ホテルでの騒動 二話
前話の続きになります。
楽しんで頂ければ幸いです。
九月四日、午後八時四十分。
一度このホテルに軟禁されると夜になればほぼやる事が無い。
神坂や楠木達は割と自由に部屋から他の部屋へ出入りできるが、凰樹の場合は昼間ならともかく、日が落ちた後の警備体制が異常な為に迂闊の部屋の外に出る事も出来なくなっている。
最高級ホテルのロイヤルスイートだけあって、部屋と言っても普通のマンション以上の広さがあり普通であれば何の不自由もない暮らしが出来るのだが、暇さえあれば単独で拠点晶の破壊に出かけている凰樹には少しだけ物足りなかったりもした。
「故郷の救出ルート上にある拠点晶を全て破壊して、石像をある程度回収して貰う必要があるけど、全部終わるには時間がかかりそうだな」
愛用のノートパソコンは持ち込んでいる為に暇さえあれば故郷にあるレベル四の環状石の破壊計画と、石像回収や救出ルートの確認に時間を割いてより計画を確実な物へと進化させている。
万に一つも失敗が許されない作戦な為に雨や雪などの自然災害の発生予測や、河川などの氾濫時に誰か流されていないかなどの確認も忘れない。
「道路の整備や石像の回収が終わらなければあの環状石には手を出せない。今迄通りに準備だけはしておかないと」
今までの環状石破壊時には事前に凰樹の手で回収ルートや居住区域に繋がる主要道路の確保が確実に行われている。
桃ヶ峯女子高等学校のAGE部隊、桃色戦天使の一件でも事前に道路を通行可能な状態にしていたのだがそれも偶然では無く、それまで計画的に拠点晶を破壊してきた結果に過ぎない。
この日はその後、体内の氣などの制御の練習などをしてそのまま床に就いた。
凰樹の場合は既に肉体はある程度鍛えあげられているので、今は氣の制御を極める方が、対GE戦などにおいて有利に働くようになっている。
◇◇◇
九月五日、午前六時十七分。
いつも通りに朝の鍛錬を終えた凰樹はシャワーを浴び、朝食までの僅かな時間でノートパソコンでメールなどの確認と情報収集を行っていた。
「解析が終わった分のリビングアーマー装備のアラクネ型W・T・Fのデータが送られてきてるな。……防御力が赤竜種W・T・Fに比べておおよそ十倍。移動力その他を鑑みて、もしこれが街に放たれればひと月で西日本壊滅?」
送られてきたデータにはリビングアーマー装備のアラクネ型W・T・Fと今まで出現したW・T・F全てのデータが纏められていた。
大烏W・T・Fに関しては、あまりに情報が少なすぎて【推測値】とされていたが、八岐大蛇W・T・Fや山口で猛威を振るった赤竜種W・T・Fに関しては、攻撃力や攻撃範囲などが詳しく分析されている。
また、W・T・Fの項目に、【現状の兵器では討伐不可能】・【発見後は即座に防衛軍へ通報の事】・【発生地区は即座に封鎖】などと大きな赤文字で書かれており、【無謀な攻撃厳禁】・【一部を除くAGEの交戦禁止】・【撤退推奨】などとも書かれていた。
一部のAGEが誰なのかは記載が無かったが、おそらくそこに凰樹以外の人物の名前が書かれる事は無い事は広く知られていた。
「しかし、妙だな。小型GEの数による圧殺がGEの基本戦術だったのに、なぜここに来て急に単独で強力なW・T・Fによる攻撃に変わりつつあるんだ?」
中型GEや大型GEが大挙して何処かの居住区域を襲う事など滅多に起こらない。
元々高レベルな環状石近くにはそこまで大きな居住区域など建設されなかった事も大きいが、中型GEや大型GEは環状石による保有数が存在する為に、主に拠点晶周辺の防衛を行っているパターンが多い。
小型GEの大発生による被害は、以前凰樹が対GE民間防衛組織に送った資料を基に、小型GEの発生周期を調べ、守備隊や防衛軍で事前に進行ルートなどを潰すなどの対策をおこなった為にこの数ヶ月で激減している。
しかし、被害がゼロになった訳では無く、運営状態の悪い部隊が多い居住区域では数で押してくる小型GEはいまだに脅威であり相応の被害が出続けている。
「GE側にも戦略などを考える思考能力がある? それともただの偶然か?」
もし思考能力が有り、無尽蔵にW・T・Fを投入出来るのであれば人類などとっくに滅んでいる。
今ですら多くの国がW・T・Fに滅ぼされているのだから。
「まあ、どれだけ推測したところで存在する環状石を破壊し続ける以上の事はできないしな。そのうち防衛軍の方で何か掴んでくれるだろう」
どれだけ強かろうがAGEに過ぎない凰樹には知り得る事に限度がある。
瀬野辺りに情報を求めればもう少し位は詳しい物が手に入るだろうが、それを入手した所で結局のところは出来る事に変わりがない。
結局は目の前に起こった事を処理する以外にはないのだから。
◇◇◇
九月五日、午前八時三十七分。
学校が休校なのをいいことに凰樹以外のメンバーはこの時刻に起きて朝食を取っていた。
なお、部屋の前に通じる廊下などの警備体制は厳しい順で凰樹、窪内、荒城、宮桜姫、神坂、霧養、伊藤、楠木、竹中となっており、クリスティーナに対しては警戒されてはいるものの警備の兵士は付いていない。
窪内は防衛軍特殊兵装開発部の坂城厳蔵直々に重要人物として護衛を求められているし、荒城と宮桜姫の両名はこの居住区域の富豪という事もあり他の隊員よりは一段上の警備態勢が敷かれている。
一応今回も大広間が解放されており、部屋に閉じ込められている凰樹以外はそこで朝食を食べる事が出来る事になっていた。
「この位はして貰わんと息が詰まりまんな」
「俺達だけでもあれだからな。輝がいたらどんな騒ぎになった事か」
「ご飯食べてる間でも十人位この階で降りようとしてたもんね」
「あの僅かな間で写メってる人も凄いっスね」
エレベーターの扉が開く一瞬でどうやって撮影したのかSNSに大広間で朝食を取る霧養達の姿が既にアップされており、ホテル側も宮桜姫達が選んだメニューを【今日のおすすめメニュー!!】として大々的に宣伝もしていた。
売店などでは公認グッズも売られているが、ひと昔前と錯覚するようなレベルで大量のプロマイドなどまで売られており、それが意外にも若い子たちには受けて売れ続けている。
「ホテルに軟禁も悪くありませんが、何もする事が無いって暇ですの」
「ゲーセンとかカラオケは流石に行かせてくれないしな。予約制の美容院とかエステなんかは特別枠で受け付けてくれるって話だ」
「折角だからお願いしちゃおっかな~」
「そうですわね。みんなで行きましょう」
こうして女性陣は全員美容院やエステとスパの予約を行い、昼食までの時間を有意義に過ごす事が決まった。
窪内は今回出現したリビングアーマー装備のアラクネ型W・T・Fに対する攻撃状況などを分析して新型への対応を練るという事だったが、神坂と霧養の二人は完全に手持ちぶたさになりこっそりと最上階のフロアを抜け出して売店などに行き、そしてそこで見張っていた警備員に連れ帰られる事になった。
◇◇◇
九月五日、午後一時二十三分。
荒城たちが帰って来るのを待って、窪内たちは大広間で昼食を頼んでいた。
神坂と霧養のせいで一層警備体制は厳しくなっていたが、年頃の少年達が他にする事が無い為に暇を持て余している事を重々承知している警備員たちも多少はめを外す位は大目に見ている。
「明後日まで軟禁は確定やけど、このフロアだけってのは勘弁して欲しいでんな」
「え? 美容院にエステとスパ、どれも最高だったよ♪」
「肩こりが久しぶりに良くなった。また来たい」
竹中が大きな胸を揺らしながら両肩を回してそんなセリフを口にしていたが、楠木、宮桜姫の二名はその揺れる二つの塊に殺意を覚えていた。
「ダ…ダイエットをすれば、そこから痩せるそうですよ」
「美雪に教えて貰ったサラダダイエットしたけど、お腹周りしか痩せなかった……」
「くっ!!」
氣で強化された腕力で箸を強く握った為に、宮桜姫が手にしていた割り箸が乾いた音をたてて其処から真っ二つに折れていた。
幸い今では宮桜姫もシールドで物理的なダメージを軽減出来る為に、手に怪我などする事は無かったが……。
「無理なダイエットは身体に悪いで~す。こうもっとがっつり食べるべきです」
「クリスはんは流石にアメリカンやな」
「あの量の昼食ってすごいな」
クリスティーナの昼食は、ミートパスタ大盛り、肉厚ジューシーハンバーガーセット、Mサイズのピザ三枚、コーラLLサイズと、窪内や神坂の昼食を足した位の量があった。
それを豪快に口に運ぶその喰いっぷりはかえって気持ちがいい位で、ランカーズのメンバーにアメリカンな食事風景を披露していた。
「たっくさん食べて、たくさん運動すればノープロブレムで~す♪ 私の友達はみ~んなそうしてました」
「騙されちゃダメ、騙されちゃダメ、騙されちゃダメェッ!!」
「知っていますわ。その言葉の後に続く悲劇は……」
調理部の駄女神こと鹿波美雪のサラダダイエットと同様の甘言で、それを実践すればどういう結果になるか皆知っていた。
サラダダイエットはバランスよく適量を食べた者か、何故か毎回お腹いっぱい食べても成功する者もいるがそれはあくまで体質の問題で、サラダダイエットを実行した殆どの生徒はダイエットなどとは程遠い結果を体重計で目にする。
クリスティーナのそれもほぼ同様で、アメリカ人と日本人との体質の違いを理解していなければ、確実にオーバーウエイトになった体重を目にする結果になるだろう。
「凰さんはあまり体格の事はいうた事ありまへんで?」
「これは個人的な問題ですからっ!!」
「輝さんのまえで、そんなみっともない姿を晒すなんて……」
実際凰樹は雑誌やテレビのインタビューで女性の容姿の好みなどに言及したことは一度も無い。
付き合いの長い神坂辺りはよく知っているが、凰樹は別にGE討伐にしか興味が無いという訳では無く、年相応には異性に興味がある。
しかし、割と淡泊な為に一定以上の容姿を満たしていればそれ以上は特に求めないといった印象を持っている。
「そういえば、ここのブティックって型紙からオーダーメイドで服を作ってくれるらしいですわ」
「え? それってどんなの?」
「普通に売っている服はあくまでもサイズで作られているだけで別にその人にあわせて作られて無い分、オーダーメイドの方がよりその人のスタイルに合わせた服に仕上げてくれますの」
「そうですね、私も鈴音も昔から服は仕立てて貰っていました」
荒城や宮桜姫の服は子供の頃から全て懇意にしている仕立て屋などのオーダーメイドで作られている。
一方、伊藤や楠木などは普通の家庭に育っている為に商店街の洋服店で買っていたし、竹中に至っては父親が石像に変えられた後はおしゃれなどとはほぼ無縁になり、動きやすさや値段などだけで服を選んでいたりもした。
「輝みたいに下着から上着まで対GE用の素材で統一してるのもアレだけどな」
「まあ、輝さんスから。俺も最近は蒲裏さんの店で注文する事の方が多いっスね」
AGEショップ幽玄では対GE用のスワットスーツやジャケット類だけでは無く特殊な繊維で作られた洋服なども揃えている。
普通に店に比べて数倍の価格で売られているのだが、凰樹などは下着から普段履く靴まで蒲裏の店で専用の物を購入していた。
最近では霧養や神坂たちも同じ様に対GE用の素材で揃えてはいるが、窪内だけはその体格に合わせる為に特注で全ての装備を頼んでいる。
「おしゃれとは程遠いよね」
「輝さんですから……、そういえば新しい装備をどうします?」
「ああ、あのカラーリングとか?」
「そうですわ。折角輝さんが容認してくださったんですから、出来るだけおしゃれな物を選びませんと……」
しかし、現状では対GE用装備のオーダーメイドなど日本国内では一部のメーカーでしか受け付けておらず、しかも選べる色がほぼ原色の赤だの青だのといった少し遠慮願いたい物しか存在していなかった。
「ネット通販ではこの辺りが限界ですわね」
「後、マトモな装備を作ってくれそうなところ……」
「坂城の爺さんはどうっスか?」
霧養の何気ない一言が、荒城たちに一筋の光明を齎した。
「それですわ!! 私もそうですが、ランカーズのメンバー分の健康診断のデータも持っている筈ですし」
「でも、あの坂城さんが女性向けのまともなデザインの物を用意するかな?」
「……以前届いたあきらのヒーロースーツ……」
「ああ、そんな事もあったか」
「あったね~」
坂城は以前、凰樹用にという名目で特撮系の子供番組に出て来る様なデザインの特殊スーツを作って送ってきた事がある。
性能は普通の装備とほぼ変わらず、若干防御型に作られていたがその重量などで長所は帳消しになっているとんでもない代物だった。
しかもそれはあまりにも特撮ヒーローを彷彿させるデザインであった為に、あの凰樹にして一度も着用する事も無く送り返した程の代物だ。
「望み薄?」
「いえ、今のあそこにはマトモそうな人もいましたわ。あの方宛で頼めば……」
防衛軍特殊兵装開発部に所属する技術者で、もう一つの顔はGE共存派や環状石崇拝教を取り締まる防衛軍特別執行部の一員である松奈賀大嗣。
W・T・Fの一件で随分と貸しを作っているので、頼めばおそらく望む以上のデザインで仕上げて来ると期待できる。
「ダメ元で頼んじゃう?」
「そうですわね……、ODや真っ黒なスワット型では少々物足りませんし……」
「クリスとか、アメリカのガンナーズの様なデザインでって書いて頼んでみるね」
「お願い。マトモなデザインでありますように……」
祈るような気持ちで防衛軍特殊兵装開発部の松奈賀あてでメールを送った。
「それはそれとして、ここでも服をお願いしてみない?」
「今からですと秋用は微妙ですわね。冬用を頼みません?」
「え? もう冬用なの?」
「ショッピングモールではすでに秋物が出回っていますし、ひと月ほどで処分セールですわ」
服を仕立てて貰う頻度の違う荒城と楠木達の間ではほんの少しだけ感覚に差があった。
荒城や宮桜姫は秋用の服の仕立ては大体夏前に済ませている。
「仕立ての仕上がり次第だけど、私は秋物も頼んじゃう」
「一着くらいでしたらいいかもしれませんわ」
「私も頼んでみようかな。あきらがグッと来てきそうなのを……」
「そうで~す!! シャイな男にはちょっと強引な位の色仕掛けが一番で~す♪」
意気投合する竹中とクリスティーナの巨乳コンビは、大きな胸をプルンプルンと揺らしながら宮桜姫や楠木に無言で宣戦布告をしていた。
「男の胃袋を掴んだほうが勝つんだから」
「そうですわね。でも、その機会はあまりなさそうですわ」
「まあ、そうだよね……」
今は凰樹の食事といえば、朝食と夕食は家でメイドさん、昼食は学食の特別定食となっている。
ランカーズ全員の食生活が似たような物となっており、そこに誰かの手料理などが入り込む余地などなかった。
こうして、昼から女性陣は夕食の時間までかけてブティックで服を予約し、神坂達は三人で何とかカラオケの使用許可を貰ってそこで時間を潰していた。
その間も凰樹は氣を使った様々な技の実験を行い、そのうちいくつか一度実戦で試す価値のある技を作り出していた。
読んで頂きましてありがとうございます。




