ヴリル覚醒
坂城の研究と松奈賀&狩夜の話です。
愉しんで頂ければ幸いです。
八月一日、午後十時三十五分。
防衛軍特殊兵装開発部、特別研究室。
そこで親睦を深める目的で用意された食事会を予定通り欠席した坂城は、今日集めた凰樹のデータと今までに集めたデータの照合などを行っていた。
映像を一時的に止めてはシーンごとに凰樹の映っているコマを探しだし、それを拡大して確認するという作業を気の遠くなる程繰り返し、以前の映像記録などから当時纏っていた氣の量などを割り出し、成長率や最大瞬間量を探し出した。
凰樹の姿が映っているという事は、他の誰かが記録した映像であり、当然、作戦行動中でも無意識に凰樹の姿を確認している竹中を初めとする女性の物が多かった。
「今の所最大値は当然ヴァンデルング・トーア・ファイント討伐時のバーストの瞬間だが、その前のハーフトリガー機能使用時も異常な数値である事は間違いないな」
特にハーフトリガー状態の特殊小太刀が発している氣の量は異常で、特殊小太刀の周りを漂っている小さな光の粒ひとつひとつが推定数千ヴリルである事が確認されている。
数値が特定できないのは無数に漂っている光の粒子全てがその数値であり、相互に干渉し合って正確な数値が予測できない為だ。
この現象が原因で改良した筈の特殊小太刀の次世代ブラックボックスは想定以上の負荷であちこちが破損しており、刀身にも見えないヒビの様な物が大量に入っていた。
勝負が長引けば、最悪、攻撃手段を失った凰樹が敗北するという未来もあり得た。
今凰樹が手にしている特殊小太刀はその辺りも改良してあり、ハーフトリガーでしばらく使用しても何の問題も無い様になっていたが、それもいつまでもつかは試さない限り分からない。
「いつから……というのは分かりきっておるが、やはり決定打になったのはひと月ほど前の環状石破壊時で間違いないようだ。アレから輝の能力が日増しに増加しておる。輝の氣が覚醒した時は此処だ!!」
環状石内部で起こる生命力を使ったチャージ機能の妨害で、それまでに凰樹が無意識に溜め込んでいた氣が一気に覚醒した事は疑いようも無かった。
特殊小太刀の出力が当初W・T・F討伐時のような現象を起こしていなかった理由としては、特殊小太刀内部に溜め込める氣には限界があり、そこには代わりに生命力がエネルギーとしてチャージされていた為だ。
その後の改良で偶然ハーフトリガー状態で機能した為に膨大な量の氣を全て攻撃用のエネルギーとして使用でき、内部で溢れて飽和状態になった氣が刀身から発散されて、あの様な光に包まれた太刀が生み出されていたのだ。
偶然の産物とはいえ、W・T・F戦で非常に役立つ機能である事は間違いない。
「輝の成長は当然の事ながら、荒城君の成長を考えれば、やはりもう一度霧養君の能力も再度測定する必要があるな。まあ、ランカーズのメンバー全員分のデータも必要ではあるのだが……」
「全員呼ぶと、広島第二居住区域が何を言ってくるかわかったもんじゃない。だが……、今回は広島第二居住区域が壊滅する危険を冒してでも全員こちらに呼ぶべきだった」
防衛軍特別執行部の松奈賀大嗣が各企業との交渉を終え、ようやく防衛軍特殊兵装開発部に戻ってきたのはつい数分前だった。
「大嗣か? 執行部の仕事はうまく行ってるのか?」
「厳さんなら当然俺のもう一つの顔も知ってるよな。直接会えた企業は四、急病を理由に門前払いが一、代表者不在が二、どいつもこいつも腐ってやがる」
事前にアポイントを取っていたにも拘らず、三つの企業が松奈賀に会う事も無く受付で追い返していた。
拒否されたのは三件目、六件目、七件目なので、何処かから松奈賀が何をしているかの情報が漏れたのだろう。
「石に変えられた人を見捨て、魔滅晶でボロ儲けしようって奴らだ。他人がどうなろうと知った事じゃないだろうぜ」
「腐りきってやがるな。まあ、それでも今回は東京第一三三環状石と東京第三六六環状石の破壊は認めさせたから、最悪の事態は回避できた」
他の環状石は最大でひと月以上後のW・T・F発生予測で、直前までに何度も交渉を行えばいいと考えていた。
「最終手段だが、空挺部隊で空から攻めるという方法も残されている。W・T・F発生だけは阻止せんとな」
「その手があった……。流石厳さん、亀の甲より年の功だな」
AGEや守備隊では特殊な飛行機などを所有していない為に無理だが、防衛軍であれば空挺部隊を使った降下上陸作戦を実行できる。
囲まれている私有地を無視して上空から攻めれば企業も文句など言えないが、GEの攻撃という脅威がある為に成功率は低く、本当の意味での最終手段だ。
「オマエまで年寄り扱いか……まあいい、それで、その二つの環状石の破壊はいつだ?」
「第三特殊機動小隊が明日の早朝、遠征先の青森から帰還しますので、その後すぐに……」
第三特殊機動小隊、特殊トイガンや特殊マチェットを装備した拠点晶及び環状石の破壊とGE戦闘に特化した特殊部隊のひとつ。
隊員数は三十名で、索敵や移動などは別の部隊が支援している。
特殊機動小隊は第一から第五まで存在するが、どの部隊も入れ替わりが激しく、求めるレベルに達している隊員の確保に苦労していた。
環状石の破壊に成功すれば石化から戻るとはいえ、破壊そのものに失敗する事もある、門番GEが異常に強い場合……。レベル差を超えてやけに強力な門番GEが稀に存在するからだ。
門番GEの強さは環状石のレベルに比例するといわれているが、レベル四辺りから急激に強くなり、五~六ともなれば、最高純度の特殊弾や、高純度特殊ランチャーですらダメージをほとんど与えられない場合もあった。
部隊に損害が一定以上出れば撤退命令が下り、石の像と化した戦友を見捨て血が出る程に拳を握りしめながら戦場を後にした事も一度や二度では無い。
「第三特殊機動小隊であれば間違いないな」
「おそらく、明日の昼過ぎには環状石の破壊報告を聞いていだろう……」
第三特殊機動小隊は防衛軍内でも信頼されており、重要な環状石攻略作戦時には、ほぼ確実に名前が挙がっているほどだ。
他の部隊が劣っている訳では無いが、隊長の小柳長滋は防衛軍内でも屈指の特殊マチェット使いで、支援が必要だが大型GEを討伐できる防衛軍内で唯一の存在でもある。
「問題は、W・T・Fの出現に間に合わなかった時だ」
「最悪、凰樹に任せるしかないが、民間人に助けを求める事を上が承知するか?」
「民間人に助けを乞うなど、国を防衛する者としてのメンツは丸潰れだからな。かといって、防衛軍が全滅するまで無駄な突撃を繰り返す必要はない」
「上ならそんな命令を出しかねんぞ。樹海の環状石攻略作戦を忘れた訳じゃないだろう?」
「ああ、当時の幕僚が総辞任したあれか……」
◇◇◇
樹海環状石攻略作戦。
今から約十一年前の春、当時の特殊機動連隊、機甲連隊、偵察連隊、普通連隊をはじめとする虎の子の防衛軍五万人の兵を全国から掻き集め、樹海に存在するレベル二十三の環状石攻略作戦を開始した。
今では愚かな行為と分かっているが、当時はレベル二桁を超える環状石の脅威というものがどういう物かは知られていなかった。
しかも相手は世界でも最高レベルに近い二十三。
当然、初期型の特殊トイガンも、特殊BB弾も殆ど役には立たず、群れと成して襲ってくる中型GEや、頻繁に現れる大型GEに囲まれ、防衛軍は僅か数時間の戦闘で多くの兵を失った。
この時も空挺部隊を使って環状石の周辺に大量の部隊を降下させたが、地上に着くまでに飛行タイプのMIX-A大型GEに半数を石に変えられ、無事に地上に降りた残り半数も、待ち構えていた大型GEに襲われてその身を石に変えた。
石化等により確認された未帰還兵が約三万人、転落などの事故による負傷者数千名、行方不明者数百名、持ち出した戦車や航空機などの多くを失い、防衛力を一気に半分以下にまで下げた防衛軍史上最大の愚行。
この作戦の問題点として、最大の原因は攻撃力が劣る兵器でこの時代の特殊トイガンなどでは大型GEには全く歯が立たなかった。
予想を遥かに上回る数の大型GEが存在し、まるで大発生の如く中型GEが次々と出現し、小型GEなどほとんど見かけなかった。
樹海という地形上、縦横無尽に動き回るGEの方がはるかに有利であり、しかも特殊能力で射程外から攻撃を受け、多くの兵士が気が付く間もなく石に変えられていたなどがあげられる。
もし仮に、この時多くの兵を失っていなければ、改良された特殊トイガンなどでより多くの国土を奪還できていただろうなどとも言われている。
◇◇◇
「輝の父親も、この作戦で行方不明……、まあおそらくは樹海の奥で石に変わっておるだろう。あの男の事を知っておる者から言えば、信じがたい話ではあるが」
「破壊不可能とまで言われているリングすら破壊されたって話だからな。行方不明者は全員同じ運命だろう」
この作戦における行方不明者は未帰還でリングでの生存を確認できなかった者を指している。
石化が確認された者や、後日、リングの反応などから石化した事を突き止めた者は全員未帰還者に追加されていた。
「今の幕僚ならば、民間人だろうが何だろうが使える者は使うだろう。現場は反発するだろうがな」
「俺達も、防衛軍特殊兵装開発部に『使える民間人が見つかったから明日からそいつに任せる』、とか言われたら反対するだろう? 同じ事だ」
「確かに……。この国を守ってきたという矜持があればあるほど、反発するな」
AGEの努力で全国に点在する居住区域を守れていること事位は理解している、しかし、多大な犠牲を払いながら環状石や拠点晶を破壊し、輸送手段の要である鉄道や高速道路を取戻したのは自分達であるという自負もあり、防衛奪還の主役は自分達であると疑っていない。
実際に防衛軍が機能していなければ、この国もとっくの昔にGEが支配する地域のひとつと化していただろう。
「まあ、それはW・T・Fが出現した場合の心配だ」
「そうだな、そんな事になる前に早めに決着を付けよう」
坂城は再びデータ解析作業に戻り、松奈賀は企業の交渉の他に抱えている仕事のひとつ、取り逃がしたGE共生派の最後のひとり、通称【酸漿】の捜索に戻った。
◇◇◇
八月一日、午後十一時十五分。
桃山那絵海、智草千寿が映像を見ている時と同時刻、防衛軍特殊兵装開発部の私室で防衛軍特別執行部に所属する狩夜敬吾は、桃山たちと同じ様にW・T・Fの戦闘記録を観ていた。
常識を疑うような映像が流れ、今まで多くの国や地域を滅ぼしてきた厄災の化身はただ一人のAGEの活躍で真っ二つに斬り裂かれ、そして内部に秘めていた要石を粉々に破壊されていた。
「化け物って、本当に存在するんだな。確かに松奈賀さんが切り札っていうだけはある……」
ひとりごとを発しながら、狩夜は何度も討伐映像を見直していた。
注目しているのは各視線から見られる凰樹の動き。
はじめは後から書き換えられたものと疑っていたが、何度も見返す内にそれが作り物で無い事がはっきりと分かった。
「速いな……、色んな角度から見たから間違いないと思うけど、百メートル程の距離を僅かに三秒か……、こいつ、本当に人間なのか?」
おおよそで時速百二十キロ、車やバイクじゃあるまいし、こんな速度が出せる人間など聞いた事も無かった。
その後の特殊小太刀の一閃そして要石を破壊する時の動きも人間離れしており、腕が動いたと思った瞬間にはW・T・F赤竜種は真っ二つになり、気が付けば要石は破壊されていた。
職業柄、与えられた物はまず疑ってかかる狩夜も、この映像を信じるしかなかった。
「よう、どうだ? 刺激的な映像だっただろう?」
坂城との話し合いを終え、戻ってきていた松奈賀が狩夜がいる事に気が付き、音も立てずに室内に侵入して声をかけてきた。
「ええ、以前無修正のAVを、参考資料だって渡された時以上ですよ」
「ここに忍び込まれても特に驚きもしねえオマエでもって……、そんな事もあったか。あれもいい勉強になっただろう?」
以前松奈賀は『何処の誰から齎された情報でも、まずそれ自体を疑え。とりあえずこれは参考資料だ、目を通しておけよ』と言いながら無修正のAVを真面目な顔で狩夜に手渡した事がある。
他にも渡されたファイルの中にはウイルスが仕込んであったり、同じ名前で別ファイルが存在したり、パスワードが必要だったりと様々な仕掛けが施されていた。
「今は何も仕掛けられていない事が多いので、安心していますよ」
「今はそれどころじゃないからな。余計な手間は避けるさ」
防衛軍特別執行部だけに所属する狩夜と違い、実際に開発研究なども行っている松奈賀は本当にそんな時間などありはしなかった。
今も、ここでこんな会話をしている暇など無いが、無理をして時間を割いているだけだ。
「W・T・F……、こんなのが出現すれば、パニックなんてものじゃないですよ?」
「明日、一番可能性のある二つの環状石は破壊できる、最悪の場合、凰樹に頼むさ」
簡単に見えるそれは、軍人としての矜持と市民の安全を天秤にかける行為だった。
「……一般人に助けを求める軍人ですか、笑えませんね」
「ああ、笑えねえな。だが、形振り構ってられねえ状況だ。東京第三居住区域に住む人の為なら、泥位幾らでも被るし、この頭だって幾らでも下げてやる」
「松奈賀さん…………」
「もういいだろう、明日も早いんだ速く寝ろよ」
松奈賀は自分の膝を叩き、その手で軽く狩夜の背中を叩いた。
「わかりました。明日は例の現場ですね」
「ああ、遅れるなよ」
出口に向かって歩き始めた松奈賀に対して狩夜は、【恋人募集中♡】と書かれた手の平大の紙をみせつけた。
「最後に僕の背中にこれを仕込むってどうですか?」
「もう気が付いたか、流石だな」
「気が付きますって……あれ? これってまさか……」
張り紙の裏には、暗証番号が書いてあり、手渡されたメモリーチップの番号も書かれていた。
「あと一時間以内に気が付かなけりゃ、お前名義でAVが届いたところだぞ」
「こんなに忙しい中で、やっぱり仕込んでたんですか!!」
メモリーチップにはウイルスが仕込んであり、そのまま放置していれば狩夜名義で樹海にAVが注文されるようになっていた。
笑い話ですむような額だが、お届け先を防衛軍特別執行部にされており、更に商品名をそのまま印刷される仕組みになっていた為、狩夜本人にとっては笑い話ですまない所だった。
「お約束だからな、安心した頃が一番危険だ。よく覚えておけ」
「……いい、勉強になりました」
最後に、真面目な表情で気が緩んでいた狩夜に一言残し、今度こそ本当に松奈賀は部屋から出て行った。
残された狩夜はパソコンに向かい、仕込まれていたウイルスの解除と、樹海の注文サイトを確認し、そこに不審な物が表示されていないかを確認していた……。
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