アメリカからの留学生 二話
前回の話の続きになります。
楽しんで頂ければ幸いです。
八月二日、午後一時十分。
ほんの数メートル先で繰り広げられる学食戦争を横目に、凰樹達ランカーズのメンバーは特別食堂でSS特券を使って様々なメニューを食べていた。
同じクラスの留学生であるクリスティーナも誘ったのだが、今日は弁当を持って来ているという事だったので教室で分かれていた。
食堂についてはクリスティーナも限定的ではあるが特別食堂に使用許可を貰っており、凰樹達の誰かと一緒であれば利用する事が出来るという話になっている。
どうやら、初日は何があるか分からなかった為に自作の弁当を用意したという事だったが、クリスティーナはアメリカ本国でガンナーズに登録しているらしく、その流れでこの国に留学が決まった時にAGEに特別に登録し、そしてなぜかS食券等も手に入れているそうだ。
一般的な留学生の様にホームステイを選ばず、住む場所は竹中達が抜けた寮の空き部屋を選んでいた。
その方が生徒達と触れ合えるという事だったが、AGE登録をした為に様々な制約があるせいでもあった。
凰樹は特選ステーキセット、神坂と窪内は日替わり定食、霧養はスペシャル唐揚げ定食、伊藤と楠木は特製C定食、竹中は季節のパスタ、荒城は刺身定食、宮桜姫はワンセット完全限定!! 究極ケーキセットを選んでいる。
昨日も同じメニューを食べていた凰樹を見た窪内たちは「やっぱり味覚変わって無いんやろか?」「毎日同じメニューを食べ続けられるだけじゃない?」「そういえば、首都でもほぼ毎日同じメニューでしたわ」などと散々な言いようだが、これでも一応朝食と夕食は毎日様々なメニューを食べているのだが、それはどちらかといえば屋敷で家事を担当しているメイドさんたちによるものだった……。
日替わり定食や特製C定食も学食で出されている者とは全然別モノで、メインであるおかずはもちろん焚かれている米や漬物に至るまで最高品質の物を揃えた特別製のスペシャルメニューになっている。
凰樹の食べているステーキセットなども部位やグラム数まで選べ、今日はサーロインを600グラムほど頼んでいた。
健康の為なのか、ステーキセットには肉のグラム数に比例して盛られる大量の野菜のサラダ、日替わりのスープ、アイスなど乳製品のデザートがつけられている。
「あの子、目的はやっぱりあれか?」
「間違いないんと違います? このタイミングで来たんで、新型特殊トイガンって可能性もゼロやないけど……」
氣に対応した改良型のM4A1改弐や武器技術研究部部長の沢姫真優と窪内の手で現在改良中のM4A1改参。
それに沢姫が独自に開発している新型の特殊銃を持ち出せれば、流石に今のアメリカでも日本に劣らないレベルの強力な武器が生産可能になる。
ブラックボックスなど一部で手を付けれない所はあるが、開発コンセプトが異なる沢姫が開発した特殊銃であれば近い性能の物を作ることは可能だ。
というよりも、むしろアメリカ軍やドイツ軍であれば、防衛軍特殊兵装開発部の坂城厳蔵が開発を続ける従来のタイプよりも、沢姫が開発を続けている新型の特殊銃の方が運用するにあたっては理想的なのだが……。
「武器を入手できたとしても、現状を考えるとそれを量産できる頃にはあの国はもう存在してない可能性の方が高い。ヴァンデルング・トーア・ファイント討伐依頼。おそらくそこが彼女の……いや、アメリカ側の狙いだろう」
「ガンナーガールズに入れ込んでる神坂はん狙って彼女寄越すあたり、あっちも形振り構ってられんのやろうな」
「そうっスね。下手すりゃ国が滅ぶって状況っスから。……この唐揚げさいっこうに美味いっスよ」
唐揚げ定食の鳥カラは若鶏の半身を惜しげも無くカリッと揚げた最高の一品で、その横によく下拵えが施された地鶏を使った大きな唐揚げが三つほど並んでいる。
おまけの漬物も自家製のシバ漬けや一夜漬けが用意されており、脂っこい唐揚げの間に食べると最高だった。
この日の神坂の日替わり定食にも地鶏の唐揚げが入っており、さらに大きなクルマエビのフライや、貴重な牛を使った絶品のローストビーフが数切れ乗せられた小皿なども付いていた。
「この地鶏の唐揚げは確かに美味いな。いやまあ、ガンナーガールズがいるからこの居住区域の事を知り尽くしている可能性もあるぞ。彼女達、コンサートの合間に抜け出してショッピングモールで何度か見かけられてるし」
神坂の言う通り、ガンナーガールズのメンバーはこの居住区域に来る度にショッピングモールで買い物をしている事が知られている。
ファッション地区にはなじみの店まであるらしく、その店にはガンナーガールズのメンバーと撮った大きな写真のパネルやサイン色紙まで飾られていた。
今までにそんな行為をしていたからといっても、それがこの留学の為に前々から計画されていたモノを実行していたのか、それとも単なる偶然なのかは流石に凰樹達には分からない。
「仮に俺達に援軍を頼むとしても、今の状況であれば日本からアメリカまではハワイ経由の船か、それとも割と危険な航空ルートのどちらかだ」
「タイミングと運が悪い事に、ついこないだ太平洋の島を襲ってるW・T・Fが見つかったらしいからな。遭遇するかどうかは運次第だが」
大西洋も似たような状況で、幾つか厄介なポイントが存在する為に簡単には横断が出来ない。
範囲があまりにも広大な為にレーダーを装備していればまず遭遇する事はないのだが、それでも万に一つの危険があるならばそんなチケットを受け取ってアメリカに行こうとは思わない。
毎年来る留学生の多くはハワイ経由の高速艇で来日する事が多い。
「今最大の脅威は飛翔型W・T・Fだろうな。あれだけの高度を飛ばれると、流石に打つ手がない」
「そうでんな。航空兵器で撃ち落とす事も不可能やし、攻撃手段が限定され過ぎや」
「普通はW・T・Fは全部脅威なんだろうけどね……。今日のデザートおいしっ!! 確かクリームパイだっけ? 上に乗ってる生クリームも甘すぎず絶妙!!」
「毎日こんなメニューですと悪い気はしますけどね。……この究極ケーキセットのケーキ、これもしかして……、これは間違いなく甘味帝のイチゴショートですわ!!」
「嘘っ!! 甘味帝のケーキを学食でって可能なの? あ、だから究極なのか……」
究極ケーキセットを頼んでいた宮桜姫が、セットになっているケーキを一口食べて驚いていた。
甘味帝、最高レベルの素材と最高の技術を持つパティシエが運営するケーキとアイスを売りにしている超高級店。
この広島第二居住区域と東京第一居住区域、それに北海道の札幌第一居住区域にしか出店していないが、材料を無駄にしない為にどの店も数量限定で販売している。
材料が揃わなければどんなに金を積んでも決してケーキを作らず、断固として拒否をする職人気質を持ち、超高級店に相応しく甘味帝では六号サイズのホールケーキひとつが三万円もする。
最高のパティシエが調理だけでなく材料にも一切の妥協などせず、専用の農場で収穫できるイチゴなどであっても、鮮度のいい最高級のイチゴが入手できない時期は予約すら断っていた。
なお、甘味帝と対を成す和菓子屋として有名なのは【赤い宝石】という店で、赤い宝石ではこのご時世に最高級品のあずきや最高品質の砂糖をふんだんに使った練り菓子や焼き菓子を得意としている。
「こんな状況で、この国のおえらいさんが俺達を国外に出すと思うか?」
「囲い込む為とはいえ学食にここまでやるレベルでっからな。少なくとも無いんちゃいます?」
学食のメニューに入手困難な甘味帝のケーキまで持ち出しているのである。
余程に強力な圧力でもない限り、ランカーズのメンバーを国外に出す事は無いだろう。
とはいえ、今のこの国に圧力をかけられるほど国力に余裕のある国など存在もしていないが。
「助けてやりたいが所詮は国外の話だ。どの国もまずは自分の国からGEを全排除するのが最優先だし、奪還しないといけない廃棄地区はあまりにも多いからな」
食糧生産拠点だけでなく、一部の居住区域では住宅問題がいまだに解消されていない所もある。
広大な居住区域を持つ広島第二居住区域に住んでいると実感はわかないが、元々の人口が多く安全区域が少ない場所などでは人口密度が半端では無い居住区域も割と存在していた。
「超高純度魔滅晶を使った安全で超高率型の発電システムや、高純度魔滅晶をつこうた通信システムも開発されとるから、全部壊すのは難しいのとちゃいます?」
「超高純度魔滅晶だったら、他の国にある環状石を壊せばいいし、全国にある全ての環状石を壊すだけで数百年分はあるって話だぞ」
環状石産や拠点晶産の超高純度魔滅晶や高純度魔滅晶は近年、様々な物に活用され始めている。
その為に、各企業での超高純度魔滅晶争奪戦が熾烈を極めているのだが、環状石産の超高純度魔滅晶は入手できる経路が限られている為に、各企業は今までは国から高額で購入するしかなかった。
今は八月二十四日に行われた凰樹の活躍により納入された超高純度魔滅晶が幾つもあり、対GE民間防衛組織はそれを企業に横流しして莫大な利益を上げている。
なお、おはじき大の低純度魔滅晶でも大量に集めて精製すれば高純度魔滅晶に出来なくはないが、その技術は特許が認められている為に一部の企業しか持っておらず、結局その技術を持っていない企業は何処からか高額で入手する必要があった。
「この国の人口自体が半分程度になったからな。世界規模だと十分の一らしいが」
「他の国の惨状考えたら半分で済んでるのって凄いよ。防衛軍のおかげだね」
「後は守備隊やAGEもな。当時の武器であれだけの活躍が出来たのは執念の賜物だろうけど」
アルミがGEに有効と分かった直後、普通のトイガンにアルミ製BB弾を詰めて攻撃し、僅かながら戦果を挙げた者もいる。
ただ、この頃のトイガンで攻撃するよりは普通にアルミを削り出して槍などを作った方が余程効果があったのだが……。
「そろそろ教室に戻るか」
「は~い。みんな食べ終わった食器は返却口にお願いね~」
「分かってるって」
流石にその辺りは以前のままだったが、誰も文句など言わずに食器を返却口まで運んで行った。
全員レジェンドランカーであり名誉も金も地位も十分過ぎる程持っており、ほぼ並ぶ者の居ない者達でありながら、ランカーズの隊員達は心におごりなど欠片も懐いてはいなかった。
◇◇◇
「みなさんおっそいで~す。もう授業が始まりま~す」
「色々あってな」
「トイレもあんな感じだからちょっとね……」
ランカーズ用のトイレ。
職員用トイレと同じ様に広い校内に何ヶ所か用意されており、そのランカーズ用のトイレには警備員が張り付いている。
当然使う時には独特の緊張感が走り、トイレを使いにくい事この上なかった。
トイレだけでは無く、様々な場所に見えない様にSPなどを配置されているが勘の良い窪内や神坂辺りにはバレバレで、凰樹に至っては何処に何人いるという所まで完全に察知していた。
「有名人は大変で~す。ところで輝……」
「なっ!!」
クリスティーナはゆっくりと凰樹に近づき、その身体を優しく抱きしめたが、この行為が完全に敵意も無く好意のみでの行動だった為に凰樹はシールドを張れず、胸に感じる暖かくて柔らかい感触に翻弄されていた。
その隙を逃さずにクリスティーナは今回は唇を狙わず、とりあえず凰樹の頬にキスをして挨拶を済ませていた。
「ここなら喧嘩はなしで~す。輝、これからもよろしくです」
「あ…ああ、よろしくな」
楠木や宮桜姫はその大きな胸を使った作戦にかなり憤慨していたが、竹中と荒城の二人は心の中で『なるほど、ああいった使い方も出来るよね♡』と、クリスティーナのとった行動をそのまま真似てみようなどと考えていた。
ちなみに、クリスティーナのサイズはⅠ七十という脅威の三桁で、百七十四センチという女性にしてはかなり高い身長もあって凰樹の隣に並ぶと相当に絵になる二人だった。
「まあ、ほっぺならいいか……」
「あちらの国では挨拶ですし……」
ほぼ同サイズの胸を持ち割と余裕のある竹中と荒城は割と擁護に回る事が多く、ああいった大胆な行動に出る裏には何かあると見抜いていた。
そして竹中は、もしかしたらそれは自分の過去の行動と同じなのでは無いかなどとまで考えてもいる。
「それと、もしよければ部活も見学したいんですが」
「入部をしていない者の見学は受け付けてない。戦歴は?」
「ガンナーズでは、これでもランカー入りしていました。私の技はちょっと驚きますよ」
アメリカ、インド、タイあたりに無事な地域が少しだけあるのはこういった一芸持ちの存在も大きい。
流石に大型GEクラスとはまともにやりあえる者など居ないが、一般にはまだまだ驚異の対象である中型をなんとかできているのは彼らの功績であるところが大きい。
「一芸持ちか……」
「凰さん、今部室にはあれがありよるから……」
「分かってる。明日は土曜でうちのクラスは午前中だけだ。明日なら見学もOKだ」
完成したM4A1改弐などは国外の人間には触らせられないトップシークレットの新兵器だ。
クリスティーナが見てもその内部構造を理解できるとは思えないが、もし仮に盗まれでもしたら大問題である。
第三者が持ち出す可能性もゼロではないが通常であれば特殊トイガンなどを持ち出せば税関で確実に発覚するし、発覚すれば最低でもしばらくは投獄される事になる。
留学生がそんな事をすれば今後は留学生の受け入れにも制限がかかる可能性も高く、日本とアメリカの関係も悪化するだろう。
「OK、明日ですね。たのしみにしてま~す」
「当分戦闘は無いだろうから問題はないだろう」
「今週末は何処も攻めないの?」
「今、対GE民間防衛や、守備隊は色々忙しいらしくてな。暫くは精々拠点晶の破壊だけだ」
主に凰樹が原因だが、奪還した区域の整備や帰還した者の手続きなどで各方面が結構な仕事を抱えていた。
再開発計画が決まるまでの期間、私有地になった場所はともかくとして一部の市道や国道などでは道を塞ぐ倒木や落石などを処理する必要があり、もし道路に車などが放置されていれば一旦レッカー車で移動させた後に持ち主を捜しだして処置をどうするか尋ねる必要もある。
しかも今回は範囲が広大な為に道路を管理する居住区域道路公団だけでなく、防衛軍の工作部隊などまで投入して道路の整備だけは急がせていた。
もし再開発計画が決まれば資材の搬入や地盤の調査など様々な車両が道路を利用する為、昼夜を問わず道路の回復工事などが進められている。
「精々って、それは凄い事で~す!! 拠点晶なんてそう簡単には壊せません」
「それが普通の感覚だよね」
「俺達も相当感覚がマヒしてたな」
凰樹だけでなく、今のランカーズにとっては拠点晶の攻略程度はそこまで苦労する物では無い。
場所次第ではあるが、何の問題も無く普通に破壊する事が可能だ。
「その辺りは明日の部活でな。先生が来るぞ」
「おい、そろそろ席につけよ~。ちゃんと教科書とノートを出してないとNOと言うぞ!!」
「でたな深山節。今日は絶好調みたいだな」
この日の五時間目は日本史担当の深山直弥の授業だった。
所々、冗談を交えながらわかりやすく教える教師として有名な為、その独特な授業にクリスティーナは割と呆れていた。
読んで頂きましてありがとうございます。




