親睦を深める夜
凰樹や桃山たちの親睦を深める話になっています。
愉しんで頂ければ幸いです。
八月一日、午後八時十二分。
凰樹輝、荒城佳津美、桃山那絵海、智草千寿の四人は親睦を深める目的で用意された食事会に参加していたが、室内にある四人で食べるには膨大過ぎる量の料理に呆れていた。
宿泊施設という名のホテル内に大人数で会議やパーティをする為に用意されていた部屋で行われている為に、広い部屋の内部には四人掛けのテーブルが五つと、バイキング形式で用意されている様々な料理、アルコール類も揃ったドリンクコーナー、注文形式の寿司カウンター、このご時世では入手の難しい珍しい様々な果物が詰まれたテーブルが並んでいる。
当初、参加して自己紹介する予定だった松奈賀大嗣と、この食事会を企画した本人である坂城厳蔵の両名は、昼間集めたデータの解析などを理由に欠席し、他の参加予定者もこの日に行われた実験の後始末でそれどころでは無かった。
元々、凰樹達にあわせれば坂城達にとって量が多すぎ、坂城にあわせれば凰樹達には物足りないだろうという事でバイキング形式にされていたのだが、こんな状況になるのであれば初めからコース料理にしておいた方が良かったのではないかと、厨房担当者などからは言われていた。
「パーティなんてどこもこんな物よ、料理を残すのは忍びないけど、食べれるだけ何とかしましょう」
「そうですね」
それぞれが様々な料理が並べられたテーブルへ向かい、好きなメニューを選んでいた。
ローストビーフ、白身魚のポワレ、ボイルされた蟹や海老、ラム肉の塩釜香草焼き、タイのカルパッチョの他に、パイ生地のドームで隠されたカップに入ったビーフシチューや、色とりどりのテリーヌなどお洒落でありながら食欲をそそる料理も多く、荒城、智草、桃山の三人はそういった料理を多く選んでいた。
一方で特設コーナーには、注文されればそこにいるシェフがステーキを焼くサービスもあって凰樹はそこでステーキを焼いて貰っており、テーブルの上にはローストビーフなど肉系が多いほぼ茶色い空間が出来上がっていた。
「やっぱりこうしてみたら凰樹君って年相応の男の子なのね」
「妙に大人びていますけど、こんなかわいい一面もあるんですね」
見た目だけでなく、味も最高な料理を口に運びつつ、桃山と智草は凰樹の様子を楽しそうに眺めていた。
一方の凰樹は大量の料理を次々に平らげ、暫くは食事をしているテーブルと料理が並んでいるテーブルを凄い勢いで往復していた。
「今日は本当によく食べますよね……。輝さん、普段はそこまで食欲旺盛って訳じゃないんですが……」
「私もものすごくお腹が空いてるし、もしかしたら氣を使うと、凄くエネルギーを消費するんじゃない?」
「そういえば、私もいつもより沢山食べられそうです」
桃山はあまり氣を使用してはいなかったが、健康診断で散々いろいろな場所を歩き回ら競れていた事や、屋外の競技場までの移動、それに短距離走で結構な体力を消費していた為と思われる。
普段AGEとしての活動中は、小隊単位に編成した隊員に指示を出して自身はあまり動かない為、こういった機会に運動させられると年齢的にも結構堪えていた。
「予算的に厳しい事もあって、普段は割と節約していますので、こんな料理が珍しいってのもあるかもしれませんが」
「あ~、そう言えばそうよね。うちも予算が少ないから、あまり贅沢ってできないのよね~」
装備の一部は坂城から送って貰えているが、流石に他の百名近い隊員の武器までは要求する事は出来ず、その装備は自腹で揃える必要がありトップランカーの部隊といえども予算に余裕があるところなど少なかった。
部隊の人員が多ければ多い程移動用の車両や装備運搬用の車両なども必要になり、燃料代などを含めた維持費は部隊の予算を確実に食いつぶしていく。
「トップランカーなのにですか?」
「トップランカーだからこそよ。ランカーズは少数精鋭で稼ぎもいいから関係ないかも知れないけど、うちの部隊でも使う弾は一発百円程度が殆どなのよ。百人以上いる隊員が全員そのレベルの弾を使えば、毎回物凄い額が飛んでいくんだから」
「うちもその位ですね。トドメを私が刺しますから少しは節約できてますし、今は部隊の人も少ないから十分やっていけますが」
どうしても中型GE以上になると、トドメを刺す為に余分な弾を消費しがちになる。
高純度弾一発で仕留められればいいが、この方法の場合、確実に高価な弾を撃ち込めるスナイパーなどの存在が必要不可欠で、そんな腕の良いスナイパーなど何処の部隊でも常に不足している為に、水面下での引き抜きが凄すぎた。
「CMとかに出てるけど、貰ったお金には税金も掛かるし、残ったお金も部隊運営費で軒並み消滅するわ」
「私はトップランカーから落ちて、殆どCMのオファーが来なくなりました。少しは蓄えていますから、部隊の運営には問題ありませんけど」
「討伐報酬のポイントには税金がかかりませんから。そこは大きいですね」
部隊運営資金が不足しながらも活動を続けている部隊があまりにも多い為、獲得したポイントに税金など掛けられてはAGE部隊の殆どが崩壊する。
基本、AGE制度は防衛軍ではカバーしきれない地域の守備隊として利用されており、これが壊滅すると完全安全区域以外の都市は徐々にGEに切り崩され、多くの街や村が再び地図上から消滅するだろう。
実際に此処まで資金が無尽蔵にあるランカーズは別として、余裕がある部隊の殆どは少人数でハイエナ行為を繰り返しているか、部隊長の家が裕福など外部から資金を集めている場合だけだ。
「輝さんがいなければ、私の部隊も同じだと思います。今は資金切れなんて考えられませんが、輝さんあっての事ですし」
とはいえ、大地主である荒城や宮桜姫がいるランカーズは外部から資金を調達しやすいし、窪内がカスタム依頼を受けて稼ぐ方法もあるのでもし仮に凰樹が居なくても十分な運営資金を用意できる。
ランカーズが魔滅晶をあまり回収しない為、広島第二居住区域にいる部隊の何割かは十分な運営資金を所有しており、徐々に装備の質も向上しているが、これが異常である事は恩恵にあずかっている全部隊が承知していた。
「失礼だけど、あの二百五十六億ポイントって本当なの? 対GE民間防衛組織の仕込じゃなくて?」
「本当ですよ、環状石二ヶ所の破壊及び救出とドラゴンタイプW・T・Fの討伐報酬です。環状石の方は報酬の改定がありましたから、今後は増加分が少なくなると思いますけど」
「あれも、ランカーズ対策って聞いたけど、本当だったのね。まあ、流石に私も環状石破壊に手を出そうとは思わないわ」
門番GE討伐と、要石の破壊。
それを実行する為にどれだけの装備を必要とするかは広く知られているが、それを用意する位ならおとなしく拠点晶辺りを破壊している方が無難だ。
「そんなに稼いでるのに引退しないの?」
「しませんよ。母と姉を救い出さないといけませんし、せめて住んでる県だけでもGEから奪い返したいです」
「ん~……、貴方じゃなくて、他の隊員もそうなの? あの情報が正しければみんな十億以上持ってるよね?」
「一緒に活動を続けてくれている事には本当に感謝していますよ。同じ目的がある蒼雲も、活動はやめないと思いますが」
神坂も同郷の生まれの為に、レベル四の環状石の破壊という目標を持っている。
しかし、現在神坂がAGEを活動する意義や目的は、アイドルコンサートのプラチナチケット確保の為ではないかと怪しまれていたりもする。
「単独で大型GEを狩れるのに、仲間が必要なの?」
「必要ですよ。今の隊員は全員、大切な仲間です。たまに無理な注文をしますけど」
「たま……、ですの?」
桃山などは其処に疑問を持ったがそれに凰樹は素直に答え、そして荒城はそれを聞いて思わず首を傾げていた。
「……割と、頻繁に……」
凰樹自身も最近は隊員をかなり信用してきただけに、無茶のレベルが相当な物になっている事位は理解している。
大体、無茶の象徴である環状石の破壊二回にW・T・F討伐だけでは無く、通常の作戦でもほかの部隊ならば近づかない様な場所を選んで攻略している節さえある。
KKI〇〇五に存在する拠点晶攻略がいい例で、ほかの部隊であの拠点晶の攻略に向かえば、半分程度の小型GE討伐前に部隊が持つ処理速度を超え、押し寄せる小型GEによって部隊が壊滅しているだろう。
今まで行って来た無茶な作戦も、バイクを走らせて単独で、拠点晶を破壊しまくっている凰樹の行動程ではないが……。
「アンタの言う無茶に付き合わされる隊員達が気の毒だわ……」
「全員レジェンドランカーってすごいですよね。相応の苦労があったんじゃないかと思います」
どの作戦も、普通のAGE部隊であれば裸足で逃げ出しそうな難易度のものばかりで、他のAGE部隊と比べれば精鋭ぞろいの桃山や智草の部隊であっても多少の犠牲者は覚悟しなければならない様な内容ばかりだった。
ランカーズのメンバー……、普段は凰樹の活躍ばかり注目されているが全員が一流で凄腕のAGEであり、誰かひとりがほかの部隊に転属でもすれば、その部隊の隊長を任せられるほどの能力は十分に有している。
色々な話題で盛り上がりながら楽しい食事会は続き、デザートのケーキやアイス、それに珍しい果物などをそれぞれ楽しんだ。
「そろそろお開きにしましょうか。明日も色々あるんでしょうし」
「明日の予定ですけど、坂城の爺さんの講義ってメールが……」
凰樹が端末を出すと、そこにいた全員が八月二日、午前、午後環状石学及び氣と肉体について、講師、防衛軍特殊兵装開発部坂城厳蔵と書かれているその画面に注目した。
「勘弁して貰いたいんだけど……」
「一週間本気で色々やる気なんですね……」
世界でも有数の生命力や氣の権威である坂城の講義、普通であれば参加希望者が殺到しかねない代物だが、桃山や智草にとっては睡魔との戦いでありいい迷惑でもあった。
凰樹は少しでもレベル四の環状石攻略のヒントになればと考えているが、実の所、今のランカーズであれば強引に拠点晶を破壊しながら中央を突破してもレベル四の環状石に辿り着く事はそれほど難しくはなかった。
◇◇◇
八月一日、午後十一時十五分。
桃山那絵海、智草千寿はホテル内にあるスパの大浴場では無く室内にある浴室でちょっと長めの入浴を済ませてラフな格好に着替え、ホテルの部屋で昼間坂城から渡されたW・T・F赤竜種の戦闘記録を編集した映像が入ったメモリーチップを室内に設置されている大型テレビに差し込んでいた。
相室では無かったが、女性二人が寛ぐには何の問題の無い部屋であった為、桃山が荷物などを智草の部屋に持ち込んでいた。
桃山と智草はパーティで十分な食事を済ませていた為に、テーブルの上にはブランデーの入ったグラスとチョコレート位しか用意しなかった。
二人はブランデーで乾杯し、智草が手にしていたリモコンの再生ボタンを押した。
「昼間の記録もとんでもなかったけど、これにはどんなトンデモ映像が入ってるのかしらね」
「さあ、それは見てみないと……」
おおきなソファーに一緒に座り、W・T・F赤竜種とランカーズの戦闘記録を観はじめた。
再生開始当初から隊員達が纏う氣によって真価を発揮した新型ブラックボックス内蔵の特殊トイガンが兵器と化しており、W・T・F赤竜種の攻撃範囲外から容赦の無い銃撃を浴びせていた。
銃弾を撃ち込んでいる位置も通常の特殊トイガンでは絶対にダメージを与えられない距離であり、氣によって銃弾の飛距離も大幅に増している事も確認できた。
「凄いわね……、これだけの攻撃を躊躇なく行えるランカーズのメンバーも、それにこの攻撃で致命傷を与えられないW・T・Fも……」
「うちの部隊だと、この時点で終わってます。ここまでダメージを与えられるかも、疑問ですが……」
使っている特殊弾の純度もかなり差があるが、もし仮に桃山の部隊や智草の部隊が同じ純度の弾を使っていたとしても此処までダメージは与えられなかっただろう。
ランカーズのメンバー全員が次世代型のブラックボックス内蔵型特殊トイガンを使っているという状況もおかしいが、それが問題無く稼働する様に調整を施している窪内の影の努力があればこその結果だ。
「頭部に集中して放たれてる桁外れの威力の銃撃、これがおそらく凰樹ね」
「昼間の状況から考えれば、荒城さんって可能性もありますけど……」
智草の口から荒城の名前が出た瞬間、分かりやすい位に桃山の頬が膨らみ、まるで子供の様に拗ね始める。
「なんですか? 別にいいじゃないですか、私の口から他の女性の名前が出る位」
ブランデーを飲んで少し酔っている智草は、少し妖しい雰囲気で微笑みながら桃山の耳元でねっとりとした熱の籠った声で囁いた。
「ベ…別に焼き餅なんて焼いてないわよ……、少し逢わない間に自意識過剰になったんじゃない?」
「ふふっ……、そういう事にしておきましょうか?」
二人が艶めかしいやり取りをしている間に、映像では信じられないような事が起こっていた。
頭部を半分以上失っていたW・T・F赤竜種は異常な再生能力を発揮し、瞬く間に失われた部分を黒い塊で覆って元の姿に戻り始め、ダメージを受けていた胴体部分も同じ様に再生を始めて、僅かに覗いていた要石が再び堅硬な名鱗の下に隠された。
殆ど無傷となったW・T・F赤竜種は自分に攻撃してきた対象に反撃しようと構えていたが、その攻撃が始まるより早くランカーズの追撃が再開されていた。
「恐ろしい再生速度だわ……」
「今まで各国の軍が揃って壊滅した理由って多分これですね」
最高純度の特殊BB弾を使ったとしても一定時間内に倒さなければこの速度で再生されて、攻撃しないのと同じ状況に陥る。
そしてW・T・F赤竜種の攻撃は確実に攻撃する軍の兵士の数を減らし、生み出される石像は攻撃の邪魔になり、撤退時には後退を妨害する障害物と化す。
他のW・T・Fでも特殊能力や姿は違ってもほぼ同じ結果に終わり、戦闘の数十分後には無傷のW・T・Fが無数の石像の中に佇んでいた。
「あ、画面が切り替わった、これは凰樹ね」
「全身が見えてますから他の誰かの見た姿ですね……って、消えました?」
最初はサービスエリア出口方面から撮られた映像がメインだったが、画面が切り替わり、サービスエリア入り口にいた人間の映像が映し出された。
画面が切り替わった直後、凰樹が他の隊員に指示をだし、特殊小太刀を構えたままW・T・F赤竜種に向かって突進する。
あまりにその動きが早かった為にその動きを追えず、一瞬、凰樹の姿が画面上から消えていた。
そして僅か三秒後、W・T・F赤竜種の懐まで到達した凰樹は特殊小太刀の斬り上げ一閃でW・T・F赤竜種の体を真っ二つにし、剥き出しになった要石に特殊小太刀を突き刺してトドメを刺した。
光の粒と化して消滅するW・T・F赤竜種。
智草と桃山はその映像を信じられない物でも見る様にみつめていた……。
「こんな事、できる人が居るんだ……」
「実際に見てもちょっと信じられません。私も特殊大太刀を使ってますけど、こんな事……」
実際に特殊大太刀を使っている智草だけに、この映像を見た衝撃は相当な物だ。
最後に他の誰かの視線で見た特殊小太刀を無造作に構えた凰樹の後姿、それは無数に舞う光の粒の影響で神々しくもあり、この上ない畏怖の対象でもあった。
「とりあえず、凰樹が異常だって事は分かったわ」
「こんな人に付いて行く隊員はご愁傷さまって感じですね」
桃山は映像を切ってメモリーカードを回収し、グラスに残っていたブランデーを一気に飲み干して、甘える様に智草に抱き着き、そのまま枝垂れかかった。
「ホント、付き合うなら、わかりあえる人じゃなけりゃ……ね」
「さっきお風呂であんなにしたのに、もう我慢できなくなったんですか? 仕方のない人ですね……」
風呂場での続き……、それを二人は柔らかいソファ―の上で始め、そのまま甘い夜は更けていった……。
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