死神の交渉……、死法取引
防衛軍特別執行部の松奈賀絡みの話になります。
楽しんで頂ければ幸いです。
八月一日、午前十時。
真夏の容赦の無い照り付ける日差しの中、東京第三居住区域の工業エリア内を歩き続ける二人の男がいた。
時折吹く風も涼しいどころか温風ヒーターの風でも流されているのかと思う程にネットリと生暖かく、一層不快感が増すばかりだった。
居住域内も車での移動も出来るが駐車場などの問題も多く、近場を何ヶ所も訪ね歩く場合には徒歩で廻った方が早い場合も多い。
防衛軍特別執行部の松奈賀大嗣と、その部下である狩夜敬吾は長い道のりを歩き、ようやく東京第三居住区域に本社がある新日本特殊銃器開発工業の前に立っていた。
目の前のビルは大きく、このご時世に東京第三居住区域でこんな規模のビルを所有できているだけで、どれだけの利益を上げてるのか分かるというものだ。
「以前は小汚ねえ雑居ビルにいたくせに、随分とデカい会社になったもんだよな。うまく囲い込めた環状石から生み出される魔滅晶で一儲けってやつか」
「純度の高い魔滅晶は高価ですからね。低純度の魔滅晶でも精製する技術があれば、正直金山を持っているよりも利益はデカいとおもいますよ」
拠点晶を一つか二つ残して孤立させたレベル一の環状石をそのまま放置し、定期的に沸く無数の小型GEを倒して大量の低純度魔滅晶を入手する企業なども存在する。
孤立させる時、最終段階でかなり苦労するだけで無く、環状石の影響下で石に変えられた人を見捨てるという非情な選択が必要だが、金の力で強引にその声を押し殺したり、『人類の勝利の為に必要な犠牲だ!!』などと犠牲者の家族などを脅して、強引に孤立させた環状石を維持し続ける企業もいくつか存在した。
「その金山を手放せって話だ。通ると思うか?」
「無理でしょう。だから今回は色々用意した訳ですし」
「そうだな、穏便な話し合いで済めばいいんだが」
松奈賀はいつも研修室でしている様な白衣にボロボロのシャツなどでは無く、この暑い中をキッチリとスーツまで着込み、髭も剃って小奇麗な格好をしていた。
所属が所属である為に部下の狩夜は普通のスーツの下に防弾防刃効果のある薄手のボディアーマーを着込んでおり、胸元のホルスターには四インチのリボルバーが収められてあり、万が一の事態にも備えている。
松奈賀の場合、凰樹達がわざわざ東京第三居住区域まで来て貴重なデータを提供してくれているのだから、本来は坂城と一緒にデータ取り等の研究をしていなくてはならない状況なのだが、今回ばかりは流石に優先される事がある為に測定の同行を断っていた。
ここまでしなければならない理由もあるが、二足のわらじを履いているとはいえ、研究者としては寂しさも感じていた。
「行くか……」
「了解です」
まず一件目、松奈賀は自分にそう言い聞かせて、重い足取りで目の前に立派なビルへと向かった。
◇◇◇
夏の日差しで焼き殺されかねない様な外の酷暑が嘘の様に、ビル内部には冬でも来たかと思える程に冷房が効いている。
壁に大きく書かれている『省エネ!!』の文字は、一周回って何かの冗談なのかと思われた。
大手の企業にはこういった所も多く、地方の企業の中にはまだGEから奪還後の再生間も無く、冷暖房に掛ける様な余計な予算などビタ一文存在しない所も多く、うちは余裕があるのでここまで冷房を効かせられるという対外的な力の見せ方という話もある。
受付には見目麗しい女性が二人。
これも余力が無ければできず、中小では事務員などが兼任している事が多い。
「すいません、連絡をしていました防衛軍の松奈賀ですが、会長の棟方さんに取り次いでいただけませんでしょうか」
「防衛軍の松奈賀様ですね。少々お待ちください……」
受付にいた女性はマニュアル通りの対応をし、松奈賀達はおとなしくここの反応を待った。
アポイメントは取ってあるが、防衛軍に所属する松奈賀たちには警察などの様な捜査権などが無い為に法的な拘束力は無い。
環状石に関する交渉事や事件には警察や公安では無く防衛軍に優先権があり、これが犯罪と確定した場合には軍警察が動くのだが、現段階では軍警察に全てを任せるという訳にはいかなかった。
「確認が取れました、そちらのエレベーターで二十五階の会長室へ……、あ、お客様……」
「ありがと」
「ありがとうございます。御手間を取らせました」
受付嬢が全部言い終わる前に松奈賀はエレベーター前に歩きはじめ、狩夜は人受けのしそうな爽やかな笑顔を向けながら受付嬢に軽く会釈をした後で松奈賀の後を追った。
「待ってください。ちょっと失礼じゃないですか?」
「なんだ狩夜。お前あんな感じの女が好みなのか?」
「まあ、お付き合いいただけるなら歓迎しますが、ってそうじゃなく。案内前に勝手に動き始めるなんて」
「いいんだよ。確認とってくれりゃそれで十分さ」
松奈賀はこの茶番、わざわざこんな場所まで出向かなければいけない事自体にイラついていた。
工場エリアの一角、こんなところは研究者が来るべき場所では無く、また、防衛軍特別執行部に所属する人間が来るような場所でもなかった。
◇◇◇
「防衛軍の役人さんが、うちに何か用ですか?」
新日本特殊銃器開発工業会長、棟方諦三。
GE発生後に創られた新興の特殊トイガンメーカーのひとつで、自前の環状石から魔滅晶が入手できることを強みに、他社の吸収合併を繰り返して短期間で此処まで会社を大きくした男。
低純度の魔滅晶を精製する技術の特許も持っており、それでも莫大な利益を上げている。
この会社の会長になる前にも方々に顔が利き、環状石の囲い込みの際にはそれをフル活用していた。
「この手の話は警察には無理、っていうだけで理解していただけると嬉しいんですが」
「まあ詳しい話はこちらで……」
会長室に通された松奈賀と狩夜は、いちおうソファーへと案内された。
目の前にはテーブルがあり、そこには湯気を立てたお茶が出されている事から歓迎されていない事は明らかだ。歓迎している場合なら、ふつうこんな状況では冷たい物を用意する。
「いやいや、一日中こんな環境の所にいるとつい熱いお茶が良いかなと思いまして、炎天下を遠路はるばる来たあなた方には冷たい方が良かったですか?」
「お気遣いなく。今日伺いましたのは他でもありません。新日本特殊銃器開発工業が保有する東京第三居住区域郊外にある環状石の事です」
環状石という言葉を聞いた瞬間、棟方の顔からうすら寒い笑みが消え、まるで親の仇でも睨み付けるかのような顔へ変わった。
「また、家族を助けて欲しいとか言う訴えですか? もう十回目ですよ」
「今まで九回もそんな訴えがあったのか。そりゃ家族が助けられるのに見殺しにされている状況なら、訴え位起こすだろう」
「心外だ!! それに、最初の一回には十分な補償をした。二回目以降はそれを聞きつけたハイエナ共が金の無心に来てるだけだ」
これは事実で、十分な額とは言えないかもしれないが、棟方は環状石内で助けられる予定だった者には補償金を支払っている。
二回目以降に同じ訴えをした者の多くは別の環状石の支配区域である事が多く、救出にもっとも重要であるその事を訴えた者すら碌に調べもせず、補償金目当てで棟方に詰め寄っていただけだった。
「防衛軍の奪還作戦に指定されていない環状石を破壊したけりゃ自分で行けばいいだろう。これを妨害する法は存在しないしな」
とはいえ、いまだに民間人およびAGEの部隊で環状石の破壊に成功したのはランカーズだけであり、ほかの部隊は環状石内部への侵入すら難しい状況だ。
AGEが身に着けている様な現在市場に出回っている装備では逆立ちしても環状石の破壊など出来ず、レベル一の門番GEですら倒す事は不可能で、その事を十二分に承知しての発言だった。
「それと、言うまでも無くあの環状石はうちの敷地内にある。あそこまで行くには、うちの管理区域を通る必要があり、もし一歩でも入れば、不法侵入で訴えますよ」
多くの企業が環状石を囲い込む方法として良く行うのがこれである。
環状石及び、その内部への侵入を妨害する事は許されないし、国としても支配区域の解放と奪還は最優先事項であり、何人たりともこれを覆す事は出来ない。
しかし、この法の盲点としてその外側をぐるりと一定間隔で購入して管理区域とし、私有地である事を理由に通過を妨害する手段が存在し、当然そこに立ち入れば不法侵入で訴えられる。
本来であれば危険区域の所有など何の意味も無いが、企業はキッチリと柵などを建設し、所有を内外に喧伝して他者の侵入を防いでいた。
警備員なども雇って柵などを張り巡らせてある為に、みつからない様にそこに忍び込む方法は無く、そこを所有する企業に許可を求める者もいる。
「私がここに来た理由はそんな事では無く、別の要件でして……」
「別の要件? 驚きました、またあの環状石を手放せというのかと……」
棟方は少し温くなったお茶に手を伸ばし、それで口を湿らせた。
「まあ、手放す結果は同じですが」
「……っ!! げほっ、げほ。ォ…同じだと!!」
安心して茶を飲んでいた棟方は不意を突かれ、思わず茶を噴き出して派手に咽た。
「ここから先は機密ですので、他言無用でお願いしたいのですが」
「機密、どのレベルだ?」
「国家機密、洩らせば理由の如何にかかわらず首が飛ぶレベルです」
狩夜が笑みを浮かべながら咽喉の前で指を横に滑らせた。
棟方はようやく状況を理解し、よく囀っていた口を噤んで首を上下に動かした。
「先日、ある組織から入手した情報で、新日本特殊銃器開発工業が保有する東京第一三三環状石から近日中に、ヴァンデルング・トーア・ファイントが出現する可能性が高い事がわかりました」
「ヴァ……W・T・F!! 馬鹿な……」
「馬鹿ではありませんし、調査の結果、この情報も間違いでは無い事が確認されています」
東京第一三三環状石は郊外に車で三十分程走らせた場所に存在するが、もしW・T・Fがそこに出現すれば、種類にもよるが数日中には東京第三居住区域は壊滅している事だろう。
「そんな情報信じられるか!! 今までと同じ手だと私が環状石を手放さないと知って、そんな出鱈目な情報で脅そうなどと……」
「脅しじゃありませんよ。私は新日本特殊銃器開発工業さんに破壊した方がいいと忠告に来ただけでして、もし仮に忠告に従わず、W・T・Fが発生した場合は……」
「は…発生した場合どうだというのだ? そ…それにだ、逆に発生しなかった場合どうしてくれる?」
狩夜は手にしていたカバンから一枚の書類を取り出し、それをテーブルの上に乗せ、それには【W・T・F発生時の予想被害総額と環状石所有者の罪状について】と書かれていた。
被害総額は最低でも数百兆円規模で、人的資源や此処まで再建が進んだ首都圏の崩壊、それに対GE用のブラックボックスの開発や生産を一手に担っている東京第三居住区域の壊滅に伴う二次被害については、どの位のレベルでおさまるかすら想像もできない。
最悪、東京第一居住区域にまでW・T・Fの被害が及べば、政府機能なども大幅に失われ、日本の存在すら危うくなる。
書類上にその事を懇切丁寧に書き記し、忠告を無視してW・T・Fが発生した場合に下る罪状もキッチリ記されていた。
「忠告を無視してW・T・Fが発生した場合、環状石所有者一族は全員死刑? 全財産御没収? なんだこれは?」
「まあこれでも優しい方ですよ。W・T・Fが発生すればこの辺りも壊滅、人間も全員石の彫刻で、せっかくここまで復興した首都圏が十数年前の姿に戻る事は確定でしょうし」
「今まで幾つの国でどのくらいの犠牲者が出たか知らん訳じゃないでしょう? 一部の例外を除き、最低数百万人から最高数億人。幾つもの国を滅ぼす厄災の象徴が動いている様な物ですよ、W・T・Fは。その発生を事前に知りながら放置したとなれば……、ね?」
狩夜は再び笑みを浮かべながら、咽喉の前で指を横に滑らせた。
今までで最大の被害を出したのは中国周辺に出現した龍型W・T・Fで、出現した国だけでは無く近隣の国にまで甚大な被害を出し、そのまま姿を晦ませて今は何処にいるのか所在すら不明だった。
他にも、アメリカの赤竜種、中東の邪眼蜥蜴種、アフリカの超巨大翼竜種辺りが有名で、近年では人類を此処まで追い込んだ異常大発生以上の厄災として恐れられている。
「……それで、一部の例外とは?」
「……発生場所に運良く既に壊滅した国が多くて、殆ど犠牲が出なかったパターンです。僅かに残っていたその周辺の国は壊滅しましたが」
本当はAGEの活躍により一般人にはあまり犠牲が出なかった山口県の一件も存在するが、あれはどちらかといえばランカーズがあそこにいた事が幸運であり、もしいなければ多分に漏れず周辺にある居住区域は悉く壊滅していただろう。
そうなれば犠牲者の数は数百万人を超え、最悪この数値が何処まで増えるかはW・T・Fの動向次第だ。
「とりあえず、これだけのリスクを承知で放置する訳です。出現後に運よく犠牲者の数が少なくて済んでも貴方を含める会社の役員一同の死刑は確実、会社は解体、従業員は路頭に迷う事でしょうな。ま、従業員が石に変わっていなければの話ですが」
「それはあくまで、W・T・Fが出現した場合だろう? しなかったらどうする? わが社が一方的に大損するだけではないか」
「環状石の破壊を承諾しないならしないで結構ですよ。ただしこれにサインはして頂きますが」
松奈賀は懐から封筒を取り出し、その中に収められていた書類をテーブルの上に広げた。
「死刑執行の同意書? 何の真似だ?」
「選択肢は二つ。東京第一三三環状石を手放すか、それとも……」
「あなたの命のどちらか。強要はしませんので、好きな方を手放せばいいですよ」
棟方も、こんな物にサインをすれば目の前にいる狩夜がホルスターに収めてある銃を抜き、自分は即座に撃ち殺されない雰囲気だという事位十分に理解していた。『強要はしていない? これは環状石の破壊を承認しなければ殺すといっている様なモノだろうが』そう叫びたかったが、叫んだ瞬間、答えはおそらく鉛の弾で返って来る事くらい理解していた。
迂闊にこの話を聞いた時点で棟方に選択権は無く、命と環状石のうちどちらかを確実に手放すしかない状況だ。
死法取引。
この話を聞いた時点で棟方は、死か、それとも環状石か、という二者択一を強制されていたのだ。
「…………あ…あぁぁ…、あの環状石を手放そう」
松奈賀は目の前の書類を再び封筒に入れて懐に収めた。
「いや、棟方さんが物分りのいい方で助かりました。我々もこんな真似はしたくは無いのですが、形振り構ってられぬ程に切羽詰っていまして」
狩夜はこっそりと小さなメモ帳の様な物を取り出し、そこに書いてある幾つも名前や企業名のリストのうち、一番上に了承と書いてポケットにしまった。
「ご協力に感謝します。今後もし仮にですが、環状石の破壊までの期間にW・T・Fが出現した場合でも、あなたには被害がいかぬよう我々が保証します。当然ですが、W・T・F出現については他言無用でお願いします」
「それは分かっている。で、いつ環状石の破壊を行う予定だ?」
「部隊を呼び戻した後ですので、明日ですね。副産物の高純度魔滅晶は、後で届けますよ」
「助かる。あと、破壊するのであれば、石から命を取り戻した者への生活保障なども頼むぞ」
「それは我々の管轄外ですが、最善を尽くすと約束しますよ」
最後に棟方が放った言葉は意外ではあったが、松奈賀は少し笑みを浮かべて約束をした。
「ようやく一件か、何とか今日中に全部回るぞ」
「聞き分けが良い人ばかりならいいんですけどね」
シュミレートの結果、その全てが近日中という事では無かったがW・T・Fの出現が確実視されている東京第三居住区域周辺の環状石の数は七。
その全てが企業の所有物と化しており、環状石の破壊を了承させる事は困難を極めた。
新日本特殊銃器開発工業の様に、いい形でワンマン経営型であれば話は早いが、役員会や臨時株主総会などで承認させなけばいけない企業も多く交渉は難航していた。
「あと六日、今この瞬間にもW・T・Fが環状石から顔を出さんとも限らんのに、株主の承認だの決定権の有無だの好き勝手を言ってくれる」
「W・T・Fの出現ですか、その時は最悪この国の終焉の始まりかも知れませんね」
「何も手札が無ければそうなるだろうな。だが、最強の切り札はいま東京第三居住区域にいる。AGEとはいえ民間人に望を託すのは防衛軍も本意では無いんだが」
凰樹輝がこの東京第三居住区域に来ていた時にW・T・Fが出現する可能性が高いのは不幸中の幸いだった。
運命というものが松奈賀や東京第三居住区域に味方してくれているのかと思える程に。
「本当にW・T・Fを倒せるんですか?」
「ああ、戻ったらW・T・Fの戦闘記録を観るといい。常識って奴が書き換えられるぞ」
松奈賀はW・T・Fの戦闘記録の入ったメモリーチップを懐から取り出して狩夜に手渡した。
最強の切り札、松奈賀がそういった訳を狩夜は理解する事となる。
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