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ランカーズエイジ  作者: 朝倉牧師
ランカーズ編
9/98

学食戦争 二話

 あからさまなアピールに対する凰樹の態度には、ちょっとした理由があります。

 凰樹は神坂がいうような完全な朴念仁ではありません。

 楽しんで頂ければ幸いです。



 六月二十一日、火曜日。


 午後零時五十三分。


 この日の授業は三~四時間目を使った合同の体育で、一年A組からD組までの四クラスが運動場に集まり、こんな時期にも拘らず校外を走る長距離走(マラソン)を行っていた。


 通常、持久走や長距離走などの競技は涼しくなる秋から冬にかけて行われる事が多いのだが、あまり遠くまで生徒を走らせるとGEと遭遇したりする危険性があり、現場に急行する為の道路状況などが考慮されてこんな時期が選ばれている。 


「火曜だけは、AGE登録者の独壇場だな」


「まあ、学校に戻った者から昼休憩なんて規則(きまり)が無けりゃ、誰も本気で走りゃしないだろうし……」


 学食には既に長距離走(マラソン)を終えたAGE登録者が顔をだし、まだガラガラな学食の席で思い思い好きなメニューに舌鼓を打っていた。


 まだ時間に余裕がある為にいつもは戦場さながらな食券販売機の前には生徒の列は無く、長距離走(マラソン)を終え制服に着替えた生徒がゆっくりとメニューを選び、普段は注文できない様なC定食やスペシャルトンカツ定食を注文していた。


 凰樹や神坂などは三十分以上前に学校に戻り、既に着替え終わって食堂で昼食を食べ始めていた。


 窪内もあんな体型でありながら二十分前には学校に戻り、既に特盛のカツ丼を半分以上食べ終わっている。


霧養(むかい)の奴は、部活の時に走り込みをやらせた方が良いかも知れないな」


「まさかあんなに遅いとは思いもしまへんでした。わてより遅いって、どういう事でっしゃろ?」


 AGEに登録して長い間活動している、凰樹、神坂、窪内の三人は、作戦行動時にかなりの距離を走っている為に他の生徒より格段に身体が鍛えられている。


 特に凰樹は人外の速度で走れるために本気で走れば他の生徒の半分以下の時間で完走できるのだが、無駄に体力を消費したくない為に神坂達に合わせた速度で走っている。


 窪内も巨体のその殆どが筋肉と言われ、見た目以上に身体が重いのはその為であると付き合いの長い凰樹や神坂は理解していた。


「毎朝、走ってるみたいなのにな」


「あれは自発的とは言いにくい上、距離も大した事は無いだろう」


 朝が比較的弱い霧養は、遅刻寸前に教室に飛び込んで来る事も多い。


 ただ、凰樹が徒歩で二十分ほどの距離を、全力疾走で十五分近くかかるというのは少しばかり問題と思われた。


「陸上部が勧誘に来る(おまえ)と違って、霧養(あいつ)は少しばかり遅いだけだ」


「AGEで山岳戦始めたら、霧養はんもすこしは鍛えられるっしょ。ま、山や森とかであまりGEと戦いとうは無いでんがな」


「障害物が多いと、GE(やつら)の方が有利だからな。住宅地も戦いやすい場所じゃないけど」


 飛行能力を持つGEも居れば、物陰に潜んでアンブッシュを仕掛けてくるGEまでいる。


 今は特殊ゴーグルのレーダーシステムがあるが、それが開発されるまではほんの少しの油断でGEに取り囲まれ全滅する部隊すら存在した。


「このまま近くの拠点晶(ベース)を破壊し続けたら、そのうち山岳戦に突入する(そうなる)だろう。それとも、隣接地区を狙うか?」


「隣接地区は道が狭く(せもう)て、車での移動も大変でんな」


「退路は確保したいし、逃げにくい場所は何処も敬遠されがちだからな……」


「お、霧養(あいつ)が戻って来たぞ」


「四クラスの男子生徒五十七人中、三十位か。A~D組にはAGE登録者も多いし、健闘した方だ」


「殆どのメンツがうちの入部試験に落ちた奴ばかりだけどな」


「仕方ないっしょ。足引っ張られるくらいなら、少人数で動いとった方が()()でっから」


 何度も窮地を切り抜けてきた凰樹達は、隊員の審査にはかなり厳しい。


 調子ノリの隊員一人の行動で、部隊が窮地に立たされる事態が珍しくないからだ。


 AGEに登録したての者はその傾向が特に強く、「この街で暮らす彼女を守る為に、俺はAGE隊員になったんだ!」などとのたまう輩は片っ端からお断りしていた。


「そういえば、【ゲート研究部】からなんか資料が届いてまっせ」


「ああ、それか。この地区のGEの種類と撃破状況などを調べて貰ってたんだ。あそこはかなり長い間、そういった情報を集めていたらしい」


 凰樹は所持していたB定食の特別食券(B定特券)を三十枚もゲート研究部に差し出していた。


 流石にセミランカー用のS特券は使用しなかったが、このB定食の特別食券(B定特券)は、ここ数カ月で破壊した拠点晶(ベース)特別報酬(功労賞)として貰った物だ。


 本来、ゲート研究部などの支援系の部にはGE対策部に協力する義務があるが、少しでも早く情報が欲しかった凰樹がB定特券(袖の下)を使ってゲート研究部員のやる気を引き出していた。


中型(ミドルタイプ)GEの撃破数と撃破日は重要でっから。うちは(おう)さんもいますし、高純度の特殊弾まで用意しとりまっが、普通の部隊だとそうはいきまへんからな」


「予算不足で純度の低い特殊弾(安物)や、裏ルート製の特殊弾(粗悪品)を使って中型(ミドルタイプ)GEにトドメが刺せず、手こずってるうちに小型(ライトタイプ)GEに囲まれてましたって部隊もある。中型(ミドルタイプ)GE一匹で全滅なんて事は無いけど、数人犠牲者が出る場合もあるしな」


「かといって(おまえ)の真似をして特殊マチェットや特殊ナイフに手を出して、白兵戦なんて真似はしたくないだろう? そういえば抜刀隊って部隊も居たか?」


「凰さんの真似して、特殊マチェットや特殊ナイフ片手に拠点晶(ベース)破壊に手を出した部隊でんな。作戦実行したその日に全滅って聞いとりまっせ」


特殊マチェット(アレ)の扱いは難しいからな、まともに使うには最低五年はかかる」


 この時、四時間目の授業が終わるチャイムが鳴り響き、学食に繋がる廊下からまるで地響きの様な音と振動が伝わってくる。


「急げ!! また昼飯食い損ねるぞ!!」


「お前邪魔だ!! 走るのが遅すぎンだよ!!」


 数分早く授業が終わった生徒達がまず食券販売機の前に飛びつき、僅か数秒で最初から決めていたメニューのボタンを押していた。


「ちょっと押さないで……、きゃぁぁっ、今胸に触ったでしょ?」


「肘が当たっただけだ。今はそんな事言ってる暇は……」


「B定、B定、B定、B定!!!!」


「一点狙いはやめろ!! 売切れてたらどうすんだよ!!」


 食券販売機の前であまり長く考えるのは良くないとされており、生徒は廊下を疾走する間や、昼休憩に入る前から卿注文するメニューを第三候補位まで決め、そのメニューが残っている事とを祈りながら食券販売機に続く列に並んでいた。


「B定もう売り切れかよ!!」


「丼物もほぼ全滅だ。今日は一年が体育だから……」


「今年は4時間目に体育があるの、あそこだけなんだよな。羨ましい……」


「あまりにも遅い生徒とかいると先生も大変だからな。三年の鈍子(どんこ)なんて二年の時の長距離走(マラソン)で5時間目直前に帰ってきたって伝説が……」


「ああ、あれの所為(せい)で、今年の三年は一~二時間目か二~三時間目に体育が振り分けられたんだよな……」


 食券の残数や、売切れ情報などは生徒の悲鳴や叫びによって食券販売機の列に並んでいる生徒に伝わる事が多い。


 中にはわざと偽情報を流す生徒もいるが、あまりやり過ぎると列から叩き出され、顔を覚えられると食堂の利用すら難しくなる。


「そんな、もうB定が売り切れなんて……」


「だから一点狙いはやめろと……。B定特券(コレ)使えよ……」


「いいの?! ありがとう!!」


 好意を寄せる女生徒へ、とっておきの特券を差し出す男子生徒も珍しくはない。


 特に女生徒に対してはB定食の特別食券(B定特券)ケーキS定食特別食券(ケーキ定特券)は効果が絶大と言われていた。


「あいつ、ゲート研究部の……」


「入手したB定特券(アレ)を早速活用してるな」


「あ、霧養はんも来よりましたわ。特券専用の注文口に向かってまんな」


「この時間なら仕方ないだろう。さて、食べ終わって席を占領しておくのも忍びないし、マナー違反だ」


「そうでんな。行きましょか」


 遅れて食堂に辿り着いた霧養は初めからテーブル席などには見向きもせず、壁際にずらりと設置されたカウンター型の席に腰を下ろした。


 比較的広い学食ではあるがテーブル席の数を抑えてカウンター型の席を増やす事で、ひとりでも多くの生徒が学食で食べられるように考慮されていた。


 また、弁当や購買で購入したパンなどを学食に持ち込む事はタブーとされ、入学後ひと月ほどの新入生でなければそんな行為に及ぶ事は無かった。



◇◇◇



「最近、部内での交流が少ないと思わない?」


 放課後、GE対策部の部室で楠木(くすのき)夕菜(ゆうな)がそんな事を言い出した。


「毎日放課後、こうして顔を会わせてる上に、毎週日曜日は作戦行動で時間を共にしているだろう?」


「そうっスね。先週の遺棄物回収(はいひんかいしゅう)なんかは、ピクニックみたいだったっスから」


「ピクニックと言うには最後に一波乱あっただろうが。中型(ミドルタイプ)GE、それもFの群れに追いかけられるなんて、そうそう無い体験だぞ」


 凰樹(おうき)霧養(むかい)神坂(かみざか)の順でそう答えたが、楠木が密かに抱いている感情に気が付いている神坂だけは、その言葉の裏にある真意に気が付いていた。


「そうじゃなくて、たまには皆でお昼とか食べたりしない? 学食組の皆には私がおかずとかおにぎりを用意するし」


「いいですね~。それじゃあ、私も……」


聖華(せいか)はデザートのクッキーかマードレーヌあたりをお願いね」


「そうでんな、聖華(せいか)ちゃんがクッキーを作ってきてくれるなら、わてがおかずを何品か引き受けましょ」


 本当はひとりでおかずを用意したい楠木だったが、そうすると伊藤辺りが気を利かせて「やっぱり私も二品ほど用意しました~」とか言いながら、健康的なオカズ(激苦青汁入り肉団子)などを用意しそうな為、妥協してそれ以上口出ししようとはしなかった。


「俺は飲み物を用意しよう。ペットボトルのお茶とジュースでいいか?」


「ああ、それで頼む。今回は楠木達に任せて、次回は俺達が何か用意するか」


「そうっスね。あ、この前の缶詰を使った料理とか?」


「それいいな。牛肉の甘露煮の缶詰とか、コンビーフとか()()()()()()()()()()()()、美味しく食べられるし」


 次を考え、伊藤対策に色々釘を刺しておく事を忘れない。


 コンビニ名物見切り処分ワゴンに匹敵するおかずを食べながら、楽しい昼休憩など考えられないからだが……。



◇◇◇


 

 六月二十三日、木曜日。午後一時七分。


 この日の食券戦争と呼ばれる毎日食堂で繰り広げられる食券販売機前の攻防は人気メニューの売り切れと共に一段落し、戦いに敗れた者はコンビニで売ってるレトルトの方がマシと言われる殆ど具の入っていないカレーや、値段の割に量が少ないコロッケ定食など、比較的人気の無いメニューで妥協するか、僅かな望みにかけて校外へと食料を求めた。


 半額セール中は定食が飛ぶように売れるが、それ以外の日は一食五百円近くかかるスペシャル系の定食は少しばかり人気が無く、一時を過ぎて外に出る位ならと奮発して注文する生徒の手によりスペシャル系の定食が売切れた時点で食堂での戦いは終りを告げる。


 この日、GE対策部の部室では楠木と窪内が用意してきたおにぎりやおかずの詰まったタッパなどを囲んで昼食会が開かれていた。


 メニューは、定番の鶏の唐揚げ、春巻き、タコさんウインナーなどの茶色い人気メニューから、彩りを考えられたホウレンソウの炒め物やプチトマトなども添えられていた。


「鶏カラ美味しいっスね。こっちのウズラの卵とウインナーの串カツ風のも……」


(たつ)の春巻も美味いけど、楠木のアスパラのベーコン巻も美味いな」


「アスパラってこの前の遺棄物回収(はいひんかいしゅう)の戦利品には無かったし、新しく買い足したのか?」


 割と食に無頓着な凰樹や神坂などは、戦場ランチなどと呼ばれる少し大味なワンプレートのレーションでも美味しく頂ける程度の舌だから、アスパラガスの細かい違いになど気が付かない。


 最近は週末の作戦行動中に、窪内や楠木の弁当などの差し入れを食べている為に少しは舌が肥えたが……。


「缶詰のアスパラガスは白いでしょ? 緑色のアスパラガスは八百屋さんで買うんだよ~」


「八百屋なんて学生は殆ど近づかないだろう? 最近は野菜が高いからな……」


「菜物やプチトマトなんかは野菜生産工場で何とかなるけど、他の野菜は食糧生産地区でしか育てられないからね……」


 GEに支配されている地区では当然農業など成り立たない。


 食糧生産工場で栽培されているホウレンソウなどの菜物やプチトマトなどと違い、屋内のプラントなどで育てにくい野菜類は豚肉や鶏肉より高かったりする。


「遠慮せずにどんどん食べてね。輝、どう、おいしい?」


「ああ、この鶏のから揚げも下味が良く付いてて美味いな。少し前までは鶏カラなんてどれも同じだと思ってたんだが」


「凰さんはもう少し、食事に気いつこうた方がええんとちゃいまっか?」


「色々余裕が出来たらそうするさ」


「ごちそうさま。それじゃあ、また放課後に」


 無口な竹中は一足先に食べ終わり、ひとりで教室へと戻っていった。


 小柄な竹中は元々小食ではあったが、最近は特に食が細くなっていた。


「ゆかりん、最近様子がおかしくありまへんか?」


「AGEに登録してる人間は何かしら抱えてるもんさ。力になれる事もあるが、なれない事も多いしな……」


 竹中が抱えている事情を知る凰樹は出来れば力になりたいと思っていたが、抱えている問題が現状では個人の力でどうにかなる物で無い事も良く理解している。


 今の竹中には、過ぎてゆく時間がまるで重石の様に心と身体に圧し掛かっている事位は理解していた。


 先日の遺棄物回収(はいひんかいしゅう)の時、既に二か月と言っていた制限時間(タイムリミット)


 あれから一週間近く経っているから、もう残された時間は一か月と少ししか残されてい無い筈だった。


 防衛軍による奪還作戦に組み込まれていないゲート(レベル二)で石に変えられている誰かを助ける方法はただ一つ。


 AGEなど独自の部隊を引き連れ、少人数での環状石(GATE)への突入、および要石(コア・クリスタル)の破壊。


 それがどれ程現実離れした目標、手が届く筈も無い妄想であるかは骨身に浸みて分かっていた。





 読んで頂きましてありがとうございます。

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