首都ワシントンD.C.
祝勝会などの話になります。
楽しんで頂ければ幸いです。
九月九日、午後八時三十分。
祝勝会を兼ねた晩餐会はワシントンD.C.に建設されたホテルで行われた。
当初参加を予定していた人物の多くは復帰した五百万人という民間人の対応に追われており、アメリカ副大統領のフォルクマール・ベーレンドルフ、国防省長官デーヴィッド・アトキンソンを初めとする僅かな閣僚とハリウッドスターや凰樹に顔を売りたい企業のトップや重役のみが参加していた。
ハリウッドスターと呼ばれているが、ハリウッド自体は現在ではいまだにGEの支配下に置かれており、多くの映画俳優もその時の襲撃で犠牲になっている。
ハリウッドの奪還はアメリカ人の悲願でもあるが、ハリウッドを含めたその周囲の廃棄地区を支配する環状石のレベルが六である為に、いまだに手が出せない状態だった。
周囲の拠点晶を全て破壊する孤立化作戦を使った場合でもレベル六以上の環状石を破壊可能な者など世界でも日本の特殊機動小隊くらいで、それでも周囲に無数の存在する大量の大型GEを倒さなければいけない。
現行の特殊トイガンのライセンス契約を結んだアメリカであればそのうち数と戦力を揃えて破壊する事は可能と思われたが、氣の成長速度次第ではレベル六の環状石破壊は困難である可能性も十分に考えられた。
副大統領も参加する祝勝会に参加した凰樹の腰には赤竜種型W・T・Fを斬り倒した穿空天斬が下げられていたが、対GE用の武器という事で咎められる事は無かった。
素手でも神穿波が撃てる凰樹がその気になれば、敵対する者は全て排除できるために穿空天斬を身につけている必要はなかったのだが、その小太刀を鞘に収められた状態でも一目見たいという者も多かった為に今回は特別に帯刀が許可されている。
「よくやってくれた。君はアメリカの英雄だよ」
「運良く何とかなる相手だっただけです。幾つか予想外の事もありましたが……」
周りにいた人などは凰樹のその言葉を聞き「赤竜種型W・T・Fが何とかなるレベルの相手なのか?」「わが軍が精鋭も含めた四十万人もの兵を投入して倒せなかった奴だぞ」「たったあれだけの装備で倒しておきながら……」などと、感覚の違いに驚きを隠せなかった。
ここにランカーズの誰かがいれば「考えたら負けでんな」「比べるのが間違いっスね」などと言った事だろう。
「もし仮に我が国の誰かが同じ装備をしても無理だと思うかね?」
「同じレベルで氣を使いこなせる者でしたら」
かなり無茶な前提条件ではあったが、今回討伐した赤竜種型W・T・Fに関して言えば、今の装備をどれだけ強化していても討伐する事は不可能だった。
最低でも神穿波か神聖な十の剣辺りを会得していなければ、致命傷を与える事が出来ないのだから……。
「君のその身体の周りに浮いているのが氣だったかな?」
「はい。少し制御に手間取っていまして……、こうして体の外に見えているのは、余剰分みたいなものです」
その余剰分の小さな光のひとつひとつが一万以上の数値を持つ高出力の氣だと知れば、防衛軍特殊兵装開発部の坂城辺りでもひっくり返るほど驚く事だろう。
この凰樹の氣関係においては流石に規格外すぎて、測定なども含めて付き合いの長い坂城達の手にすら負えない状況だった。
「やはり我が国にいる人間にはあの装備は使いこなせないだろう。特殊弾の光弾化もいまだに出来ない状況だ」
「使い続けていればそのうち光弾化は出来るようになると思いますよ。もう赤竜種型W・T・Fはいない訳ですし、ゆっくりと大型GE辺りを相手にしてなれればいいと思います」
光弾化に必要な氣の数値は最低百。
このレベルであれば使用者の才能次第では数か月以内に達成する事が可能だ。
それ以上となれば余程氣の成長が著しい者か、天才と呼ばれる一部の人間に限られる。
神坂や窪内辺りは十分に天才的な才能の持ち主で、更に言えば霧養クラスになれば人類トータルで考えても稀な部類に入っていた。
これだけの人材が広島第二居住区域や永遠見台高校に集まったのは奇跡としか言いようがないが、凰樹がいなければその天才的な才能を開花させる事も無くGEの手で石像に変わっていたかもしれない……。
「我々は……、人類はGEに勝てると思うかね?」
「勝ちますよ。既にいくつかの国が滅亡して十年以上経つ事もあって全ての国が生き残る事はありませんが、いずれ全ての環状石は地上から姿を消すでしょう」
現在、人類がGEに押されている最大の原因はGEと戦う為の十分な武器が無い事だ。
今の速度で進化すれば数年で脅威と思われている中型GEや大型GEも、もはや脅威と呼べる敵では無くなる筈だ。
そうなれば、地を埋め尽くす小型GEでの圧殺も、大型GEでの無敵の快進撃もただの動く的へと変わっていく。
「君がこのままアメリカに留まってくれれば」
「日本でやらなきゃならない事が幾つも残っていますし、契約期間は三日ですから。約束は守るべきでしょう」
「そうだな。一国の副大統領が口にしていい事では無かった。忘れて貰えるとありがたい」
契約を重視するアメリカだけあって、どんなに苦しい状況であろうとも約束事は必ず守った。
凰樹に留まって欲しいという事も本心からではあるが、国として『三日間の遠征許可』という約束を違える訳にはいかないからだ。
「報酬の百二十億ドルだが、君の口座に振り込めばいいか?」
「その件ですが、その中から五十億ドル分は今回石化から復帰した人や、GEの被害に遭われている方の為に使ってください」
凰樹のその提案に副大統領のフォルクマールだけでなく、周りにいた者も驚きを隠せなかった。
現在の為替で日本円にして五千億円、それをまるで募金箱に小銭でも入れるかのように表情も変えずに申し出たからだが。
「五十億ドルも?」
「そんな大金は個人が持つより、役に立たせる方法もあるでしょうから」
外国為替及び外国貿易法がある為に完全に使えない訳ではないが、正直、凰樹に言わせれば国内で使いにくいドルでの報酬など最初からどうでもよかった。
アメリカ遠征前の話し合いで残った七十億ドルも国と広島第二居住区域に半分ずつ寄付する事にしており、その話を聞いた県知事の黒佐季基成などは「本当にいいんですか?」と何度も確認をしたという。
「それならば、はじめから七十億ドルで依頼を受ければよかったんじゃないか?」
「討伐報酬が七十億ドルでしたら断わっていたでしょう。報酬は報酬、寄付は寄付。やり遂げた事に対する報酬はキッチリと支払われるべきで、それがその先にどんな形で使われるかはその受け取った人が決める事です」
「確かにその通りだ。偉業を成し遂げる者に対する報酬を渋れば、依頼そのものが成立しないだけでは無くもう二度と次も訪れないだろうからな」
今回の百二十億ドルという依頼料は、W・T・Fに襲われている他の国への牽制の意味もある。
安く引き受けてしまえば、「アメリカは助けて、うちの国は助けてくれないのか?」などと言われかねない為、滅亡寸前の国では絶対に支払えないような額を提示しただけだった。
「凰樹君、君と出会えて本当に良かった。いつか人類がGEに勝利した時、再びこうして手を取りあえると信じているよ」
「その時は人類全体でのお祝いでしょう。世界中の国でその日は祝日になるでしょうから」
こうしてアメリカ副大統領のフォルクマールとの非公式な会談は終り、凰樹は用意された料理などを口にしながら、時折握手や記念撮影を求める著名人の対応をしていた。
元ハリウッドスターなども多く混ざっていたが、今では世界的に凰樹の方が有名になり過ぎた為に凰樹の周りに多くの人が殺到している有様だ。
◇◇◇
「凄い人気だな」
「あれだけのお金をポンと寄付するような豪快な人物だ。言い寄る人間が多くても仕方があるまい」
「日本でも二十億ドル以上稼いでいるのだろう?」
「最新の情報では頭角を現した僅か二ヶ月程の期間で五十億ドル以上稼いでるそうだ。今回の赤竜種型W・T・Fを含めて五体のW・T・Fを討伐しているらしい」
「うちの組織が掴んだ情報では、彼一人で一日に環状石を十五も破壊したらしい。何かの冗談だと思っていたが、今回の一件でハッキリとした。彼ならば可能だろうと」
大手企業の重役や様々な組織のトップなど凰樹とコンタクトを取りたい人間はその人垣に紛れて名刺を渡したり握手を求めたりしていた。
ここで顔を売っておかなければ日本に戻られた後では次の機会はないと考えての事だが、渡航すら難しい現状では無理の無い事だった。
「有名な映画監督が何人も声を掛けてるな。彼を題材にした映画でも作る気なんだろうか?」
「彼の場合実際の功績の方が凄すぎて、映画のストーリーとはいえあれ以上話を盛る事など出来はしないさ」
実際、凰樹を映画の素材にした場合、元の功績が凄すぎてそれ以上の話など作りようも無かった。
一般的には日課のように行われている単独での拠点晶破壊が既に常識外の行為であり、凰樹を基準とした場合そこまで不可能ではないと思われている単独での環状石破壊もそうだが、W・T・F討伐に関していえば【あり得ない行為】という事を忘れてはいけない。
映画に出来るとすれば精々ランカーズでの環状石破壊くらいまでで、いっそのことドキュメントかノンフィクション辺りで映画化したほうが良い気までしていた。
「結局名刺だけ渡したみたいですね」
「挨拶が目的だったのだろう」
今後、もし仮に映画化の話が持ち上がった時、面識があるかないかは大きく運命を分ける。
どんな映画に仕上がったとしても凰樹に助けられた人やその家族や友人たちは確実に映画館に足を運ぶ事が予想される為、アメリカ国内だけでもなんの宣伝も無い状態だとしても最低でも一千万人以上の集客が見込めるのだ。
一千万人という数字は現在のアメリカ全国民の三分の一近くという事もあり、その映画の監督という名誉を他の誰かに譲る事など出来る筈も無かった。
「明日はどうされますか?」
「残り時間次第ですが、明後日の帰国までどのくらい時間が残されてますか?」
「出発予定時刻は九月十一日の午前二時ですから……、後三十時間程です」
「あのバイクも届いてますよね?」
「ああ、あれですか。少し変わったオフロードバイクですね」
実際には使われなかったが、赤竜種型W・T・Fの討伐に必要かもしれないという事で氣対応型のオフロードバイクもアメリカに持ち込んである。
あの場所にも運ばれたのだが、赤竜種型W・T・Fとの距離が僅かに一キロ程度だったという事情もあり氣対応型のオフロードバイクは輸送機内にそのまま残されていた。
「日本国内と違って道も広いですし、ツーリングとかも良いかも知れませんね」
「首都であるワシントンD.C.の周辺であってもまだ危険区域が多いですからお気を付け下さい」
「……そうですね」
運良く環状石が出現しなかったホワイトハウス周辺はともかく、周囲には割と多くの環状石が出現していた為にアメリカ軍は居住区域の確保と危険区域のこれ以上の侵食を阻止し続けていた。
殆どはレベル一かレベル二ではあったが、広大な国土には無数の環状石が存在している為に、それらをひとつずつ潰すだけでも大変な労力が必要で、先に工業地帯や食糧生産用の農地の奪還を優先させたためにワシントンD.C.周辺の環状石は放置されていたりもしている。
「首都を取り戻す事も大切だが、人は食わねば生きていけぬし、人間の生活には多くの物が必要だ」とは十年前当時の大統領であるオーソン・チェスタートンの言葉ではあるが、その言葉に多くの者が共感した為に首都周辺の環状石の破壊は最低限に留められ、自動車を初めとする生活必需品の工業地帯や広大な農地が優先的に奪還された。
このため、アメリカでは食料不足などと言う事は殆ど無く、食糧生産力の低い他の州の居住区域であっても国が責任を持って平等に食料の配給などを行った為に日本国内の様な都道府県や各居住区域間での確執などは無く、アメリカ国民が一丸となってGEと戦っていたりもする。
この辺りは流石に自由と平等の国である事を感心させられるが、日本式の【努力した者が相応の評価を得る】方式が悪いわけでは無く、殆どの国はGE対策においてはこの日本形式の対応を行っている。
◇◇◇
翌日、凰樹が事前に通達して行った、ツーリングと言う名目で行われたビル街や国立公園などに存在した周囲の環状石の破壊は二十を数え、ワシントンD.C.はその姿を大きく取り戻す事となった。
前日の夜にワシントンD.C.の周辺に存在する石像の回収状況や道路状況などを確認して「これなら、この辺りまで破壊しても問題は無いな」と判断した凰樹による行動だったが、次々に出現する光の柱にワシントンD.C.の閣僚などは我を忘れて開いた口が塞がらなかったという……。
この環状石の破壊でも百万人以上の国民が石化から解放され、凰樹輝という名はアメリカ国民の心に深く刻まれる事となった。
その光景を目にした復帰したばかりの大統領アルフォンス・グッドオールは「なんとか彼の滞在期間を延ばせないか?」と真剣に考えた。
副大統領に戻ったフォルクマール・ベーレンドルフ等に説得された事も大きいが一度約束されている手前もあり、「一度帰国させた後、再び呼び寄せればいい」と考え、今回は素直に凰樹を帰国させる事を了承した。
この環状石破壊の報酬は全額が寄付され、破壊されていたワシントンD.C.の再建にあてられた。
三日のうちの実際に凰樹がアメリカ本土に滞在した期間は僅かであったが、凰樹がアメリカに残した足跡は三日では語り尽くせない物となっていた。
読んで頂きましてありがとうございます。
次の話でこの章は終わります。




