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ランカーズエイジ  作者: 朝倉牧師
居残り組編
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首都騒乱裏話

この章は凰樹が首都に行っている最中に広島第二居住区域周辺で起こった事件の話になります。

楽しんで頂ければ幸いです。



 八月二日、午後七時。



 東京第一居住区域に存在するビルの一室。


 そこに政府関係者や軍上層部の人間が集まり、午前中に発生した八岐大蛇(ヤマタノオロチ)W・T・Fと大烏(オオガラス)W・T・Fの戦闘映像などに目を通していた。


 今まで出現地域やその周囲では移動厄災や破滅の化身と恐れられていたW・T・Fが、ただ一人の男の手によって僅かな時間で処理されていく映像は、軍関係者にとっては非常に衝撃的だった。



 映像を持ち込んだのは防衛軍特殊兵装開発部であり、坂城(さかき)厳蔵(ごんぞう)も参考人としてこの会議に参加している。



ヴァンデルング()トーア()ファイント()だったか? 各国で甚大な被害を出したと聞いていたが、防衛軍では無くAGE二名の活躍でこうもあっさり処理されるとは、いささか拍子抜けだな」



 政府関係者は映像を見終わった後、精鋭として知られる第三特殊機動小隊が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)W・T・Fに対して熾烈な攻撃を加えたにも拘らず討伐はかなわず、(おぞ)ましい再生能力と凄まじい攻撃力になす術も無く壊滅するさまを見ておきながら、そんな事を口走っていた。


 軍上層部や、命を懸けて日々GEと戦っている部下を持つ者はその言葉に殺意すら覚えたが、表面上は平静を装っていた。



「その言葉、アメリカ軍関係者の前で言えますか?」


「言える訳なかろう。そんな事を言えば、返答が鉛の弾で返ってくる。例の赤竜種(ドラゴン)とやらはいまだに被害を拡大させ続けておるんだろう?」


「現在、五つの州を壊滅させ、なおも被害は拡大中です。このままいけば、一年以内に北米には存在する人類がいなくなる可能性が……」



 アメリカに出現した赤竜種(ドラゴン)W・T・Fは現在に至っても討伐されておらず、国内に点在する居住区域を壊滅させながら州から州へと移動し続けている。


 勇壮果敢なアメリカ人が州を壊滅させられて指を咥えてみているだけという訳も無く、アメリカに存在するAGEと同種の組織が討伐部隊を編成して立ちはだかったが、赤竜種(ドラゴン)W・T・Fに傷ひとつつける事も出来ず、全員石の彫刻へと姿を変えた。


 AGE系の組織だけでなく州に存在する軍や警察関係者まで特殊トイガンで武装して勇敢に戦ったが、攻撃が通用しない相手にどれ程銃弾を浴びせても無駄であり、ただ悪戯にリアルな石の彫刻を増やしただけだった。



「W・T・Fを討伐したAGEは確か、凰樹(おうき)(あきら)といったか? 確か先日山口で出現した赤竜種(ドラゴン)W・T・Fを討伐したのも……」


「彼です。もし彼がいなければアメリカの例もありますので、被害は山口県だけに留まらず、最低でも西日本全てが壊滅したのではないかと言われております」



 広島に到達した時点でランカーズに討伐任務が依頼されるのは分かりきっていたが、もし仮に凰樹を含めるランカーズがいなければ、被害が何処まで拡大するかは神のみぞ知る所だ。


 それだけに今回首都圏で発生した二体のW・T・Fは脅威であり、更に問題なのは、現存する兵器でW・T・Fを倒しうるものが何一つ存在しないという事実だった。




「彼は元々広島第二居住区域の人間で、今回は偶然に東京第三居住区域に来ていただけです。もし仮に彼がいなければ、半月と経たずに首都圏に生きた人間はいなかった事でしょう」


「馬鹿な!! たった二匹のGEが首都圏を滅ぼすというのか?」


「ただのGEではありません、W・T・F!! 移動厄災で、僅か一匹でも多くの国を滅ぼしている悪魔です」



 一匹ですら一年で北米を滅ぼすとまで予想されているW・T・Fだ。


 防衛軍やAGEの守備隊では対抗措置として役不足で、防壁や地下壕なども何の役にも立たず、そんなW・T・Fが二匹もいれば首都圏壊滅に半月掛かる事すらないだろう。



「で。君はどうするべきだというのかね?」



 政府関係者は軍関係者のひとり、W・T・Fの脅威を正確に理解している防衛軍大佐にそう尋ねた。



「彼に首都圏の移住を提案し、首都防衛の最終手段として保護、いえ、兵器として保有するべきかと……」


「AGE活動は強制では無い。今回の報酬も含めて六百億以上持つ人間が、いつまでも戦場に行くと思うか?」


「こちらの交渉次第でしょう。彼は故郷でGEに石にされている母親と姉を救出するまで活動はやめないといっております。非人道的ではありますがそれを妨害するという方法も……」


「論外だな。もし仮にそんな事をすれば、輝はあの力をこの国を滅ぼす為に使うだろう」



 この時、坂城ははじめて口を開いた。


 本来であれば、データの解析や武器の強化の為の貴重な時間を一分一秒たりとも無駄にしたくは無かったのだが、今回は防衛軍元帥から直々の命令であり、軍人である坂城にこれを拒否する権利などありはしなかった。


 それに坂城自身にも思惑があり、それを通す為にこの場に顔を出していたに過ぎない。



「坂城君。君はあの凰樹という少年と知り合いだと聞いているが、彼はそんな行動に出る人間なのかね?」


「敵対する者には容赦が無く、無能な味方にも容赦のない男ですよ。邪魔をする場合、高確率で処理される事でしょう」


「万が一の事態の時、彼を処理出来る者はいるのか?」


「先日の実験結果から言えば物理的手段での無力化は不可能、薬物もおそらく長年使っている生命力(ゲージ)回復薬の副作用で十分な効果を発揮しない。就寝中に家屋ごと破壊してもおそらく傷ひとつ負わずに瓦礫の中から這い出して来る事は間違いない。殺気や悪意に対して異様な反応速度を見せる為に、殺す為に近づけばどんなに巧妙に細工をしても即座に見抜きます。反撃は先程見た映像の光の螺旋でしょうね。それに輝を失えば、この国はW・T・Fに対抗する手段を失う事になる。そうなれば次にW・T・Fが出現した時がこの国の最後という事だ」



 他にW・T・Fに有効な攻撃方法が存在しない以上、凰樹を失うという事と、W・T・Fを討伐可能な手段を失うという事はイコールだ。


 もしこの国に凰樹がいなければ今頃どうなっていたか、それはW・T・Fが出現した他の国の惨状を見れば容易に想像が出来た。



「化け物だな。だが、友好的であれば、骨惜しみはせんのだろう?」


「W・T・F討伐や環状石(ゲート)の破壊であれば、進んで名乗り出るでしょう」



 凰樹は環状石(ゲート)の破壊やGE討伐で常人には理解できない様な異常な行動に出る事も多い。


 まるでGEの討伐に宿命的な物を抱いているかのような……。




「問題は故郷を解放した後か……。坂城君、君は彼の両親とも交流があったはずだが、君から見て彼の母親は救出後にAGE活動を止める様な人間か分かるか?」


「確実に、GE討伐を続けろというでしょう。六年前、GEに襲われて石に変えられたと聞いた時はもしやと思いましたが、輝の成長を鑑みれば、その可能性に賭けて自らあの場所に留まり、わざとGEに襲われて石に変えられた可能性すらあります」


「娘まで巻き込んで、共に元に戻れる確証も無しにか?」


「その位は()()女です」



 凰樹の父親もGE討伐で功を上げている男だが、当時の特殊トイガンや特殊ナイフだけで中型(ミドルタイプ)GEを討伐できる稀有な人間だった。


 もし樹海の環状石(ゲート)破壊作戦などという愚行に参加していなければ、今頃多くの支配区域の奪還に成功していただろう。



「…………凰樹輝の扱いはこれまで通りとし、装備の開発やサポートは防衛軍特殊兵装開発部で行う。W・T・F発生時は、彼に救援を要請しろ」


「半官半民のAGEとはいえ一般人にそう何度も救援要請すれば、防衛軍のメンツが……」


「彼を防衛軍所属として階級を与えては?」


「月に数百億稼ぐランカーに、どんな階級を与えるんだ? 佐官か? 将官か? 何百億なんて給料は出せんぞ」


「士官学校を出ていない以上、大尉止まりですな。戦時特例を適用可能ではありますが」



 今の防衛軍には官位は高いが権力を殆ど持たない特務少将という地位がある。


 高レベルの環状石(ゲート)の破壊やW・T・F討伐など、通常では不可能な作戦を実行できる者や、その作戦を実行させる為に与える階級ではあるが。



 十一年前に樹海の環状石(ゲート)破壊作戦の指揮を執っていたのも、当時の特務少将だった。



「特務少将か。W・T・F出現時には現地に急行させるという形になるな」


「彼は学生で、今のところの本分は勉強です。W・T・Fが出現したからと言って、そうそう簡単に呼び出して出撃させる訳にはいかんでしょう」


「W・T・Fによってその居住区域が壊滅してもいいのであれば、な」



 W・T・Fの対抗手段が他に存在しない現状では、体面に拘り過ぎると本気でそんな事態が発生しかねなかった。


 石化した人は元に戻れるかもしれないが、W・T・Fの攻撃によって破壊された街はそう簡単に元に戻らない。


 山口の高速道路ではその攻撃力を道路の破壊などでは発揮しなかったが、AGE部隊や守備隊が応戦した場所では結構な損害も発生している。



「発電所、ダム、食糧生産施設などを破壊されれば、再建にどのくらいの時間や予算がかかるか……。それにだ、再建や被災者の生活資金などの予算が無限に何処かから湧いてくる訳じゃない」


「政府としては、W・T・Fの被害だけを特別扱いする事は出来ない。GEによる被害を受けた者は全て同じGE災害の犠牲者なのだから」



 GEの攻撃で破壊された街も多いがその殆どは現在危険区域になっている為、当面は住居問題など緊急性の高い問題になる事は少ない。


 GEに奪われた危険区域も奪還されて安全区域になれば再開発される事も多いが、W・T・Fの攻撃は本来安全区域である居住区域に及ぶ事も多いので、人的被害以外で重要拠点や居住施設など建築物などの被害が深刻な場合も多い。



「W・T・Fに通用する兵器の開発はいつになる?」


「先日、輝の発案で(ヴリル)を他者の武器にチャージするという方法が見つかりました。コレが形になればW・T・Fにダメージを与える兵器の開発は可能です。ただ、チャージに輝など(ヴリル)の高い者の協力が必要ですが」


「それは、防衛軍の兵にも使用が可能なのか?」


(ヴリル)をチャージするカートリッジの開発が成功すれば、誰にでも使用できます」



 凰樹が荒城(あらき)のSIG552カスタム改に(ヴリル)をチャージした行動を、即座に今後の武器開発の指針にした坂城の発想は見事だった。


 しかし、チャージした(ヴリル)が何処まで()()かという問題や、チャージそのものに(ヴリル)を一定以上纏う人間の協力が必要不可欠という事実は変わっていなかった。



「その武器の開発は急務だな。資金資材人材は防衛軍だけでなく政府の方でも全面的に協力する。必要な人材や資材があれば申し出て欲しい」


「必要な物は随時要求します。ただ、(ヴリル)に耐えうる素材でバレル等を構築しなければ、使用中に銃自体が爆発しかねません。その素材の選定や形成には専用の設備も必要で……」


「防衛軍特殊兵装開発部直属である帝都角井の生産工場や、他の精密機器開発部署の全面協力を約束する。必要な資材や人材は明日にでも送り届けよう」



 坂城がこの場に顔を出した狙いはこれだった。


 防衛軍特殊兵装開発部が無尽蔵な予算を有しているとはいえ、人的資源や流通経路を押さえられている入手困難なレアメタルやレアアースの確保は難しい。


 それに、通常であれば特殊トイガンや特殊小太刀などの強化とはいえ、レアメタルを大量に発注しても坂城が望んでいる量が手に入る事はまずない。


 その為にこの場で危機感を煽り、レアメタルをはじめとする希少な物資の確保を容易にしたかったのだ。



「当面、凰樹輝の特務少将任命は保留とし、新型特殊トイガンの開発を最優先とする。なお、凰樹輝は当初の予定通り今月十日まで首都に留めておくように」


「了解しました」



 こうして凰樹の八月十日までの滞在が決まり、新型特殊トイガンや特殊小太刀の開発が本格化した。


 そして、その為に広島第二居住区域では凰樹が八月十日までいない事が確定し、残されたランカーズのメンバーは現有戦力で様々な事件に立ち向かわなければならなかった。




読んで頂きましてありがとうございます。

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