決戦W・T・F
この話と次でこの章は終わります。
楽しんで頂ければ幸いです。
八月二日、午前八時三十二分
防衛軍特殊兵装開発部で早朝から行われている坂城の講義は開始直後に常人の理解力を超え、用意されいたホワイトボードには見た事も無いような記号や専門用語が羅列していた。
早朝から行われている理由については坂城側に何か事情がある事は間違いないが、坂城の口からその事についての説明がされる事は無かった。
徹夜で解析作業を行っていた為に妙にハイテンションな坂城厳蔵、朝食に呼ばれるまでソファーの上で甘い夜を楽しんでいた桃山那絵海と智草千寿、夜遅くまで考え付いた新しい戦い方を試し、その回復で半死人状態だった凰樹輝の四人は特にひどい状態だった。
「この様に、人の体に蓄えられる氣には本来限界があり、千辺りが限界値と考えられている。先日の実験の際、輝の持つ氣が最大測定値を超えていたのはこちらのミスでは決してなく、想定を遥かに超える氣を持つ輝が原因であり、その身体に蓄えられた氣は氣では無く、古文書などに登場する神力である可能性まで…………」
講義をしている坂城も、受けている凰樹もお互いに何をしているのかさえ定かでは無く、坂城は誰に聞かせているのかすら不明で、先日の実験の不備に対しての弁明と解釈を延々述べているだけにも見えた。
「生命力と氣は似て非なる力ではあるが、GEに攻撃を受けると生命力が優先的に奪われ、完全に奪い尽くされると身体が石に変わる事は知られている。しかし、体内の蓄えた氣を攻撃などの方法で全て失っても石に変わる事は無く、石化現象とこれらの関連性は現在も調査中で、そもそもなぜ体が石に変わるのかといったメカニズムが……」
ヒートアップした坂城の手により先日以上に混沌空間と化したホワイトボード、もはや書いている坂城自身も整理がついていないような状態で、坂城は仮説と新説を織り交ぜながら独創的な講義を続けていた。
用意していたスクリーンに簡略化させた形ではあるがブラックボックスの一部を表示させ、生命力や氣がどのように特殊トイガンや特殊小太刀などで使われているのかが説明された。
しかし、数値から名称に至るまですべてが専門用語の塊で、それを理解できるなら自分でブラックボックスを設計できそうなレベルだった。
「昨日のアレ、うまく使えば戦略の幅が広がる。一度実戦で試すしかないが……」
凰樹も講義など殆ど聴かずに、独り言を呟きながら、何かを考え続けていた。
一応、凰樹はホワイトボードやスクリーンにも視線は向けている為、十分に理解できないとはいえ、知識として吸収できる部分は脳内に留めている。
甘い夜の余韻がまだ抜けきっていないのか、桃山は妙に艶めかしい顔で智草に抱き着き、時折両手の二の腕で挟み込む様に智草の大きな胸を押し潰し、妖しい瞳をした智草に優しく窘められていた。
「千寿~、今夜もしない?」
「那絵海、こんな時間からいけないおねだり? 人前なんだから、しっかりしなさい」
普段は真面目な智草も桃山を窘めながらも齎されている甘い刺激を愉しみ、周りの目があるにも拘らず今にも昨晩の続きをはじめかねない雰囲気だった。
「私があんなに勇気を出したのに、信じられませんの……」
そんな四人に比べると荒城佳津美だけは一見まともに見えるが、勇気を出して夜中に凰樹の部屋を訪ねたところ、部屋を留守にしていた為に凰樹からの返事無しという結果に終わり、部屋に帰った後でひとつだけ荷物に紛れさせていたSD凰樹ぬいぐるみに散々八つ当たりをして、今なおご機嫌ななめな状態だ。
◇◇◇
午前九時三十七分。
誰の為に開いているのか、誰が得をするのか分からない講義は一時間以上続いたが、突然入った松奈賀からの連絡で全員即座に現実へと戻ってきた。
「…………という形で第三特殊機動小隊は壊滅した。とりあえずだが、今の所八岐大蛇W・T・Fは現場から動かず被害は拡大していないが、東京第三六六環状石からもW・T・Fが出現する可能性は濃厚で、いまにも…………」
予断を許さない状況である事は即座に理解できた。
もし仮にヴァンデルング・トーア・ファイントの二体同時発生などという事態にでもなれば、どれだけ被害が拡大するか想像もできない。
「分かった、すぐに輝を向かわせる。輝、頼めるか?」
「了解です。現場までの移動手段はお願いします」
講義は即座に中断されてエマージェンシーコールが響き、凰樹達はすぐに着替えて坂城が用意していた最新型の装備を身につけた。
凰樹の特殊小太刀だけでなく、智草の特殊大太刀にもハーフトリガー機能が追加されており、内部にも細かい調整が施されていた。
「ここから現場まで車で三十分だが、緊急車両に先導させるから十五分程だ」
「現場に付いたらすぐ戦闘ですね、八岐大蛇W・T・Fとの戦闘データなどがあれば見せてください」
無数のパトカーや特殊車両に囲まれた大型バスの内部で凰樹は出来る限りの情報を集めていた。
八岐大蛇W・T・Fはこちらが油断すれば即座に命取りになる相手だという事を、凰樹は十分理解している。
「運よくこいつも飛行タイプじゃなかった。ある程度銃撃後に接近戦を仕掛ければ何とかなる気もするけど……」
「何とかなるのね。八岐大蛇W・T・Fが……」
赤竜種や邪眼蜥蜴種は特殊能力が脅威ではあるが、飛行能力を有していない分、戦いやすい相手ではある。
アフリカの超巨大翼竜種は現行の武器では攻撃すら届かず、どうやれば倒せるか分からないという状況だ。
時間が無い為に戦闘記録を倍速で観ていたが、精鋭として名高い第三特殊機動小隊が簡単に壊滅する姿は十分過ぎる程理解できた。
八岐大蛇W・T・Fの攻撃は死角の無い頭での噛み付き、八本もあるシッポでの波状攻撃、その巨体を生かした突進で、僅かこれだけで第三特殊機動小隊は壊滅している。
「特殊攻撃が分からないのが痛いな。炎の息か水砲辺りを使いそうなんだけど」
「そうだな、八岐大蛇W・T・Fは今迄に出現報告が無い分その点が不利だ」
同タイプのF型で出現報告があれば、ある程度の対策は取れる。
しかし、今まではW・T・Fの特殊能力が分かったとしても、特殊能力の攻撃範囲で被害予測を出していただけに過ぎない。
「討伐報酬は後で上に申請する。最終的には防衛軍の管轄になるか対GE民間防衛組織の管轄になるのかは分からんが……」
「討伐報酬が欲しくてAGEなんてやってませんし……、坂城さんには世話になってますから」
奪還した土地転がしや企業への魔滅晶の販売などで無限に近い予算のある対GE民間防衛組織と違い、税金が投入されてその予算内で活動している防衛軍では出せる報酬にかなりの差がある。
その為、年に幾つもの環状石を破壊して支配区域を解放しているにも拘らず、防衛軍の隊員に支払われる特別報酬は雀の涙程度だ。
討伐報酬が目的の者の中にはAGEに留まり、拠点晶を破壊していた方が実入りが良いという者すら存在している。
「討伐報酬以外に何が目的なの……って、母親と姉さんの救出だっけ?」
「無欲ですね……って、あれだけポイントがあればそうなるのかな?」
凰樹は特に無欲という事では無く、二百五十六億あろうが千億あろうが一発五万円の最高純度弾を使い続ける場合は予算が幾らあっても困る事は無いと考えている。
単に凰樹は必要なポイントは環状石を破壊して対GE民間防衛組織からの報酬で稼げばいいと考えており、防衛軍から齎される物には討伐報酬では無く、討伐報酬を期待しているだけだ。
「すまんな……」
郊外にある元ショッピングセンターに近づくと既に警察と防衛軍の共同戦線で通行規制や報道規制が張られており、道の端に追いやられた報道関係者の車やこの位置からでも八岐大蛇W・T・Fの姿をカメラに収めようとする報道関係者の姿が目に入った。
上空からヘリで撮影するという方法もあるが、報道関係者にヘリを貸し出す程今の政府は甘くない。
「あ、今の車両、何処の部隊なんですか?」
「第三特殊機動小隊はもう来てるんですよね? 他の特殊機動小隊まで呼び戻したんですか?」
「GE討伐に別の部隊だと話になりませんよね? まさか守備隊とかAGEに助けを求めたって事ですか?」
封鎖された道路周辺では、各種報道陣のそんな声がいつまでも響いていた。
◇◇◇
午前九時五十三分。
八岐大蛇W・T・Fから百メートルほど離れた場所にある半壊したコンビニ跡を拠点としていた松奈賀と合流した凰樹は、八岐大蛇W・T・Fの状況などを遠隔操作のカメラの映像で確認していた。
「すまないな凰樹。W・T・F討伐は軍人の仕事なのに」
「適材適所じゃありませんが、討伐できる人間がやるだけですよ」
対GE用の装備を身につけた凰樹は、手にしたM4A1改を確認した。
徹夜でテンションが上がった坂城が更に調整を施して、内部に特殊小太刀と同じ氣チャージシステムとメーターが追加されており、凰樹であれば生命力を消費せずに済む様になっている。
「私も支援射撃をしますわ」
不機嫌だった荒城も気持ちを切り替え、同じく坂城が調整を施した帝都角井製SIG552カスタム改を手にした。
「……坂城さん、フルチャージされた氣は追加無しで撃って何秒もつ?」
「まあ十秒が良い所だが……、なるほど、確かにその手もあるな」
「十秒か、支援射撃には十分だ!! 佳津美、銃を」
「はい、輝さん」
凰樹は荒城からSIG552カスタム改を受けとり、チャージボタンを押して氣を送り始めた。
僅か数秒で追加されたメーターにはMAXまでチャージされた氣が表示されたが、凰樹のリングに表示された生命力は減らずに百のままだった。
「私達も……」
「いや、氣対応型は輝と荒城君の銃だけだ。時間が足りなかったので、それ以上は無理だったのでな」
凰樹は自分のM4A1改にも氣をフルチャージし、八岐大蛇W・T・Fを視界に収めた。
「佳津美、ここから十メートル程八岐大蛇W・T・Fに近づいて、頭部に十秒支援射撃を行ってくれ。タイミングやどの頭を狙うかは任せる」
「わかりました。輝さんは?」
「一旦八岐大蛇W・T・Fの右方向に移動した後、そこから射撃を行い、反対側から斬り付ける。銃撃で倒せれば問題無いんだが……」
八岐大蛇W・T・Fの全長は十五メートル程。
胴体から延びている首が各五メートル、シッポが各七メートル程で胴体部分だけでも三メートルもある。
その何処かに要石が隠されていると考えられるが、もしかしたら頭のどれかに隠されている可能性もある為に楽観はできない。
「あの、私達も……」
「やめとけ。レベル差位分かってるんだろう?」
松奈賀は特殊大太刀を構えようとした智草と次世代型ブラックボックス内蔵のステアーAUG改を構えようとした桃山を言葉で制し、二人は素直にそれに従った。
「邪魔……って事ですか?」
「ハッキリ言えばそうだ。あの二人の呼吸に付いていけるなら止めはしないが」
凰樹と荒城は目を合わせずに、お互いの攻撃開始のタイミングを感じ取った。
次の瞬間、凰樹は八岐大蛇W・T・Fの右側に回り込み、チャージした氣を最大まで乗せた銃撃を頭部に向かって浴びせはじめた。
頭部に命中した光の銃弾は一撃で半径四メートル程の光球を発生させ、何本もの頭を纏めて光の中へと飲み込んだ。
そしてそのまま胴体、シッポと続けて銃弾を浴びせ、原型がほとんど残っていない位に八岐大蛇W・T・Fを破壊したが、それでも八岐大蛇W・T・Fが消滅する事は無く、破壊された部位が悍ましい速度で再生を開始していた。
僅か二十秒後、八つの頭とシッポ全てを完全消滅させた凰樹はそのまま左側に回り込み、今のわずかな攻撃の負荷でバレル周辺がヒビだらけとなったM4A1改をその場に投げ捨て、特殊小太刀を手にしてそこから再度加速して一気に懐へと迫った。
「あれ? 荒城さん、支援射撃して無くない?」
「今はまだその時じゃないんだろう」
凰樹が銃を投げ捨てて特殊小太刀に手をかけて再加速をするほんの一瞬、刹那に発生した隙、それに気が付いた八岐大蛇W・T・Fは頭部を一本だけ急いで再生し、そこから凰樹目掛けて何かを放とうとしていた。
しかし、その刹那の瞬間を予測し、その僅かな時を息を殺して待っていた一人の少女の存在が八岐大蛇W・T・Fにとっての最大の誤算であったのかもしれない。
「そこですわ!!」
何かが放たれようとしたまさにその瞬間、荒城が放った銃弾が再生したばかりの頭部を削り取り、八岐大蛇W・T・Fは凰樹を倒す最後のチャンスを失う。
初激から十一秒、攻撃を続けた帝都角井製SIG552カスタム改は最初で最後の役目を終え、そしてその十一秒という時間で凰樹は八岐大蛇W・T・Fの胴体部分に僅かに覗いている要石を発見し、ハーフトリガー状態にした特殊小太刀で狙いを定めた。
「これで……終わりだ!!」
凰樹は八岐大蛇W・T・Fから一部だけ覗いていた要石に特殊小太刀を突き立て、そのままトリガーを引いて要石を完全に粉砕した。
しかし、内部に溜めこんでいた氣の量があまりにも膨大だった為に、特殊小太刀も刀身から眩い光の帯を何本も伸ばして要石と共に完全に砕け散った。
「輝の氣に刀身が耐えられなかったか。まあ、もう一匹が出て来る前に予備を用意すればいいだろう」
「そうだな。しかし、凰樹は本当に凄い奴だ……」
八岐大蛇W・T・Fという脅威が去った為、坂城と松奈賀は一息ついてそんな事を口にした。
今、目の前に起こった事を凰樹以外が再現する事は不可能だという事をそこにいた防衛軍の兵士全員が理解していた。
「あの、この銃はしばらく使えそうにありませんの」
「俺の方もだ、おそらく氣のフルチャージ状態に耐えられなかったんだろう」
凰樹と荒城の特殊トイガンは氣のフルチャージの反動であちこちにヒビが入り、このまま使えば爆散しそうな状態になっていた。
「そっちもか、ブラックボックスと特殊バレル周辺の耐久力強化が急務だな。素材から見直す必要がありそうだが……」
坂城はそれを見て、呟きながら頭を掻いていた。
「石化から復活し、意識を失っていた防衛軍第三特殊機動小隊の収容完了しました」
「ごくろうさん。小柳達も元に戻ったか。しかし、この結果を聞けば一層矜持は傷付くだろうな……」
待機していた救護班、および運搬部隊の隊員が的確に救助作業を進め、弛緩した空気が流れたその瞬間、松奈賀が身に着けていた端末が着信音を鳴り響かせた。
狩夜敬吾と表示された端末のボタンを押し、そこから聞こえてきたのは予想通りに凶報だった。
「松奈賀さん。ヴァ……ヴァンデルング・トーア・ファイントです!! たった今、東京第三六六環状石からW・T・Fが出現しました」
「い…今か? どんなタイプだ?」
「それが…………、大烏です翼を広げれば十メートルを優に超える大きさの……」
MIX‐AのW・T・F。
特殊GE……W・T・Fの報告で今までにも無い訳では無いが、強力な特殊攻撃を有している赤竜種や異常な再生能力を持つ八岐大蛇と比べれば幾分マシと考えられた。
大型GEや門番GEではMIX‐Aは珍しくも無いし、要石を内蔵した門番GEがW・T・Fであるならばこういった可能性も十分にある。
「どうする? 武器が……」
「特殊小太刀はもう一本ありますが……」
大烏W・T・Fが地上にいた場合は最悪特殊小太刀だけでも何とかなるが、空に飛ばれた場合には特殊トイガンで翼を破壊するなどしなければどうにもならない。
「装備を完全に整えて攻撃を行うには丸二日は掛かる。それまで大烏W・T・Fがおとなしくしてくれれば……」
「無理だろう……。選択肢は二つ、今ある武器を掻き集めて一か八かの攻撃を仕掛けるか、東京第三六六環状石周辺の破壊に目を瞑って二日耐えるか……」
防衛軍が使っている次世代ブラックボックス内蔵の帝都角井製89式小銃や最終調整されていない同じく次世代ブラックボックス帝都角井製のM4A1改は幾つかある。
しかし、氣に完全対応させていない為に、チャージボタンを使用すれば消費するのは氣では無く生命力だ。
「飛んで何処かで暴れられるくらいなら、今すぐ討伐するべきだと思います」
「輝……、大烏W・T・Fが空を飛んだ場合、我々になす術は無い。それでも行くのか?」
「体内に隠された要石の位置が分かればあるいは……」
要石は頭部、もしくは胴体の何処かと考えられるが、今までも心臓の位置などからは離れた場所に存在していた為に、体のどこにあるのかは見つけるまで分からない。
ある程度攻撃力がある武器で大烏W・T・Fの体を削り、要石を発見できれば、そう考えた時、凰樹はある事に気が付いた。
「低純度弾!! 最高純度弾を使うから銃に負担がかかるなら、弾の純度を落とせばいい。別に銃撃でトドメを刺す必要がある訳じゃないから、それで要石を見つけられれば……」
「その手があったか!! どこまで落とす? 一発百円程度の弾であればすぐに用意出来るが」
「その辺りでお願いします。赤竜種の時は五千円位の純度の弾で問題が無かったからいけるでしょう」
坂城は防衛軍の兵士に低純度弾を用意するように伝え、予備の次世代ブラックボックス帝都角井製のM4A1改に出来る限りの調整を施し始めた。
凰樹と荒城はそれぞれ救護用の車両に運ばれて軽い検査を終えた後、別の車両で東京第三六六環状石へと向かった。
東京第三六六環状石は今は当然稼働していない工場の跡地に生えている。
発生した当時に工場の所有者が何度も破壊しようと試みたが当然壊れる事など無く、最終的に工場の所有者が別の場所に工場を移した為にGE発生直後に従業員は誰一人犠牲にならなかったという話だ。
現在、この東京第三六六環状石を囲っている企業はこの工場の元の所有者では無く、十五年前に廃工場ごと買い取った魔滅晶精製社。
魔滅晶の精製技術に関する特許のひとつを持つ企業で、対GE用の特殊結界用の大型対GE用魔滅晶の精製と形成などを主に行っている。
◇◇◇
午前十一時二十分。
凰樹は大烏W・T・Fの動向に注意を払いながら、元工場跡地内へと侵入していた。
大烏W・T・Fは確かに環状石の近くで体を休めていたが、元々の烏の習性が残っているのか、工場で一番高い倉庫の屋根の上で羽を休めている。
空を飛んでいなければ何とか攻撃できる、そう考えた凰樹は工場の入り口から内部に侵入し、半分崩れた工場内を慎重に進んでいた。
「チャンスは一度、ここに伊藤がいてくれれば……」
もし仮に伊藤がこの場所にいれば屋根の上にいる大烏W・T・Fの位置を正確に凰樹に伝え、これだけ大きなGEであれば、体内の紅点の僅かな反応の違いで要石の位置を特定できたかもしれない。
それだけ伊藤の探索能力はずばぬけており、入部後すぐに伊藤の才能に気が付いた凰樹は索敵任務を任せ、専属の護衛として楠木を付けていた。
「いない伊藤に期待しても仕方がないか。ゴーグルの反応と最後に確認した姿を頼りに攻撃を仕掛けるほかないな」
ゆっくりと確実に大烏W・T・Fが羽を休める倉庫の真下まで進み、運良く残っていた倉庫内の棚をよじ登って大烏W・T・Fのすぐ下まで近づく事が出来た。
大烏W・T・Fは床がある為に特殊BB弾の攻撃が通用しないと気が付いているのか、すぐ真下に凰樹がいるにも拘らず攻撃を仕掛けようともしなかった。
「真下にいる輝さんに気付いてる筈なのに攻撃してこない……、作戦失敗?」
「攻撃で開いた穴から銃弾を浴びせる予定だったからな。初激で翼にダメージを与えて飛行能力を奪い、特殊小太刀でトドメを刺す予定が大狂いだ。大烏W・T・Fが屋根を壊さん限り低純度弾では屋根を貫通させて攻撃する事は無理だな」
一発五万円の最高純度弾であれば爆発の範囲が広い為に、あの位置からでも十分に大烏W・T・Fにダメージを与える事が可能だ。
しかし、今は銃に負担をかけない為に一発百円程度の低純度弾を使用している。
出現したW・T・Fの順番が逆であれば、もっと楽に作戦を進めた事だろうが、運悪く大烏W・T・Fが後から出現した為、討伐がより困難な状況になっていた。
「さて……、練習通りにうまく行ってくれよ…………」
凰樹はM4A1改を腰のホルダーに固定し、代わりに特殊小太刀を鞘から引き抜きチャージボタンを押した。
特殊小太刀に氣を流し、メーター一杯まで氣をチャージした後、ハーフトリガー状態にして更に拳と刀身に直接上乗せで氣を纏わせ、屋根の上にいる大烏W・T・Fに向かって狙いを定める。
「神穿波!!」
突き出した特殊小太刀から氣を極限まで乗せて光を纏った螺旋状の衝撃波が放たれ、特殊小太刀を中心とした直径五メートル、直線で三十メートル程の距離を光の螺旋が飲み込んでその範囲にある物を全て完全に消滅させた。
屋根の上で暢気に構えていた大烏W・T・Fは神穿波で生み出された光を纏った螺旋状の衝撃波をマトモに食らい、体内に隠していた要石とその周辺を纏めて消滅させられ、そのままその身体を光の粒子に変えて消滅してゆく。
「何とかうまく行ったな。あ、超高純度魔滅晶……」
完全に真円で超高純度の魔滅晶が倒した大烏W・T・Fの体から零れ落ち、ほぼ真下にいた凰樹の手元へと落ちてきた。
戦利品である超高純度魔滅晶を手にし、凰樹はそのまま元工場跡地を後にした……。
◇◇◇
作戦失敗、一時はそう判断した後に目の前で起こった現実離れをした光景。
ほんの数秒前に工場の屋根ごと大烏W・T・Fを貫いた光の螺旋の破壊跡を、坂城や桃山達は信じられない物でも見るかの様にみつめていた。
「なに? 今の……」
「おそらくだが、あの打撃力測定の時に輝が使った技の完成形だろう。拳で放ってあの威力だったんだ、特殊小太刀にチャージした後で同じ事をすればあんな結果になるという事だ」
「失敗したら後が無いのに、よくあんな技使えるわね……」
ぶっつけ本番では無く、打撃力測定を行った日の夜にいくつか考えていた技を試し、凰樹がこの状況であれば神穿波を使えると判断しての行動だ。
当然、当初の予定通り大烏W・T・Fが攻撃を開始し屋根に穴をあけた場合にはM4A1改で翼を破壊し、要石に特殊小太刀を突き立てて倒すつもりだった。
「W・T・Fが出現して被害ゼロ。もしかしたらですが、あれはW・T・Fじゃなかった可能性も……」
あまりにも被害が少なかった為に、狩夜はあの大烏がW・T・Fであったことそのものを疑っていた。
「狩夜、状況を疑うのは立派だが、もし仮にアレがW・T・Fじゃなければ正体は何だ?」
「ただの……大型GEとか?」
「可能性としてはありえるが、その場合は一緒に環状石が消滅した説明も必要だな」
大型GEとW・T・Fの決定的な違いは、倒した後で支配エリアが解放されるかされないかで、どんなに強くても大型GEは環状石で二週間ごとに復活する雑魚に過ぎず、W・T・Fは存在そのものが厄災であり、倒せば環状石の破壊まで同時に行えるエリア解放のボスのような存在だ。
今回、大烏W・T・Fの討伐完了と共に東京第三六六環状石も消滅し、支配エリアが解放された事が、先程の大烏がW・T・Fだった何よりの証拠だった。
「被害が出なかったのは此処に輝がいたおかげだ。もし、輝が東京第三居住区域にいなければ二匹のW・T・Fは首都圏を壊滅させておった事だろう」
もし仮に東京第三居住区域だけでなく東京の居住区域全てに被害が出れば、被害総額がどんなレベルに達したかは想像に難くない。
過去に一度、GEに奪われた時には出現したGEが小型GEであった為に建設物への被害はそこまででは無かったが、今回は相手がW・T・Fである為に他の国と同じ惨状と化していただろう。
そうなれば再建費用だけで国が傾きかねない予算が必要となっていたのは間違いないうえに、首都を再び奪われる事による人心への影響も無視できないレベルだったに違いない。
「そう……ですね。世の中にはW・T・Fをあんなに簡単に倒せる人がいるんですね……」
八岐大蛇W・T・F討伐時と同じ様に松奈賀の端末が着信音を響かせ、まさか三匹目が出現したのかと最悪の事態を予測したが、連絡を入れてきたのは別任務で動いていた防衛軍特別執行部の人間だった。
「俺だ……、なに!! 酸漿の居場所? 調べがついたのか?」
「はい、どうやら東京第三居住区域の墓所周辺に潜んでいるらしく、現在別働隊が周囲を探っています」
「墓場なら丁度良い。発見次第射殺しろ」
「了解です、処理完了次第連絡を入れます」
「三匹目では無かったようだな」
通話を終えた松奈賀に坂城は安堵した顔で訪ねた。
「ええ、ですが今回のW・T・F出現で企業への口実が出来ました。許可の有無に関係なく、候補に挙がっていた環状石はすべて破壊します」
元々所有権の発生しない環状石を囲い込み、石に変えられた人を見殺しにして魔滅晶で一儲けなどと考える輩が大っ嫌いだった松奈賀は、現場に復帰した第三特殊機動小隊に残り五か所の環状石の破壊を打診し、第三特殊機動小隊は首都圏に住む全ての人の生活を守る為、五か所すべての環状石破壊作戦を開始した。
「これで一件落着、後は輝の使う装備の強化と、W・T・F戦のデータ解析だな」
「そっちは任せます。では……」
何も言わないでも何に向かったのか理解した狩夜は坂城達に一礼し、松奈賀の後を追った。
この日と翌日予定されていた検査などはすべて中止され、凰樹と荒城の二人だけが再検査される事となった……。
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