波乱の文化祭デート宮桜姫香凛 二話
前回の続きとなります。
楽しんで頂ければ幸いです。
十月二日、午後四時時十五分。
小妖精副隊長の椎奈紬の口から飛び出した【婚約者】発言で、小妖精の部室は異様な雰囲気に包まれていた。
もう一人の当事者である凰樹輝にとってこの話は寝耳に水で、母親からは石化する前に婚約者がいるなどと聞いた事も無い。
だいたい、母親が石化した当時凰樹はまだ十歳であり、婚約だの恋人だのを意識している歳では無かったのは確実だった。
裏の流派である椎奈神影流の正統な後継者の椎奈紬には七歳の時に決められた婚約者がいる筈で、その歳に凰樹は既に八歳であり単独でバイクを走らせて中型GEを撃破し始めていた時期でもある。
その後、事態がどう転んで婚約者などと言う話になったのかは知らないが、母親がいまだに石化中なので詰めよって問い質す事すら出来ない状況だ。
凰樹の目の前でしおらしくしている少し古風な雰囲気を醸し出している少女椎奈紬は大和撫子をそのまま形にしたような容姿で、漆の様な漆黒の長い黒髪を腰まで伸ばし前髪は綺麗に切り揃えられていた、顔は歳よりもやや童顔ではあったが大きな瞳と筋の通った綺麗な鼻、そして小振りで厚みと形の良い唇と美しい顔をしていた。
姿勢よく背筋をぴんと伸ばし、その為にたわわに実った大き目な胸を強調しているようにも見える。
そんな椎奈であるから婚約者ですなどと言えば大抵の男は手放しで喜んで、すぐに恋人として振る舞うようになるだろう。
凰樹の自制心がもう少し弱ければ、思わず「こちらこそよろしくお願いします」と返事を即座に返していた所だ。
◇◇◇
「で、どういう事なんですか?」
「知らん。親同士という事であの母さんなら俺の知らない内にそれ位は仕出かしてくれても不思議ではないが、俺はてっきり……」
絢音姉さんと……、とその先に続けたかったが今その話をしてもさらに場を混乱させるだけなので迂闊な発言は避けた。
実は姉の絢音にもいくつか問題があり、ひとり身になって住民票などにも目を通す事の多かった凰樹はとっくにその問題に気が付いている。
「あの……、この事には色々ありまして……」
「説明!! して貰えますよね?」
「あ、は……はい」
宮桜姫香凛が詰め寄って説明を求めていたが、妹の鈴音や他の小妖精の隊員、それにこの件の当事者である凰樹も椎奈の説明を求めていた。
「小妖精の鈴音たちには以前説明したのですけど、私の家である椎奈家は椎奈神影流という裏の流派の家元でして、祓い巫女衆と呼ばれる組織の一員として古来より鬼や妖等この世の物ならざる存在からこの国を護ってきました」
祓い巫女衆はこの国の裏で暗躍する為の超法規的な権力を持っており、主な役目は霊的災害を祓う実戦部隊でその命を散らす事も厭わず人を喰らい平穏を乱す鬼や妖と、この国やこの国に住む人を護る為に太古の昔から戦い続けてきた。
GEの発生直後から鬼や妖の発生件数が激減した為にここ数十年は殆ど活動らしい活動を行っていなかったが、祓い巫女衆が総力をあげてその鍛え上げた技で人類の新たな敵であるGEの討伐に乗り出したところ、今まで会得してきた技の殆どすべてが通用せず、戦に身を投じた多くの者がGEに敗れて冷たい灰色の石へと姿を変えた。
椎奈の母親もそのうちの一人だったが、今では多くの祓い巫女衆の巫女や戦乙女たちが凰樹の活躍によって石化から元に戻り、いつもと変わらぬ毎日をすごしている。
「千年以上この国を護り続けてきた祓い巫女衆の秘術や椎奈神影流の奥義ですらGEの前では無力でした……。元々の婚約者は同じ祓い巫女衆に所属する人で、その方は別の場所でGEに敗れ、石化から元に戻った後で一族揃ってこの国の何処かに姿を晦ませたそうです」
GEと戦い、一度でも石にその身を変えられた者はGEとの戦いを恐れ、その多くは戦線から離脱するといわれている。その為その元婚約者の行動もそこまで非難される事ではなかったが、祓い巫女衆という組織の中では許されない行為であるのは間違いなかった。
竹中や宮桜姫香凛など、二度も石像に変えられていまだにGEとの戦いから身を引いていない者には、他のAGEや防衛軍などからも相応の敬意も払われている。
「その事が発覚したのはつい二ヶ月ほど前なのですが、当然婚約は解消され私は婚約者がいない状態になりました。祓い巫女衆やその流派の人間は結婚前に鬼や妖の討伐中や事故や病気などで亡くなる方も今まで何人もいたそうで、その為に椎奈家では何人か婚約者候補を決めている事になっていまして、八年前の事になりますがその当時にうちの母と凰樹さんのお母様の間で私達の婚約の取り決めをしたそうです」
予備と言えば言い方は悪いが、それだけの事をしなければならない程に椎奈神影流の家元としての役目は大きいという事が凰樹には理解できた。
しかし、その状態でも幾つか効かなければいけない事がある。
「その話を受ける受けないの前に、俺は長男で弟はいないから婿養子は聞けん相談だぞ」
「その事ですが、私には三歳年下の翠という妹がいますので、椎奈神影流は妹が婿を取って継ぐことになっています」
「家元継承権を持つ長女を嫁に出すって……、ちょっとそれ酷くない?」
姉である香凛がこのままうまく凰樹と結ばれた場合はそのまま嫁に行き、自分が宮桜姫家の跡取りとして婿を取ることが確実な鈴音がその点を指摘した。
姉の香凛の様に恋に猪突猛進で完全に盲目な状態まで凰樹に惚れ込んでいるならともかく、家の都合で家から半ば追い出される形で嫁に出される事については一言位何かあってもいいのではないかと思ったからだ。
「椎奈神影流家元継承者の地位から降ろされたのは結構ショックだったのは確かかな。でも、夏のBBQの時とか、何度か凰樹さんと話す機会があったから素敵な人だなってのは分かってるわ。お母様から話を聞いた時、凄い武勲をあげてるって聞いてはいたし実際に会うまではどんな人か不安でしたけど」
「あの時の反応はそういう事だったんだ……」
「ず~っと凰樹さんの事みてたもんね~」
「世界最強のレジェンドランカーと大和撫子な椎奈さん。付き合うなら絵になる二人だよね~」
成長期の凰樹の身長は百八十三センチで椎奈の身長は百六十七センチ。
中学三年女子にしては椎奈の身長は少し高いが、かなり長身な凰樹と並ぶとかなり絵になる二人だった。
周りは勝手に盛り上がって騒いでいたが、凰樹には椎奈に聞かなければいけない事と、伝えなければいけない事が幾つか残されている。
「疑問はまだあるんだが、なぜうちの家なんだ? 祓い巫女衆とかの家系とも違うし、うちが何かの流派だって話は聞いていないぞ」
「凰樹さんはどっちかというと、新しい流派の始祖って可能性はあるよね……」
「特殊小太刀穿空天斬片手にGEを斬り倒す英雄、同じAGEやってるとあんな事出来るのが信じられないけどね」
他の部員の言う様に新しい流派の始祖という可能性は捨てきれなかったが、他の誰かが同じ真似をしても同じだけの成果をあげられるとは到底考えられない。
実際に同じ特殊小太刀を使った場合でも既に威力などには天と地ほどの差があり、神穿波や神聖な十の剣に至っては他の誰にも同じ事など出来はしなかった。
「凰樹さんのお母様がうちの流派の遠戚でして……、それにお姉さんとも少し……」
「遠戚、それに姉さん関係か……」
「はい、あの……」
「姉さんの事で色々ある事は知ってる。これでも一人になって長いからな。色々な手続きで戸籍謄本にも目を通すさ。血が繋がっていようといまいと姉さんは姉さん、母さんと同じ様に助け出す事に変わりはない」
凰樹輝の姉である絢音は本当の両親がGEに襲われて石と化した為に、元に戻るまでの間として凰樹家で預かる事になっていただけだった。
しかし、石化から十年経過し、元に戻れない事が確定した為に正式に凰樹家の養女として迎え入れられ、そして義母である奏と共にGEに襲われてその身を石に変えて現在に至る。
姉である絢音は自分が養女である事を知らないが、輝の事は実の弟と信じているにも拘らず重度のブラコンである事は間違いなかった。
「知ってらしたんですね」
「ああ。それとすまないが、今まで俺に本気で好意を寄せて来た人には全員伝えて来たんだが、母さんを助け出すまでそう言った事に対する答えは保留させて貰っている」
「何故……かを聞いてもよろしいですか?」
凰樹は一瞬躊躇した。
ここでその事について話すべきであるか悩んだが、答えを保留し続けている香凛や椎奈に応える為、内に秘めていた疑問や問題を話す決心をした。
「いいだろう。きっかけは最初に環状石を破壊した時だ。その後、高速移動の能力が上がり、神穿波を放てるようになって確信した。俺の身体はどう考えても普通じゃない。既に人外であり、人である事すら怪しい状況だ。もしこの力が異常な物であるとしたら切っ掛けは何なのか、この力は一体何なのか、今は故郷で石と化している母さんが何かその秘密を知っているんじゃないかと思ってその答えを聞くまで……、どうした?」
「いえ、随分と、その……」
「気が付いたのってその時点でなのかな~って思っちゃったから」
そこで話を聞いていた者全員が心の中で、『いや、その遥か前からおかしいよね?』『大型GEをあの旧式の特殊マチェットで倒せる時点で気が付きませんか?』『気が付くの遅くない?』などと考えていたがあえて口には出さなかった。
凰樹が百メートルを六秒程で走れるようになったのは中学時代から変わっておらず、体育の授業などではその異常な能力をいかんなく発揮し、数々の記録を残しているがその全ては非公式記録として登録されている。
瀬野も似たような記録を出していた為に永遠見台付属中学内部に異常者が数名いる事は確認されていたが、この時点ではそこまで問題視されておらず他の生徒と共に体育の授業などを受けさせて貰えていた。
現在ではその事自体が既にありえない措置だが、普通に考えてもマッハで走る人間を同じグラウンドで活動させようとは思わないだろう。
「俺が人であれば問題無い。その時は今まで好意を寄せてくれた人と真摯に向き合い、保留しているその答えを伝えようと思う。しかしだ、もし仮に俺が人でない場合はどう思う?」
「今と変わらない気がするんだけど」
「他の人も同じ事をこたえると思うんだけど、凰樹君がもし人じゃないって事になっても凰樹君に対する気持ちは変わらないよ? それで拒絶する位なら多分好きになっていないと思う」
荒城や竹中辺りがこんな事を聞いたら、その程度しか信頼されていなかったのかと、かなり本気で怒った事だろう。
もし仮に凰樹が人を超え、人でなくなったとしても、それでも共に人生を歩みたいと願う者しか周りにはいないのだから。
「半人半神の存在。椎奈家に残されている古の伝承に【人の身であり、神と化し神を超えたる者、魔を祓い人の世を救う】という言い伝えがあります。GEにここまで人類が滅亡の淵に立たされたにも拘らずですが、今までそんな人は現れませんでした。もしかすると……」
「よしてくれ。俺はまだ人間辞めちゃいないさ」
「「「「「「「「え?」」」」」」」」
見事に声がハモったが、そこに居る全員が『人間辞めてないけど百メートルを三秒で走れるんだ……』『今の瞬間、人類は随分進化した気がするよ』『へ~、人間ってすごいな~?』などと、頭の中で考えていたという。
いまだにアメリカでの赤竜種型W・T・F討伐の映像が出回っていない為に凰樹がマッハを超えて動ける事はそこまで知られていないが、もし仮に鈴音たちにそれを知られれば「どこまでが人間?」と聞かれかねない勢いだろう。
「つまらん拘りかもしれないが、好意を寄せてくれてる人に返事をするには、その辺りをキッチリ問い質した後にしたいんだ」
「分かりました。お母様にはそう伝えておきますが、婚約者の件はその時まで現状維持でお願いいたします」
「そこは引けないという事か。分かった、今月の中旬には確実にあのレベル四環状石は破壊する。その後話し合うとしようじゃないか」
凰樹は一旦そう締めくくったが、この状況に穏やかでなかったのは香凛だった。
椎奈と香凛は主にその胸部に圧倒的な戦力差があり、このまま成長を続ければ椎奈の胸は竹中はおろかクリスティーナクラスにまで成長する可能性まであり得る。
その上、大人しそうに見えてキッチリと心の中に芯があり、見目麗しい椎奈をみつめ『年下でここまで可愛いなんて強力なライバル出現ね』と、嫉妬に近い炎を心の中で燃やしていた。
永遠見台付属中学の文化祭デートと言う香凛の一日は、新たなライバル出現という波乱含みで幕を閉じた。
読んで頂きましてありがとうございます。
誤字報告、評価、ブクマなどありがとうございます。




