完全廃棄地区 一話
この話から二話、完全廃棄地区編が続きます。
色々と複雑な設定がありますが、楽しんで頂ければ幸いです。
六月十九日、日曜日。
午前九時二十一分。
現在の天候は曇り。
凰樹達の目の前には荒れ果てた商店街が存在した。
第十二完全廃棄地区、そこは二十年以上前に栄華の頂点が過ぎた古い街だ。
目の前の廃墟からは想像が出来ないが、最盛期にはこの地区だけで三十万人もの人が集まり、商業と工業の発展した活気溢れる街だった。
しかし、時代の流れと共に各種産業が衰退し、人口が流出して過疎が始まった所にGEの襲撃が起こりそのまま廃棄地区となって現在に至る。
過疎が始まる直前まで重要拠点の候補になっていたこの街には、守備隊の弾薬庫やAGEの事務局、それ以外にも日本有数のトイガンメーカーである帝都角井の直営店等が存在した。
それらを目当てでこの街に遺棄物回収に来るAGEの部隊は多く、人気の高い貴金属やエアーガンなどの武器は既に持って帰られていた。
遺棄物回収で入手した戦利品には一応報告の義務があり、貴金属や宝石など高額な戦利品には税金がかかる事もある。
その為、GEとの戦闘中にうっかり戦利品を無くしたり、手違いでバックの隅に収めていた戦利品を見落とし正確に報告されない事も多い。
また食料品の類には報告の義務が無く、それを利用して高価な酒類を専門で狙う部隊も存在する。
◇◇◇
午前中に探索に向かったメンバーは、窪内・楠木・神坂・伊藤・霧養の五人で、今回は凰樹と竹中が車両に残り商店街周辺のGEの索敵と警戒にあたっている。
「こちら神坂、現在異常及びGEの反応なし、探索を続ける。以上」
「こちら凰樹、こちらも周囲にGEの反応なし、GPSでも百メートル圏内にGEの反応なし。以上」
お互いの状況と周囲のGEを示す紅点の有無を報告し、定時連絡を終えた。
「輝が残るなら、今回も私が残ったのに……」
『あの朴念仁はこれだから……』
商店街に少し入った場所で少し表情を曇らせながら小さく呟いた楠木に、神坂は思った事を口には出さずに見守っていた。
神坂も凰樹に色々事情がある事は承知しているが、それでも入隊して今までずっとわかりやすいアピールを続ける楠木に対する凰樹の態度には少しばかり思う所がある。
「アルミ製品は根こそぎ持ってかれてますな。高額商品を扱っとった店も、酷いありさまでんな~。あの店なんてアルミ製のシャッターまで持ってかれとりまっせ」
元々寂れかけていた商店街だったが、僅かに残っていた高級時計店、宝石店、アクセサリーショップ、酒屋、洋服店等はシャッターを破壊され、店内の商品はひとつ残らず運び出されていた。
「呉服店や、鞄とか帽子の専門店も全滅だね~。鞄は色々使い道があるから、残ってたらラッキーだったんだけどね~」
「戦利品を詰め込むのに使ったんだろう。宝石や貴金属系ならそこまで大きなバックでなくてもいいし」
何処の廃棄地区でもそうだが、回収しやすく退路が確保しやすい駐車場に近い場所や、車の出入りが容易な場所が真っ先に荒らされ、商店街の奥深くやデパートの最上階などは意外に荒らされていない事も多い。
電気系統が死んでいる事もあり、GEが襲ってくるリスクがあるにも拘らず、エレベーター無しで十階以上の階に階段で登り、重い装備と戦利品を抱えて降りるという危険行為を繰り返す猛者は少なかった。
それと同様に通りに面した店舗でも、危険を冒してまで十年以上前の食料品を狙う物好きは少なく、食料品や生活雑貨だけを扱う店舗などは無傷のまま残されている。
シャッターが破壊され、荒れ果てた廃墟と化したこの街にも無数の石像が並び、GE襲撃時の混乱と恐怖を窺い知る事ができた。
「かわいそうですよね……。あの女の子なんて私達と同じくらいなのに」
視線の先には、高校生位の女の子が何かから逃げようとして走っている姿で石に変わり地面に横たわっていた。
倒れた時は砕けなかったのだろうが、時が経ち、髪の毛の一部が砕け、細かい石の針と化して地面に散乱しており、服も風雨に晒し続けた事で激しく汚れ、所々破けてその下に隠されていた石の肌を覗かせていた。
「前の遺棄物回収の時もそうだったけど、ここに居る人達もリングの表示が消えてるんだね」
「この街が襲われたのは、十年以上前だったからな。十年過ぎても一年位は表示されてる事もあるらしいけど……」
それがなにを意味しているのか、楠木達は十分に理解していた。
ここに並ぶ石像達は、このエリアに影響力を持つゲートを破壊したとしても、もう生身の人間に戻る事は無い。
その為に部の石像は腕などが砕け落ち、その欠片が四方に散乱していた。
立ち並ぶ石像を避け、慎重に進んでいた楠木達は目的の店を発見した。
鈴木食料品店と看板に書かれたその店は食料品と一部の生活雑貨を扱った店で、酒類やタバコ等をはじめとする高級雑貨を一切扱っていなかった事からシャッターには傷一つ付いていなかった。
伊藤が陳列棚に置かれた瓶詰されている大き目の蜂蜜を見つけ、瓶に傷が無い事を確認して、
「やった~! こんなに大きな無傷の蜂蜜の瓶、はっけーーーーーーーん!! 保存状態が良いから間違いなく大丈夫だよ~っ♡」
と、店内に歓喜の声を響かせていた。
「缶詰も色々あるけど、どれがいいか分かんないっスね」
「上の棚が高級品コーナーみたいでんな。そこのカニ缶や牛肉の甘露煮なんかは、買うたら一つ千円超えまっせ」
「マジっスか!? あ~でもカニ缶は二個しかない。牛肉の甘露煮は七個あるけど」
「そんな高い缶詰、何個も置いてる訳ありまへん。牛肉の方が七個あった事の方が驚きでんな」
窪内と霧養は缶詰コーナーで様々な缶詰を物色し、その中からコンビーフをはじめとする肉類が真っ先に選ばれ、続いて鯖缶やオイルサーディン系の出来るだけ美味しそうな物が選別されて、選ばれた缶詰が輸送用の袋に詰められていった。
「聖華!! 見て見て、ザラメと白砂糖がこんなに!! これは絶対、持って帰らないと!!」
同じく、楠木も調味料が並んでいた棚から砂糖類を見つけ、袋が破れていない事を確認した後で回収用のカートに積み込み始めた。
「砂糖が高いとはいえ、アレを狙うAGE隊員はうちのメンバー位だろうな……」
そう呟きながら、神坂は商店街入り口で車両の防衛及び周辺のGEを索敵している凰樹に通信を送った。
「鈴木食料品店にて大量の砂糖と蜂蜜を発見。缶詰類も物色中。以上」
「状況了解。周囲にGEの反応なし、引き続き探索されたし。以上」
「了解」
◇◇◇
定時連絡と状況報告が終わり、商店街入り口の駐車場に車を止めて索敵を行っていた凰樹は周囲を見渡した。
GEの反応をチェックするだけでなくほかのAGE部隊が姿を見せないか、その辺りも確認する必要があるからだ。
昨日の時点では第十二完全廃棄地区へ遺棄物回収の申請をした部隊は無かった。
しかし、ほかの部隊が遺棄物回収に向かった事を知り、申請をせずに遺棄物回収を行ったり、滅多には居ないがほかの部隊が見つけた戦利品を横取りしようとする不心得者もいる。
当然そんな行為が発覚すれば最悪AGEの資格を剥奪されるか、激戦区や奪還予定区への強制転属というある意味資格を剥奪されていた方がマシな運命が待ち構えていた。
奪還予定区へ強制転属させられたAGE隊員の損耗率は九割を超えると言われているが、送り込まれる者も、AGE規則の重違反者やGEとの共存を唱える反戦団体等、元々戦意に乏しく統率のとれない者で、そんな連中を最低限の装備で戦わされているのだから九割を超える犠牲者の数も仕方のない事ではある。
商店街入り口の駐車場周辺にも無数の石像が立ち並んでいた。
ある女性は逃げ惑う姿のまま石像に変わり、ある男性は鉄パイプの様な物を地面に叩き付けた姿で石像に変わっていた。
ACE隊員や守備隊員は武器を構えた姿のまま石像に変わり、今もその姿のままでこの街を守っている様にも見えたが、残念ながら彼らが手にしていた武器や身に付けていた装備などは既に剥ぎ取られ心無い者達の手によって持ち去られていた。
遺棄物回収でこの場所を訪れて石像の仲間入りをした者もいるが、ここにある石像の殆どは石と化してから十年が過ぎた為に人に戻る術を失った者達で、彼らの姿を複雑な思いで見ていたのは凰樹と竹中だった。
竹中紫、帝都角井製超精密仕様のPSG―1を使うスナイパー。
凰樹が永遠見台高校でGE対策部の部員を募集した時、一番最初に姿を現した入部希望者の第一号。
口頭で入部テストの内容を告げると、竹中はスコープを覗く時に邪魔にならないように長い髪の毛を左側に纏めて試射レンジに立ち、標的に向かってPSG―1を構えた。
入部テストの結果だけ見れば、竹中は窪内や神坂よりも精密な射撃が出来ており、常に冷静で弾数の残りを正確に把握して決して空撃ちをしなかった。
凰樹は竹中が使っているPSG―1の性能を考え、伊藤と共に後方を任せるつもりだったが、本人の強い希望により前線に就かせる事となった。
その為、竹中のPSG―1は窪内に徹底的にカスタムされ、フルオートが可能なスナイパーライフルへと変貌を遂げている。
「……時間切れ、か…………」
いつもは無口な竹中がポツリと呟いた。
肉親や親しい人をGEに襲われた者の心に重く圧し掛かる、十年という制限時間。
石と化した人の扱いは十年が経過した時点で、石化した人から以前人間だった石像へと変わる。
不思議な事に、十年経過するまではどんな事をしても傷一つ付かない石像が、十年を境に突然風化が始まり僅かな衝撃で細かい部分が砕ける。
【何故十年間は壊れないのか】や【十年経過した人の石化が解けないのか】、という謎は世界中の研究機関が莫大な予算をかけて研究を続けているにも拘らず、いまだに解明されていない。
「誰か助けられなかったのか?」
迷いはしたが、凰樹はその台詞を口にした。
竹中は表情を変える事無く首を振った。
「正確には、もう間に合わない。よ」
そう呟いた無表情な顔で、苦悩している事は十分に見て取れた。
「高レベルの環状石なのか?」
ゲートには中央に聳え立つメイン鉱石の他に、それを取り巻く小さな鉱石が存在する。
その周りにある鉱石の数でレベルが決まり、鉱石の数が一つ増えるごとに難易度のレベルがひとつずつあがる。
現在、メイン鉱石のみの【レベル一】から、鉱石が二十四個取り囲む【レベル二十五】まで確認されている。
「いえ、レベル二よ。先週も近くまで行ってるわ」
「あれか。あのゲートなら……」
凰樹はそこで言葉を詰まらせた。
破壊出来るんじゃないか? と、台詞を続けたかった。
しかし、現状それが可能かどうか凰樹は十分に理解していた。
「ありがとう」
一言だけ礼を言い、竹中は優しくも哀しいまなざしを送る。
無口ではあるが容姿の良い竹中を狙い、「大丈夫、俺が何とかする」や「俺が助けてやるよ」と、甘い言葉を吐きながら言い寄ってきた男の数は数え切れない。
そんな男達に「もしあの環状石を破壊する事が出来たら、私を好きにしていいよ」と約束し、その約束が果たせない限りは身体に触る事すら拒絶し続けてきた。
すり寄ってきた男達とのその約束は一回たりとも守られる事は無く、いまだにあの環状石は山の中に存在している。
甘い言葉を吐いて竹中に近づいた者はいつの間にか姿を消し、恐らく同じ様な境遇の者に近付いている事だろう。
むしろ、途中で無責任な言葉を止める凰樹だからこそ竹中は信頼し、全てを任せて部隊に所属していた。
「時間切れまで後二ヶ月あるの。だからそれまでは諦めないつもりよ」
「そうか」
凰樹はそれだけしかいえなかった。
時間切れなのが竹中とどういう関係の人なのか、それすらも聞き出す事は出来なかった。
◇◇◇
「あのさ、輝。午後からは私が残ってもいいよ。欲しい物はたくさん手に入ったし」
幾つもの食料品店から持ち出したと思われる砂糖や蜂蜜、それにさまざまな缶詰が詰められたダンボールが車両のトランクを占領していた。
「すまない。では蒼雲、楠木、霧養の三人はここで索敵を任せる。窪内、伊藤、竹中の三人は俺と一緒にAGE事務局の探索を行う」
「う、うん。任せて」
凰樹の言葉に一瞬表情を凍らせた楠木。
『輝と一緒に行けるならやっぱり私も!!』
本心ではそう言いたかった。
しかし、ここで我を通せば逆に信頼を失う事を理解しており、唇を一瞬噤んだ後で力なく答えた。
「任せてください! 俺が居るから大丈夫っス」
「そっちも無茶するなよ『少しは察しろ、この朴念仁……』」
神坂は楠木の心情を察して心の中で小さく呟いた。
昼食は持って来ていたおにぎりなどの他に今回収したての缶詰類を開けて火にかけ、今日回収したばかりの醤油などでそれぞれ味付けして食べていた。
オイルサーディンや鯖の缶詰、マグロフレークにさんまの缶詰と持って帰れそうにない量の缶詰が見つかった為、見た事の無い銘柄や珍しい缶詰を見つける度に味見も兼ねて片っ端から開けては試食を繰り返していた。
この場所が完全廃棄地区に指定されている事もあり、缶詰の賞味期限は完全に過ぎているが、今までの経験上、【保存状態にもよるが缶が膨らんでいたり開けた瞬間腐敗臭がする物以外は食べられる】事を知っている為、缶詰の賞味期限が過ぎていようと食べる事に躊躇する事は無かった。
また、環状石のGEに支配されている地区は細菌など微生物の数も異様に少ない事が確認されており、その為、缶詰の保存状態が余程に悪くない場合は食べられるケースも多く植物等も枯れる事はあっても腐っている事は本当に稀だった。
「これ美味しい!! これは次に見つけた時に優先順位高いよ!!」
「それは高級缶詰シリーズの最高の鯖です。残念ですけど見つかったのは二十個位ですね~」
運が良ければ倉庫に大量の缶詰がある場合もあるが、個人商店等ではそこまで在庫を置いている事は無い。
逆に、デパートなどは大量の在庫を抱えている場合もあるが、電気系統が死んでいる完全廃棄地区では倉庫への侵入が困難な場合も多く、GEが殆ど居ないような場合を除いて、回収に向かう事は少ない。
倉庫が開いている場合は可能な限り回収したりするのだが……。
「キャビアとかアワビとかの高級缶詰が見つかれば良いんっスけどね……」
「その時は人数分あればいいな。別の部隊に居た頃の話だが、三年位前にキャビアの缶詰が見つかった事があってな。そりゃもう、さっきまで共に戦っていた戦友との醜い奪い合いが……」
基本的には発見者や回収した者に占有権があるのだが、部隊で動いていた場合その占有権を巡り、高級缶詰に限らず貴金属類や酒類は分配する時に揉める事も多い。
最悪、それが原因で部隊が解散、隊員が散り散りになるという事態すらある。
「まあ、開けてビックリ仰天。中のキャビアは完全に乾いてて、小さな黒い粒が大量に詰まってただけっていう結果でね……。まあ、缶を振るとザラザラいうからおかしいとは思ってたんだが」
「普通の缶詰と違って保存が利きにくいからな。普通なら腐ってるんだろうけど、完全廃棄地区だと腐りにくいから水分が飛んで乾く事が多い。アワビとかの缶詰だと大丈夫だろうが……」
神坂の話では、結局、キャビアの缶詰は捨てられ、醜い奪い合いも最終的に笑い話で済んだという事だった。
「その時はみんなで食べちゃえばいいでしょ?」
「そうでっせ、その時は腕を振るわせて貰いましょ」
窪内は武器のカスタマイズだけでなく、料理なども得意とし、この部隊で料理の腕を競わせれば、窪内・楠木・神坂・凰樹・竹中・伊藤・霧養の順となる。
伊藤に関してはクッキーなどのお菓子系は、部隊内はおろか学校内でも殆ど右に出得る者が居ない程の腕前だが、料理やドリンク系を作る時、味より身体に良い事を優先させる為に時として独創的なドリンクを生み出す事もある。
なお、本人は「ちょっと飲みにくいけど、身体にはいいんだよ♪」と言って平気な顔で飲んでいたりするから、勧められた側も飲まざるを得ず、現在ではこの部隊の全員を含む何も知らない多くの生徒が独創的なドリンクの犠牲者となっている。
読んで頂きましてありがとうございます。