キャンプ本番 二話
キャンプ回の続きになります。
ヒロイン達にも少しスポットを当てています。
楽しんで頂ければ幸いです。
七月二十四日、午後七時二十五分。
夕方まで遊んだ凰樹達は、当初の予定を変更して先に着替えを済ませて温泉に向かい、身体に付いた海水を洗い流してからBBQを楽しむ事にした。
温泉施設の営業時間は早朝に掃除をする時間を除くほぼ二十四時間で、寝る前でも温泉を利用できることを確認した為、温泉が気に入った荒城たちなどは寝る前にもう一度行こうなどと話している。
温泉から先に出た凰樹をはじめとする男性陣がコテージから肉類の入ったクーラーボックスや野菜の入った段ボール箱を運びだし、届いていた海産物の詰まった発泡スチロール製の大きな箱の中身を確認していた。
全員が温泉から戻り、準備を始める頃にはすっかり日も落ち、コテージの傍に設置されている外灯の明かりに僅かながら虫が寄ってくる。
環状石の支配下に置かれている地域では、細菌類だけでは無く、昆虫などの小動物に至るまで極端に減少している為、危険区域の山や雑木林でGEと戦っていてもあまり虫除けなどの薬は必要としなかった。
一応、用心の為に殺虫灯も設置されている為、時折蚊などがそれに引っかかってバチッと音を立てて弾けとんだ。
大きな鍋を満たしているカレーの制作は宮桜姫姉妹、BBQの準備は炭などの物理的な準備は引き続き男性陣が受け持ち、野菜の切り分けや肉の下拵えなどは伊藤、荒城、楠木が担当している。
竹中は炊飯器でご飯を炊いていたが、炊飯器をセットした後はジュース類の用意や皿の準備などを手伝っていた。
BBQをはじめる為の火おこしなどの準備も最初だけは戸惑ったりしたが、着火剤のおかげでほどなく炭に火が入り、焦げ付かないように網に脂を塗られ、後は此処で肉を焼くのを待つばかりだ。
コテージに設置されていた大型のバーベキューコンロには真っ赤に色付いた炭が並べられ、網の上では持って来ていた肉や野菜、それに注文していたサザエなどの新鮮な魚介類が芳ばしい香りを立てて焼かれている。
「この肉の量に、カレーか。こりゃ気合い入れて食わないとな」
「ごはんはとりあえず一升炊いている。余ればおにぎりにして朝食でもいいし、足りなければ後でいくらでも追加できるぞ」
「美味しくできてるから、カレーもどんどん食べてね♪」
「こ~んなにたくさんのお肉なんて~、初めて見ま~す♪」
木製の大きなテーブルの上に、所狭しと並んだジュース類やタレの入った皿。
いい感じに焼けた肉は一旦テーブルの上の更に移動させられ、空いたスペースにはまた新たな肉が乗せられていた。
そして、テーブルには気の早い事にデザートとして切り分けられた二玉分のスイカも並んでいる。
「いっただきま~す!!」
まず最初に、串に刺されて焼かれていたBBQセットが人気を独占し、ほぼ全員がそれを手にしていた。
串の一番下から、肉、玉ねぎ、肉、ピーマン、肉、エリンギ、ウインナーという組み合わせの物が一番人気で、上から下まで牛肉と鶏肉、それにウインナーが占める肉セットもそこそこ人気だ。
肉や野菜の一部はこうして串に刺されて焼かれていたが、あまりにも肉の種類と量が多い為に、その殆どは切り分けられた形で直接網の上に置かれ、炭で炙られて焼かれ続けている。
「鈴音、ピーマンが混ざってる串も選びなさい」
「どんな料理でも、ピーマンはピーマンなの!! 残す位なら最初から手を付けない方がいいと思うよ」
「そりゃそうでんな。こんな時までわざわざ嫌いな物を食う必要はありまへん」
「龍耶さん!! 話がわっかる~♪」
凰樹、霧養、窪内の三人は他の人が食べ易い様に肉や野菜を焼く方に徹し、時折、焼きすぎた肉を中心に食べていた。
とはいえ、元々焼き肉用の良い肉である為に、程よく脂が落ちて丁度い状態といえなくも無かった。
神坂はラジカセを持ち込んで、そこに四女神のCDを入れて流したり、ジュースや氷、タレ類などを補充しながら宮桜姫姉妹の作ったカレーなどを食べていた。
「へ~、カレーは辛口にしたのか?」
「はい!! スパイスもたっくさん入れて、具はお肉をたっぷり使いました」
「俺も食べてる。やはりカレーは辛口だな」
実の所、妹の鈴音はともかく、姉の香凛の方はそこまで辛党では無かったのだが、凰樹を初めとする男性全員が甘いカレーが苦手なのを知っていた為、あえて今回は結構な辛口カレーを作っていた。
「次のお肉が焼けてますよ~。みなさん、ドンドン食べましょう」
「ソーセージやベーコンも美味しいっ!!」
「肉ばかりじゃなくて、間に野菜を挟むと格別ですよ」
◇◇◇
BBQが始まった直後こそハイペースで焼かれた食材がそれぞれの胃袋に収まっていったが、三十分も経つ頃には流石にペースも落ち、一時間後には窪内や神坂などの男性陣しか新たな食材を網の上に投入する事は無い。
「少し多かったか?」
「まあ、足りないよりはいいさ。昼も食べたが、ここのサザエの壺焼きは絶品だな」
「醤油をほんの少しかけて……、くぅっ!! 最高っス!!」
「アワビの地獄焼きなんて、贅沢過ぎでっせ」
事前に頼んでいた海産物のセットにはアワビも結構な数が混ざっていたので、一部は烏賊やサザエなどと一緒に刺身にしてテーブルに並べられていたが、男性は全員はそれを壺焼きや地獄焼きにして食べていた。
程よく焼いたサザエにほんの少しだけ醤油を垂らし、身と肝を食べた後に殻に残った汁をやけどをしないように気を付けながら飲む、それを日本酒で割ってもいいのだが、ランカーズの部隊長である凰樹が積極的には酒を飲まない為に、GE対策部に入った後は殆どの者は飲酒を控えている。
「そういえば、最近は輝や龍耶と酒を飲まなくなったな」
「以前もそんなに飲んじゃいなかっただろう?」
現在では飲酒制限が十五歳以上(条件付き)に引き下げられている為に、神坂達が飲酒をしていても違法では無い。
制限が引き下げられた経緯には「国や家族の為に立ち上がり、武運拙くあの悍ましい魔物に敗れた者も多い。酒の味も知らぬ者達が石の彫刻と化すのは、あまりに惨いのではないか」という、防衛軍大将の言葉があったと言われている。
この『酒の味も知らぬ者達』という言葉に、成人してもいない年端もいかぬ少年少女達がGEに敗れて石に変わった姿を嘆いたという意見と、いやあれはせめて酒の味くらいは知ってから戦いに身を投じるべきだと言われているのだ、など様々な見解が取られており、一度は飲酒の制限年齢を引き下げるのではなく、AGEの登録年齢を引き上げるべきではないかという意見もあった。
しかし、最終的に戦力の低下を恐れた者の声の方が大きく、最終的には飲酒の制限年齢を十五歳以上(AGE登録者に限る)及び十八歳以上(一般人)まで引き下げる事でこの一件は決着した。
今ではそういった年齢層向けに割と甘めなカクテル系の酒やワインなどが多く販売されており、購入時の年齢確認は支払い時にAGE端末を使う事で迅速に行われている。
窪内や神坂が好むのは日本酒や焼酎で、凰樹が好むのはウイスキーだ。
霧養は専らビール派で様々な銘柄のビールだけでなく、各居住区域で限定生産されている地ビールなどにも詳しかった。
「輝さんって飲んでもそんなに酔わないっスね。あんなに強いと思わなかったっス」
「加減を心得てるだけさ。それに、生命力回復剤を多用すると酒で酔い難くなるんだ」
事実として、生命力回復剤の副作用のひとつとして、体内のアルコール分解速度の上昇などがある。
そんな状態になるまで生命力回復剤を多用してGEと戦い続ける者がいない為に、その事を知る者は少ない。
「何年生命力回復剤を使い続けたらそうなるんだ?」
「さあな。ホントにガキの頃から使ってたから。他の奴の報告だと、五~六年でそうなるらしいが、蒼雲はいつからそうなったんだ?」
「それこそ知らない間にだな。元々酒には強かったが」
生命力回復剤は市販されている物やセミランカーでなくても購入できるレベルであれば、AGE端末さえあれば手に入れる事は可能だ。
しかし、そんな物では生命力が八十程度辺りで回復能力が落ち、七十台になるとほぼ回復しなくなる。
申請して購入できる一般AGE隊員用で生命力五十台までしか回復する事は無く、セミランカーやランカー用で初めて生命力一桁台の昏睡状態まで回復できるようになる。
現在凰樹が常用するのは主にセミランカーやランカー用の高レベルな生命力回復剤だが、以前は効果の低い物を使いながら戦い続けていた。
「あっれ~っ、あっきらさ~ん、のんれないんれすかぁ~?」
「酒くさっ!! 伊藤、お前何を飲んで……」
「あそこの瓶、ワインじゃないっスか?」
テーブルの上にあるジュースのペットボトルに混ざっていつの間にかワインの瓶が開けられ、ジュースと勘違いしたのか鈴音たちまでコップに赤い液体を注いで飲み始めていた。
神坂&窪内プレゼンツのサプライズその二、各種揃った豪華な酒類。
ウイスキーやブランデーの他に日本酒や焼酎、ワインにビールまで揃えてあった。
既に同じ瓶が数本ほど空になって転がっている所を見ると、凰樹達が目を離した隙に持ち込んだ誰かがあそこにいた全員のコップに注ぎまくったのだろう。
「たまに飲むとおいしいですわね」
「な~んか~っ、おっとな~って味、だ~ぁよ~ぉね~ぇ~~♪」
「鈴音、程々にしておきなさい」
加減を弁えてワインを口にしている荒城や香凛に対し、あきらかに初めてワインを口にしたと思われる鈴音は意外に飲み易いその赤い液体を結構なハイペースで飲み進めている。
その結果、僅かな時間で完全に出来上がって笑いながら姉の香凛に絡んだりしていた。
「……あれ、止めた方がええんとちゃいます?」
「十五歳って事だから飲酒自体は問題無いが、ちょっとハイペースすぎるな」
「だ~いじょうぶですよ~。いまのんでるのわ~っ、通常の半分以下で3%程度のアルコールしかない殆どジュースなワインですから~」
「ああ、最近良く作られてるブドウジュース入りのワインの方か。どちらかといえばワイン入りのジュースで、中身はほぼブドウジュースって話もあるな」
正確にはワインでは無くリキュール類に分別される、ちょっとワインっぽい葡萄ジュース。
飲酒制限が十五歳以上に引き下げられた後で登場したなんちゃってワインのひとつで、学生AGEの歓迎会や作戦成功時の打ち上げなどで良く飲まれている。
値段は一本四百円ほどでジュース類と殆ど変っていない。
「あれ飲むなら普通のワインとブドウジュース用意して各自で割ればいいのにな」
「面倒が無くて良いからじゃないのか? あれだと多分俺達は酔わないよな?」
「完全にジュースだな。あのレベルだと佳津美も全然酔わない気がするが」
荒城の場合は、家の方針で幼い頃から割とアルコール類を摂取させられている。将来、酒の席で悪い虫が付かないようにするためにアルコールに強くするという目的だ。
「当然ですわ。輝さんもいかがですか?」
「折角だし貰おうか」
「神坂君たちもどうぞ」
荒城だけでは無く、香凛も神坂達にワインが入ったコップを持ってきた。
殆どジュースなそれを神坂達は一気に呷り、凰樹は普通に味わいながら飲み始める。
「こっちは本物のワインか」
「そうみたいでんな。変わりゃしまへんが」
このクラスの酒であればほぼ水代わりな神坂や窪内たちは、鈴音たちが飲んでいるワイン入りジュースと同じ様に飲み干した後、持ち込んでいた日本酒やビールなどを注いで呑み始めた。
バカンスでここにきている為に凰樹もそれを咎める事無く、窪内に勧められた冷酒を飲みながらサザエの壺焼きなどを摘まんでいる。
それぞれが好き好きな酒を飲みながらバーベキューを楽しみ、まだ熱いバーベキューコンロなどの片付けは明日にし、残った肉などはクーラーボックスに保管しなおして、再び温泉へと向かった。
◇◇◇
温泉施設【海泉の郷】。
この建物の中にはメインとなるほぼ二十四時間営業の浴場と、午前十一時から午後九時まで営業しているレストラン、夜の十一時まで営業しているゲームセンターなどがある。
一部のメダルゲームやテーブルゲーム、軽食系の自動販売機などは浴場の待合室などにも設置されている。
「結局、温泉に来たのがわてらだけって。さみしいでんな」
「宮桜姫と楠木は酔いつぶれた妹ちゃんと伊藤をコテージに寝かせたら後で来るとか言ってたが、荒城と竹中も一緒に来るって言ってたぞ」
「その二人と同じ時間に来たくなかっただろうに……」
女性から見ても素晴らしいプロポーションをしている荒城と、小柄ながらも大きな胸をしている竹中、その二人に比べれば控えめな楠木と竹中とは比べて欲しくない宮桜姫。
特に荒城はセミランカーになる程AGE活動を続けている筈なのに髪の手入れとスキンケアに余念が無く、少しでも油断すると毛先が痛む楠木などは部活中などでも羨ましそうにその美しい黒髪を見つめていたりしている。
しかし、折角みんなで温泉に来ているのに、話もしないのは面白くは無く、それならば普段聞きたくても聞けない事を教えて貰おうと、それぞれが色々な疑問、特に美容関係を口にしていた。
「GEの攻撃を受けると、肌に傷はつきませんが確実に肌荒れします。日々の手入れが大切ですわ」
「それは分かってるんだけどね。最近は余裕が出て来たから色々試してるんだけど」
先日レジェンドランカーに上がる程のポイントを手にした楠木は、今まで欲しくても買えなかった寿買の高級化粧品やAGEに所属する女性隊員愛用のシャンプーなどを調べて、色々と試している最中だった。
「ショッピングモールの化粧品店もいいですけど、ネット通販の寿買も品揃えがいいですよ」
寿買。
小物から特殊トイガンや特殊車両に至るまでありとあらゆるものを取り扱う、日本最大のネット通販会社。
名の由来は当然富士の樹海で、あまりの品揃えに迷って抜け出せないというキャッチコピーで売り出していたが方々から苦情が寄せられた為にサイト名を樹海から寿買へと変更した事で有名。
各都道府県の居住区域に拠点を置き、更に色々な企業などに強力なコネを持ち、この商品の確保が困難な状況において他の追随を許さない品揃えを用意し、豊富な商品を迅速かつ確実に届ける事でも有名。
GEの出現で多くの映像作品が失われた為に今や壊滅状態のレンタルビデオやレンタルCDショップの代わりにデジタルコンテンツでそれの補完を行っていたりもする。
「対GE用の装備を着ていても夏場は日焼けが酷いし、冬場は寒さで悴む上に手荒れが酷くなるからクリームは必須。手……特に指先はスナイパーの命だから気にしてた、以前は髪や肌はどうでもよかったんだけど」
「AGE活動は美容の天敵だらけですわ。以前はウイッグを被っていましたので、直射日光だけは防いでましたが」
「髪が傷むの早いよね。荒城さんが週一で部活を早く切り上げるのってもしかして?」
「美容院で手入れをする為ですわ」
部活は毎日拠点晶の破壊に向かう訳では無い為、トレーニングの日などは早めに切り上げる部員は多い。
「あきらは不思議とそういう所に理解あるよね?」
「男性にしては珍し位ですわね。前髪を少し揃えただけでも気が付きますし」
「蒼雲や、龍耶は気が付いてても話題には出さないよね」
荒城たちは美肌の湯に浸かりながら、スキンケア商品や化粧品などを中心とした話題で盛り上がっている。
こうして、温泉を楽しんだランカーズのメンバーはそれぞれコテージで眠りについたが、中には人数分の寝袋の他にマットとタオルケットなども用意してあった。
◇◇◇
七月二十四日、午後十一時四十七分。
凰樹は仮眠を取りながらもノートパソコンを開き、この場所を支配下に置く環状石や拠点晶の情報を調べている。
しかし、調べれば調べる程この辺りの奇妙な状況だけが浮き彫りになり、実際にこの場所を直接支配下に置く環状石や拠点晶はどこにも見当たらなかった。
「何なんだこの場所は? 安全区域でも危険区域でも無い。中型GEが出現するようなものは何一つ見当たらないなんて……」
レベル一の環状石における中型GEの存在は大きい。
主に拠点晶周りで防衛に当たっている場合が多く、中型GEが単独で何も無い場所に姿を現す事は殆ど無い。最低でも数匹の小型GE位は引き連れて来る筈だ。
「仕方がない、この件は戻った後で……、ん?」
コテージの外、入り口の近くに人の気配がしていた。
敵意は感じられない事から、凰樹達に危害を加えようとたくらんでいる第三者ではなさそうだ。
「……様子を見に行くか」
コテージ内で寝袋に入って寝ている神坂達をそのままにし、凰樹はあまり音をたてないようにそっとコテージの外に出た。
「佳津美だったのか」
「流石は輝さん。気が付いてくれましたわ」
正直、荒城は凰樹が気配に気が付いて起きて来るかどうかは分からなかった。
女性が寝ているコテージを抜け出し、もう一つのコテージに目がいった時に暫く立ち止まっただけだったからだ。
「少し歩きませんか?」
「……まあ、いいだろう」
GEを見つける為の装備を持っていなかったが、そのまま夜の浜辺に向かって歩き始めた。
随分と数を減らしている虫の鳴き声がかすかに聞こえていたが、凰樹達が近くを通ると鳴き止んで静寂が辺りを包み込む。
その静かな夜道を何も話す事も無く、程よい距離を保ったままでコンクリートで舗装された道を歩き、誰もいない海岸を目指す。
二人は照明を何ヶ所か設置してある為に割と苦労せずに浜まで辿り着くと、心地よい潮騒の音と風に乗った磯の香りが運ばれてきた。
空には満天の星と満月よりは少し足りない月。
元々海水浴客が少なかった事もあり、海岸には凰樹と荒城以外の人影は見当たらなかった。
「素敵な夜ですわね。まさか輝さんとこうして歩けるなんて思いませんでしたわ」
「夜に出歩く事は少ないからな。それに佳津美の爺さんも煩そうだ」
「御爺様に内緒で夜の散歩をしたら怒られますわ。あの街が完全安全区域だとしましても……」
荒城の保護者である荒城鋼三郎は、家業である不動産を継がずに都市安全技術研究所に務め、対GE用結界の開発中の事故で命を落とした荒城の両親の代わりに、幼い頃から孫娘である佳津美の面倒を見ている。
人格者ではあるが、孫娘である佳津美には厳しく様々な教育をしてきた。
AGE活動については、凰樹に近づく手段だろうと考えて容認しているが、それ以外の危険な行いには厳しく、夜の散歩などしようものなら長い説教が待っている。
「暴漢が出たりするからな。最近は特に」
「無許可の移住者。他人が苦労して築きあげた平和を、我が物顔で踏みにじる屑ですわ」
「あの街を維持するにも、多くの人の力が必要だ。GEを倒すAGEや、街の設備を維持する人達も含めて。そこに無断で住み着いて、平和という恩恵だけ受け取る。まあ確かに屑だな」
先日、二人組の少女に乱暴を働こうとしていた五人の男も、無許可の移住者だった。
無許可の移住者の多くは収入を得る方法を持たない為にこうして犯罪に走り、最も危険な居住区域に強制移住させられる事が多い。
「そういえば、今の今まで輝さんに言い忘れていました。あの時……、我儘でピクニックに行った私を助けて頂きありがとうございました」
そう言って足を止めた荒城は、深々と頭を下げた。
「俺がひとりで先走っていた時期のアレか。もう、八年前になるのか」
「ええ、覚えていて、くださいましたのね」
覚えていて欲しいとは思っていたが、長い間に同じ様な事をどれだけしているか分からない凰樹が、あの時の事を覚えてくれているとは思っていなかった。
凰樹の性格からして意識してい無いモノも含めれば、何百件同じ様な救出劇をしてきたのか知れたものではない。
「割と無茶してた時期だしな。無茶は今も変わらんが」
「ええ、変わっていませんわ。あなたが無茶な所も、そして……」
傍にいるだけでこんなに胸が苦しくて、それなのに堪らなく幸せな事も……。そう伝えたかったが、その後の気持ちは荒城の口から紡がれる事は無かった。
その代り、荒城は勇気を出して凰樹に向かって一歩踏み出し、そっと唇を重ねた。
ほんの少し唇が重なっただけの刹那の口づけ。
しかし、それでも八年間凰樹を想い続けた荒城にとっては、永遠を思わせるような至福の時……。
心臓が早鐘を打ち、それさえも心地よく感じ優しく心を満たしてくれる。
唇を離した後、荒城はそっと凰樹の身体に寄り添い、自らの中で打つ心臓の音と凰樹から聞こえてくる心臓の音を聞いていた。
「ご迷惑……でしたかしら?」
「そんな事は無い。今は、答えを返せないが……」
目の前の凰樹の眼差しを見て自分は嫌われてはいない、そう確信する事が出来た。
それどころか十分以上に好意を抱いて貰えている、そう感じられてもいる。
「何年経とうが、私の心は変わりませんわ。今、返事をいただいても」
「分かっている。上辺だけの告白なら、他と同じ様に即座に断っている」
今まで告白された回数は、数十回を超えていたが、凰樹はその殆どすべてに、即座に断りを入れている。
勇気を振り絞って告白した彼女達にとってはそれは本気の恋だったかもしれないが、凰樹の目指す場所まで共に駆け上がるには様々な物が不足してた。
凰樹はほんの少し表情を曇らせて小さく呟く。
「俺が答えを保留させて貰う相手は、少しだけ時間をくれる、そう信じた相手だけだ」
「分かりましたわ」
「すまないな……」
ここまで分かりきった答えを凰樹が頑なに保留する理由は分からなかったが、荒城はその返事を待つことに決めた。
「そろそろ帰るか」
「ええ……」
伝えるたい事を伝えた荒城の心は、返事を貰えていないにも拘らず何故か軽やかだった。
返事を貰えてはいないが、それが自分の胸の奥にある想いと同じだという事を感じられたからだ……。
読んで頂きましてありがとうございます。
感想等もいただければ励みになります。




