凰樹の帰還とBBQ
この話と次でこの章が終わります
楽しんで頂ければ幸いです
八月十日、午後四時十二分。
東京第三居住区域から無事に広島第二居住区域へと戻ってきた凰樹輝と荒城佳津美は、旅の疲れはあったもののとりあえず永遠見台高校のGE対策部の部室に顔を出したが、部室に残っていたのは窪内龍耶、竹中紫、霧養敦志の三人だけで、他部員は家の用事やアイドルのコンサートなどに出かけていて部室にはいなかった。
「おかえりでんな、凰さん。ようやく首都連中のおもりから解放されてかえってきはったんでっか?」
「あきら~おっかえりぃ~♪」
「輝さんお帰りっス」
おもりというのは言い得て妙だが、あながち間違ってはいない。
凰樹が解放された理由の一つに、首都圏に影響を齎しそうな場所でヴァンデルング・トーア・ファイントが出現する兆候のある環状石の破壊が完了した事がある。
これで東日本側でW・T・Fが出現する可能性の高い環状石は全て破壊されたが、各地に遠征に行っていた防衛軍の第一~第五特殊機動小隊をすべて呼び戻して攻略作戦に使い、他に優先すべき環状石の攻略まで後回しにした結果だ。
このため、他地区の環状石破壊作戦は全て延期されており、今後このスケジュールの遅れがどの位影響が出るのかは定かでは無い。
「ただいま。ランカーズでの環状石破壊の話は聞いている。これで今後あのエリアの攻略が楽になるな」
「ただいまかえりましたわ。私からはお礼を言わせてください。青海さんを助けて頂いて、ありがとうございます……」
首都でランカーズの環状石攻略の情報を知った凰樹は素直に感心していた。
今の装備……完全改良版のM4A1改弐の情報は坂城から得ていたが、それを使ったとしても自分抜きで環状石を攻略するのは少しばかり厳しいと考えていた。
実際にはかなり余裕の結果ではあったが同じ装備をしていたとしても、他の部隊ではまだ環状石の破壊を実現する事は不可能だという事も分かっている。
「武器のおかげもおおきいでんな」
「氣方式でないと無理だったよ。装備のおかげかな?」
「まっ、俺達もやるときゃやるっスよ」
凰樹からの信頼度があがるという事は、要求される作戦の無茶度も上がるという事だがその位は窪内たちも承知している。
「環状石攻略の打ち上げという訳でもないんだが、折角なんで学校のみんなと一緒にBBQでもどうかと……、ん? どうした?」
なにか十日ほど前に聞いた様な流れに、窪内たちの表情は少しだけ曇っていた為に、喜ぶかな? と思って提案した凰樹はその事に少し疑問に思っていた。
「凰さん、誰かからなんか聞いてたりしてまっか?」
「いや……、なにかあったのか?」
「なんもあらへんですよ? で、BBQは良いとして、肉とかはどないしまっか?」
この人のことやから、キャンプの時みたいにぎょうさん用意しとるんやろうな、と考えていた窪内達は凰樹の差し出したスマホのページに釘付けになった。
「えっと、牛肉二百キロ、地鶏&ブランド豚セットが五十キロ。北海道産ホタテ・ウニセットが百キロ、伊勢海老の海産セットが同じく百キロ……」
「ヴァンデルング・トーア・ファイント討伐の一件で、助けた防衛軍の人のふるさとから色々送られる事になってな。せっかくだからと思ったて少しだけ追加したんだが、この量だと少なかったか?」
実際に送られた分はこのなかのホンの一部で、その殆どは凰樹が莫大なポイントを支払って購入した物だ。
しかも、実際にここに表示された量は支払ったポイントで購入できる最低数であり、値段次第では倍以上の量が届いても不思議では無かった。
「十分過ぎっスよ。この前も……」
「この前?」
「あ……、えっとね。あきらがいない時に暑気払いで一回BBQをしたんだよ。小運動場使って……」
ついうっかり口を滑らせた霧養を、竹中がフォローしていた。
そのまま喋らせるとどれだけ傷口を広げるか分からないからだが。
「なんだ、もうやってるなら問題無いな。同じ許可をとればいいだろう。その時はこの位の量で何とかなったのか?」
「もう少しだけ、海産物が多かったっスが、サザエやアワビだったっス」
「あの辺りは殻も重いからな。後は野菜だが、八百屋かスーパーに頼むか?」
焼いたところで肉よりも人気があるとは思われなかったが野菜も最近は結構高い為に女子には意外に人気が高く、前回は新鮮な野菜のサラダやポテトサラダ、それにジャガバターなども比較的良く食べられていた。
油の多い肉の間に食べる野菜は格別だという事もあるが……。
なお、ランカーズがかなり広大な農地を奪還した為に今後はこの居住区域に限っては野菜の値段も段階的に下がるだろうといわれている。
「女子にはヘルシーな野菜はサラダとかが特に人気だったっスね。運動部系の男連中には肉とか前回は唐揚げとかも人気だったっス」
「鶏肉を唐揚げにしたのか。そりゃ人気だろうな……」
部活を終えてシャワーを浴びて参加した運動部系の男子生徒は「野菜なんかよりとにかく肉!!」「肉だ!! 肉が食えるぞ!!」「ぎゅ・う・に・く!! マジか!! この機会に食えるだけ食うぜ!!」という人間も多く、大量の肉の消費に活躍していた。
鶏のから揚げは学食の定食でも人気で、A定食などにもたびたびメニューとして組み込まれるほどだ。
意外に女子にも男子にもそれ程人気が無かったのはサザエなどの海産物だったが、それでも食糧生産科の生徒を初めとして好きな者は比較的多かった為に無事に全量消費されている。
「前回は食糧生産科の生徒が持参してたよ」
「事前に食糧生産科と調理部辺りには連絡を入れておいたほうがいいかもしれんな」
調理部の駄女神こと鹿波美雪を筆頭に三年で部長の夜篠碧依など癖の多い部員も多いが腕は確かで、事前に知らせておけば下拵えなどは済ませて貰えるだろう。
調理部では運営費用を稼ぐ為に二学期から有料でのお弁当作成なども検討しており、その売り上げを部費にあてようと画策もしている。
食糧生産科と畜産科は別校舎で授業が行われているので、同じ永遠見台高校でありながら普段はあまり接する事は無い。
一部の教師が双方の授業を担当しているほか、農業高校の様な授業内容も導入されており広大な厩舎で牛や豚を飼育しているほかに、専用農場で野菜や果物などを育てたりしている。
なお、野菜や果実の強奪や盗難は即退学らしい。
一部の農作物や乳製品などは専門のサイトなどで販売されており、永遠見台高校の生徒であれば少し割引もあったりする。
「荷物が届くのは明後日らしい。荷物が届いたら人数とかの規模を確認して、それから足りない様なら買い足そう」
「な~んか、嫌な予感がするっスね」
「届いてからのお楽しみでんな」
◇◇◇
八月十一日、午後三時。
広島居住区域運輸㈱の運転手は木の枠で囲まれた業務量調理器具メーカーYOSIZAKI製の四千リットル級という業務用超大型冷蔵庫を二台と、同じく五百リットル級業務用冷凍庫二台をGE対策部の倉庫へと運び込んでいた。
運搬用にフォークリフトなどの重機まで持ち込んでいる所が流石と言えば流石だ。
「業務用超大型冷蔵庫二台と業務用冷凍庫二台の配送と設置依頼を受けていますが、何処に設置しましょうか?」
「冷蔵庫は奥に設置して貰えますか? そこの壁際の……。もう一台の冷凍庫は少し離れた…、はい、そこにお願いします」
いつの間にか倉庫の一角に業務用の超大型冷蔵庫を置くスペースと専用の電源がつくられていたが、この二台の冷蔵庫があれば少なくともランカーズがひと月は此処に籠っても食糧が尽きる事は無いだろう。
冷凍庫の一台は食糧用だが、もう一台は部品冷却などの目的で購入された物だった。
「この部室はいざという時の砦にもなる筈なのに、今まではこういった準備がされて無かったからな。保存食とコーヒーサーバーや普通の冷蔵庫はあったがこういった食糧庫的な冷蔵庫などは完備されていない。それに今後は部品冷却保存用の冷凍庫も必要になるかもしれないしな」
「完全安全区域になった今、もう砦になる事は無いんじゃないんですか?」
「この部室を何かの作戦時に拠点にする事は十分に考えられるし、設備は整えておいたほうがいい」
もし仮にだが、凰樹がなにか一大作戦を実行する時はおそらくここが拠点になるだろうと考えている。
情報を仕入れるにしても、何処かに移動するとしても便利だからだ。
「業務用超大型冷蔵庫二台とは思い切った導入でんな。まあこれがありゃ肉の百キロや二百キロは保管できそうやな。冷凍庫の方はそういう使い方もあるっちゅう事でんな」
「冷えるまで少し時間が掛かるけど、明日届く荷物には間に合うだろう」
「荷物確認して、足りない食材購入する事を考えたらBBQは明後日でんな」
「そうだな、調理部と食糧生産科からは了解という快い返事が貰えた。追加の野菜などの購入費用はこっちで持つことにしたが」
最初は調理部や食糧生産科の人間も野菜などは持参するからと言っていたが、少ない部費や運営費を心配した凰樹がポイントでの支払を提案したのだった。
それに加えて、他の部では確実に申請が却下される様な調味料などの購入や小麦などの代理購入まで約束した為、調理部などは更に気合を入れたという話だ。
◇◇◇
八月十二日、午前十一時、永遠見台高校のGE対策部前。
広島居住区域運輸㈱の運転手は昨日に引き続いてここを訪れ大量の発泡スチロールの箱を懸命に運び出していた。
十キロ入りの牛肉の箱が二十、地鶏やブランド豚のセットが各五箱、ウニ・ホタテセットが十箱、伊勢海老が十箱、それと普通の段ボールに詰められた珍味セットが二箱。
それが冷蔵庫の横に山積みにされていくさまは壮観だった。
「えっと、牛肉二百キロ、地鶏&ブランド豚セットが五十キロ。北海道産ホタテ・ウニセット百キロ、伊勢海老百キロですね。そこの段ボールは各地の珍味セットらしいです。やっぱり永遠見台高校で動物園か水族館でも始めるんですか?」
「水族館とかの娯楽施設も、広島第一居住区域と広島第二居住区域が平和になれば何処かにオープンするかもしれないな。動物園は規模を縮小されたけどまだ安佐方面にあった筈だけど」
人が生きて行くだけで精いっぱいのこのご時世、日本全国に存在していた動物園や水族館などはその多くが閉館する運命をたどった。
主な問題は餌の確保や場所の確保で、廃棄地区に指定された場合は動物園や水族館をそのまま破棄せざるを得ない状況に追い込まれ、取り残された動物の多くは押し寄せるGEに襲われて石像へと姿を変えている。
GEに襲われなかった地域に存在した動物園や水族館の多くも規模を縮小して運営されており、嘗ての姿を知る者はその状態を嘆いたという…。
「広島第二居住区域は天下の完全安全区域ですからね。ランカーズのみなさまのおかげではありますが」
「防衛軍や守備隊の人の活躍も大きいですよ。この居住区域は色々恵まれてますからね。地形や周りの環状石のレベルなどもそうだけど……」
事実として広島第一および第二居住区域ではその点が非常に大きい。
高レベルな環状石に囲まれた不幸な居住区域などは、県内の比較的低レベルな環状石が破壊されるたびにそこに従来の居住区域を捨てて新たにそこに居住区域を作って移住するという計画が持ち上がったりもしているからだ。
現実問題として建設費用や移転費用などの問題で実現しない事も多いが、GEの襲撃で街が半壊した為に移住せざるを得なくなるケースも多い。
「毎度です。何か荷物や引っ越しなどの御用の際は広島居住区域運輸㈱をよろしくお願いします」
「ありがとうございましたぁー!!」
夏休み期間のバイトの学生なのか、やたらと元気のいい配送員が大きな挨拶をしてトラックの助手席に戻っていった。
「それじゃあ、調理部と食糧生産部に…って」
「やっほ~♪ これだけ大荷物が届いたら流石にわかるよ♪」
「美雪!! 失礼でしょ。えっとはじめまして調理部の部長の夜篠と……」
「みんなのアイドル、調理部の女神、鹿波美雪で~っす♡」
「お菓子の味方!! 調理部の砂糖の妖精、芙実月杏子ただいま参上!!」
「アイスの味方!! 調理部の氷の妖精、井野上涼子ただいま参上!!」
レジェンドランカーである凰樹に少し余所余所しい態度で接した夜篠と、相手が誰であろうと其処までものおじしない性格の鹿波、それに芙実月と井野上はそれぞれ性格が良くわかる挨拶をしていた。
しかし、挨拶もせずに荷物や大型の冷蔵庫や冷凍庫に釘づけになっている部員も多かった。
「すっご~い!! YOSIZAKI製の超大型冷蔵庫に冷凍庫まで!! うちの部にも欲しかったんだ~♪」
「ホントホント、これがあればプリンやケーキの大増産が可能だよ!!」
「冷凍庫もあるからアイスもいけるよね!! 文化祭の売り上げが楽しみっ!!」
調理部名物の駄女神鹿波美雪とその信者である芙実月杏子と井野上涼子は既に冷蔵庫前にまで勝手に入り込み、積み上げられた食材と超大型の冷蔵庫と冷凍庫を見て勝手に盛り上がりはしゃぎまくっていた。
三人の脳内ではこれを最大限まで活用した文化祭でのケーキやアイスクリーム販売計画まで完成していた。
なお、文化祭での売り上げは必要経費と部費に回される分を除き後は部員個人への配当となるのは暗黙の了解で、その為に調理部だけではなく他の部でも様々な物を販売していたりもする。
「…………もう使う前提で話進んでまっか?」
「ご…ごめんなさい。美雪とそこの一年コンビ!! いい加減にしないと怒るわよ!!」
「「「は~い♪」」」
部長である夜篠に注意されても欠片も反省しない事から、普段もかなり手を焼いているのだろうという事は理解できた。
ただ、こんな調子でも鹿波の調理の腕は確かで、卒業後に何処のホテルに行ってもすぐに総料理長になるだろうといわれる程の実力を持っているだけではなく、同じ場所で料理をしている他の部員への指示もうまく、この若さにして料理の知識も豊富で作れない料理は無いとまで言われている。
芙実月と井野上の一年コンビはパティシエ希望で、二人が力を合わせた時のお菓子作りの腕は伊藤さえも上回る程だ。
「文化祭の時に使うなら片方だけは開けておこうか? 皆も楽しみにしてるんだろうし」
「さっすが凰樹さん!! 話が早くてすてきですぅっ!!」
「あの大型冷凍庫もあれば、アイスが作り放題……」
凰樹の言葉にすぐに反応した三人は即座に再び欲望の海へとダイブし、文化祭での販売計画をシュミレートし始めていた。
「良い部員だな」
「…………恥かしいばかりです」
「心に決めた己の道を進むにはあの位でないと。冷凍庫の使用許可も出しておくから、必要な時は言ってくれ。あと、調理部の物と分かる目印もな」
無いとは言い切れないが、ついうっかりランカーズの誰かが伊藤が作ってきたケーキと勘違いして食べる危険性を考慮し、調理部専用のマークを付けて置く事になった。
「うん、とりあえず文化祭の事は置いておいて、明日のBBQの仕込だね。ってこのお肉ホントに使っていいの?」
「どうしたの……って!! これこんな霜降りのお肉見た事無いよ!! グラム数万円の超高級牛肉?」
「流石にグラム数万とかじゃない。もう一桁位下だ」
「それでも数千円? 二百キロで……数千万?」
実際にはグラム五千円ほどの高級牛なので牛肉だけでも一千万円だ。
それでも稼いでいる額に比べれば安価に済ませた方で、コネなどを使って実際の支払額を減らせる対GE民間防衛組織などは、凰樹による今回の散財に喜んでいたりもする。
まあ、対GE民間防衛組織が強欲に稼いでいる額から言えば本当に微々たるものなのだが……。
「こんな時代だからな。食える時に食うべきだろ?」
「これだけいい肉なら味付けはシンプルな方がいいよね。地鶏は唐揚げにするとして、後は豚肉かな?」
「今回もカレーとか作る? 豚肉は豚バラの塊もあるから角煮とかも作れるよ」
「角煮でっか? アレも美味しゅうおますな」
凝った料理という訳ではないが手間はかかるので豚の角煮などはあまり作られる事は少ない。
学食の中華料理定食でたまに角煮が出る事はあるが、その存在が知れた時は毎回壮絶な学食戦争が繰り広げられている。
「じゃ、角煮と……、これも良い肉だし串焼きにしてもいいかも」
「鶏肉は全部から揚げにしていいの? 漬けておくのも時間かかるし、この量を揚げるとなるとかなり時間かかるけど」
「出来ればそのほうがいいだろう。あのクラスの地鶏だと焼いても美味いと思うが……」
凰樹のその言葉を聞いて驚いたのは楠木、窪内、宮桜姫香凛の三人だった。
首都に行く前の凰樹であれば、食べ物の味について其処まで言及する事は無かったからだ。
「もしかして輝の味覚が少し改善された?」
「首都での高級料理漬けで凰さんの味覚が改善されたんやろか?」
「ああ、今なら私の料理も美味しく食べてくれそうなのに……」
流石に一週間近くグルメな生活をさせられれば、いくら凰樹でも味覚のレベルは上がる。
食べ物を粗末に~という考えは変わっていないが、何度かあったバイキング形式で食べ残される料理を考えて、時と場合によればそれも仕方の無い事もあると少しだけ態度を軟化させてもいた。
「出来る限りで頼む。串焼き派もいればそっちにしても良い」
「味見は? 試食でも可」
「多少なら問題無い。カレーとか作るなら必要だろうし」
「よっしゃ~~~~~っ!! これで最高の料理に出来るよ」
「「美雪!! 私達も手伝うね♪」」
「…………重ね重ねごめんなさい、後でよく言っておくから」
いつもこの三人はこの調子なのであろう、夜篠は牛肉の入った発泡スチロールの箱を囲んではしゃぎまくる三人をみてため息をついた。
こうして調理部も完全に巻き込んだBBQは前回を上回る規模で開催されようとしていた……。
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