小妖精の少女達 二話
この話も小妖精たちの話ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
八月八日、午前十時三十分。
居住区域再開発地区のショッピングモールの一角にあるホットケーキと自家製アイスクリームが売りの喫茶店【プリティエンジェル】。
そこで小妖精の部長兼隊長の宮桜姫鈴音と隊員七名が大きなテーブルを囲んで様々なメニューを口に運んでいた。
姉である宮桜姫香凛の忠告を無視して変装もしないままショッピングモールに出向いて、フアンに囲まれて身動きできずに警察の厄介になった経験がある為、この日は髪型を変えてちょっと薄めの伊達メガネなどをかけている。
年頃の女の子はこれだけでも別人の様に見える為、そこまで変装に気を遣う必要はなかった。
「ねえみんな、今日の目的憶えてるよね?」
「えっと、みんなでショッピング?」
「ミルキーハウスで小物探し?」
「ショッピングモールで食べ歩き?」
「ショッピングモールのおしゃれ街道でウィンドウショッピング?」
「甘味帝でスイーツ?」
「ブティック美樹に新作が出てるんだって。オーダーメイドは高いけど吊り物とはやっぱり違うよね~♪」
「部室の新しいティーカップを買う? そろそろみんなで揃えても良いよね?」
アイスクリームやプリンで飾り付けられた豪勢なホットケーキを口に運びながら、少女達は当初の目的を忘れ、それぞれが行きたい店などを口にしていた。
「ち・が・う・で・し・ょ!! 今日ショッピングモールに来た目的は蒲裏さんのお店で装備の注文!!」
「でも、隊長が食べてるのも美味しそうですよね?」
「ホットケーキアラモードエンジェルスペシャルでしたっけ? その季節のアイスクリーム美味しいですよね」
注意をする鈴音の目の前には蜂蜜がタップリかけられた大きなホットケーキとその周りをぐるりと取り囲む生クリームや特製アイスクリームが並べられていた。
季節のアイスクリームはブルーベリーとプラムが練り込まれ、やや甘酸っぱいアイスクリームの酸味と生クリームやホットケーキとの甘みがマッチして至高の一品になっている。
鈴音はそれを半分程既に食べ終えているから説得力は皆無だった。
「まあ、せっかくショッピングモールに来たんだから、ここのホットケーキは食べないと……って、季節のアイスクリームは確かに美味しいけど」
「分かってますって。でも、いつも週末とかはGE討伐に行ってますし、たまには息抜きも必要ですよ~♪」
「最近ちょっと治安が悪くなったから、ここには滅多に来ませんからね~♪」
「みんな気を抜きすぎ。まあたまにはこういう日も必要だとは思うけど」
三年で副隊長の椎奈紬はため息をつきながらそう言った。
治安の悪化はここ最近顕著で、事態収拾の為にショッピングモール周辺に特別保安部隊が巡回を始めた位だ。
特別保安部隊は警察と守備隊の混成チームで、元々はGE共生派などを相手にしていた事もあり、発砲許可だけでは無く凶悪犯の射殺などの許可まで持っている。
「それに私達の持つポイントだと其処まで頻繁に来れないから……。今のポイントも十分過ぎる位なんだけどね」
「中型GEまで処理できる部隊は貴重だからね。もう一年以上AGEをやってる椎奈だから分かってるとは思うけど」
小妖精で一番AGE活動歴が長いのがこの副部長の椎奈で、十三歳の時にAGEに登録して以来目標の為に頑張っていた。
入部するまでの戦果はそこまで高くなく、他のAGE系の部からは「うちはお荷物とかいらないから~♪」などと言われて入部を断られた事もあり、入部を了承してくれた鈴音にはとても感謝している。
元々剣道を嗜んでいた事もあり、浅犬に騙された時に特殊マチェットを持って拠点晶に突撃をかけたのは椎奈で、まだ使い慣れていない特殊マチェットで拠点晶に傷を付けれただけでもたいしたものだった。
現在は特殊小太刀の練習を始めており、まだ中型GEを倒すまでには至っていないが、小型GEであれば十分に倒す事の出来る腕を身に着けている。
「まあね。まあ、私のお母さんは凰樹さんに助けられたからもう目標が無くなっちゃったけど……」
椎奈が小妖精に参加した理由、それはKKS地区を支配する環状石で石の彫刻に変えられた母親を助け出したい一心からだ。
他のAGE系の部活や部隊と違い環状石の破壊という目標を掲げている鈴音に共感し、上手くいけば自分の手で母親を助けられるかもしれない、そう考えて鈴音が小妖精創設の部員集めに奔走している時に自ら声をかけたのだった。
「このポイントって異常なんですか?」
「異常だよ。華子美はAGE活動期間が短いからわかんないだろうけど」
小妖精のメンバーはここ数ヶ月で全員が百万ポイント程獲得している。
鈴音と同じ日に登録した二年の皆田華子美や、一年の天陣佐緒理までも同じくらいのポイントを稼いでいるのだから相当なモノだ。
装備が良い事もさることながら、鈴音が無理のない作戦を練りその上で最大級の戦果を得られるように活動しているからだが、もし仮に他のAGE部隊が同じ様な速度でポイントを獲得すれば、セミランカーのランキングなどは日替わりする程に過酷な争奪戦となっているだろう、
「まあ、蒲裏さんのお店で買い物を済ませたら後は色々回っても良いし、お昼ご飯もこっちで食べたいけど」
「はいは~い!! 私カラオケ行きた~い」
「大通りにネイルアートの良い店があるんだって~。行ってみない?」
「パスタの美味しい店があるんだけどお昼はそこにしない? ドルチェも美味しいんだって~」
「アイスやケーキなら甘味帝で決まりでしょ? 新作アイスもあるらしいよ♪」
流石にAGE活動をしているとはいえ女子中学生、怖いもの知らずの一年や二年生も遠慮なく雑誌や行きたい店が表示されているスマホの画面をテーブルの上に並べて好き勝手に騒ぎ始め、そこだけ見れば他愛ない女子中学生の会話だった。
「まあ、買い物が終わった後だったらいいけど。時間は限られてるんだからちゃ~んと何処に行きたいか決めてよね」
「カラオケは商店街にもあるけど、でもこっちの方が店内や部屋も綺麗で曲数も多いし。それにここなら色んなメニューも楽しめるんだよね」
「ネイルアートは今度でいいかな? でも新しいアクセも欲しいからミルキーハウスには寄りたいけど……」
普段の週末などはAGE活動でGE討伐に出かけていた為に、夏休み中での久しぶりの完全休暇&ショッピングモールでの買い物というシュチュに、一番重要な装備では無く可愛いアクセサリーなどが目的と化していた。
鈴音がランカーズと一緒に海水浴に出かけていた時は、推名が部員を引き連れて近場のキャンプ場でBBQなどを行ったが、清流を利用して作られた天然のプールだけでは少しばかり物足りなかった。
青春真っ盛りの年頃の女の子は味気も色気も無いGE討伐だけで人生を満足できる筈も無く、部活動の無い平日の放課後では近所の商店街でウィンドウショッピングやカラオケなどで青春を謳歌している。
「もうっ!! とりあえずこれを食べたら蒲裏さんのお店に行くよ!! 人数分あれがあると良いんだけど」
「は~い」
あれとは当然次世代型ブラックボックス内蔵の特殊トイガンの事だが、一丁百万以上する代物をそこまで保有しているとは考えにくく、最悪の場合不足分は注文という形にしようと思っていた。
◇◇◇
三十分後、鈴音たちは地下への階段を幾つも降り、迷路の様な地下街の奥の奥、比較的というよりも一般人は殆ど立ち入らないエリアの一角にある地下街の僻地、そこに存在する【AGEショップ幽玄】へと辿り着いていた。
「いらっしゃい……。今日は随分大勢連れて来たんだな」
「お久しぶりです蒲裏さん。今日はうちの隊員を全員連れて来たんだよ」
「うちの? ああ、小妖精だったか。活躍は聞いてるよ、発足以来凄い勢いでポイントを稼いでるみたいじゃないか。しかも殆ど共闘は無し、大したもんだよ」
蒲裏がAGE部隊をここまで手放しに褒める事は珍しく、もし仮にこの場に凰樹や神坂がいればさぞ驚いた事だろう。
始めは怪しい雰囲気の外装や少し薄暗い店内に怯えていた隊員達は店内にある様々な物に興味を引かれ、そして勝手に各々の興味をもった品物を手に取ったりしていた。
「装備の新調かい? 今はちょっと微妙な時期だけど、タクティカルベストとかの装備系ならそこまで性能は変わらんだろう」
「微妙?」
「ああ、例の次世代型だが、アレの上位互換型が開発中らしい。とりあえず生命力方式のチャージ機能は今後全廃する方針だって事は聞いている。とはいえ、今すぐって訳じゃないから現状最強はこの生命力方式の次世代型だ」
防衛軍特殊兵装開発部の坂城厳蔵と繋がりのある蒲裏は氣方式が開発されているという情報を入手していたが、窪内たちの動向までは完全に把握していないので実際に製品化されるのはまだ随分先だろうと考えていた。
しかし、一部では高価な上に不良在庫になりかねない次世代型ブラックボックス内蔵の特殊トイガンを放出したいと考える勢力もあり、苦労して坂城から入手していたにも拘らず少し価格を下げてまだ何も知らない他の業者に横流しを始めた者まで存在している。
「じゃあ今買わないほうがいい?」
「その上位互換型がいつ発売されるか分からん以上、現在は試作型次世代トイガンが最強なのは変わらん。裏から流れて来てる分もあるから価格は前より安くなっているぞ」
以前鈴音が購入した時はM4A1が百七十八万八千円だったが、今では同じM4A1が百二十万にまで値下がりしていた。
それでも一般的には購入を躊躇する値段ではあったが……。
「種類はM4A1だけなの? うちの隊員の中にはMP7A1とか使ってる子もいるんだけど」
「M4A1だけだな。カスタマイズできる奴は内部のブラックボックスや特殊バレルを他の銃に移植したりも出来るんだが、あいにくとそんな奴は滅多にはいないな」
窪内のカスタマーとしての能力が如何に異常であるかという話だが、装備一式をメーカーに送ればメーカーの方でも同じ事が出来なくはない。
しかしこのクラスの物を移植するとなれば、数十万掛かるうえに完成までどのくらい待たされるかわかったモノでは無い。
「ねえ皆田さん、M4A1を使えそう? あまり使いにくいならメーカーにカスタム依頼するけど」
「これですか? MP7A1より結構重いけど……、この位なら何とか使えます」
帝都角井製のMP7A1は約一.五キロ、そして今手にしているM4A1は約三キロ。
大きさも倍以上あり、小柄な少女が手にするには若干無理があると思われたが、それ以上にMP7A1にM4A1に内蔵されている次世代型のブラックボックスと特殊バレルを移植するには少しばかり無理があった。
鈴音もそれを何となく理解しているので、無理を承知で使えるかどうかを尋ねたのだが……。
「M4A1も特殊トイガンの中では軽い部類なんだぞ、割とコンパクトなP90シリーズなんかも似たような重量で、MP7A1が軽すぎるだけだ」
内蔵されているブラックボックスや特殊バレルなどの影響なのか、MP7A1は他と比べて若干威力が劣る。
ある程度氣を有していればそれでも小型GE相手には十分過ぎる威力を発揮するが、大多数のAGE隊員はそのレベルには達していない。
当然皆田もそのレベルに達してはいない為に普段の戦闘では他の隊員よりも殲滅力に劣り、もう少し小型GEの数が多ければ手数が足りない事態も十分にあり得た。
その為、もう少し殲滅力のある銃に替えようと思っていた所だったので、今回の件は悪くない提案だった。
「全員M4A1で揃えてもいっかな。わたしのだけちょっと特殊だけど」
「帝都角井の同じ銃で統一するのは良い事だぞ。バッテリーやマガジンの互換性も上がるし、いざって時に貸し合える」
「そんな事態にはしたくないけどバッテリーとかマガジンも余分に持つと重いから。M4A1七丁ありますか?」
「七丁? 全部で八百四十万だぞ? そんなにはって……そういやレジェンドランカーだったな」
レジェンドランカーであれば最低でも十億ポイント保有している。
そう簡単に使いきれるポイントではない為に、鈴音の支払い能力については問題が無かった。
「今五丁しかないが、裏ルートで手配している分があるから数日中には揃うぞ。正確には二日後だな」
「二日後……、永遠見台付属中学の小妖精宛てに送って貰えますか?」
「ああ、いいぞ。ついでに今日購入分も細かい調整をして一緒に送ってやろうか?」
「そんな事出来るんですか?」
「ああ、窪内程の腕は無いが、元AGEだからな。昔の特殊トイガンは調整しないとまともに使えないモノも多かったから色々弄ってるうちにみんな覚えたもんだよ」
しみじみと過去の苦労話とともに、割と得意だった特殊トイガンの調整能力を話しただけだったが。
「…………話し方がおじさんくさいですよ?」
「昔話をするようにになったら、お・じ・さ・ん♪」
今時では無くても女子中学生にウケるはずも無かった。
「ほっとけ!! 他の物は良いか?」
「あの……、特殊小太刀の最新版ってありますか?」
店内で色々な武器を物色していた椎奈がそんな事を聞いてきた。
「特殊小太刀か……、輝が使ってたやつだが、チャージ機能付きでトリガーも付いた最新式……、まあ今のだがそれならあるぞ。輝がヴァンデルング・トーア・ファイントを真っ二つにした特殊小太刀と同じ型だ」
「あの特殊小太刀……」
正式なハーフトリガー機能は付いていないが、部品の問題でハーフ状態のまま作動する為に、ハーフトリガー機能を使う事は出来る。
使う事は出来るのだが、凰樹以外にあの状態にまで氣を特殊小太刀に送り込む事は出来ない為、付いていないのと変わらなくはあったが。
「言っとくが同じ真似は無理だぞ。特殊小太刀を使っても普通の奴なら中型GEが精々で、才能のある一部の奴なら大型GEのトドメになら使えなくもない」
「流石にその位は弁えています。生命力回復剤も無いのにあんな真似なんてできません」
あんな真似とは、凰樹がW・F・Tを一閃で真っ二つにした事や、それ以前に三世代前の特殊マチェットで大型GEを真っ二つにした事だ。
どうすればこの特殊小太刀よりはるかに効率の悪く威力の低い特殊マチェットで大型GEを倒せるのか聞きたい位だった。
「ランカー用の生命力回復剤は用意出来るけど、隊長としてそんな真似は承認できないな」
「そうだな。輝の様な例外は除くとしてもだ、元々この特殊小太刀なんかの武器はあくまでも特殊トイガン開発完了までのつなぎとして投入されたに過ぎない。余裕があるなら試作型次世代トイガンに高純度の特殊BB弾を使った方がはるかに威力のある攻撃が出来るし安全だ」
「そんな事は分かっていますが、でも、私にも矜持があります。椎奈神影流は魔を断つ神の影と謳われていた斬魔の太刀。GEを倒す為に受け継がれていたような、そんな気がするんです」
椎奈神影流……。
この世ならざる魔、幽、鬼、怨、穏、妖等を相手にしてきた裏の流派。
祓い巫女衆と呼ばれる組織の一員で、現在はその手の陰の存在自体が減少した為に活動自体が休止状態となっている。
残念ながら、幽霊や妖を滅する椎奈神影流などの流派の剣技はGEに対して特に有効という事は無かった。
「ま、身の程を弁えて程々にな。拵えはどうする? このままでいいか?」
「柄の中にも様々な仕組みがあると聞いているんですが、調整可能なんですか?」
「まあ、ブラックボックスは弄れないけどな。ガワとか鞘とかは何とでもなるぞ」
鞘や換装用の柄、それに目釘代わりの留め金的な物や、様々な小物が用意されていた。
「色々あるんだね。凰樹さんとかもこだわりがあるのかな?」
「輝の場合求めるのは性能と頑丈さだけだな。アイツの特殊小太刀の場合は無骨って感じになる」
その無骨なデザインは坂城の趣味なのだが、使い続ける内に凰樹も何となく気に入ってる気がする。
「それじゃあ、椎奈の小太刀とその一式も。他のは今の装備とそこまで変わらないか」
「そうだな。まあ、また新作が入ったらサイトを更新するからそこで確認してくれ」
サイトのURLが入った小さなカードを差出し、それを鈴音に手渡した。
「蒲裏さんの所の品も樹海みたいにサイトで買えるんですか?」
「ああ、ランカーズ対策でな。ここに来て正体がばれる度に大騒ぎだろ? 警察やショッピングモールから苦情が来てな……」
何度もランカーズがここを訪れている事を知った一部の者がこの店を見張っていたらしく、警備員がそれを通報するまで結構な騒ぎになっていた。
その時に「サイトで購入できるように何とかできませんか?」とショッピングモール側からも要請があり、渋々ながらサイトを立ち上げる事にしていた。
「ああ、そこの検索窓にこのコードを入れると一部の特殊な商品が表示される。試作型次世代トイガンなんかがそうだ」
「サイトに置くには特殊で高すぎますからね~」
「そういう事。言っておくがこのコードは他言無用だぞ」
信頼できる人にしかそのコードは教えていない。
小妖精で四例目ほどだ。
「それじゃあ、調整と配達お願いします」
「ああ、毎度。納期がずれるようならメールを送る」
裏ルートとはいえ信頼できる場所からの納品な為に其処まで心配はしていなかったが、なかを開けて調整する必要があるなとは考えていた。
そして鈴音たちはちょっと遅くなった昼食をとる為に、再び表通りに移動した。
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