹は超大型のディスプレイを三台ほど注文しており、それらは予備として部室の倉庫に収められている。
それだけならまだしも、体育館で使うような超特大型のスクリーンや投影機を同じく三台ずつ購入しており、それらも同じ様に倉庫の奥に収められていたりもする。
「晩飯はこの弁当を食べるとして、風呂はどうする?」
「部室の浴場を準備してあるっス!!」
GE対策部の部室には宿泊設備としてシャワー室もあるが、もう一つ割と大き目の浴場があり、過去にも何度か使用されている。
今回は霧養が自ら率先して風呂掃除などの準備を行い、後は湯を張るだけでいつでも入浴可能な状態になる。
「……更衣室とかに隠しカメラとか設置してない?」
「大丈夫っスよ。大体、輝さんの恋人候補にそんな事したら後で怖いっス」
「こ……恋人候補って!!」
「も~、霧養君、口がうまいんだから~♪」
竹中や荒城辺りは恋人候補では無く既に恋人であるつもりだったが、楠木辺りはその言葉を正直に受け止めて照れ笑いをして霧養の背中を何度も叩いていた。
「私はシャワーで十分で~す」
「クリスはアメリカ人だからそっちのほうがいいんだ。お風呂も気持ちイイよ?」
「さっきちらっと見ましたが、これだけの人数が一度に入ると流石に狭くなりま~す。それに私はシャワーの方が慣れてます」
浴室が大きいといっても六人も一度に入れば流石に手狭になる。
それにクリスティーナは日本式の湯船に浸かる風呂が嫌いという事はないが、殆ど毎日シャワーで済ませている為にそっちの方が気楽でいいからだが。
「アメリカやとまだ水の問題でシャワーの方が多い地域もありまっから。水が豊富な場所やと風呂も多いんやけどな」
「日本でも今は風呂に入れない地域は存在するぞ。居住区域に住人を支えるだけの大きな水源が無い場所とかはシャワーとか清拭で済ませる所もあるとか。まあ飲み水とかの方が必要度高いからな」
「ガンナーガールズの文華に話を聞いた事があるんだが、この居住区域で頻繁にコンサートを開いたりするのは、環境が良い事も大きんだそうだ。首都を除けばここまで恵まれた環境はそうそう無いらしい」
「YES!! 文華にいろいろ聞いていま~す」
ガンナーガールズの話をしている時、凰樹が何か思い出したのか端末を調べ始めた。
「そういえば、文化祭中に四女神が永遠見台高校でコンサートをまたやるらしい。チケットは当日販売のみで、AGEだろうがなんだろうが一切の優遇無しという、かなり生徒会が気合を入れているイベントだ」
「ま……マジか? 輝!! そのコンサートの受付は何時から何時の間で、そのコンサート自体はいつあるんだ!!」
アイドルマニアの神坂はその情報にまっさきに食い付き、勢い余って凰樹に掴みかからんばかりの勢いだった。
しかし、この生徒会主催のコンサートは普段コンサートなどのチケットが入手できない生徒に対するサプライズと言いう事もあり、詳しい情報は伏せられている。
「あきらは何で知ってるの?」
「瀬野の奴もおそらく情報位入手していると思うが、俺の方は織姫ヒカリとアカリの二人からのメールだな。後、コンサートの時間は体育館が不自然に開いてる時間の何処かだと思うが……」
文化祭中、体育館は大体何処かの部やクラスが何かしらのイベントで使用しており、そのスケジュールも生徒会及び文化祭実行委員発行の冊子【文化祭のしおり】に分刻みで載せられている。
生徒会と文化祭実行委員の枠で幾つかイベント名が記載されていないにも拘らず不自然に一時間ほどのスペースが開けられており、その何処かでコンサートを行う事は間違いない。
「まだメールでやり取りしてたのか……。確かに最強の情報源だな」
「四女神はランカーズと懇意にしてる事を売りにもしてるらしいぞ。おかげで来年アメリカでのコンサートが決まったらしい」
実際、四女神の織姫ヒカリとアカリは凰樹に助けられたエピソードを何度もTVのインタビューや番組中のトークで使用しており、「今の私達があるのも凰樹さんのおかげです」などと凰樹に感謝する多くのコメントも残している。
最初こそ宣伝効果はそこまで無かったが、今や世界最強と言われ護国の宝剣勲章の授与まで決まった辺りで四女神の人気は天井知らずに上がり始め、マネージャーもこの路線で売り出した事に対してガッツポーズを決めていた。
アメリカコンサートも、アメリカ国内の凰樹の人気に後押しされている部分が大きく、他のアイドルグループも何とか凰樹と接触を図れないか画策していたりもした。
また、この居住区域でコンサートを毎回開いている公民館の横にあるホテル山景王も、もう予約なんて宝くじを当てる位難しいと言われるほど繁盛しており、その事が切っ掛けで著名人が多く宿泊をした為に名実ともに超高級ホテルの地位を不動のものとしている。
「蒼雲はんはコンサート狙いでっか?」
「ああ、ちょっと今から瀬野の所に行ってくる」
「この時間にか?」
現在時刻は午後九時三十分。
瀬野が何処かにいるとしても、明日の悪戯の仕込の為に接触する事は至難の業と思われた。
それのこの時間に接触を図るのはリスクしかないだろう。
「明日にした方がいいぞ。どちらにしろ、今からアイツを捕まえるのは無理だろう?」
「勝利の女神は行動した者だけに微笑むのさ。四女神だけにな」
神坂は決め台詞を残して校内へと姿を消した。
何処かにいるであろう、瀬野にコンサートの時間を聞き出す為に……。
「うわ……」
「酷いダジャレで~す」
「でも一理ある」
楠木、クリスティーナ、竹中の三人は神坂のダジャレを聞いて呆れた顔をしながらも何か思いついたのか、お互いに視線を交わし合っていた。
◇◇◇
「文化祭終了までは一応全員分の宿泊許可を取っておいた。しかし、ここだとあまりゆっくりも出来ないから、家に帰るっていう選択肢もあるぞ」
「ここの方が楽ちゃいまっか?」
「そうっスね。家も近いっスけど」
「家でメイドさんがすねない? 前のホテル監禁の時も割と……」
楠木にしろ、竹中にしろ、家に他の家族がいる場合は問題が無い。
しかし、凰樹の場合は家に他に家族がいない為、メイドさんが掃除だけしかやる事が無く、「お帰りなさいませ。家中ピカピカです」などと暇に飽いて完全に磨き上げられた家で迎えてくれたりもした。
元々広い家にも拘らず生活スペースを殆ど利用しない凰樹の家は汚れる事などあまり無く、それが更に暇に拍車をかけていたようだ。
「あのメイドさんたちは対GE民間防衛組織から送り込まれてるから解雇って訳にもいかないし、仕方ないけどまた家を掃除でもして貰うさ」
「俺はあの無言の圧力が怖いから明日以降は戻るっス」
「霧養はんの家はそのタイプでっか。わてん家はあまり開けすぎると帰った日の晩飯がやたら豪華にされまんな」
メイドにも色々タイプがあるようだが、一応主人である霧養達を困らせる域まではいってはいない。
霧養の家のメイドはいわゆるツンデレでデレる時の反動も凄まじかった。
「メイドさんも色々なんだね。うちはお母さんと仲良いから、色々話したり時間を潰してるみたい」
「……輝さん。そのメイドは若い方なんですか?」
「全員の年齢は確認してないけど、多分全員二十歳前後だと思う」
その年齢を聞いた瞬間、荒城、竹中、楠木、宮桜姫、クリスティーナの五人は頬を引き攣らせた。
対GE民間防衛組織のもう一つの意図を正確に理解したからだが……。
「囲い込みに来てる? 性的な誘惑なんてありませんの?」
「俺んちはギリギリを攻めて来てるっス」
「わてん所は無いでんな」
凰樹だけでなく、霧養、神坂の所のメイドも割と性的な誘惑でギリギリを攻めて来る。
流石に凰樹に対しては下手な事を出来ないのでかなり手加減されているが、霧養の場合は家にいる何人かのメイドの誰に最初に籠絡されるか時間の問題という所だ。
「うかうかしてられない?」
「輝さんの事は信頼していますの。でも……」
付き合いの長い荒城は流石に凰樹の性格はよく知っているので、合意も無しでそういった行為に及ぶことが無い事は理解している。
今は無理矢理に押し倒してもシールドで吹き飛ばされるだけという事も理解しているが、そのメイドの容姿を知らない以上、万が一という可能性も捨てきれない。
「母さんを助け出すまでそういった事に手は出さない。大体あと一週間程で救出するつもりなのに急ぐ必要も無いだろう」
「一週間!! 来週救出作戦をするんでっか?」
「予定的にはな。石像の方はほぼ回収されて防衛軍の方で厳重に管理されている」
凰樹の母親や姉は二十四時間体制で監視&警備兵付き及び石化からの生還後、速やかに医者などの手が入る事になっている。
特に姉の絢音は石化当日に熱を出していたという事なので、医師が即日すぐに診察する様に手筈を整えられていた。
「流石に管理が厳重でんな。他の石像はいつもの保管所やろ?」
「蒼雲の所の妹とかもだな。重要人物の石像なんかもあそこで管理してるそうだ」
一応他の居住区域でも重要人物や著名人の石像などは警察や病院、もしくは防衛軍の基地などで保管されている。
盗難などはあまりありえないが病気の発覚やなど、万が一に対応する為そういった措置が取られる事も多い。
「その事は来週になってからだ。まずはこの文化祭を成功させないとな」
「そう、ですわね」
「文化祭がんばる」
明日、凰樹と一緒に文化祭を回る予定は楠木で、幾つか事前に回りたい場所をチェックしている。
こうして、瀬野と生徒会、そして様々な勢力の思惑が渦巻く波乱の文化祭は幕を開けようとしていた。
読んで頂きましてありがとうございます。
誤字報告助かっております。
ブクマ評価ありがとうございます。




