ランカーズの文化祭準備
文化祭の準備の話等です。
楽しんで頂ければ幸いです。
九月二十一日、午後三時四十分。
GE対策部の部室ではGE対策部での文化祭の出し物と、一年特別A組の出し物について話し合いを行っていた。
とはいえ、クリスティーナを含めて僅かに十人だけでは大掛かりな出し物をするには人手が足りな過ぎで、GE対策部とクラスで二つの出し物という事は諦めざるを得なかった。
「この人数で二ヶ所の出し物は不可能だな」
「そうでんな。実際には映像流すだけやけど、客の入れ替えや対応は結構手間でっせ」
「そうっスね。ここの人員はクリスちゃん入れても十人っス」
「OK!! 私、輝とすごさない時はここで店番をしてま~す」
「……男性客が異常に増えそうだな」
一番多いのは凰樹目当ての客だろうと予想できるが、他のメンバーの人気も十分に高い。
特にフリーと思われている神坂、霧養の両名は恋人志望の女性客も多いと予測され、その対応にもひと苦労する事だろう。
最近では相手が凰樹の場合は流石に高嶺の花というかあまりの身分の違いに身構えて遠巻きに見ているだけの女性が多く、凰樹がサービスして軽く手を振るだけで失神する女性まで出る始末だった。
「映像を流す場所はこの教室を使用しようと思う。隣に警備員もいるし万が一の事態には対応しやすい」
「そうでんな。部室の倉庫は調理部も出入りするみたいでっから、その方がええんちゃいまっか?」
現状大型冷蔵庫のひとつと冷凍庫は調理部に占拠されているような状態で、そのお礼と称して度々試作品のケーキやプリンなどが部室に届けられている為に女性陣は歓迎すらしていた。
男性陣用にもお菓子系や移動式の石釜で焼かれたピザなどを届けるという気の使いようで、凰樹を初め神坂達もその差し入れを食べて舌鼓を打っている。
「こうやって色々持って来てくれるさかい、アレも悪くない取引でんな」
「調理部の腕も凄いが、ちゃんとこういったお礼を用意する所も流石だ」
当然この行為は部長の夜篠碧依の指示だが、鹿波美雪も毎回様々な料理を用意するという念の入りようだった。
先日以来、食材の仕入れの殆どを凰樹に頼むようになった調理部の部員たちは、この最高で最強の仕入れルートを卒業まで確保したいがためにありとあらゆる手段を用いて凰樹を籠絡しようとしていた。
「警備の件は一応だが、防衛軍の兵士と守備隊の隊員が何人か手伝いに来るそうだ。名目は環状石崇拝教対策だが、出し物の手伝いもしてくれるらしい」
「そりゃ助かるな。環状石崇拝教対策は入場受付でもするそうだし、学校の周辺も見張りを立てるらしいから安心だな」
「警備計画には瀬野も一枚噛んでるそうだから問題はないだろうな。まあ、別の問題を起こしそうではあるが」
瀬野が文化祭に何か騒ぎを起こそうとしているのは間違いない。
人力飛行機は去年やったので他の出し物だとは思うが、大掛かりな何かを準備している事は疑いようも無かった。
「で、宮桜姫は大丈夫なのか?」
「あきら♪ 香凛はカラオケ勝負に負けてからず~っとこうなんだよ~」
「なるほど……。俺が聴いてもクリスは本物のガンナーガールズと間違えそうな位上手いからな」
神坂は納得といった表情で頷いたが、それを女性陣は見逃さなかった。
「なんで神坂君がクリスの歌のこと知ってるんですか?」
「ああ、俺と霧養達でクリスをカラオケ屋に連れて行ったからな。あれだけ上手いなら文化祭の熱唱イベントで飛び入り参加しても優勝できるぞ」
熱唱イベントは軽音楽部が土日に体育館で行うイベントのひとつで、飛び入り参加も含めて十人程で競い合わせて優勝者には食券などの商品が手渡される事になっている。
ランカーズのメンバーには食券など既に無用の長物だが、AGE登録していない一般生徒はまだまだ懐具合が寂しく各種の食券はいまだに重宝されていた。
「……クリスがあの機械に対応してた訳はそれですか」
「フェアな勝負という事だ、蒼雲を咎めるのはお門違いんだぞ」
「それはそうですが……」
涙目の宮桜姫は少しだけ顔をあげて、「凰樹君は私と文化祭を回りたくないんですか?」と小さな声で問い掛けた。
「誰がどの曜日を選ぶかはまだ知らんが、勝負の結果ならしょうがないだろう?」
「それはそうですけど、私と文化祭を回りたくはないんですか?」
「勝負の結果が出た後で俺がどうこう言うのはそれこそフェアでは無いな。俺がその条件で約束した事だ、今更反故にする事などせんよ」
非情なようだがこれも凰樹なりのけじめのつけ方で、決められたルールで勝負の結果が出た以上は自分の思いを押し殺してでもこういった事に対して誰かに譲歩する事はない。
たとえ敗退したのが荒城や竹中であっても同じ様に突き放した物言いをした事だろう。
「それにだ、俺としてはこの結果で良かったと思ってもいる」
「酷い!! 私と文化祭を回りたくないなら、初めからそういえばいいじゃないですか!!」
「そんな事はひとことも言っていない。冷静になって考えればわかると思うが、この時期に文化祭をするのはうちの高校だけじゃないだろう」
十月に文化祭を行う高校は多いし、永遠見台高校の付属である永遠見台付属中学もほぼ同じ日程で文化祭などの学校行事を行っている。
ただ、家族などの訪問などを考慮されて同じ日という事はせずに、文化祭や体育祭などは大体一週間から二週間ずらして開催される事が多い。
「もしかして付属?」
「ああ、永遠見台付属中学。あそこにもレジェンドランカーがいるし環状石崇拝教対策で入場もうち以上に制限されているらしいが、身内なら入場券を入手しやすいだろう」
「付属の文化祭はうちの一週間前の三日間。一般開放日は最終日だけ」
「宮桜姫以外が負けた場合でも何とかする予定だったが、チケットの入手で苦労する手間は省けた」
凰樹であれば顔パスで入場できる可能性は高いが、その際には変装を解かないといけない為に一層の混雑が予想され、入場を別の意味で断られる可能性もあった。
一緒に行くのが宮桜姫であれば家族用の入場券を使って入場する事が可能で、その際にはあまりチェックが行われていないので変装を解く必要も無い。
「ご…ごめんなさい、私、酷い事を言って……」
「構わんさ。更に言えばだ、部の店番や来客の対応が必要なうちの文化祭と違って付属の方には完全にゲストとして参加できる。時間的な余裕も付属の方が多い」
「……あきらを誘うならあっちが正解だった?」
「迂闊でしたわ。そこまでは気が付きませんでした」
永遠見台高校の文化祭ではGE対策部の部長という立場からも一般開放日では無い二日間であっても長時間部室を開ける事は出来ない。
自由時間は精々一時間で、時間的な余裕は完全フリーの永遠見台付属中学での文化祭とは比べものにならない事は確実だった。
「最善手。何事も目先の勝負だけにとらわれると大局を見失う。何が一番良い手段なのかは、色々と手を尽くして思案した後に決める事だ」
「そう…だね」
「凰さんらしいっちゃらしい幕引きでんな。最初からその話をしない事も含めてやけど」
「輝はああ見えて割とそこを考えてるさ。フェアな勝負にしなけりゃ勝負自体を無効としただろうしな」
「それで神坂君は色々してたんですね。ごめんなさい、神坂君の事も色々誤解してました」
神坂の真の目的はフェアに勝負させる為という名目の元にカラオケボックスの狭い室内でクリスティーナ大きな胸を見放題という事と、本物と間違えそうな位な歌を聴き放題という天国のような状況を堪能したかったという事実には女性陣全員が気が付いていない。
誤解のしようの無い程にアイドルと巨乳に目が無い好色一代男で遊び人の神坂。
こんな性格でも無ければ凰樹と長い間戦友として活動する事など不可能ではあるが……。
「文化祭のどの曜日に誰と回るのか、事前に教えておいてくれると助かる。瀬野辺りが起こした騒動に駆り出されないとも限らないので、そっちにも対応する必要があるしな」
「何をするつもりなんでしょうか?」
「大量の網や丸太などを用意していたので、何処かにアスレチックランドを作る事は間違いない。それが屋内か屋外かで大きく状況は変わるが……」
瀬野ならば何処かの廊下を封鎖した上で教室を占拠し、そこにアスレチックランドのコースを再現する位の事はやる。
大がかりな仕掛けでも奴の手下を使えば、文化祭の前日から準備したとしても当日に間に合わせるだろう。
「それ……、生徒会と文化祭実行委員に通報したほうがいいんじゃないですか?」
「あそこもそれ位警戒している。まあ、その程度であればいいんだが」
アスレチックランドの建設自体がダミーで、他に大掛かりな仕掛けを用意している可能性も捨てがたい。
食と行楽というテーマから外れず、そして面白おかしく文化祭を盛り上げる事の出来る悪戯。
それを両立させる事こそ瀬野の狙いである事を見抜いてはいたが、それが何かまでは流石に凰樹であっても予測不可能だった。
◇◇◇
「そういえば~。私も食ってテーマで新作の特製ドリンクを用意してみました♪」
「せ…聖華はんのでっか?」
「今日はあまり体調が良くないんだが……」
「それは好都合です。今回のドリンクは体調が悪い人にも丁度良いんですよ~」
自ら墓穴を掘った神坂は紙コップに注がれていくややとろみのあるドリンクを見つめ、顔を蒼くし始めていた。
以前の事だが、神坂は同じ様なとろみのある特製ドリンクを口にした事はあるが、その特製ドリンクにはオクラや山芋と言ったモノまで混ぜ込んであり、そのとろみ故に口の中に何時までもその地獄の様な味が残り続けたからだ。
ブラックのコーヒーや味の濃い目な炭酸飲料などを大量に飲み下して何とか口からその味を洗い流す事は出来たが、その一件は神坂の心にいまだにトラウマとなって残り続けている。
「まったく……、俺が先に貰おうか」
「はい、輝さんどうぞ」
紙コップに注がれた特製ドリンクを凰樹が口に運んだ瞬間、全身から漏れ出していた光の粒子の量が倍増し、まるで戦闘時の様に身体の周りを蔽い始めていた。
「なるほど……、今回はそういうコンセプトか。研究熱心だな」
「はい。流石は輝さん。このドリンクの事もすぐ見抜いちゃいましたか」
伊藤はいつもよりも顔を崩して微笑み、優しいまなざしを凰樹に向けていた。
「蒼雲、お前も飲んでみろ。警戒なんてせずにな」
「だ……大丈夫なのか? …………ん? 普通に、いやかなり美味しいな。フルーツのピューレっぽいジュースだけど」
「ホントっスか? 俺もいっぱい欲しいっス」
神坂の一言がきっかけとなり、霧養、窪内、楠木などが次々とそのジュースに手を伸ばし、そしてその味に驚いていた。
「これっ!! いつもの特製ジュースとは別物だよ!!」
「美味しい。それに身体になんだか力が湧いてくるみたい」
「以前の特製ドリンクは生命力が少しでも回復できればと思って作られていた事は間違いない。回復剤の入手が難しかった時代に伊藤が苦心して作りだしたモノだろう。今回のこれはおそらく氣を回復させる為の特製ドリンクだ。その為に以前の様な味にする必要が無かっただけだろうな」
飲んだ瞬間今まで制御できていた氣が一気に体外に放出されたので、凰樹はそう判断したが間違いではなかったようだ。
「やっぱり輝さんは気が付いていてくれたんですね」
「利用させては貰っていたが、あの味でなければ生命力の回復効果が無かったのだろう? どうにかして甘みでカバーしたり飲みやすくする工夫はあちこちにしてあったが」
「そう……だったんだ。聖華、ごめんね」
「ううん、いいよ。輝さん以外はみんな気が付いてなかったし、あまりおいしくないのも分かってたから~」
伊藤も好きで特製ドリンクやおかずなどをあんな味にしていた訳では無い。
特製ドリンクの中には生命力の回復効果を持つ様々なスパイスや薬草などが混ぜられており、その匂いや味を少しでも中和する為にはああいった味付けにせざるを得なかっただけだ。
ほんの少しだけしか生命力を回復しないが、それでもその僅かな量に希望を託して仲間が無事帰還して欲しいという優しい伊藤の想いを理解できたのは、凰樹ただ一人だった。
「昔は生命力回復剤の副作用も酷かったし、使った後は結構最悪だったからな。今は回復剤の改良も進んでいるが、入手は相変わらず困難なままだし」
凰樹の言う通り、生命力回復剤で回復した後には、二日酔いより酷い嘔気や頭痛など様々な副作用に悩む事となる。
ランカー用の生命力回復剤は戦場に少しでも早く復帰させる為にそういった副作用を抑えるように作れてはいるが、一般的な生命力回復剤はいまだにその酷い副作用に見舞われるような仕様になっていた。
より効果的な新薬が開発されると旧薬は下のランク用の回復剤として回される事は多いが、副作用の酷い薬からリストから外されるため、その事に詳しいAGEの中には副作用が酷いが回復量の多い薬を求める者も一定数存在している。
「生命力回復に必要な薬草類が基本苦かったりえぐみが強い物が多いから仕方ないんだろう。それを理解すれば、伊藤のあのドリンクに文句を言う理由は無い」
「輝さんだけは飲んでいてくれました。あの味が平気って訳じゃないとは思っていましたが」
「一人になった日から自分の稼ぎだけで暮らしてきたからな。食い物や飲み物に文句は言わんさ。まあ、確かに少々飲み難くはあったが」
「そんなレベルちゃうやろ」
「ごくたまに飲めない事も無かったっスけど」
「飲みやすいのは少しスパイスとか減らしてた時だね~。効果が殆ど無くなるから意味が無いからやめちゃったけど」
飲みやすくすれば効果が減少し、スパイスや薬草を増量した飲み難い物でもそこまで効果は上がらない。
その辺りに見極めが難しく、飲みやすくて効果がそこそこあるモノを作る事は容易では無かった。
氣回復用のドリンクは果物などを主体とする為に結果としてミックスジュースかピューレのような形状で仕上がる為、伊藤の調理能力を最大限まで発揮させたものを作る事が出来る。
「それじゃあこれを上映中のドリンクとして売っても良いかな? 原価が高いから一杯五百円近くなっちゃうけど」
「値段が値段やし、限定販売で許可貰ってきまっか」
「そうだな。生徒会の説得は蒼雲に任せる」
「了解。今までの謝罪の意味も含めて、全力で対応させて貰うさ」
こうして伊藤の特製ドリンクが文化祭で発売される事に決まったが、殆どの生徒は飲みやすくなった~というフレーズを信じる事は無く、購入者は外部からの来客に絞られる事となった。
読んで頂きましてありがとうございます。
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