波乱の序曲
この話から新章になります。
楽しんで頂ければ幸いです。
九月一日、木曜日、午前七時三十分。
永遠見台高校だけでは無く、広島第二居住区域の学校全てで二学期の開始であるこの日、夏を満喫しきった多くの生徒が登校をはじめている。
道で出会う友達と何気ない会話で盛り上がり、二度のBBQ大会に参加した者は其処で食べた肉や料理の事を参加できなかった同級生に話したりしてもいた。
「俺は一回しか参加できなかったんだよな……」
「俺は二回とも参加したけど、やっぱ後の方はあの人が主催してただけあって凄かったぞ」
「羨ましい……、またいつかしてくれないかな?」
気まぐれで凰樹輝やランカーズのメンバーがまたBBQか何かを開催してくれる事を期待する生徒は多い。
実際、この後も何度かあり得そうな予感がした為に、学校側もその事を警戒したりもしていた。
「ま、でもあの一件以来凰樹さんの扱い変わったからな」
「今はランカーズは全員寮を追い出されて新しく建設された家で暮らしてるんだっけ?」
生徒達の多くにあの一件と呼ばれている八月二十四日に凰樹が仕出かしたひとつの事件。
後々まで語り草になるそれは今後どんなに装備が進化したとしても決して他人にはマネが出来ない事だろうといわれていた。
窪内や神坂などは、「ああ、あのBBQ大会はコレの前祝か……」「一人でこれやりまっか…、流石は凰さんやけど……」などと呟いていたという。
その一件により凰樹を初めとするランカーズの扱いは完全に変わり、寮住まいだった窪内たちも学校にほど近い場所に建設されていた豪華な家に強制的に引越する事となった。
なお、ランカーズ専用の住宅街は塀に囲まれておりその住居の周りには何人ものSPや警備兵が取り囲んでおり、猫の子一匹入り込めない様な厳重警備が敷かれている。
今後メンバーが増えても平気なように敷地内には他にも家が建っており、そこも専門に頼んだ業者の手により綺麗に掃除されていた。
◇◇◇
八時二十分、校舎の一角にある特殊な教室。
突貫工事で壁やガラスまで防弾処理を施され、入り口には監視カメラが仕込まれており不審人物などが近付けば隣の教室を改修して作られたSPの待機所から完全武装した警備員が駆け付けてくる仕組みになっている。
そこに一年特別A組とデカデカと書かれたプレートの掲げられた教室に九人の生徒が集められていた。
九人の生徒とは凰樹輝、神坂蒼雲、窪内龍耶、霧養敦志、伊藤聖華、楠木夕菜、竹中紫、荒城佳津美、宮桜姫香凛で、当然のことながらランカーズのメンバー全員だ。
だだっ広い教室の割に教室には九個の机しか置かれていない為、席と席の間にかなりの距離があったりもする。
しかも使われている机も他の教室で使われている様な普通の机では無く、もう数ランクは上と思われる上等なモノに変えられていた。
担任は山形蒼子が引き継ぐこととなったが、本人としては流石にこの一件に関しては断りたかったという話だ。
「あー、様々な事情がこんな状況を生み出したが、他のクラスも大幅な組み換えがされている。何せ三百人も生徒が増えたためだが」
「大変ですね」
「他人事のように言うな……」
凰樹の呟きに山形は少しだけ呆れていた。
その三百人の生徒を石化から助け出した張本人で、八月二十四日に更に多くの人を助け出した張本人でもあるのに。
石化からの救出や廃棄地区の奪還自体はめでたい事ではあったが、毎度毎度その処理に駆り出される役場の職員や教師などはその膨大な作業に割と呆れていたりもする。
特に先月はその回数が多かった為その作業に疲れたという者もいたが、その作業に参加した人全員に各百万の臨時ボーナスが支払われた為に急に降って湧いたボーナスに喜ぶ者も多かった。
「とりあえず授業内容も大幅な変更が行われた、このクラスでは体育は無い。理由は分かるな?」
「……一人、人外な記録を出すからですか?」
「全員だ!! ここにいるおまえらは全員百メートルを十秒以下で走るだろうが!!」
「まあ、そうでっが」
厳密に言えば、竹中だけは百メートルを十秒以下では走れない。
重量感たっぷりの大きな二つの胸が主な原因でもあるが、走るとそれが容赦なく躍動して竹中がスピードを出す事を邪魔するからだ。
荒城も竹中に次ぐ胸の大きさだったが、こちらは新たに覚えた氣型のシールド機能で上手く胸を固定して百メートル十秒を切っている。
荒城だけでなく夏休み中の特訓で氣を制御できるようになった霧養を含めて女性達でさえもここ最近は走力などが上がり始め、最低でも百メートルくらいなら八秒程で走れるようになっていた。
凰樹には遠く及ばないが追加で全員物理干渉が可能なシールド機能を使える様になっており、何かにぶつかった時には反射的にそのシールドを張れるようになってもいる。
他人と手をつなぐときや、肩を叩いたりする程度ではシールドの機能が働かない時もあるので、身体に対してダメージになるかどうかを瞬時に判断していると思われた。
「全員体育無しですと成績がつけにくいんじゃないですか?」
「逆に体育があった場合はこのメンバーに混ざって球技や陸上競技をする生徒が可哀想だな。下手すりゃ死人が出るぞ」
「神坂の言う通りだ。全員体育の成績は十で固定される。この件に関しては教育委員会だけじゃなく文科省など国の方からも許可を貰っているから安心しろ」
夏休み中に他にも色々特別な措置が話し合われていたが、八月二十四日に凰樹がアレをやらかした時点で国からも再度様々な要請があり、そこから一週間にも及ぶ話し合いで妥協点が見いだされただけだ。
冗談抜きでサッカーの授業があったとして、手加減されていたとしても凰樹辺りのシュートなど受けようものならボールに触れたキーパーは木端微塵だろう。
学校周りのSPの数なども常軌を逸しており、二十四時間体制で防衛軍の隊員まで混ざって周囲を常に警戒している。
物理的手段で凰樹を無力化など出来ないが、それでも他のランカーズ隊員の身の安全を考慮されて最大限の警備態勢が敷かれていた……。
「昼食などの食事は専門の食堂が設置された、とはいっても食堂の横を少し拡張されただけだが……」
「特別メニュー対策っスね」
「その通りだ。ここだけの話、学校側だけじゃなくて他もかなり過敏になっててな」
特に八月二十五日以降は対GE民間防衛組織、県庁、防衛軍、その他でも凰樹やランカーズの動向には最大限の注意が向けられており、彼らやその家族に傷ひとつつけようものならどんな沙汰があるか知れたものではなかった。
ただ、八月二十四日の一件は凰樹だけの単独行為であり、他のランカーズのメンバーにはそこまで注意を向けられてはいないが……。
他者……、特に県外や国外の勢力との接触は警戒され、余程の事情が無い限りそういった勢力との接触など実現することはない、筈だった。
「とはいえ、ことわりきれない事情なんて物も存在しててな。実はこのクラスにはもう一人生徒が編入予定だ。近日中に紹介できるだろう」
「このクラスに編入って……。ランカーの誰かでっか?」
「今のトップランカーも含めて、高校生に通えそうな奴なんて居たか?」
「全員二十歳以上だよね?」
統率力や求心力の関係上でトップランカーの入れ替わりは殆ど無い。
その為に活動期間の長い今のトップランカーの年齢は全員二十歳を超えており、高校に通えそうな年齢の者は存在しなかった。
一方で広島第二居住区域では八月二十四日の一件以降に高純度魔滅晶拾いで大量のセミランカーが生まれつつあるため、今後はその辺りも対策されるのではないかと言われている。
守備隊の多くもその恩恵にあずかっており、セミランカーの桐井眞子も恥を忍んで高純度魔滅晶拾いを行い、部隊の運営状態の向上に勤めていた。
広島第二居住区域ではそのおかげもありAGE関連の商品だけでなく、商店街やショッピングモールなどでも異様な売り上げを記録しており、ここ数日の事だが品切れが続出する家電量販店やブティックなどでは嬉しい悲鳴を上げている。
「国内からでは無くてな……、国外、アメリカからだ」
「よく色々な組織が承認したな」
「もう国内にも基地は無いし、幾つか奪還できたハワイあたりからの移住?」
日本の周りには既に紛争を起こしそうな国が無い為、アメリカは基地を引き払って全戦力とその家族までも本国に帰還していた。
というよりもアメリカですら日本だけでなく世界中に派遣していた軍を引き上げ、本国の防衛へまわしている。
既に人類同士で争っている場合では無く、一刻も早く全戦力を投入して国内に安全な居住区域を作成しなければ国そのものが滅亡する可能性すらあったからだが。
特に現在のアメリカの場合はカリフォルニア州の環状石に出現したF型の大型GE、蛇竜種タイプの脅威だけでなく、ヴァンデルング・トーア・ファイントである赤竜種の被害で多くの州が壊滅している為に他国にかまっている余裕など欠片もありはしなかった。
ハワイに関してはW・T・Fが出現する前に日本の防衛軍との共同作戦でハワイ諸島は全島という訳ではないが、幾つかの奪還には成功している。
この様に比較的レベルの低い環状石に支配されている島などは奪還作戦が展開される事が多く、壊滅した国の島などは様々な国が狙っていたりもしていた。
「いや、本国からの転校生らしい。今となっては非常に珍しいが留学生という奴だな」
「もう十年以上そんな話は来た事が無いっスね」
「そうでもない。アメリカからは年に数人留学生が来ているが、首都の居住区域以外に居なかっただけだ。安全性や食糧等の確保などを考えた場合、それ以外の選択肢が無かったからだが」
他国と比較しても居住区域の多い日本であっても完全安全居住区域は少ない。
完全安全区域がある国の方が珍しいのだが、そこまで優位にGEと戦っている国が日本の他に無い事も大きいからだ。
インドでは早くから氣を使った戦いが出来る者も何人かいたが、流石に凰樹はおろかランカーズのメンバーの足元にも及ばない出力で、しかも今の特殊小太刀はおろか数世代前の特殊マチェットにも劣る武器ではその真価を発揮することは難しかった。
氣対応型の武器などが例外などを除けば他の国に輸出される事が無い為にいまだに旧型の武器で戦ってはいたが、今では生命力対応型で旧型のマチェットなどを入手して少しずつ拠点晶の数を減らしている。
GEによる人類滅亡の危機であっても人は手と手を取り合って一致団結などというお花畑な考えに至る事など無く、GEの侵略開始直後には安全な土地を求めて他国と戦争が起こった事もあるが、現在では各国の軍隊がほぼ壊滅している状況であるために侵略行為は無くなった。
大体新しい国土が欲しければ全国民が石像に変わった国にあるレベルの低い環状石を破壊すればいいのだが、そんな事が簡単にできるならば、まず自らの国の解放が優先されていた。
食料品の確保の為に一部の国は生産拠点の確保を行ったが、現在ではそれ以外で他国の土地を犯した国など存在もしてはいない。
「アメリカでっか。大昔の安保条約を盾に特殊トイガンやブラックボックスの提示を求めてるらしいでんな」
「いちおうランセンス料や特許料とかは払ってくれるらしいぞ。その辺りも貴重な収入源だ」
通常の兵器と同じ様に、特殊トイガンのブラックボックス等にはライセンスが存在する。
中を解体してもその構造を理解できる者など滅多には存在していなかったが、提供された情報を元に特殊トイガンを作るにはライセンスが必要だ。
最新鋭の技術が提供される事は決してないが、今後時代遅れとなる生命力方式の特殊トイガンは他の国などに流れる事は間違いないだろう。
「このままやと来年末にもアメリカそのものが消滅する勢いやけどな。W・T・Fの脅威は安全区域や居住区域の区別なく攻めて来る事やし」
「この前開発されたアレでも無理だと思うか?」
「おそらく無理でんな。カートリッジシステム辺りが完成せんと……」
窪内や沢姫の手で完成した改良型のM4A1改弐は既に第一から第五特殊機動小隊まで行きわたっており、環状石の破壊速度は倍以上に上がっていた。
それでも平均して氣の少ない人類による猛反撃とは考えられず、氣カートリッジシステム対応型のM4A1改参が完成した時、おそらくGEに対して人類の反撃が始まると考えられている。
氣カートリッジシステム対応型のM4A1改参が完成して新型の特殊ランチャーが氣対応型になればレベル十辺りの環状石までは破壊できると考えられているからだ。
計算上では現在出現しているW・T・Fで討伐が不可能と考えられているのは超巨大翼竜種で、超高度から飛来する超巨大翼竜種をどうすれば攻略できるのか、いまだに各国では答えが見いだせないでいた。
超巨大翼竜種が地上に攻撃を仕掛けてくる一番近い状況ですら完全に特殊トイガンの射程圏の外で、しかも普通の部隊が使う特殊トイガンではその風圧で特殊BB弾が全て超巨大翼竜種に到達するまでに風で吹き飛ばされていた。
「ま、この広島第二居住区域は今や首都より巨大な安全区域を持つ最強の居住区域だからな」
「今年中には広島第一居住区域か広島第三居住区域と合併しそうな勢いでっからな」
その広大な安全区域を生み出した八月二十四日に凰樹が仕出かした事件……。
それは事前にGE民間防衛組織や県庁に連絡をしていた馬鹿げた作戦で、【単騎による周辺環状石の破壊】というモノだ。
それもひとつやふたつでは無い。
防衛軍特殊兵装開発部の坂城厳蔵と防衛軍の車両整備部隊まで総動員して開発させた氣対応型のオフロードバイク。
凰樹が氣を纏って走らせれば時速がマッハを軽く超えるこれに跨り、手にする武器には凰樹用に完全チューンが施されたM4A1改弐と新素材で作り上げられた特殊小太刀が一振り用意されていた。たったそれだけの装備を使い僅か一日で凰樹が破壊したレベル一環状石の数は脅威の十五。
事前に石化から戻った者に対応する為に近隣の居住区域から大量の職員や食糧等を確保した為に混乱はなかったが、僅か一日で四十万人も増えた人を収容する為の施設などは計画を相談された直後から急ピッチで行われていた。
「上手くいけば来年には広島県全域が奪還できるだろうからな」
「幾つ環状石を破壊する気でっか……」
この作戦の報酬で二千億ポイント以上入手した凰樹。
莫大なポイントを入手したからと言って、今もし仮に引退するなどといってもGE民間防衛組織や防衛軍が首を縦に振る事などけっしてなかっただろう。
そんな心配が無い事を承知しているGE民間防衛組織や防衛軍だからこそ、今以上に凰樹を囲い込もうとはしていないのだが。
「色々あったが話は以上だ、来るって話の留学生には優しくしてくれよ。それじゃあ後は授業だ、頑張れ」
「……そこは勘弁して欲しいっス」
「がんばる……」
特に成績の悪い霧養と竹中は、そこだけは勘弁して欲しいと思っていた。
あくまでもAGE活動は部活で永遠見台高校の生徒であり学生の本分は勉強である事を忘れている訳では無かったが。
最後にドアの前で山形は振り返り、「良い事を教えといてやろう。来週頭に抜き打ちでテストがあるぞ」というとんでもない一言を残して行った。
「…………ぐはっ!!」
「霧養はん、しっかりしいや。傷は深いで!!」
「しっかり予習しておけよ」
ホームルームの最後の最後に爆弾発言をしていった山形と、その言葉に大ダメージを受けた霧養、竹中、神坂の三人。
流石に勉強をしない訳にはいかず、この日から全力で試験範囲の勉強を始めたという……。
アメリカからの留学生を受け入れるという話から起こった一連の大騒動はこの時すでに始まっていたのかもしれない。
読んで頂きましてありがとうございます。




